5-14 クルジリオンにて~第二気球班編(三人称視点)
――再誕の暦867年10月6日、自由港クルジリオン、西の広場――
小さな川に架かる橋を渡るとクルジリオンの西側に入る。このあたりにはストリュア神聖帝国と貿易都市国家ムサナシピルの大使館がある(港町のほうが便利だから首都タイルスタではなくクルジリオンを選んだ)。両国の関係者の多くが住んでいるから、独特な文化に発展した。品揃いと値段重視なら街中心の露天市場がベストチョイス。ハイクラスな品物を求めるなら商会の拠点が多い北区画。でも東海地域の物ならこの異国風情溢れる西区画に軍配が上がる。
そんな西区画に訪れたのはラズエム=セグネールの第二気球班。天気がいい穏やかな午後、フィレリッタはカフェテリアのテラスでお茶を楽しむ。純白の海軍軍服と黄金色の長い三つ編みが通行人の目を引く。隣のスジェアラは向こうのムサナシピル大使館を観察して、見慣れない建築様式をスケッチしている。気に入った風景を絵にするのは彼女の数少ない趣味だ。じっとすることができないゼオリムなら、見たことがない熱帯産の果物を食べ終わったらすぐに店から飛び出した。
「地上でゆっくりするのも悪くないわね」
遠い異国で実家の嫌なことを全部忘れられて、フィレリッタはいつにも増して上機嫌だ。地上にいる間、いつものように忙しいのは艦隊の首脳陣と参謀たちだけ。海兵隊は護衛と守備の任務があるけど負担は若干減ってる。他の士官の仕事は船の留守番だけ。普段から激務の気球班なら留守番さえも免除される。それでフィレリッタたちはクルジリオンでの休日を満喫している。
「そう言えば、ミレスファル先輩たちは北の尖塔に登って街の景色を見るらしいね」
「先輩は本当に空が大好きだね。休暇でもあんな高いところに行くなんて。私は御免よ」
フィレリッタは気球班の仕事がちゃんとできるが、実は高いところはそんなに得意じゃない。今はもう慣れたが、最初の頃はみんなの前で強がって、怖いのを必死に我慢してた。昔のことを思い出すスジェアラは懐かしそうに微笑む。
「……なによ、その笑い方」
「別に、なにもないよ」
「ちっ、まったく、調子が狂うわね……」
スジェアラの告白からすでに3ヶ月過ぎた。にも拘らず、ゼオリム班の関係は何も変わっていない。今まで通りの関係が心地良いから答えを急かさないスジェアラ。それに甘えているフィレリッタ。そして二人の間に何かあったと察したが気づいてないように振る舞うゼオリム。事情を知っているファルナから見れば、何か新しい刺激的な出来事がなければ、ずっとこのまま変わらないんじゃないかと思い始めた。
「私は、フィレが答えなくてもいいけど、フィレのほうはいいの?ゼオリムとずっとこのままで」
「前も言ったよね。私は自分の気持がよくわからないから……」
「本当、難儀な性格ね。あの時のように、私がやってあげてもいいけど、」
「やめて、それ本当にきついから」
あのときスジェアラは第三者目線でフィレリッタとゼオリムの関係の変化を分析した。自分の言動が客観的にどう見られているかを聞いて、フィレリッタは死にたいほど恥ずかしかった。
「それにしても、あのバカ、すぐに戻るって言ったのに、どこに消えたのやら……」
「心配?」
「そんなわけじゃないけど……スジェも知っているでしょう?いつもぼうっとしてるみたいけど、あの子は機転が利くから多少のトラブルは自力で対処できる」
「ええ、まぁ」
「でも、昨日リエメイアさんたちが例の連中に狙われたって話もある。やっぱり単独行動は良くないような気が……」
「やっぱり心配しているじゃない」
「うっ、うるさいわね!ほら、行くわよ!」
お会計をして店から出た二人だが、周りにゼオリムの姿が見えない。スジェアラは遠話の魔法を使ってみる。そんな遠くに行ってないはずだから、居場所がわからなくてもいけると思った。そして予想通り、二回目の試みで北の方に意識を向けると、ゼオリムと通話できた。
「えっと……ごめん。もう一度最初からお願い」
『いいよ。今フィレがいる大通りから、ムサナシピル大使館の次の交差点で左に、そのまま進んで松の木が見えたら左に回って、今度は小池の前に右に、階段を降りたら左に回って、そこに神殿っぽい建物が見えたら、』
「覚えられるかこのバカ!大通りで待つからそっちから来なさいよ!」
『えー、でも今はちょっと手を離せないというか……』
「大丈夫、フィレ。メモ取ったから、多分行ける」
『さっすがスジェ!最高の補助員!』
「あんたは少し反省しなさいよ!なんでそんなややこしい路地に入り込んだのよ!」
ゼオリムが指定した地点についたら、二人は彼女がそんな裏路地に入った理由がなんとなくわかった。
「ここ、孤児院……なのか?」
神殿らしい建物の裏手にある、古めかしい施設の庭。木漏れ日の下に、ゼオリムは子供たちと追いかけっこで遊んでいる。日常的な、ありふれた光景だが、二人の目にはなぜかとても美しくて見えて、神々しいとさえ思える。
「言葉は通じないはず。なのに、どうしてあんなに楽しそうにしてるの?あのバカも、子供たちも」
「昔ゼオリムも神殿付属の孤児院にいたから、かも。それに、あの子には不思議と人を引き付ける魅力みたいなものがあるし」
「まぁ、確かにそんなところはあるよね」
「あの娘の、友達、なんですか?」
「あっ、はい。その、通りです」
淡い青色の素朴なローブを纏う初老の女性がカタコトのギーアル語で話しかけてきたら、フィレリッタもカタコトのギーアル語で返答する。
「カリスラントの、賓客、なんですね。ゆっくり、話しましょう。わたくしも、ギーアル語は、母語、違いますから」
「ストリュア神聖帝国、の方、ですか?」
この孤児院は神殿の付属施設らしい。女性の服装も神職っぽいから、フィレリッタはそう予想した。
「はい。わたくしは、この、レミューシエ=ライミアル神殿のリャンタムシィム、です。孤児院の、管理者も、兼ねます」
「リャンタム、シィム、ですか?」
「『燭光を執り、先導する者』、です。我が神殿の、司教に該当、階級の一つと、思いください」
神聖帝国語の役職名だが、不思議とその語呂に馴染みがあるように思える。フィレリッタとスジェアラはどこでその言葉を聞いたかを思い出そうとするが、すぐには答えが出てこない。
子供たちが遊び疲れたので、ゼオリムが二人のほうに来て、そして管理者と一緒に施設の中に。神殿の施設だけあって、質素ながらも、子供たちは過不足のない生活を過ごしているように見える。
「まったく、あんたには呆れたよ。ギーアル語も話せないくせに、よく異国の子供の間に入り込もうと考えたわね」
「ふふーん!わたしには、この万能な両手があるから!ね!」
大袈裟なボディランゲージを見せるゼオリムに、フィレリッタは頭が痛くなるが、管理者は優しく微笑む。
「この施設の子供は、みんなストリュア人です。クルジリオンの、住民は、外国人に友好的。差別などを、受けることはないが、この施設、敬遠しているようで、訪れる人は滅多に、いません。外部の方、と接する機会、ずっとほしいですので、ゼオリムさんが、子供たちと遊んでくれて、とても助かります」
「フィレ、おばさまはなんて言ってるの?」
「はぁ。あんたが子供たちと遊んでくれて、嬉しく思うってよ」
「それはよかった!そうだ、大事なことがあるから、フィレが代わりに伝えてくれる?ティリアちゃんもリムルースくんもすごく元気にしてるよ!」
「そっか。あの子たち、この施設出身なのね……」
多言語を話せる人材を育成するためにアンネはクルジリオンから孤児を引き取った。ゼオリムは孤児たちとよく遊んでいて、それでこの施設の話を聞いたみたい。タシフォーネに移住した二人が健やかに過ごしているのを聞いて、管理者は嬉しそうに頷く。
「アンネ殿下が、子供たちに、将来の選択肢を、提示してくれて、本当に助かります。カリスラントのこと、よく知らなかったので、前回の志願者は、二人だけでした。でもティリアとリムルースが良くして、もらっている話を聞いたら、増えるかもしれません。アンネ殿下は、これからも、子供を引き取ってくれるのでしょうか」
「私達は、責任者、違うので、確かなことは言えません。おそらく、もっと子供を集める、つもりです」
「わかりました。わたくしが、子供たち、話してみます」
どうやら神殿のほうに用事があるみたいで、管理者が先に退席すると、フィレリッタはどうしても気になることをスジェアラに相談する。
「ねぇ、スジェ。この神殿のシンボル、どっかで見たことない?」
「月の下のランタン……伝承と叡智を司るレルースイ=ラミエの象徴に、すごく似ているような……」
「さっき司教様が言ったのは確か、レミューシエ=ライミアル神殿……こんな偶然、ありえる?」
「ということは、司教様の役職リャンタムシィムは、『灯火の導き手レアンタマ=シーン』のこと?これは、もっと調べる必要がありそう……」
本棚のほうを見るスジェアラは、すぐにとんでもないものを発見する。
「フィ、フィレ!これ、古代魔導帝国語……!」
「うそっ……いや、微妙に違うみたい。でも私達でも読めるくらいに、よく似ている……」
本を取り出して調べる二人。カセシアル家は法服貴族の中で屈指の名家。本家の令嬢フィレリッタはもちろん、分家のスジェアラも古代魔導帝国語が堪能。でもゼオリムは二人が何を騒いでるのかよくわからない。
「ちょっとフィレ!勝手に本を読むのはよくないよ!」
「今はそれどころじゃない!後で謝るから、とにかくこの本を確かめないと!」
「おや、お二人さん、レミューシエ=ライミアルの教え、興味があるのですか」
「司教様!行儀が悪くて、すみません」
戻ってきた管理者にカタコトのギーアル語で謝ったら、フィレリッタは一度スジェアラの目を見る。そして深呼吸のあと、震え声の古代魔導帝国語で改めて話しかける。
「司教様、私が話している言葉がわかりますか?」
「……えっ?なにゆえ、そなたたちがストリュア語が……?」
管理者の言葉はやはり二人の知っている古代魔導帝国語と微妙に違うが、すごく似ている。
「このことは、大至急にアンネ様に報告しないと!」




