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海軍王女アンネの異世界探検航海  作者: 海の向こうからのエレジー
チャプター4~タシフォーネの砦
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4-24 フェインルーサ大公の見解と決断(三人称視点)

――再誕の暦867年8月13日、リガンジエル城、大公の執務室――


 タシフォーネ島の帰属問題を解決するために会談の場を設ける、というアンネからの要請は、すぐにカーチマス王の使者ミンスター経由してフェインルーサ大公のもとに届いた。その要請に対応するため大公は二人を呼び出した。一人は大公の嫡男にして後継者第一順位、21歳でフェインルーサ領の政務の一部を担っているギリファス。もう一人は大公直属のスキジーサ騎士団団長イリージスク。名が知れた剣豪にして、高潔な人格者でもあるからフェインルーサ領の民衆によく慕われる。大公がこれからやろうとする作戦に彼と騎士団員の戦力は必要不可欠だ。


 ギリファスは他の街を視察からの帰り道の途中だから、到着までもう少し時間がかかる。待つ間、大公は状況整理のため、タシフォーネ島に潜入させた間者の報告を思い出す。



――間者の回想――


 タシフォーネ島の状況とカリスラント艦隊の実情を調査するために大公は10人以上の間者が送り出したが、大半は重要施設へ侵入しようとしたとき海兵隊とカリスラント海外領地財務監査局の者に捕縛された。だがリスクを避けて聞き込みに徹した者もいる。無事帰還して、自分が見聞きしたことを大公に報告したこの男もその中の一人だ。


「おお、もうカリスラントの言葉を話せるのか、大したものだ」


「いえいえ、僕なんてまだまだだよ。これからの商売はカリスラントの時代だ、早くマスターしないと出遅れてしまう」


「ははっ、それはさすがに言い過ぎだろう。でも言葉が通じないのはマジで不便だね。この前クルジリオンに遊びに行ったが結局そこまで楽しめなかったな。上はカネミング石を使えるから僕ら下っ端の苦労なんてわからないよ」


「あのカネミング石、やっぱりすごいものなんだね。もっと多くの人が使えるように、こっちに輸入することは可能でしょうか?」


「無理無理、あれってとても希少で貴重なものだからな。仮に俺に支給しても怖くて使えねぇよ」


「そう、それよ。もし紛失したら僕の1年分の給与が吹き飛びそう」


 彼は酒場で偶然を装って、二人の海軍士官と同席することに成功した。慎重に話題を切り出して、酒に酔うと士官たちの口が軽くなるのを密かに期待している。


「……それにしても、艦船8隻だけでよく海峡を10日間も抑えたね。最初はそんな噂、信じられなかったが……」


「あの時6番艦は故障中だったから、本当は7隻だけでやったよ。それも時々メンテナンスを挟んで、海峡にいるのが5隻だけになる時もあったし」


「自由航行保証作戦……あれマジできつかったな……上の人がもっとしんどいのはわかってるから愚痴も言えねぇし……」


 思わずカリスラント艦隊の兵力と動き方など重要情報を掴んだと、心の中で狂喜する間者だが、実はアンネの方針ではこれくらいは知られても構わない。商業ギルドとのやり取りですでに色んな人に艦隊の全貌を見られたから、艦船と人員の数なんてちゃんと調べるとすぐにわかることだ。だから士官たちも気軽に話した。他の間者も同じ情報を持ち帰りして、それが真実だと確信を得ると大公は改めてカリスラント艦隊の能力と効率に驚愕する。


「そっか、皆さんはあの作戦で随分苦労したのね。そんなに負担が大きいなら、本国に増援を要請しないのか?」


「どうだろうね。そんなこと僕たち下っ端にはわかんないよ。まぁ増援が来てもまずはあの、」


「おい、それ以上は……」


「あっ、すまんすまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 自分の戦力より、アンネはトリスタ=フィンダール島の存在を秘匿するほうが重要だと考えてる。いずれはバレるにしても、その前にできるだけ足場を固めて、他国が簡単に手を出せないようにしたい。はっきりとしたことはわからないが、間者はとりあえず「増援の可能性は皆無じゃないが、他の場所に優先に配備されるらしい」と暗記した。


 ここで間者はアンネの評判とカリスラント艦隊の求心力を調べるために、もう少し踏み込んだ質問をすると決めた。


「しかし、君たちのような有能な男たちが、本当にあのアンネリーベルに従う必要はあるのか?親の七光りで艦隊司令になっただけの小娘だろう?」


 あわよくば士官たちの不満を煽りたいと思う間者だが、その言葉選びはまずかったみたい。


「あ゛あ?」


「おい、一旦落ち着こうよ!こいつはきっと悪気がないからさぁ!ただ無知なだけで……」


 席を立って、今にも間者の男に殴りかかりそうな海軍士官を、もう一人の士官が宥める。


「……ちっ。酒がまずくなった。俺はもう帰る」


「あいつ、どうしたんだ?」


「アンタは運が良かったよ。僕がいなければ、半殺しにされてもおかしくない」


「え?そこまでするのか?」


「これは僕からの忠告だ。アンネ様は本物だ。そんなアンネ様が侮られるのを、僕たちは絶対に見過ごせない」



――回想終了――


「父上、只今戻りました」


 ギリファスとイリージスクが入室すると、フェインルーサ大公は早速会議を始める。


「ついに向こうがフェインルーサの船の入港を許可した。まずは我々とカリスラントが一対一で、翌日は陛下の使者とクルジリオンの人間も話し合いに参加。会談という体裁だから、船の乗組員は制限なしだが、島に降りるのは5人まで。この条件を飲むならタシフォーネ島に踏み入るのを認めてくれる」


「……父上、これは罠ではないでしょうか?」


「その可能性は完全に排除できないが、考慮しなくてもいいだろう。向こうが圧倒的優位だからこんな小細工をするとは思えない」


「確かに……では、今から会談に行くメンバーを選出します?イリージスク殿はその護衛でしょうか?」


「……いいや。現在島にいるカリスラントの人間はそう多くないということがわかった。多くて500人、場合によっては300人以下かもしれん。海ではカリスラントに到底敵わないのは、これまでの敗北でわかった。だからこの機会を利用して、陸の戦いを挑みたい」


 それを聞いて、正々堂々な勝負を好むイリージスクは顔色を変える。


「まさか……我が騎士団を参加メンバーと偽って、会談の場を急襲すると仰るのですか?」


「ああ。こんな騙し討ち、君の信条に反するのはわかっている。しかしこの作戦を成功させるには君の力が必要だ。引き受けてくれるか?」


「……フェインルーサの一大事です。もう手段に拘る場合ではありません。この任務、謹んでお引き受けいたします」


 「感謝する」と伝えた大公はタシフォーネ島の地図を広げ、作戦の詳細を説明する。


「この作戦は相手に損害を与えるのが目的じゃない。アンネリーベル王女をはじめとするカリスラント側の重要人物を確保して、我々が優勢のままで改めて会談に臨む――これがフェインルーサ領にとって最も理想的なシナリオだ」


「父上、そんなことをする必要がありますか?向こうがやったのと同じ、カリスラントの勢力を島から一掃するだけではダメでしょうか?」


「七国同盟の商業ギルドはもうカリスラントの支配地位を確認した。そのカリスラントも一度島を手に入れた以上簡単に手放すはずがない。たとえ我々が一時的に奪還できても、長い目で見るとタシフォーネ島の問題はもはや話し合いで解決するしかない。しかし会談をするのはいいとして、これまでフェインルーサがやられっぱなしのはいただけない。ここで相手の意表を突いて一本を取る必要がある。でないと会談の場で相手の譲歩を引き出せない。だが相手が引くに引けないような状況を作り出すのも回避しなければならない。特にアンネリーベル王女など、向こうの重要人物を殺傷したらまずい。君らももう知っていると思うが、カリスラント人のアンネリーベルへの信仰が厚い。ここで王女を死なせたら、向こうが全力で弔い合戦を仕掛けてくる可能性もある。今のアンネリーベルの艦船8隻に500人でさえこのザマだ。もし王女の仇討ちに5000人が来たらどうなる?フェインルーサは終わりだ」


 フェインルーサには騎士団など常備兵力2500がいる。短期間でさらに6000を用意できる。後先考えずに動員するなら25000以上出せる。本当はカリスラントが陸軍5000人で攻めて来てもどうにもできないが、大公が見たのはアンネの海軍だけ、カリスラント陸軍はまだ近代化しようと悪戦苦闘している最中なのを知らない。だからカリスラントを過大評価しているようだ。だがアンネを殺傷した場合の判断は正しい。カリスラントはそれを絶対に許さない。


「しかし、襲撃を受けると、向こうはそのまま交渉に応じてくれるのでしょうか。まさか……拘束して、無理やり条約を調印するのですか?」


「そんなことしても無駄だ。あまり強引な手を使っても後で反故されるだけ。追い詰めすぎると相手は自棄になって、我々にすべてを奪われるくらいなら、自分の失敗も含めて全部ぶちまけたほうがまだマシだと考える。いいか、ギリファス。アンネリーベル王女のような遠隔地にいる、独立な権限が高い人間は、基本的に上に弱さを見せるのが一番避けたい。そこは我々フェインルーサみたいな大貴族と同じだ。この作戦の肝は、相手に許容できる範囲内の手痛い損害を与えること。そうすれば相手はまず自分の失態を隠蔽しようとする。そこが交渉の突破口になるのだ」


「なるほど」


 実際アンネはカリスラント王に失敗を知られるくらいでは別に困らない。逆に自分から正直に話す。父娘の間に深い信頼関係があるし、アンネの性格がそうさせるから。フェインルーサ大公の推測は的外れだが、それはアンネが特殊なだけで、寧ろ大公の考え方が一般的だと言える。


「では、改めて作戦の詳細を確認する。向こうが指定した船はダニシーサ1隻のみ。どんなに戦力を詰め込んでも60人くらいが限界だ。まずは連れて行く人員の厳選。混雑の船から迅速に戦力を展開する訓練も必要だろう。作戦の時おそらく陛下の使者もタシフォーネ島にいる。当然そっちも傷つけてはならん。だが作戦開始時の居場所を把握するのは不可能だ。騎士団の現場の判断に任せるしかない……」


 少数での強襲。しかも船に乗り、下船した瞬間から作戦開始。その上相手に大きすぎる被害を与えてはならない。特に首脳陣は生け捕りにする必要がある。傷つけると即作戦失敗。あまりの無理難題に、イリージスクは眉をひそめる。


「極めて異例で、非常に難しい作戦なのはわかっている。だが、君ならやり遂げると信じている」


「父上、お言葉ですが……奇襲とはいえ、倍以上の敵を相手に、そんな無茶な作戦目標……この策はさすがに、無理があるのでは……?」


「若様の仰る通りです。私には、この任務を無事遂行する自信がありません」


「これまで集めた情報を鑑みて、アンネリーベル王女は決して話が通じない相手ではありません。ここは策を弄するより、正直に交渉に臨んだほうがいいではないかと……」


「私も同意見です。解放してもらった捕虜の話によると、アンネリーベル王女は温和で寛大なお方です。フェインルーサの一大事だからこの任務を引き受けると言いましたが、本音を言うと……こんな卑怯な真似を仕掛けるのは道理に合わないのです」


 息子と側近の諌言を受け、大公はもう一度熟考するが、やはりその決定は変わらない。


「君らの言いたいことはわかっている。この作戦はただ難しいだけではない。失敗する場合のリスクも非常に高い。だがもう後に引けないのだ。こんな形で交渉を始めるのは負けを認めるのと同じ。それに……」


「父上?」


「いや、なんでもない。とにかく、私の立場と威厳を守るには、この賭けに勝つしかない」


「……わかりました。最善を尽くします」


 シーリングス海峡の海賊が滅ぼされて、フェインルーサは大事な財源をなくした。タシフォーネを失った事実もカーチマス王の使者に確認され、このままでは責任を問われる。今回の失敗の話が広がると、貴族の間で評判が大きく下がるのは避けられない。これ以上力と名声を失うのが耐えられないフェインルーサ大公は、ここで危険な賭けに出ると決意した……ように見えるが、本当は大公にまた別の考えがある。


(陛下を甘く見てはならん。身の程を弁えないあの馬鹿共のように、陛下の恨みを買ったわけじゃないが……フェインルーサは大きくなりすぎた。そんなつもりがなくても、どうしても脅威だと見なされる)


 他人の顔色を伺わないと生きられない環境で成長したから、カーチマス王は自分の感情と思考を隠す術を身に付けた。フェインルーサ大公でさえ王の意図を読みきれない。


(……やはり、隙を見せることはできん。フェインルーサはこの先も、これまでのように完璧でなければならない……)


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