5-2 ミギューレ秋季戦役の舞台裏
――再誕の暦867年9月24日、タシフォーネの砦、応接室――
「一ヶ月ぶりですね、アンネリーベル殿下」
カーチマス王の使者ミンスターと一緒に来たのは前回も見た眉間に深いシワがある護衛の人、そして前回いなかった10代後半に見える若い従者。
「あれ?ミンスターさん、前回の従者さんは?」
もしかして、前回の数々の挑発的な発言のせいで、責任を取らわせたかと考えたが、別にそんなことはなかった。
「……殿下は誠に心優しき御仁ですね。ご心配なさらず、彼は別命でシーリンタに残留しています。殿下は気にしていないみたいですが、前回は色々失礼な言動があったので顔合わせは避けたほうがいいかと」
「そうですか。あれも駆け引きの一環だと理解していますから」
「お心遣い感謝します」
ちなみに今回ミンスターと会うのは執務室ではなく2階の応接室。砦の整備が進んで、使えるスペースと施設も増えた。北に建設中の上級士官用住宅が完成すると私はそこに引っ越し、この館を近いうちにタシフォーネの代官と防衛司令に就任するリミアに譲る。
「タシフォーネの帰属とアルスタールの開発に関しては後で、先に現在の戦況を見ましょうか?こちらからも、いくつか聞きたいことがあります」
ファルナは用意された資料をミンスターの前に並べて、リミアは机の上にある半島東部の地図と部隊を模するコマの位置確認をする。地図を前にして、ミンスターが満足気に微笑むのを見て、私は苛立ちを覚える。
「あっ、申し訳ありません。この現状は殿下にとって望ましくないのを知っていながら……」
「……そう。神算鬼謀のカーチマス王陛下の狙い通りになった、ということですね」
「えっ、その……はい。事態の早期収束のために、そちらに情報支援を依頼しましたが……」
カリスラント探検艦隊の優れた情報収集能力を駆使して、討伐軍をサポートしてフェインルーサ大公を速やかに討伐する。そうすればタシフォーネ周辺の情勢が安定化、私たちは安心して探検の旅を続ける――当初はそんな話だったが、海路からカーチマス王の直属部隊1700人がシーリンタに到着するとそのまま駐在して、治安維持と統制強化に運用される。フェインルーサ大公との戦いはリズカエム公爵に丸投げ。そのリズカエム公爵の軍勢が壊滅した今でも動きがないと、私たちもさすがにカーチマス王に疑念を持ち始める。
「ええ、わかっていますよ。敵を騙すつもりならまずは味方から、ですね」
皮肉っぽく言い放った私に、ミンスターは席を立って頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。理由はどうであれ、そちらを欺くような真似をしてしまいました。しかしこちらはカリスラントに対して一切悪意がありません。誓ってもいい。決してカリスラントに不利益をもたらしません。どうか私に弁明の機会を与えてくれますか?」
そこまで言われるとこっちも引き下がるしかない。隠し事されたのは確かだが、こっちは被害を受けたわけじゃない。同盟国の間ではこんなのよくあることだ。ため息をついて、私はミンスターに席につくように促す。
「こちらの目的はすでに達成したからもう隠し事する必要がありません。ちょっと長くなりますが、誠意を示すために今回の件に関して包み隠さず説明したいと思います。まずはフェインルーサ大公の処遇ですが、実はこちらは最初取り潰すつもりはありませんでした。我々はフェインルーサ大公のことを高く評価しています。できれば彼の優れた内政と軍事の手腕を国のために使いたかった。しかし貴族領主としてのフェインルーサの力は強すぎます。中央の行政権まで渡したらもう誰にも止められません。今の彼に国を簒奪する野心がないのはわかっていますがそんなリスクを負えません。そこで我々が用意したのは、フェインルーサの力を半減させる領地分割案。大公がリガンジエル周辺を保持、ミギューレ周辺はフェインルーサの分家に譲渡させます」
有能な貴族領主に仕事を任せたいが、同時にその力も抑えたい――確かにこれは非常に難しい。厳しすぎるのも緩すぎるのも問題になる。当人も、そのポストを狙ってる人も、似たような立場の人も納得しない。
「ミギューレは、フェインルーサの先祖代々受け継いだ土地だと聞きます。それは、彼らを……フェインルーサ本家を、ふるさとから追い出す、という意味ですか?」
「いいえ、そういう意図はありません。単に(港町シーリンタを間接的に支配している)リガンジエルのほうの価値が高いから。それに大公はまだ嫡男の時長らくリガンジエルの代官を務めて、きっと彼にとってリガンジエルのほうが愛着があると考えています。もし彼が分割案に賛同した上でミギューレを所望するなら、配分を逆にしても構いません。重要なのはフェインルーサの力を半減させることだけ」
「なるほど」
噂によると、フェインルーサ大公はリガンジエル城が焼け落ちたとき珍しく感情をむき出しにした。そうか、青年時代からずっと大事にしてた居城を私たちがぶち壊したのね。まぁ自業自得だけど。
「しかし我々はしくじりました。タシフォーネの責任問題を口実にこの分割案を了承させようとしたが、彼を追い詰めすぎて爆発させました。大公がなりふり構わず会談の場を襲撃するのを見て、彼は領地の分割を絶対に受け入れないと悟りました。こうなってしまうと方針転換しかない。大公をこのまま取り潰すのは勿体ないので、カーチマスの未来にとって不要な人間の処分を彼にやらせます」
やっぱりね。大体そんなところじゃないかと思ったよ。王の直属部隊を温存して、貴族領主同士に潰し合ってもらう。エグいやり方だね。カーチマス王はこんな風に人を意のままに動かすのが得意みたい。私も今回はその中の一人か……
「それにしても、上手に当事者たちを操りましたね」
「はい。スミアル候爵の方はとても単純です。あの老人はおそらくこのギーアル半島で最も強欲な人間で、己の野心を隠そうともしない。それにかつてのシーリンタ継承争いで彼は先代フェインルーサ大公に負けて、いくつの領地を失いました。『今回の討伐に勝手に加勢して領地の切り取りをしても許される』、という噂をスミアル領に流したら、案の定首を突っ込んできました」
「もしスミアル候爵が順調に領地を切り取ったらどうする気ですか?」
「スミアル候爵は前から目に余る行動を繰り返したため、彼を討伐する大義名分はいくらでも用意できます。彼の戦力を削ぐことさえできればいい。問題は彼と討伐軍の間で一戦も起きない場合だが、スミアル候爵とリズカエム公爵の性格上それはありえないと我々が判断しました」
海外領地財務監査局が集めた情報によると、カーチマス王が傀儡にされ中央の統治が麻痺してる間、王国北部の有力領主スミアル候爵は周りの小領主に攻め込むなど強引な手段で勢力拡大した。彼の目標はおそらく王位簒奪ではなく、独立だと思われる。だから権力を取り戻したカーチマス王は、目の上のたんこぶであるスミアル候爵をこの機会で粛清したのね。
「リズカエム公爵の方はちょっと複雑ですね。彼は野心家ではなく、一応忠臣だと言える。有能とは言えないが全くの無能でもない。彼の問題はあの性格です。無駄にプライドが高くて自惚れ屋。隣の土地を治めるフェインルーサ大公を強く意識して、自分の方が優れていると思い込んでいます。だから我々は彼に自分の能力を証明するチャンスを与えました。そして予想通り彼は失敗した。王命を達成できず、多くの将兵を失った今では、彼はもう降格の処罰を拒めません」
「もしリズカエム公爵がフェインルーサの討伐に成功したらどうするつもりですか?」
「それなら我々が彼を過小評価したのを認めざるを得ません。本当に成功したら彼の功績を公正に評価して、相応な褒奨と中央のポストを与えるつもりでした。彼ならスミアル候爵みたいにフェインルーサの土地を勝手に奪う心配もないし。まぁ、あの性格だから最初から彼が成功する可能性はないと思いますがね。そちらが提供した情報は非常に役に立ちましたよ。部外者の情報と助言に従うままでは自分がフェインルーサ大公に勝つ証明にならないと、彼は頑なに拒否しました。正しい道筋を示したのに失敗したから、彼はどうやっても言い逃れができない。そちらの協力があってからここまで完璧な結果を得られました」
「そうですか。私たちも彼の失脚に一役を買いましたのね」
「はい。そちらに情報提供の支援を要請したのは彼を正当に評価するためです。助言を聞き入れる度量さえあれば、最低限の能力はあると彼を見直しますから」
多分それだけじゃない。カリスラントの情報収集能力を確かめたい、という意図もあるだろう。まぁこっちにとってもそのほうが都合がいい。私たちの力を知れば無駄にちょっかいを出す確率が下がるから。
「当事者たちの動きを完全に制御できるわけでもないから、正直ここまでうまくいくとは思いませんでした。カイヤンティ伯爵の動きだけは予想外だが……まぁ、彼が第二のスミアル候爵にならないように締め上げればいいです。打てる手はいくらでもあります」
カイヤンティ伯爵……スミアル候爵の援軍として参戦したのに、華麗な裏切りで下剋上を遂げたあいつのことね。彼はもう北部に帰って、スミアル候爵死後の混乱に乗じて勢力拡大しているらしい。
「カイヤンティ伯爵の動向も、こちらが船を出して調べておきましょうか?」
「それには及びません。約束ではそちらに協力を依頼する期間は一ヶ月。これ以上こちらの都合で殿下の探検を遅らせるわけにはいきません」
「そう言ってくれるのはありがたいですが、本当にいいですか?フェインルーサとの戦いもまだ続いてるでしょう?」
「それこそが我々が隠したかった真の狙いです。戦いを長引かせて、フェインルーサを疲弊させるのが目的です」
「……そういうことか。民衆を統治しやすくするためとはいえ、ひどいことするのね……」
ここでの「フェインルーサを疲弊させる」というのは、大公やその部隊が対象ではない。「フェインルーサの領民全体」を疲弊させるということだ。戦乱によって民の生活が苦しくなり、フェインルーサ大公への不満が募るのが狙いだ。
非難とも取れる私の言葉にミンスターはため息をついて、つらそうに答える。
「殿下の仰る通りです。しかしフェインルーサの人々は大公を深く敬愛している。大公を急いで倒しても領民が納得するはずはない。周辺の小領主と結託してフェインルーサの再興を目論み、新しい統治者に牙を剥くでしょう。後に反乱が爆発するより、今ここであえて領民と傘下の小領主を苦しめて、大公の恩義を忘れさせた方が結果的に犠牲が少なくなります。これは、苦肉の策です」
「……はぁ。確かにそうですね。フェインルーサ大公の求心力は普通じゃない。嵐の中で出撃するあの無茶な作戦でも全員が納得したんだし……だから普通のやり方ではダメですね。出過ぎたことを申しました。お許しください」
「いいえ、謝罪する必要はありません。民を思う殿下の尊き心に感銘しました。フェインルーサ領の情勢は不安定のままだが、これからはこちらが責任を持って大公を抑え込みます。殿下が留守にしてもタシフォーネに危険が及ぶことがないように。今の状況で大公もタシフォーネに手を出す余裕はないと思いますがね」
フェインルーサ領の戦いに関する話はこれでおしまい。予想以上に長話になったので、本番の条約の前に一旦小休止することになった。
もしフェインルーサ大公のような大身と傘下の小領主の関係がわかりにくいなら、日本戦国時代の守護大名と国人領主みたいなものだと思ってください。カイヤンティ伯爵がスミアル候爵を亡き者にしてその地盤を侵食するのも、守護代が守護を下剋上みたいなものです。まぁつまり長尾為景ですね。今回の話をわかりやすくするためにこんな感じで戦国時代から関係性がある人物を使って説明するつもりだったけど、アンネの思考に組み込むとどうしても不自然な描写になるからボツにしました。他のモデルならこんな感じです:
フェインルーサ≒北条氏(天下を取る野心がなく、軍事も強いがどちらかと言うと内政重視)
カーチマス王の策謀≒足利幕府のお家芸(有力領主に潰し合ってもらう)
スミアル候爵≒龍造寺隆信(侵略を繰り返すが最期は戦で不覚を)
リズカエム公爵≒一条兼定(諫言を聞かずに自滅)
当然細かいところは色々違うけど、あくまで似ている部分があるということです。




