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海軍王女アンネの異世界探検航海  作者: 海の向こうからのエレジー
チャプター5~ギーアル半島での外交
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5-3 タシフォーネとアルスタール租借条約の確認 1

――30分後――


 この一ヶ月間、王の使者ミンスターはシーリンタと討伐軍のことで手一杯だったから、本人が直接タシフォーネに来てない。でも彼の指示を受けた官僚たちは何度もこっちに来て、タシフォーネ帰属問題などで交渉を重ねた。これからやるのはその結果の確認作業と言える。


「まずはこのタシフォーネ島ですね。この文書に書いた通り、これからは租借地としてカリスラント海外領地の一部になりますが、カリスラント王国はタシフォーネがカーチマス王国の固有領土だと認めます。毎年規定量の貴金属を加え、関税収入の10%を使用料金として我々カーチマス王国に納めます。5年毎にカリスラント側に契約延長するかしないかを選択する権利が発生します。これでいいですね?」


「ええ。問題ありません」


 タシフォーネはすでにカリスラントが完全に支配したが、このまま現状追認するとどうしてもカーチマスの威信を損ねる。だから名目上では一度カーチマスに返還して改めて租借条約を結び、こっちが譲歩してカーチマスの顔を立てる形になった。特に「タシフォーネがカーチマス王国の固有領土だと認める」の一文が重要だ。これまで海賊の資産で未払保険金を補填して、カーチマスのタシフォーネ支配における正当性を揺さぶることができた。だから向こうはその正当性を回復するのに必死なのね。聞いた話によるとカーチマスは残りの未払保険金を自腹で清算しているみたい。領有権問題で譲歩した見返りに延長のオプション(もしタシフォーネが不要となれば切り捨てられる)を獲得したし、アルスタールのほうもこっちにとって非常に有利な条件になる。


「タシフォーネの移管により、カリスラントに周辺海域の治安維持の義務が発生します。カリスラントは七国同盟の一員ではありませんが、タシフォーネ周辺およびシーリングス海峡においては例外参加という形式で、『セルフェンギーア安全通航保証条約』に明記された義務を履行し、権利が保証されます。これも問題ないですね?」


 私たちがタシフォーネを獲得したら責任を持って海峡の治安を守る――これは砦を攻略する前にクルジリオン支部と約束したことだ。この条文はその約束を明文化しただけだから、当然問題ない……と言いたいところだが、実はカリスラントは安全通航保証条約に例外参加で、有効範囲は責任海域のタシフォーネ周辺だけだから、条約による義務(海域内の海難事故の保険金肩代わり)だけ発生して、いいことは一つもない。まぁ、ここは向こうに利があるところだからね。仕方ない。


 それからタシフォーネでの七国同盟の国民の扱いなども確認したが、このあたりだけはまだ完全に確定できない。タシフォーネのことは対岸のシーリンタと深く関係しているから、カリスラント国民のシーリンタでの扱いも一緒に決めておくべきと、双方が同じ考えに至ったから。しかし今のシーリンタは急激な変化によって混乱している。リガンジエル城の破棄とともにフェインルーサ大公が撤退、代わりにミンスターが率いる王家直属の官僚チームが入った。自由港だから街の行政権は商業ギルド支部が握っているままだが、後ろ盾が変わったので色々やり方を変える必要もあるだろう。シーリンタの支部長も更迭した。今回の交渉が難航したのはまさにそれが原因だ。明日はその新任の支部長がこっちに来て今後の話をする。順調に行けば条約締結までいけるかもしれないが……多分そんな簡単にはいかないね。


「……さて、次はアルスタール湾の共同開発についてですね」


 ミンスターが無自覚に少し早口になって声のトーンが上がる。カーチマス王たちにとってこっちのほうは非常に重要、そして心躍るプロジェクトなのはよくわかる。


 広がれたアルスタール湾の地図に開発計画の表記がいっぱい書かれている。こっちは最初タシフォーネの確保とシーリンタでの権利を目標としていたが、3回目の交渉でカーチマス側から一つ予想外の提案が出た。「カーチマス南西部に新たの港を作りたい」から、相談に乗ってくれるかと。向こうが提示した候補地はこのアルスタール湾だ。カーチマスの最大な河川ルスム川水系の河口で、巨大なラグーンによる天然港湾だが、様々の問題があるため今まで有効利用できなかった。ラグーンの土砂堆積。ルスム川の水害。湾岸の土地大半は干潟と湿原、使いづらいだけでなく疫病の温床にもなる。そして最大な難点は政治関係。土地の所有権が複数の領主に分かれていたから足並みを揃えるのが至難の業だった。でもカーチマス王が権力を取り戻す過程でこの辺りの多くの土地を押さえて、これでようやくスタート地点に立ったってわけだ。七国同盟にこんな大規模の整地と港湾開発のノウハウがないから、最初は神聖帝国か、ハインフェーカ王国に助力を仰ぐ予定だったが、より先進的な技術を持っていそうなカリスラントが現れたのでこっちに話を持ってきた。カーチマス王は本当に運がいいね。ちょうどうちも似たような地形のロミールの開発に私が地球の知識を実際に投入したから、カリスラント以上にこのプロジェクトに適任なパートナーはいないと断言できる。あの時使った機材と人員を持て余しているからこっちにとっても嬉しい話だ。


「11月下旬カリスラントのスタッフと機材がこちらに到着する予定、水深調査の後に浚渫を始めます……」


 航路を確保するためにラグーンを浚渫、その廃棄物である土砂で干潟を埋め立て海岸線を整理、今後の土砂堆積を防ぐために治水工事でルスム川とロスリム川の河口を移動させる……この巨大なプロジェクトはかなりの時間を要する。半年後に最低限の整地を済ませて初期の港施設を建設。自由港アルストの街ができあがるのは2、3年後かな。湿原の開発とラグーン西側の海軍基地の詳細スケジュールはまだ未定だが少なくとも5年後。治水関連なら合計10年以上はかかるだろう。遙か未来でこの開発プロジェクトは環境破壊の代表例に挙げられるかもしれないね。


 なぜカーチマスがうちに頭を下げて、さらに膨大な金銭と労力を投入してまでこの開発をする必要があるのか。きっとこの先のカーチマスの政治改革に必要だからと私が考える。幼少期のカーチマス王は大貴族に抑圧されてきたので、権力を取り戻してからずっと貴族領主たちの力を抑えようとしている。つまり、中央集権を目指して邁進中ということだ。


 封建制みたいな地方分権はあまり効率的とは言えない統治体制だ。中央の力が地方に浸透できていない。そして地方の領主たちはお互いの利害が対立して足の引っ張り合い。これは先のアルスタール湾開発の話からでもわかる。カーチマス王がこれまで大規模の国替えを行ったからやっと計画を始められる。それでも封建制をこの世界の国々、さらに地球の近世までも採用した理由は、そうしないと遠隔地を統治できないから。交通と通信手段の進歩によって政府機関の統治できる範囲が広がるともう権力を地方領主に委ねる必要がない、やがて封建制が淘汰されたってわけだ。カーチマス王が目指す中央集権は、同じく交通と通信の問題を克服する必要がある。この世界に「遠話」の魔法があるから、それを十分に活かせば通信はそう難しくない。交通でもカーチマス王国の地形は非常に都合がいい。ギーアル半島の先端だから、船の質と量さえ確保できればほぼ全領土を海上交通でアクセスできる。これがカーチマス王が特に海軍を重要視している原因だろう。現在王の軍勢がシーリンタを押さえたのもその一環だが、シーリンタは商業が発達していてるからもう利用できる土地が少ない。大規模の海軍の母港を別の場所に作ったほうがいい。だからのアルスタール湾開発だ。


「開発計画始動のともに、アルスタール商業合弁会社を設立、カーチマス王家とカリスラント海外領地がそれぞれ50%の株式を所持。取締役会の役員人数もそれぞれ半分となります。工事の費用については、アルスト周辺(浚渫、埋め立て、街の建設)は合弁会社への初期投資という形式でそれぞれ半分負担、それ以外(湿原開発、海軍基地、治水)は会社と直接関係がないのでカーチマス王家全額負担となります。将来の自由港アルストを直接統治する商業ギルド支部の職員全員がこの合弁会社の社員となります。支部長は取締役会の中からカーチマス人1名を選出します。アルストの東側をカリスラント人居住区域に指定、区域内の司法案件はカリスラント人の裁判官一人とカーチマス人の裁判官一人が合議で審理します」


 条文で特に言及しないが、これは実質的に租借地扱いだ。アルストは自由港になる予定だから、わざわざ租借地にしなくても共同管理の形式で統治すればいい。これから作る新しい街だからこういうところはやりやすい。株式それぞれ半分だから利益配分のほうも非常に簡単だね。支部長はカーチマス人に限定したが、アルストでは支部長は単なる取締役会の代表で独断専行ができない。やがてアルストは大陸間貿易の聖地、そしてカリスラントの影響が極めて強い街になるだろう。このまま行けばおそらく、新時代海軍が登場する前のサーリッシュナルくらいか、それ以上の経済植民地になる。カーチマス国内にそれを快く思わない人間が出てくるだろうが、そこはカーチマス王に頑張って不満を抑えてもらいたい。幸いうちのやり方は地球の帝国主義時代とは違い、そこまで現地住民との軋轢を生まないはず。特に宗教関係のトラブルを回避できそうのが大きい。カリスラントの多神教は強引に布教などしないし、ギーアルの聖樹信仰も排他的じゃない。


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