5-8 タシフォーネ防衛艦隊設立(三人称視点)
――再誕の暦867年9月28日、タシフォーネ島、港――
「おお、ついに!西の大陸だ!」
「艦長、何をそんなにはしゃいてる……俺達は別に最初に到達したわけでもねぇし……」
「いやいや副艦長、『最初に到達したカリスラント護衛艦隊』になったぜ、俺達」
「こ、細けえなぁ……」
港に降りたのはタシフォーネ防衛艦隊随伴護衛艦隊1番艦の艦長と部下たち。護衛艦隊は治安維持のために設計された。取り調べで民間船や海賊などに接触することが多く、場合によっては接舷戦闘を行う。なので鹵獲されると非常に危険な魔力レーダーを配備しない。情報収集能力が低いため基本的に追従している艦隊の指示通りに動く。それで通信と指揮機能を備える旗艦は存在しない、代わりに1番艦があるわけだ。
「おいお前ら、気を抜くなよ……って、ジミルか。艦長になったのにまだこんなバカをやらかすのか」
「ちっ。相変わらず小言が多いな、レイン」
護衛艦隊1番艦艦長サンダリエル候爵令息ジミルを注意するのは、先に降りたタシフォーネ防衛艦隊参謀のルームシズ伯爵令息レインフィール。同行している別の艦船に所属だが、二人は同じく海軍士官学校6期生の成績優秀者。タスリカ、ホーミルマの同期で、首席争いで僅差で敗れた同士だ。
「お久しぶりですね、ジミルさん、レインフィールさん」
「おお、タスリカがうちらの案内をやってくれるのか」
タシフォーネ防衛艦隊の司令と副司令は先に中央砦に赴いて、アンネ、ファルナ、リミアとこれからの方針について話している。増援の受け入れの実務はタスリカと防衛艦隊の参謀たちが処理する。
「ええ。またあなた達の面倒を見ることになりましたね」
「おいおい、いくらなんでもそんな言い方は……」
「いや、昔僕達の実家がタスリカにどれだけ迷惑をかけたかと思うと、そう言われるのも仕方ないような気が……」
「ふふ、大分素直になりましたね。レインフィールさん」
「ちっ、また優等生面しやがって……そういや、ホーちゃんも探検艦隊にいるよな?他の任務中?」
「ここにいますよ。最初から、私の隣に」
金色の瞳に赤いボサボサの長い髪の女性が直ぐ側にいる。派手な外見なのに、何故か二人に気づかれなかったホーミルマだ。
「うおっ本当だ!毎回こんな急に現れるなって、心臓に悪い」
「……はぁ、どうせ私は存在感がないよ……あと、ホーちゃん呼びはなんか馬鹿にされてるような気がするから、いい加減やめてくれないかな……」
一時は3つの貴族の家が誇りをかけて大騒ぎになった6期生の首席争いだが、当事者たちの仲は悪くない。あくまで成績で正々堂々と争ったってわけだ。周りの者が部外者の対抗馬であるタスリカに目をかけてこの競争に不当な影響を与えようとしたが、彼女は首席の座に執着しているわけでもないから、特に気にせず適当にあしらった。ホーミルマの方は何故かみんなに存在を忘れられた。
そんな6期生の4人が久しぶりに集まったから積もる話もあるが、まずは仕事を片付けなきゃならない。参謀3人は物資の受け取りを、艦長のジミルは部下たちを率いて割り振られた宿舎へ向かう。
今回タシフォーネに到着した船団は補給品と交易品を積み込んだ輸送艦6隻、そして戦闘艦6隻と護衛艦3隻で構成されるカリスラント海外領地防衛艦隊。現在の担当区域にちなんでタシフォーネ防衛艦隊とも呼ばれる。今のところシーリングス海峡だけを守ればいいので、戦力はこれだけで十分と判断した。パトロールする戦闘艦4隻が魔力レーダーと空中観測で海峡を監視、怪しい船を発見すると随伴する護衛艦2隻が接近して臨検する。今は平時だから自由航行保証作戦のときみたいに言うこと聞かないだけで砲撃するわけにはいかない。これからはカリスラント海岸と同じ治安維持体制に移行する。
夕方、軍務から解放された4人が合流して酒場へ。タスリカとホーミルマはまず、ここにいない6期生の首席の近況を聞く。
「フルストか?あいつ今は第四艦隊5番艦の艦長だ。また先を越された、くそ!」
「ジミルさんも今は艦長でしょう?」
「同じ艦長でも戦闘艦と護衛艦は全然違うだろうが!不人気の護衛艦なら昇進が早いと思ったのに、なんでこうなった!」
護衛艦は自分の目と耳を持たず、どうしても追従している艦隊の付属として見なされ、海軍の中で軽く見られる。アンネはいつも講義で「海軍にそれぞれ役割があり」、「護衛艦がいるからこそ平時のパトロール体制が成り立つ」と護衛艦の重要性を説くが、効果があまりない。
「……ホント、図体が大きい割に細かい人だね……」
不満そうに愚痴るジミルとぼそっと呟くホーミルマ、昔と全然変わらない二人を見てレインフィールとタスリカが苦笑する。
「まぁ、フルストの天下も明日で終わりか。参謀長になる気分はどうかな?ホーミルマ」
「うっ……あえて考えないようにしてるのに……大先輩のティエミリアさんを差し置いて、私が参謀長になるなんて……また胃が痛くなってきた。恨むよ、レインさん」
「仕方ありませんよ。ティエミリアさんはどう考えても、参謀長に向いていません」
ちなみに、副司令付き参謀テリークトは3期生で同じく大先輩だが、彼は卒業間近のとき家庭の事情で海軍を一時離脱したので昇進が遅れてる。そもそもテリークトは2番艦にいるから参謀長になれないし、代わりに次の副司令に内定している。
「しかし、まさかあのホーちゃんが一番出世するとはなぁ……その次はタスリカのザンミアル防衛艦隊司令。そうなると流石に追いつくのは無理か」
「あれ?意外ですね。ジミルさんから文句の一つや二つが来ると思いましたが」
他の3人が揃って微妙な顔になる。
「いや、その……あんま羨ましくないと言うか……あの役目、どう考えてもハズレだからなぁ……」
「国外に長期間駐在だけでも大変なのに、あのザンミアルとはねぇ……」
「そう、女が船乗りになれない、あのザンミアルだよ?うぅ、他人事なのに、私まで胃が痛い……」
本気で心配してくれる同期たちを見て、タスリカがまた苦笑する。
「大袈裟なんですよみんな。なんとかなるって……ほら、私にもそのザンミアルの血が半分入っていますし」
ちょうどその時注文した料理が来て、気まずい空気が一掃される。
「おお!うまいな!この『チールファ』ってやつ!」
「確かに美味しいけど、すぐに飽きると思うよ」
チーズたっぷりのチールファが油っこく感じるホーミルマは注文した量が多すぎるじゃないかと危惧するが、タスリカは「この二人がいれば問題ない」と言う。
「ふむ、そう言われると確かに毎日食べたいとは思わないね。配給以外の食べ物はこの島ではここだけか?対岸に大きい街があると聞いたが、どんな感じ?」
「あそこ、私達は入れませんよ。数日前その件で会談したが、これまでのいざこざのせいで交渉決裂しました」
「はぁ?嘘だろ?すぐ向こうの街に入れないのか!」
「あの街、シーリンタは敵地だと思った方がいい……あぁもう、あの会談のことを思い出すとホントに頭にくる……」
そしてタスリカとホーミルマは二人に先日の出来事を教えた。
「ってことは、こっちは海賊をぶっ潰しただけなのに、向こうが攻め込んできて被害甚大……逆恨みじゃねぇか!」
「正直、私は納得できない……アンネ様を『器が小さい』と侮辱したのよ。なんであいつらのために、私達が海峡を守る必要があるの?こっちだって戦死者が出たのになに被害者面を……」
「ホーミルマさん、海峡の治安維持はクルジリオンとの約束でもあるのですよ」
「わかっている。アンネ様の方針に異を唱えるつもりはありません。ただいくら正しいとわかっていても、私の感情が追いつかないだけ……はぁ、だから参謀長になりたくないのよ。自分の気持ちを抑えるのが得意な人がやればいいのに……」
実はこの中で気持ちを抑えるのが一番得意のはホーミルマだと他の3人が思うが、それを口に出すほど野暮じゃない。
「と言うか、戦死者が出たのか?ここの敵はそこまで手強いってのか?」
「敵が強い、というより、敵の指揮官がかなりのやり手ですね。海軍の戦力はこちらに遠く及ばないのに、ここまでの脅威になるとは思いませんでした」
そして話題はフェインルーサ大公との戦いに移った。
「街に行ってこの島の占領を宣言したら、翌日いきなり1400人で船40隻以上の大戦力が来たのか?なにその動員能力、どう考えてもおかしいだろう?」
「うん、でもそれが現実だったよ。しかも敵は海岸にあった城の高所から戦場を俯瞰して、3つの分隊にそれぞれ有効な独立行動をさせた。情報能力自体は前時代なのに大した指導力です。隔絶した機動力と火力がある私達でなければ絶対負けた……」
「それでもうちらに勝てないとわかったら、次は嵐の中の特攻か……マジ恐ろしいぜ」
「本当に恐ろしいのは敵の全員があんな無茶な作戦を当たり前のように受け入れたところだと思います。何か怪しげな術で洗脳したんじゃないかと疑いたくなりますね」
「相手は一度負けただけで、こちらが一番嫌なシチュエーションを見抜いたのよ……今でも思い出すと冷や汗をかく。アンネ様が事前に敵の作戦に気づかなかったら、ホントにこちらが負けたかもしれない……」
ジレンディスの嵐の戦い、それはカリスラント海軍成立以来最も負けに近い戦いだった。初めて感じた恐怖が参戦した者の心に深く刻まれて、あの時いなかった者にも伝わっていく。
「あの戦いを経験してわかった。私達は劣勢に対してホントに弱い。このままではいつか大きな敗北を喫するじゃないかと心配してる……」
「アンネ様がどうして演習の条件をこちらに不利のように設定することが多いのがよく理解しました。私達は実戦で不利な状況を経験する機会が少なすぎますから」
「幸い、あんな恐ろしい敵でも今は地上のことで手一杯か。うちらが相手しなくてもいいのは助かったぜ」
「あまり油断しないことね。あれはホントに、何を仕掛けてくるかわからないやつ……」
「いや、相手がこの島を奪い返したい原因は領地没収の口実になるから。既に王と交戦している今ならもう固執する意味はないんじゃないか?」
次に話題に出たのは、ジミルとレインフィールの明日からの配属先について。
「そういえば、お二人に聞きたいことがある。君達はリミアさんのところで長く務めたのね。えっと、ちょっと聞きにくいことだが……リミアさんは、その……大丈夫か?」
「ん?リミアさんは素晴らしいお方だよ。何が……あっ、そういうことね……」
ホーミルマは途中で気づいた。レインフィールが何を懸念しているのかを。
「あの大神殿砲撃事件の時私は作戦室にいたから直接見ていませんが、ホーミルマさんはブリッジにいましたよね?」
「うん。あの時のリミアさんは確かに怒りに我を忘れて、軽率な決断をしてしまった。でも、リミアさんが指揮官として相応しくない行動を取ったのは、あの一回だけだよ。私の知る限り」
「そ、そうか……なら安心、か」
「少なくとも探検艦隊でのリミアさんの仕事ぶりは完璧でした。仇の帝国を相手にする時だけ心が乱れるでしょう」
「だな。リミアさんの境遇を思うと寧ろそうならない方がおかしい。だから言ったんだろう、心配いらねぇって」
三人の言葉に納得したレインフィールは頷いて、次はシーリンタ周辺の情勢を聞く。
翌日の朝。港で非番の海軍士官たちが集まって、簡略な式典が執り行われる。新しい部隊の正式設立とそれに伴う人事異動だ。
「これからのカリスラント海外領地の安全は、あなたたちの肩にかかっています」
台の上に立つアンネが、海外領地防衛司令リミアと防衛艦隊司令、副司令に指揮官権限を意味する印章を手渡す。アンネの名代として政務も行うから、防衛司令のリミアはタシフォーネに駐在して、地上から防衛艦隊の采配を振る。防衛艦隊の副司令は女性で、2番艦の乗員は女性のみ。いざというときはリミアが2番艦に乗り、直接指揮を執る。
拍手の後に、次に台に登るのはホーミルマ。
「ホーミルマ・ロズフェリを探検艦隊の新しい参謀長に任命します。リミアの後任に就くのは大変だと思いますが、気負いせず励むといいです」
アンネがホーミルマの軍礼服に参謀長を意味する装飾をつける間、その当人は恐る恐るティエミリアのほうを向くが、大先輩の表情に全く変化がないのを見てホッとした。
タシフォーネ防衛艦隊の設立によって、探検艦隊は治安維持の任務から解放される。これでクルジリオンへの公式訪問の用意を本格的に進められる。




