表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

レインボウ・コネクション

運命というものを語りたくなった、そんな時、妙に大人びてしまった自分を感じる。誰に言うわけでもない名言でその場を誤魔化し、何もかも分かりきってしまったと思うようにする。悲哀を語るよりもしてみたい事は沢山あるからと、ささやかに楽しむ一杯が身体に沁みてゆく。ほろ酔い加減で観ていた洋画の現実離れした世界から「明日はきっと来るさ」とのメッセージ。どことなくタイミングが良く思えるのも、この世がそういう風にできているからなのかも知れない。




そんな調子で迎える休日にはハードディスクに録画した番組を消化する事が多くなっている。6月初旬のその日も雨天だったから、消化するには打ってつけだなと思いリモコンを操作しながら録画のストックを確認し始める。すると何かの手違いで録画された謎の番組を発見。同じ番組を録画する際に『毎回予約』の機能を使用していたが前の週に番組が終了した為に、同じ時間枠で放送された番組を録画してしまった模様。


<便利なのはいいけど、やっぱ確認しとかないといけないよな>


と当たり前のことを再認識したのだが、たまたま録画された番組『妖精の住処』のタイトルの響きが気になったので再生してみる事に。最初に映し出されたのは避暑地のような趣のある地方の町並み。落ち着いたトーンの女性のナレーションがその町にある小さな「パン屋さん」を紹介し始める。



『そこは『妖精』と暮らす女性が営むパン屋さん』



外国人の女性が粉で白くなった台でパン生地をこねている姿。慣れた手つきからすると意外な程に若い女性が黙々と作業を続けている光景は、国内では珍しいものなのかも知れないが「妖精」というキーワードがすぐさま連想されるかというとそうではないように感じる。全体的にヨーロッパの方の雰囲気がある。



『朝起きてくると、ときどき家具の位置がズレてたりするんです。妖精ですね』



そこそこ流暢な日本語で彼女がボソッと語った言葉。にわかには信じがたいが、ドキュメント制作サイドの人物による「妖精っているんですか?」という素朴な質問に対して、



『日本には『ザシキワラシ』居ますよね。そういうの』



と微笑みながら答えた女性。その間も坦々とパンを作り続けている。その後、店の立地条件が分かるような屋外からのアングルの映像が流れる。周囲が森に囲まれるように存在する白い建物。再び場面が切り替わって開店後、近隣の常連さんが出来立てのパンを求めて店を訪れる。とても一人で作ったとは思えないほど豊富な種類のパンが店頭に並び、子供のお母さん世代くらいの女性が嬉しそうに一つ一つトングで盆に乗せてゆく。



『すごく良い匂いですよね!ほとんど毎日買いにきてます』



そんな風に続いてゆくドキュメントは単身日本を訪れ、今はその場所でパン屋を営む女性の生活に密着する内容だった。女性の名は『メアリー』さん。既婚者で旦那さんの後押しもあり始めたパン屋さんを経営する傍ら趣味で地域の「風景」に妖精を登場させた絵を描いている。最近になってパン屋さんもさることながら、その独特の絵画がSNSで話題になったという経緯があり、今回取材班の目に留まったらしい。



番組中で紹介された作品の一つが広々とした土地の大きな『樫の木』の周りに羽を生やした妖精が飛び交う光景を描いたもの。メルヘンチックな作風というよりは本当にそういう存在が彼女の目に映り込んでいると思えてしまう不思議なリアリティーのある妖精が描かれている。幼い頃から妖精の物語に親しんできた彼女だからこそ描ける『妖精』はこの国の雰囲気にしっかり馴染んでいる。



『この場所の自然がわたしにインスピレーションをくれます。自然が語りかけてくれるんです』



彼女のその言葉がとても印象に残った。30分の枠の番組ではあったが放送後のSNSの評判を確認してみると結構な数で「今度行ってみたい」という意見があった。諸々を確認してから、少し寝転がる。




しとしと雨の窓の向こう、あまりにも離れているから見通せるわけではないがずっと向こうには確かにあのパン屋さんも、メアリーさんという女性も存在する。妖精だって存在すると思う人はいるのだろう。そのうち小腹が空いて、猛烈にパンが食べたくなる。このアパートに越してきて早一年経ったが、近場にパン屋さんが存在するのかどうかすら調べたことがなかった。地図アプリはいとも容易く指し示してくれる。



<雨ちょっと止んできたかな>



徒歩で7、8分ほどの場所にあったパン屋へ向かう間に雨が上がりつつある。ビニール傘を閉じても良いけれど、なんとなくそのまま歩いた。あの番組で観たのと似たような作りの店舗を見つけて、少し胸が高鳴る。やはり店頭には香ばしい匂いが漂っていて一般に湿度には弱いと言われるパンではあるけれど、この日は特に食欲を唆る。バゲットやベーグルと言った物も惹かれはしたけれど、その場で齧り付きたくなるような惣菜パンの誘惑には抗えなかった。



「おねがいします」



会計時にふと気付いたこと。レジ付近に絵が飾ってある。偶然にもメルヘンチックな妖精が描かれていて、メアリーさんが描いたものよりもずっと日本人の子供のような顔つきをしている妖精だった。思わず「ふふ」という声が出てしまったが、その愛らしい様子が気持ちを和ませてくれる。



帰るときにはすっかり雨の気配も無くなり、なんとなく後ろを振り返ってみた。



「!!」



こんなにも早く虹は出るものだろうか。うっすらではあるが二重の虹になっている。いつも思うことではあるが写真で見るよりも本物はいつも鮮やかでどこか神秘的だ。科学的に説明が付いてしまうものではあるけれど、その日観た虹は「妖精」が自分に何かの理由で見せてくれたんじゃないかなと思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 日常の中に、妖精は潜んでいるのかも。 そんな風に毎日が楽しくなるような、不思議な魅力にあふれた作品でした(*´ω`*) なんだかパン屋さんに行きたくなりますね。 写真で見るよりも本物は鮮やか…
[良い点] 朝起きてみると、時々家具の位置とかずれている──アリエッティかな?(*´艸`*) と思ったらなんとなく『こびとずかん』みたいなのが浮かびはじめたけど、結局はふつうの妖精さんでした。 [気…
[良い点] 主人公の呟きのような心情から始まって、自然とパン屋さんの番組に引き込まれていきました。 訪れたパン屋にも妖精の絵があったのは、偶然なのかもしれませんが、何か感じるものがあります。 ラストの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ