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海軍王女アンネの異世界探検航海  作者: 海の向こうからのエレジー
チャプター5~ギーアル半島での外交
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5-7 シーリンタ支部長との会談 3

「……こちらはタシフォーネの状況を完全に把握していない、海賊が密かに協定に背いた可能性はあるのを認めます。しかしそれでカリスラントがタシフォーネを占拠してもいい理由になりません。これまでの戦闘の被害はやはりカリスラントに責任があると主張させていただきます」


「わかりました。そういうことでしたら、私に一つ提案があります。私がシーリンタに赴き、広場で市民にメッセージを送ることはできます。でも『謝罪』はできない、あくまで不幸な行き違いによって双方が被害を受けたことに『遺憾』の意を表します」


「それは……効果がないとは言いませんが、それで十分とは思えません」


「そして広場でカリスラントとシーリンタが手を取り合って、 長きに渡った海賊の脅威を打ち破ったと宣言します。夜は海賊からタシフォーネ奪還の祝いという名目で盛大な宴会を開きます」


「っ!本気で、仰っているのですか……」


「アンネ様、それは危険では……」


「大丈夫よ、どうせ実現しない」


 ファルナの言う通りだ。敵意が満ちたシーリンタの広場で、こんな相手の神経を逆撫でる挑発行為は火遊び同然。最悪の場合、シーリンタ当局でも抑えられないほどの暴動が起きる。まぁ、これは相手が絶対に受け入れられない提案だとわかってて、冷やかすのつもりで言ったんだ。タシフォーネの海賊を使って甘い汁を吸ったシーリンタで海賊殲滅の祝いをするのは、この20年の積み重ねが全否定されたようなものだから。市民の中に海賊の関係者も少なくないだろうし、有力者たちは海賊と協定を結んだのを公言していた。だから支部長はこの提案を受け入れられない。この場で承諾してもシーリンタに戻ったら周りの反対を受けて失脚する。


「……殿下は、無理難題を仰って……こちらをおちょくるのが楽しいですか?」


「そんなつもりはありません。海賊がいなくなったのを祝うのは当然なことだと思いますが、どこに問題があるのでしょうか?」


「問題しかありません……シーリンタは、海賊と協定を結んだのはご存知のはずです」


「それを解決する手段はさっき提示しました。タシフォーネの海賊はあの『朧の山のハゲタカ』に乗っ取られたことを公表して、協定が破られたから討ち滅ぼすしかなかった、とでも言えばいいです」


「心にもないことを……それくらいで抑えられるなら苦労しませんよ……」


 そう、「ハゲタカ」の件という抜け道を用意してあげたが、結局これくらいじゃシーリンタの市民と有力者は納得しない。彼らにとっての敵はあくまで私たちカリスラントなのだ。しかし、シーリンタの敵意がここまで深いのを考えると、私もいい加減腹をくくるべきか……


「イリージスク殿たちから聞いた話とは大違いです。アンネリーベル殿下がこんな器の小さい方とは思いませんでした。シーリンタにこれほどの犠牲が出たのに、なんとも思わないのですか?」


「私は、自分に責任があることは責任を取る、そうでないなら責任を取らない。理にかなわない要求は撥ね除けます。ただそれだけ。大体先の争いでは、こちらにも戦死者が出ました。私はそれを割り切ってそちらを責めずにいたのに、どうしてそちらは蒸し返すのですか?」


「そちらの犠牲なんてせいぜい10数人程度でしょう?こちらは千人<*1>以上ですぞ!殿下はこちらの千人より、カリスラントの僅かな被害の方が重いと仰るのですか!」


「……ふふふ、支部長さん……あなたは、どうやら、よほど私を怒らせたいのね?こちらの戦死者5人<*2>のほうが重いに決まっているじゃないですか!カリスラント海軍はみんな、私の教え子です。私がどれだけ悲しんでいるのを、あなたにはわかるのですか?」


 支部長の疑念に満ちた目を見て、私の心を乱す激しい感情が急速に冷えていく。この目はこれまで何度も見た。海軍士官学校を見学しにきたザンミアルの貴族やティレムズ共和国の議員も、校長として応対する私をこんな目で見た。錬金術ギルドの依頼で私を脅しに来たあの中央神殿のハゲ司教も同じ目だ。私のことを全く信じていない目だ。こんな目をする人は大体「こんな小娘と茶番を続けてたまるか」、「なぜ早く本物の責任者を出さない」、「こいつは自分が飾りである自覚はないのか」みたいなことを考える。私の肩書と実績も、立派な海軍軍礼服も、服につけてる数々の勲章も、彼らに私の言葉を信じさせることができない。これ以上話しても無駄、会談をさっさと切り上げようと決意した私は頭の中で、理想的な終わり方に至る筋道を立てる。


「支部長さんにお聞きしたいのですが、あなたはフェインルーサ大公に対しても、こんなふざけたことを言えますか?」


「……えっ?」


「王女と大公、どちらの身分が上ですか?」


「それは……場合によります。一概とは言えない、としか……」


「確かに。じゃ次は、カリスラント海外領地総督として、現在私の支配下にある土地は64615平方KMあります。フェインルーサ大公と比べると、どちらが上ですか?」


 タシフォーネを失った前の、全盛期のフェインルーサ大公でも支配領域は13000平方KMくらい、私の1/5しかない。まぁトリスタ=フィンダール島はまだほぼ無人、領地の人口と経済規模は完敗だが、都合の悪いことを今言う必要はない。


「で、殿下の方、だが……」


「後は、軍事力か。動かせる兵の数は大公のほうが多いが、これまで3回<*3>戦って私は3回全部勝ちました。これも私が上で、異論はないよね?」


「……何を仰いたいのですか?」


「あなたは、格下のフェインルーサ大公には言えないような失礼なことを、格上の私に平然と言いました。私のことを軽んじているから相応な敬意を払っていない。違いますか?」


 私は意味もなく自分の立場と権力を誇示したいわけじゃない。支部長の失礼を咎めるために言った。少し強引な論法だが、図星を突かれたから彼は何も言い返せない。


「そちらの考えはよくわかりました。金輪際シーリンタと関わりを持たないので、そちらもこれ以上こちらに気を使わなくていい。まぁ心配する必要はない。それでもカリスラントは海峡の治安をちゃんと守ります。我々は責任感ある海峡の管理者ですから」


「アンネ様!?感情的な決断を下してはなりません!」


「アンネ様も仰っいました。シーリンタの協力は、タシフォーネの長期保持に不可欠なんです」


 慌てて私を諌めるファルナとリミアを見て嬉しく思う。ちゃんと私が間違わないように止めてくれるのね。でも今回は私のほうが正しい。私は別に冷静さを失ったわけじゃない、ただ感情的に振る舞ったほうが都合がいいだけ。そしてシーリンタの協力はもう無理だと判断したから方針転換すると決めた。


「二人ともありがとう。でも私の判断は変わらない。後で説明するから」


「……殿下は、本当にそれでいいですか?シーリンタと連携が取れないままでは、タシフォーネは完全に孤立してしまいますぞ」


 これがシーリンタ側が強気でいられるわけだ。タシフォーネのような小さな島は近くにサポートしてくれる拠点がないと維持するのが難しい。この一ヶ月で探検艦隊のみんなもそれを実感した。例えば地球では香港の独立は非現実的と言われる原因は、大陸との連絡が絶たれると、真水の取得さえもままならない。まぁこの世界では水生成の魔法があるからそこまで厳しい状況にはならない。それにタシフォーネの土地面積は57平方KMある、小さすぎて自立できないほどでもない。地球で言うなら、インド洋でのアメリカの重要拠点ディエゴガルシアなんて36平方KMしかないのに、戦略爆撃機用の大型滑走路まで作れた。タシフォーネも効率よく土地を使えばどうとでもなる。最後に一番重要なのは、制海権はこっちが握っている。それでもっと遠くから補給品を輸送できる。しばらくはみんなに不便をかけるが……


「もう決めたことです。そちらが心配する必要はありません」


 支部長の顔が真っ青になった。これではカリスラントとの関係改善は完全失敗。初っ端から大公の言いつけを破ってしまう。


「……どうか、ご再考いただけますか……事情があって、殿下のご希望に添えられませんが……シーリンタは決してカリスラントに楯突くつもりはありません」


「んー、そうですね。手ぶらで帰らせるのも悪いか。こうしましょう。これまでフェインルーサに納めた艦隊維持費の半分、それを治安維持費として供出してください」


「え゛……わ、わかりました……だが半分だけでいいですか?」


「半分でいい。我々の船が優れているからそんなに費用がかかりません」


 事前にミンスターから金額を聞いたので半分で足りると判明した。支部長はこの結果に満足したわけじゃないが、ホッとしたように見える。完全なる関係断絶という最悪の結果を免れたから。


「殿下、ここはカリスラントが強気に出れる理由を教えた方が、今後の交渉がやりやすいと思います」


 ミンスターは従者に命じて、昨日のアルスタール湾開発計画の副本を取り出す。


「大丈夫ですか?まだ公表していませんね?」


「構いませんよ。これは機密ではありません」


 支部長が計画書を読むとますます顔色が悪くなる。このギーアル半島に第三の貿易センターが誕生しようとしているのだ。同じ国で近場にあるからクルジリオン以上に厄介な相手になりそう。しかもカリスラントは新しい自由港の権利の半分を持つことになる。このままでは、アルストの街が出来上がると必然的にシーリンタは大陸間貿易から締め出される。さらに言うと、タシフォーネからアルストまでの船旅は1日弱。シーリンタほど便利じゃないが、心強い味方の拠点になる。


「どうでしょうか、支部長殿?私の見た感じ、シーリンタは今のうちにカリスラントを味方にしないと手遅れになりますが」


「はい……使者殿の読み通りです。これは大至急に、皆の衆に伝わねば……」


 会談はこれでお開きになった。支部長はすぐにシーリンタに戻り、私とミンスターは改めて協議して、国民の扱いの部分だけ外して、他の条項で条約締結とする。


「申し訳ありません。昨日あんな楽観的な予測をしたのに、まさかシーリンタがここまで強硬姿勢をとるとは……」


「いいえ、ミンスターさんのせいではありません。もしかすると……シーリンタにフェインルーサ大公の意思が十分に伝わっていないような気がします」


「確かにそうみたいですね。大公が撤退直前の訓示だから詳しく説明する暇がなく、それで認識の齟齬が生じたのか……」


 おそらく、大公は「頭を下げてもカリスラントと関係改善すべき」と話したつもりだったが、シーリンタは「できるだけ自分の優位性を保ちながら関係改善しよう」と受け取った。シーリンタの人々はプライドが高いから自然とあんな風に解釈したね。


「私は一連の出来事と租借条約を報告するために一度カーチヤ(カーチマス王都)に戻ります。済んだらまたシーリンタに来るから、何かあれば遠慮なく私の配下にお申し付けください」


「そうでしたら、3日ほど待ってくれますか?本国からの船団がもうすぐ到着します。今回はカリスラント王直筆の親書を届けるから、それをカーチマス王陛下にお渡してもらいたいです」


 船団はもうトリスタ=フィンダール島についた。今回はタシフォーネの防衛を担う艦隊も一緒だから、いよいよ探検艦隊が自由に動けるね。


 その後、3階に戻った私は副司令と参謀たちと会談の結果について意見交換をする。


「会談の途中でわかった。シーリンタの敵意は思った以上に深い。どの道士官たちを安心して行かせることができない。当面は島の中で息抜きさせるか、ちょっと遠いクルジリオンに遊びに行かせる」


 クルジリオンまでの船旅は3日ほど、休日のプランとしてはさすがにちょっと遠すぎるが……クルジリオンには歓楽街という魅力的なコンテンツがあるから、男性士官にとっては移動に時間を費やす価値はありそうね。


「それも仕方ないか。今日の様子からして、シーリンタに入るのはちょっと危ういですな」


 ケロスのじいちゃんが賛同して、異論もないので、これで決定になった。そんなときホーミルマがぼそっと発言する。


「もしかして、アンネ様がタシフォーネ租借に契約延長のオプションを要求したのは、こうなるのを見越して……?」


「いいところに気づいたね。アルスタールの開発案が出たから、シーリンタへの依存は大きく下がった。もしシーリンタと関係改善できないなら、将来カリスラントの拠点をアルストに移転して、5年後はタシフォーネを放棄するのも視野に入れている。シーリンタが使えないままでは、タシフォーネの価値は大きく下がるからね」


「シーリンタとはうまくいかなかったんですが、カーチマス王の使者がこちらに非常に協力的だとわかったのは今回の収穫だと言えましょう」


「今は、ですね。アルスタール湾開発が終わるまで私達とは利害が一致するが、後のことはまだ油断できません」


 自分の発言にケチを付けるような形で口を挟むサーリエミにリエメイアが睨みつける。もう、この二人いつになったら仲良くなれるの?


「まぁ開発が終わってもアルストの街がある。そこで両方とも大いに稼げるなら私たちに敵対する理由がないだろうね」


 アルストは大陸間貿易がセールスポイントの街になる予定だから、カリスラント勢がいなくなると必ず衰退する。だから私たちを排除して独り占めするのは無意味。アルストの繁栄は両国関係の鍵になるとみんなが納得するところでテリークトが質問する。


「アンネ様は、シーリンタとの関係改善についてどう考えていますか?本当にこれで諦めるのですか?」


「そうですね……支部長がアルスタール湾開発の情報を持ち帰って他の人に伝えると、彼らに危機感が募って態度が軟化すると思う。ちゃんと誠意を見せてくれるなら改めて交渉してもいい。満足できる成果があったらタシフォーネを放棄しなくてもいいね」


 ギーアル半島の3つの自由港は、これからのカリスラント海外領地と諸外国の関係に大きな影響を与える。クルジリオンの地形条件は悪いが、周辺に多数の資源生産地があり、そして西のストリュア神聖帝国、南のムサナシピルと繋がりを持つのが強みだ。アルストの長所はカリスラント人居住地による大陸間貿易。治水工事が一段落したら、ルスム川の内陸水運で王都カーチヤまで一気に行ける。そこはクルジリオンの条件に似ている。周辺の湿原を開発できたら一大穀倉地帯になるか、木綿の産地にもなれそうだが、今はまだなんの価値もない。ポテンシャルが高いが、街の建設すら始まっていないのがアルストだ。最後のシーリンタは、周辺の土地の価値がクルジリオンに劣るが、戦略的位置がよすぎる。半島の北と南を行き来するなら基本はシーリングス海峡を通過するから、長距離移動の途中寄港地に選ばれることが多い。その地理的利点は誰にも奪うことができない。カリスラントとのわだかまりによってシーリンタは一時劣勢に陥るかもしれないが……長い目で見るとやがて力を取り戻すだろう。今後もこの3つの自由港のパワーバランスに注目する必要があるね。


<*1>一連の争いで犠牲になったフェインルーサ勢は数千に及ぶが、それには他の領地からの援軍も含めます。ここの千人以上というのはシーリンタ出身者だけです。


<*2>ここの5人はジレンディスの嵐の戦いで戦死した者だけです。タシフォーネ攻略で犠牲になった海兵2名は海賊との戦いだからアンネの中では別件となっています。


<*3>本当は4回なんですが、リガンジエル城への攻撃は終始一方的だったからアンネはカウントにいれるのを忘れました。


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