表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

麗らかな櫻田御殿の花見


千代田の御城の吹上の花見の如く

規模は小さいながら

江戸大名屋敷の花見の(パーティー)し。


照姫は初めて見る催しを

夫に案内(エスコート)され

目を輝かせ(そぞ)ろ歩き。


櫻田御殿の名に相応しく

庭には山桜や枝垂れ桜など

多くの桜が咲き乱れ

照姫は綱豊から贈られた

桜の扇で顔を隠し

目だけ覗かせ

綱豊に肩を支えられて

春爛漫の桜を楽しむ。


 わたくしが転ばないように

 殿が肩を支えてくださるから

 歩きにくいけど

 ちょっとずつ慣れてきたわ


照姫はたどたどしく歩きながら

家臣達が春の宴を楽しむ様子を眺める。


広い芝生の上の蕎麦屋の屋台の周りで

若い侍達がお椀を片手に蕎麦を啜り

お汁粉やお団子の屋台の側の

緋毛氈を敷いた長椅子では

女中達がお喋りと甘いお菓子を楽しみ

小間物屋の棚には扇子や煙草入れ

紅や筥迫(はこせこ)に小さな鏡や

匂い袋、帯などが並び

華やかさを添える。


芝生の上の小間物屋を

珍しそうに眺める照姫に

綱豊が気づいた。


「照姫、欲しいものはないか?

 この桜の高蒔絵の櫛が似合いそうだが」


綱豊が手にした櫛は

桜の花が螺鈿と

金の蒔絵で描かれた高価な品。

女中達が気軽に買える櫛でないことは

世間知らずの照姫にもわかる。

きっと綱豊が照姫のために

用意させたのだと

照姫は察した。


男性が贈る櫛は

愛しい女性への求愛(プロポーズ)の証。


いったい綱豊は照姫に

何度求愛する気なのか?


綱豊は照姫の豊かな御垂髪の前髪に

櫛を差し

老女の常磐の捧げ持つ鏡に

照姫を映した。


「綺麗な櫛…」


高蒔絵の櫛は照姫によく似合い

鏡に映った照姫が

感嘆の言葉を零す。


「気に入ったか。よく似合っている。

 他に欲しい物は?遠慮するなよ」


綱豊が微笑みながら勧めるが

照姫は思いがけず

美しい櫛を買って貰い

潤む瞳でもう充分と伝える。


「殿、嬉しゅうございます。

 大切にします」


綱豊が満足そうに頷くと

小間物屋の女将が深々と御辞儀をして

お買い上げ完了。


藩邸の武士や女中達が

和やかに御辞儀する中を

綱豊と照姫は桜を愛でながら歩き

池に浮かぶ茶室で休憩の一時を過ごす。


茶室には緋毛氈(レッドカーペット)

敷き詰められ(しとね)が二つ並び

開け放した窓の向こうには

左右に広がる満開の桜。


涼やかな池にも桜が映り

水面は桜色に染まり

照姫は綱豊に肩を抱かれながら

うっとりと桜色と水色の景色に見蕩れ

綱豊は愛くるしい表情の

照姫に魅せられる。


暫く景色を眺めた後

綱豊が常磐に目配せをして

おやつが運ばれて来た。


紅い艶やかな膳に載せられた

桜餅と京風のお雑煮に

照姫の顔が輝き

わかりやすい照姫に、綱豊が苦笑する。


桜餅は小豆でほんのり桜色に染められ

艶やかな餅米の生地からは

小豆餡が透けて

薄い塩漬けの桜の

葉の爽やかな香りが漂う。


お雑煮は紅い塗りの広口のお椀に

白味噌の濃厚なお(つゆ)に丸餅と

小さな可愛い鞠麩と

小さな鴨肉が浮かび

三葉と糸のような柚子が添えられ

目にも鮮やか。


「正月の雑煮は関東風で

 馴染みがなかったのだろう?

 京の雑煮は丸餅に甘い白味噌だとか。

 京の出のお(ばば)さまや常磐に聞いた。

 そなたが鴨が好きだから

 雑煮に入れさせたが

 気に入るだろうか?」


「殿はわたくしの事は

 何でもお見通しですのね」


照姫ははんなりと微笑み

好物の爽やかな葉の香りの桜餅と

懐かしい白味噌のお雑煮を

嬉しそうに味わう様子は

木蘭(もくれん)を見上げる時と同じ。


 照姫は京の味が好きなのだな


綱豊は愛しい照姫に京の好きな物を

生涯与えようと心に決めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ