5-6 シーリンタ支部長との会談 2
「では、賠償請求についてはミンスターさんの説得を待ちましょう。カリスラント人のシーリンタでの扱いについて話してもいいですか?」
これが今日の本題だ。タシフォーネは小さな島だし、軍事拠点の側面が強い。だから対岸の港町シーリンタで様々な機能を補完する必要がある。1時間強の船旅で向こうの飲食、娯楽、買い物などの施設を利用できる。士官たちの休日にちょうどいいプランだ。しかしその前にシーリンタはカリスラント人にとって安心できる場所なのかを確かめる必要がある。今まで色々あったんだし、シーリンタの住民がカリスラントに敵意を持ってもおかしくない。
「シーリンタは国際的貿易都市です。七国同盟の人々が同じく国民とみなされるのはもちろん、諸外国の人間も何不自由なく過ごしています。カリスラント人はそれだけでは満足できない、特別扱いを求めようとしているのですか?」
「……私はそういう意味で言ったわけじゃないのは、支部長さんもわかっているでしょう?シーリンタがこちらを快く思っていないのは承知しています。カリスラント人が街に行くとほぼ確実にトラブルが発生します。支部長さんはそれについてどう考えています?シーリンタの法律はちゃんとカリスラント人を守ってくれるのでしょうか?」
この一ヶ月の交渉の間に、ミンスターの配下たちとお互いの法律に関して情報交換した。カーチマスの法律は、まぁ……文化の違いのせいなのか、こちらにとって理解に苦しむところはある。でも全体的に見ると特に理不尽なところはない。カリスラント人がそのままカーチマス法に従うのは問題ないだろう。しかし司法の実務で、その法律が公平にカリスラント人に適用してくれるかどうかが問題だ。
地球の帝国主義時代にあった不平等条約では、領事裁判権は代表的な条項の一つに挙げられる。立場が弱い国では、列強の国民を法で裁く権利を奪われ、領事の忖度によって外国人が優遇されたり、犯罪が野放しにされる。しかし列強にはその権利を強引に獲得する理由があると思う。そうしないと逆に外国人が不当に扱われるから。地元の人間との商取引で揉め事から、強盗殺人にまで深刻化しても、結局まともに取り扱ってもらえない事例はいくらでもある。話が通じないなら力ずくでやるしかない、どうせなら今後同じようなことが起きないように領事裁判権ももぎ取ろうってわけだ。
この司法権問題の根源は、お互いに対する不信だと思う。現に私も信じ切れずにいる――カリスラント人がシーリンタで犯罪の容疑がかけられる場合、果たして公正な裁判をしてくれるのか?財産が不当に奪われるとき、当局はカリスラント人の権利を守ってくれるのか?まぁ領事裁判権はさすがに強引すぎると思うし、そこまでやる必要もない。これから建設する新たの自由港アルストでは、司法案件はカリスラント人の裁判官一人とカーチマス人の裁判官一人が共同審理する予定。私的にはこれくらいがちょうどいいじゃないかと思うけど……シーリンタ側はどう考るのかな。
「……難しいですね。正直に申すと、面倒事が避けられないなら、無理にシーリンタに来なくてもいいではないかと考えています」
支部長の答えに、私とミンスターは眉をひそめる。
「支部長殿。シーリンタには……本当にカリスラントと仲良くやっていこうという意思があるのですか」
「使者殿……こちらにも事情があります。決して難癖をつけようなどではありません。カリスラント人が損失を受けるよりはましだと考えています」
「そうですか。こんな事を言いたくなかったのですが……確かにシーリンタはフェインルーサ大公に艦隊の維持費の一部を支払っていましたね。現在海峡の安全はカリスラントの艦隊が守ってくれています。まさかそれが無償の善意だと思っていませんよね?」
「ま、まさか、使者殿は、シーリンタがその治安維持の費用を負担すべきと……」
「アンネリーベル殿下は鷹揚なお方ですから、シーリンタがカリスラント人を受け入れて便宜を図ってくれるならそれで十分だと考えているみたいです。しかしそれさえも叶わないとなると……」
地球の歴史で言えば、これは堺に対して織田信長が矢銭を要求したみたいなことだ。うちとシーリンタの関係を考えるとこれはかなり横暴だし、こっちは外国だから当然法的根拠もない。だから私はこんな手段を取りたくない。代わりにミンスターが悪役を演じてくれた。まぁ彼の方がシーリンタに対して強気に出れる立場(カーチマス王の軍勢が街の中にいる)というのもあるのね。
「……シーリンタ市民の悪感情を緩和する方法はあります。しかし、それをアンネリーベル殿下に伝えるべきかどうか、私には判断できません」
「どういうことなんですか?とりあえず言ってみてください」
今までのやり取りでわかった。この支部長の立場は非常に弱い。こんな困難な状況で急遽就任したから、街の有力者たちの影響に抗えない。状況から察するに、多分その有力者たちはカリスラントを敵視して、カリスラントに強硬姿勢を貫くように支部長に圧力をかけるが、フェインルーサ大公はカリスラントを味方にすべきと忠告した。それで支部長が板挟みになったわけだ。そんな支部長を躊躇わせる方法とやらは、一体……?
「シーリングス海峡自由航行保証作戦、そしてジレンディス期間中の戦い、多くのシーリンタ市民の親族や縁者が犠牲になりました。愛する人の死に、彼らはカリスラントに責任があると考えています」
「あれは正当な戦闘による犠牲、責任なら彼らに出撃を命じたフェインルーサ大公に問うべきと思うが……彼らはそれで納得しないのですね」
「はい。多くの市民はアンネリーベル殿下の謝罪の言葉を求めていますが、さすがにそれは殿下に不敬だと考えまして……できればここは、遺族たちのためにカリスラントが慰謝料を支払うことで手を打ちたいと考えております」
「ならこちらもはっきり言いましょう。これまでシーリンタ周辺でカリスラントが行った戦闘はすべて正当なものであり、敵側の戦死者に謝罪や賠償を出すことは絶対にありえません」
「絶対に、ですか……殿下は本当に、シーリンタと仲良くしようという意思があるのですか?」
これは、わざと私を怒らせるつもりなのか?頭にきたけど、外交交渉では冷静を保つのが大事だ。
「……へぇ、さっきのミンスターさんの言葉をそのまま返しましたか。逆に聞きましょう。昔七国同盟がストリュア神聖帝国と長い間戦いました。相手の戦死者に対して謝罪や賠償をしたことがありますか?」
「もちろん、一度もありません」
「それはなぜですか?」
「我々は防衛する側ですゆえ……つまり、カリスラントも防衛側だと、殿下がそう仰いたいのですね」
「違いますか?」
「状況は全然違います。カリスラントがタシフォーネを占拠したから、大公様が兵を出しました。この争いはカリスラントが引き起こしました」
……はぁ。私はカリスラント人がシーリンタに安全に入れるように交渉してるはずなのに、どうして先の戦闘の正当性について論争することになったの?
「こちらはただ海賊を討伐しただけです。どうしてそれで攻撃を受けなきゃならないのですか?」
「タシフォーネはカーチマスの固有領土です。奪還するために兵を出すのは当然です」
「ならどうして海賊から奪還しようとしなかったのですか?」
「……タシフォーネの海賊は、シーリンタと協定を結び、節度を持つ行動をしたゆえ、彼らが島に居座るのを認めました」
「節度、ねぇ……殺人依頼を請負、『旗』を持ってる船を襲うのもそうだと言えるのですか?カリスラント艦隊は現場を直接目撃しましたよ」
「そういう事実をこちらは一切確認していません。きっと何かの誤解です」
「あなたがたに確認できていないことはたくさんあると思いますけどね。『朧の山のハゲタカ』、という名は聞いたことありますか?」
「『朧の山のハゲタカ』?はて……どこかで聞いたことがあるような、ないような……この件にどういう関係が?」
「彼が一年ほど前にタシフォーネに流れ着き、先代ボスを殺害して砦を乗っ取ったことを、そちらは把握していないみたいですね」
「なにっ?!そんなことが……誠か?」
「私が説明するより、ミンスターさんのほうが信憑性があると思います。お願いできますか?」
「わかりました。『朧の山のハゲタカ』と言う者が海賊のボスになった経緯は捕虜から聞いた話だから、どこまで信じていいかわかりません。しかし『ハゲタカ』が近年タシフォーネに現れたのは確実です。七国同盟での知名度は低いが、彼は神聖帝国では賞金首でした。それもかなりの大物。3年前までは神聖帝国領内で傭兵くずれの山賊稼業をしていました。私は直接『ハゲタカ』を見ていないが、クルジリオンの者は彼の首とハンドアックスを神聖帝国に送って実際に賞金をもらったので身元は間違いありません。それに彼が討たれた場所はボスの部屋、つまりここの3階ですね。砦が陥落した時点で彼がボスというのも事実でしょう」
クルジリオンの職員が捕虜から「朧の山のハゲタカ」のことを聞いたとき、「あいつタシフォーネに逃げたのか」とびっくりして、急いで彼の首と武器を回収しに行った。噂ではそれなりの使い手らしいが、ジャイラに一撃で討ち取られた……まぁ相手が悪かったってことか。そういえばあの賞金のおかげて、鹵獲した海賊資産が増えて未払保険金の給付が少しだけ楽になったね。ありがとう、神聖帝国。
「これでわかってくれましたか?そちらはタシフォーネが乗っ取られたことさえも把握していないのに、殺人依頼は事実じゃないなんて、本当に言えるのでしょうか?それに、知らないうちにボスが変わったなら、協定とやらはまだ有効と言えるのでしょうか?」
おそらく、シーリンタ支部が意図的に海賊と距離を保っていた弊害だね。でないとすぐ対岸のことに気づかないのはおかしい。




