4-23 眠れる王の使い 2
「……つまり、タシフォーネ島を手放すつもりはない、と言うことですか」
「はい。カリスラント海外領地総督として宣言します。これよりタシフォーネ島をカリスラント海外領地の一部として扱います」
「そんな侵略行動は到底容認できません。私はカーチマス王の代理として、タシフォーネ島の即時返還を要求します」
一触即発の情勢になったように見えるが、ぶっちゃけここまでの展開はお互いにとっては予想済みなはず。ここからが正念場というか、私にもどう転ぶかわからない。できるのはただ相手の出方をよく見って、手持ちのカードを慎重に切るだけ。
「こちらとしては、カーチマス王国はすでにタシフォーネ島の領有権を放棄したと思いますが。国際法的な観点で見れば」
「……どういう意味ですか?」
「リミア、例のものを」
私はとりあえずこっちの一番強力で、リスクがない手札を切ると決めた。カーチマス王の使者ミンスターに渡されたのは「セルフェンギーア安全通航保証条約」と、それに関連するタシフォーネの海賊による被害と保険金請求の公式文書。この日のために支部長に依頼して、商業ギルドクルジリオン支部に保管されている副本から複製したものだ。
「この『セルフェンギーア安全通航保証条約』によると、七国同盟の船が同盟領域内で海賊被害に遭うと、事件発生地点の国には保険金の一部を肩代わりする義務があります。でもこちらにある保険金請求の文書と返事を見る限り、カーチマス王国はタシフォーネ周辺の海賊被害の保険金給付を拒否しました。つまりタシフォーネはもうカーチマス王国の領土ではないと認めました。違いますか?」
「い、いいえ……これは、おそらく……タシフォーネを取り戻したら、一括りで給付するつもり、だと思います……」
条約と文書を読みながら、必死に返答を絞り出すミンスター。正直これはちょっと意地悪な質問だと自覚してる。この「安全通航保証条約」が調印されたのは12年前。カーチマス王がまだ12歳、即位する前か、即位したばかりの頃の話。あの時期実権を握っていたのは王を傀儡にしようとする三人の大貴族、自由がないカーチマス王は数年間辛酸を嘗めた。大貴族たちを争わせ、漁夫の利で彼らを全員排除して、やっと王が権力を取り戻した。そんな背景だから当然カーチマス王と側近たちはこの条約について把握できていない。国内の政争でそれどころじゃなかったから。あんなふざけた返事も大貴族たちが勝手に書いたんだろう。まぁ同情はしても、そんな致命的な弱点を利用しない手はない。
「我々は責任感がある海峡の管理者だと自負しています。これまではクルジリオンの友人たちの協力を得て、海賊の資産を処分して未払の保険金の一部を清算できました」
「……もちろん、そちらにそんな関係ない出費をさせるわけには行きません。タシフォーネの返還と同時に、カリスラントが支払った金額を全額補填すると約束します」
「それには及びません。これはタシフォーネの正当な支配者としての責任ですから」
わかりやすく言うと、未払保険金の清算によって、カリスラントにタシフォーネを統治する正当性があるという既成事実を作った。ちょっと強引な解釈だけど、ないよりマシだ。その既成事実を抹消するために金を出すと言われても、応じるわけがない。
「……どうしても、タシフォーネを返還するつもりはない、と言うことですか」
「ええ、その前提の上で話を進めませんか?そのほうが、よほど建設的じゃないかと思います」
「あまり調子に乗ると後悔しますよ!カリスラントがそのつもりなら、こちらは武力で取り戻すまでです!」
「どうやって?」
従者の脅迫にも取れる言葉を軽くあしらうと、彼は信じられないものを見たような顔になった。戦争になる可能性をちらつかせば、私のような小娘は簡単に屈服すると考えたんだろうね。カーチマス王に自前の海軍がないから、私たちの海上優位性がどれほど圧倒的なのかをちゃんと理解していないのも原因の一つかもしれない。
「現実な話をしましょうか。カーチマス王に直属の海軍がいません。ティミヤーカ候爵領のリミステに16隻。スミアル候爵領のクリルターカスに9~11隻、ルゥワムに6隻。カイヤンティ伯爵領の……(中略)……軍艦は合計で大型のティカミア艦7~8隻、中型のダニシーサ艦36~41隻、小型のスルーピア艦16~19隻。仮にカーチマス王の招集に貴族たちが全力で応えるとしよう。これがカーチマスの海上戦力の全部です」
ジレンディスが終わってから、外交の成果が出るまでこの島でゆっくり過ごしていたが、何もしていないわけでもない。2番艦と7番艦はクルジリオンに訪問してリフレッシュできた。そして帰り道でカーチマス王国南部の港を偵察してもらった。同時に3番艦と4番艦は王国北部の港を偵察。これでカーチマス王国の海軍の全貌が見えた。今ならおそらくカーチマス王より私たちのほうが詳しく把握している。
「……我が国最大な海軍戦力である、フェインルーサのことを忘れていませんか?」
「ああ、フェインルーサですか。確かにフェインルーサ大公の艦隊はなかなかのものでしたね。ティカミア艦18隻、ダニシーサ艦46隻、スルーピア艦22隻、他の貴族の総力を上回るほどの戦力を保有していました。しかしどういうわけか、今はダニシーサ艦9隻しか残っていないみたいですね。不幸にも、ジレンディスの嵐に遭遇したのでしょうか」
「それ以上強がっても無駄です。そちらに艦船8隻しかいないのはわかっています。たとえフェインルーサの助力がなくても我々のほうが数が圧倒的に多いです」
「従者殿は私の言っていることをあまり理解できていないようですね。ちょっと迂遠な言い方をしたかもしれません……そちらがどれほどの艦隊を用意しても役に立ちません。島に辿り着く前に季節外れのジレンディスに遭遇して、フェインルーサの艦隊と同じように嵐に飲み込まれるだけです。そちらはシーリンタでちゃんと情報収集したのでしょうか?少しでも聞き込みをしていたなら、これがどういう意味かわかると思います」
まいったね。まさか本当にこっちの戦力をわかっていないの?いや、外交使節として来たんだし、さすがにそこまで無知ではないと信じたい。これは恫喝しようとしてるだろう。無駄だけどね。
「……もしカーチマスだけでタシフォーネの奪還が叶わないなら、同盟議会で援軍を要請します。まさか七国同盟全員を敵に回すつもりなんですか?」
「お好きにどうぞ。6年前のタシフォーネ海賊討伐戦に、兵を出さなかったのはカーチマス王国だけらしいですね。内陸国の聖樹直轄教区でさえユールキ=ガーズルアの戦士団を派遣したというのに……自国領内の海賊の討伐に船1隻も出さなかったカーチマスのために、果たして同盟諸国は援軍を出してくれるのでしょうか」
他の同盟メンバーはタシフォーネの件に決していい感情を抱いていない。もしカリスラントが海峡を越えて更に侵攻するなら、さすがに同じ神を信奉する同胞を救援すべきと判断するだろう。でも問題がタシフォーネに限定するならきっと静観する。
「まぁ、この件はすぐに結論を出せるものではないのはわかっています。今日はここまでにしましょうか。そちらにも情報を精査して、考える時間が必要と思います」
あまり追い詰めすぎるのもダメだ。今はこっちの立場を示しただけで十分か。
「わかりました。こちらも一度シーリンタに戻って、事態の整理をしたいと思います」
フェインルーサの艦隊が一体どうなってるのか、もう一度詳しく調べたいのね。ぜひそうして。事実がわかると交渉がよりスムーズに進むだろう。
「我々の船でシーリンタまで護衛しましょう。ついでに一つ頼みたいことがあります。次回の話し合いにフェインルーサも当事者として列席してほしいと思いますが、こちらにフェインルーサ大公への連絡窓口がありません。こちらの代わりにメッセージを届けてもらえますか?」
「なるほど。確かにこの話をするにはフェインルーサ側の参加者もいたほうがいいです。ぜひ協力させてください」
使者の一行が退出して、リミアが護衛につく分隊の手配をしてくれる。私とファルナは隣の自室で一休みする。
「ちょっと……意外ですね。アンネ様は譲歩するつもりだと仰っいましたが……」
「今回は最初だからね。簡単に引くと、譲歩そのものの価値がなくなる。私たちに譲歩する必要はこれっぽっちもないのを理解させた上でないと意味がない」
最初は強硬な姿勢で臨むのは、向こうも同じだ。本当は武力奪還なんて不可能だが、戦争も辞さないという姿勢を崩さない。次回からお互いが少しずつ態度が軟化して、やがて着地点を見つける――すごく面倒だが、外交とはこういうものだ。
「アンネ様、どうして浮かない顔をしますの?なにか気懸かりでも?」
「んー……気懸かり、とはちょっと違うけど……どう言えばいいのかな」
さっきの話し合いはすべて計画の範囲内。順調とも言えるが、全く手応えを感じない。カーチマス王の意図が読めないから。彼は一体、フェインルーサ大公をどうしたいのか?昔カーチマス王を蔑ろにした大貴族たちと違い、フェインルーサ大公は政争に介入できる力を持ちながら静観していた。それにタシフォーネの海賊の件では、カーチマス王は同盟議会からの圧力を防ぐ防波堤となり、共犯者として分前をもらってたはず。両者の関係は悪くないだろう。そう考えると、カーチマス王は大公を助けるつもりか?タシフォーネの問題を解決できれば、王の威信を高める同時に大公に恩を売る。悪くないシナリオだ。しかし、どうも違うような気がする……まさか、カーチマス王はフェインルーサを潰したいのか?フェインルーサ大公の力は一貴族としては強すぎる、王であっても軽々しく手を出せない。やるつもりなら今がチャンスだ。フェインルーサが失ったのは艦隊だけじゃない。島を奪還するために騎士団など地上戦力を乗せたので、相当の数が海の藻屑になったと思う。タシフォーネを失ったこともちょうどいい口実になる……
会談のために、すでにチースタたち財務監査局がシーリンタで情報収集を始めた。それをクルジリオン勢から聞いた話と統合してみると、カーチマス王への世間の評価は決して高くない。即位して最初の数年はなんの権力もなく、「眠れる王」という不名誉な二つ名がついた。しかし数年の辛抱の末、彼は専横を極める三人の大貴族を潰して権力を取り戻した。その謀略の手腕は見事なものだ。今度はフェインルーサ大公相手に、その手腕をもう一度発揮するのか?油断ならない相手ではあるが、場合によってはこっちにとってプラスに働くかも……
「入港するのはダニシーサ船1隻。会談に参加するのは……そうね。5人で十分でしょう。島に降りるのは5人まで。この条件に同意するなら、タシフォーネへの寄港を許可する」
今考えすぎても意味がない。とりあえず私はフェインルーサ大公へのメッセージを作成する。ミンスターたちはすぐにシーリンタに戻るつもりらしい。このメッセージを届けてくれたら、数日内に会談が実現するだろう。




