4-26 燃え落ちる白亜の城(三人称視点)
――再誕の暦867年8月15日、タシフォーネ島、中央砦の地下牢――
「襲撃をかけたが、アンネ様には傷つけるなと厳命されている――そんなことを信用すると思いますか?そう言えばあなた達に温情をかけると思っているのですか?」
「本当だ。大公様は最終的に話し合いで方を付けるつもりだ。この襲撃も、話し合いで優位に立つための布石に過ぎない。もし王女殿下に危害を加えるともう交渉は無理だとわかっているから」
「……多分嘘じゃない。あの大公は理解している。私に害をなす危険性を」
捕虜になった騎士団長イリージスクを尋問しているアンネとファルナ。アンネの中ではこれからの行動についてもうほぼ決定したが、実行に移る前に一応彼の話を聞くことに。
「聞きたいことはこれくらいかな。正直に言うとあなたたちのことはどうでもいい。このまま帰しても構わない。でもせっかく捕まえたんだし、あなたにはメッセンジャーになってもらおうか。この後あなたを解放するが、海兵隊員の監視下で私の親書をフェインルーサ大公と商業ギルド支部に届けて。大事なメッセージだから確実に伝わらなくては困る」
「もし私がその依頼を拒否、もしくは途中で放棄する場合は?」
「そうね……あなたの大事な団員たちをムサナシピルの市場に売り払う、ってのはどう?」
「っ!我が誇り高い騎士たちを奴隷に貶めると言うのか?」
「私だってそんなことをしたくないよ。約束しよう。あなたと同行する海兵隊員が帰還して、あなたがメッセージを無事届けたのを確認できたら、必ず団員たちを解放する。別に無理な要求じゃないはずだ。そうでしょう?」
「……そのメッセージとは、一体?」
「シーリングス海峡自由航行保証作戦で我々の力を示したつもりだが、どうやらまだ不十分のようだ。今回約束を違えた報復として、明日我々はリガンジエル城に対して威嚇攻撃を実施する」
――再誕の暦867年8月16日、リガンジエル城、西の野営地――
騎士団長イリージスクの帰還と共に届いたアンネのメッセージには、ここまでの経緯と今回の作戦の詳細が書かれている。「非はフェインルーサ大公にあり」、「翌日18時よりリガンジエル城へ攻撃開始」、「それまでに人員と資産の退避を勧告する」、「リガンジエル城を中心に半径3KMを攻撃範囲に指定、範囲内のいかなる損害に責任を負わない」、「範囲外に被害を出した場合は後日商業ギルドシーリンタ支部を通して弁償する」――要約するとこんな感じだ。家臣たちはこれをはったりだと思って無視すべきと主張するが、フェインルーサ大公は本気だと捉え、直ちに重要資産の移転を始める。自分に万が一のことがある場合も考えて、嫡男のギリファスをフェインルーサ家の本拠地ミギューレ城に戻した。時間が足りないからすべての資産を運び出すのは無理だが、迅速に行動したため翌日の17時に貴重品の退避を終わらせた。大公の家臣団と親衛隊は城の西に野営地を構築、そこで様子を見てカリスラントの攻撃に対応する。
刻限の18時までの僅かな時間で、囚われの身となったイリージスクは自分の目で見たカリスラント艦隊の重要人物に関する情報を大公に伝える。
「……海兵隊長、ジャイルリーラ・プリア・カリスラント。君を打ち負かせるほどの剣術の達人で、あのアンネリーベルの年上の親族。もしや、カリスラント艦隊の本当の支配者は、彼女か?」
イリージスクの前でオリーストラスの名は一度も出たことがないから、今のジャイラの肩書が公爵夫人であることをフェインルーサ側は把握していない。
「いいえ。私の印象では、ジャイルリーラ殿は人生を剣に捧げるタイプの人間で、他の事にあまり興味がないように見えます。おそらくは白兵戦要員、アンネリーベル王女のお目付け役も兼ねているかもしれません」
「そうか。つまり……」
「はい。アンネリーベル王女は噂通り、とても聡明な方です。あの若さで艦隊を完璧に掌握して運用しているとは、恐れ入ります。他の重要人物なら、副官のファロネールシア殿と参謀長のリミア殿がいます。2人とも非常に優れた人間で、アンネリーベル王女からの信頼は絶大です」
「王女の周りは女性の側近で固めているか。副司令……確かケロス、という名の老人は?」
「ケロスヘニゲム殿とは会っていません。本当の話かどうかわかりませんが、彼が率いる部隊は別行動しているらしいです」
重要な会談の予定があったから、探検艦隊本当は分散行動していない、全員タシフォーネにいる。単にケロスヘニゲムたちがイリージスクに用がないから、意図的に会わないようにした。
「あんな少人数で、こうも頻繁に部隊を分ける余裕があると言うのか……」
そんなとき、伝令の兵士が小走りで大公の前に来た。
「報告します!灯台の東にカリスラントのものと思わしき艦隊を発見しました!数は4隻です」
「そろそろ時間か……全軍に告げる。敵の投射兵器に警戒!」
時刻はもう17時55分。これから上陸しても間に合わないし、あの少人数でリガンジエル城に到達できるとも思わない。
(やはり、我が艦隊を壊滅させたあの火を飛ばせる兵器で来るのか?本当にそんな遠くから、城を壊せるほどの威力があるのか?)
海岸から8KM離れた小丘の上に建ってるリガンジエル城だから、カリスラント艦隊が実際に現れた今でも、家臣たちはカリスラントが本当に有効な攻撃ができると信じていない。フェインルーサの人々を動揺させるためのはったりか、せいぜい嫌がらせ程度が限界だと考えている。しかし大公はそう思わない。今までのアンネの行動を見ると、宣言した以上必ず実施するだろう。その方法を把握しきれていないし、有効な対策がないのがもどかしい。
「艦隊の用意ができています。いつでもカリスラント艦隊を迎撃できます」
「ああ、今はそのまま待機しろ」
ジレンディスの嵐の作戦でフェインルーサの艦隊はほぼ全滅した。タシフォーネ島を失ったばかりの頃、奪還しようとするフェインルーサの艦隊はカリスラント探検艦隊に手も足も出ない、逃げ帰るのが精一杯だった。この状況で残り僅かの戦力でカリスラント艦隊相手になにかできるとは思わない。敵と交戦しないように待機させるのは、万が一の場合でリガンジエル城の被害を抑えるために艦隊を特攻させる必要があるかもしれないから。
沈んでゆく夕日の中、遠くから轟音が響く。降りてくる火の玉と赤褐色の液体を、親衛隊の魔法部隊が水魔法で迎撃する。ほとんどの攻撃は城の手前に落ちて、斜面の草地を燃やす。一部野営地に飛んだ攻撃は迎撃され被害が出てない。
「これで、打ち止めか。ご安心ください、大公様。敵の攻撃は全部防ぎました。こんな意味がない示威行動が続くとは考えられ、」
再び響く砲撃音の中、さっきよりも大量な火の玉が降り注ぐ。今度は精確にリガンジエル城に命中する。城にかかる禍々しい色の液体が引火され、瞬く間に城が燃え上がる。動揺する部隊の叫び声を制止し、大公は魔法部隊に消火作業に取り掛かるように命じる。
(外見はもう諦めるしかない。この火では中に残ってる物もダメだろう。だがこれくらいで済むなら城全体はなんとか持ち堪えそう。片付ければまだ防御施設として使える……)
フェインルーサ大公が損害を推し量り、どうにかダメージを抑えようとする時、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネールでは、気球に乗ってるゼオリムがリガンジエル城周辺を監視している。日が落ち、暗くなりつつ今なら、燃える城の周りが一番見やすくなってる。これもアンネが攻撃開始時刻を18時と定めた理由の一つ(主な理由は無関係な住民への被害を避けるため)。
『座標D-6とD-8、敵の魔法使いらしき集団が消火を試みています!』
「……旗艦と3番艦の次の攻撃目標を消火作業している部隊に変えよう」
基本的に船と施設にしか攻撃命令を出さないアンネから、珍しく「人間」をターゲットとする命令が出た。それだけ今回のことで腹が立っているし、自分たちにこれくらい精密な攻撃もできるのを教えてやろうと考えたから。
「ま、魔法部隊に攻撃が飛んできました!重傷者2名、被害はそう大きくありませんが……」
「……くっ、後退させろ。もう消火は無理だ」
このまま消火作業を続けさせてもさらなる攻撃を招くだけ。こんなところで貴重な魔法部隊を失うわけには行かない。大公はもうリガンジエル城の運命を天に委ねるしかない。
カリスラントの攻撃は18時35分の第五波で終わったが、しばらくその場に留まり、リガンジエル城の最期を見届ける。大公の家臣はもう一度消火作業を試みる、もしくは艦隊を出撃させると提案するが、大公は首を縦に振らない。どちらも成功する展望がないから。カリスラント艦隊が待機するのはきっと、いつでも攻撃再開できるようにするため。そして19時25分、最初に倒れた南城垣に続き、中央城砦も高温に耐えられずに崩れる。
「……アンネ、リーベル……っ!」
半生を費やして築き上げた自慢の拠点が炎の中で崩れ落ちる光景に、大公は拳を握りしめて怒りを必死に抑える。同じ時刻、撤収し始めるラズエム=セグネールのブリッジで、アンネは遠話を通して一人の男に話しかける。カーチマス王の使者、タシフォーネの中央砦から炎に飲み込まれるリガンジエル城を眺めているミンスターだ。
「これでもう十分なんですね?ミンスターさん」
『ええ。ご協力感謝いたします』
リガンジエル城を焼き払うと、城壁がない港町シーリンタは完全無防備な街になった。カーチマス王の軍勢が来たら大公はシーリンタの富と海上交通を放棄するしかない。財力、物資、部隊の展開スペース、戦う前からすべてが大幅に低下してしまう。そう、会談が台無しになったから、アンネはカーチマス王に協力すると決めた。タシフォーネ島はカリスラントに奪われるが、その失敗を理由にフェインルーサ大公を取り潰せば、カーチマス王家は失ったものより遥かに大きな実利を得られる。




