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海軍王女アンネの異世界探検航海  作者: 海の向こうからのエレジー
チャプター4~タシフォーネの砦
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4-21 片目片足のカラス

――再誕の暦867年8月5日、タシフォーネの砦、アンネの執務室――


 ジレンディスの期間が終わり、曇りの日の午後。天気が悪くなる前に増援の第二陣がタシフォーネ島に到着した。船団の大半はトリスタ=フィンダール島を終点とし、そこに開拓の人員と物資を下ろして、島で採取した資源のサンプルを本国に輸送するのが役目。このタシフォーネ島まで来るのは3隻だけ。戦力維持のための弾薬と医薬品、故郷の味が恋しくなる士官たちのための本国産の食料と嗜好品、それと追加の交易品サンプルをこっちに運んでくれる。そして、海外領地の運営を支援するために派遣された数人の役人も同行している。


 ちなみに今回の増援に一つ朗報がある。6番艦の修理に使う新品の魔導エンジンはトリスタ=フィンダール島に無事届いた。トリスタ=フィンダール島の開拓は増援に来た人員が引き受けるから、6番艦は修理完了次第本来の任務に復帰できる。これで最速4日後で久しぶりの全員集合となる。


 増援を受け入れるための指示を出して、船員たちにねぎらいの言葉をかけた後、私とファルナは砦の執務室に戻った。役人との顔合わせは本来全員一緒で行うつもりだったが、他の人はまだ補給物資受け取りの事務で忙しくしてる。中で一番役職が上、お父様の手紙を持ってるこの男と先に会うことになった。


 ドアをノックして、入室するのは40代前半に見える、体が細い男性。カリスラント海外領地財務監査局、局長のチースタだと名乗った彼は、王家の紋章が刻印された封蝋で封印されてる手紙を手渡して、私が読み終わるのを待ってる。手紙の内容は簡潔で、私を案じてくれる言葉の他に、このチースタという男は信頼できる人間で、どんどんこき使っていいと書かれている。財務監査官にそんな表現はとても不自然。なんかおかしいと思うところで、チースタは一枚のメダルを取り出して、こっちに渡す。


「実は、私はこういう者でございます」


「こ、これは……!」


 メダルの上に、片目片足のカラスの図形が彫ってある。これは王家の秘話に由来する、特別な印だ。裏面の偽造防止の仕掛けも確認すると……間違いない、本物だ。


「アンネ様?それは?」


「えっと……ファルナに話してもいいか?」


「もちろんです。公私ともにアンネ様を支えるファルナ様には知ってもらったほうがやりやすいです。それと、すでに人払いが済んでいるから、盗み聞きされる心配はありません」


「わかった。片目片足のカラス、これはカリスラント建国叙事詩にも書かれていない秘中の秘……まぁ伝承についてはここで説明しなくてもいいか。とにかく、古くから存在している、カリスラント国王に絶対的忠誠を誓う、秘密情報機関……ということがわかればいい」


 カリスラント王家でも、全員が片目片足のカラスの存在を知っているわけじゃない。私の姉と妹なら知らないはず。王族の女性に求める役割ではそれを知る必要がないから。でも私とジャイラは軍属だから教えてもらった。


「国王直属の、情報機関……では、ここに来たのも、陛下のご命令で?」


「はい。アンネ様の助力になるように、私が遣わされました」


 確かに、諜報関連は私の専門じゃない。海軍内部の情報管理や機密保持は問題なくこなしてきたが、海外領地全体になるとさすがに手に余る。お父様はそれを見越して、片目片足のカラスを派遣してくれたのね。


「陛下が我々に託した任務は3つ。最優先はアンネ様の御身を守ること。次はアンネ様の海軍を守ること。最後に余裕があれば、アンネ様が海外で獲得したあらゆる成果もできる限り守る。この3つです」


「任務の定義がかなり曖昧だね……」


 特に3つ目の任務、どこまでが私が獲得した成果か、それを守るのに支払う代価をどこまで許容するか、現場の人間が自由に裁量できる範囲はかなり広い。まぁ遠隔地だからこうしないと情報機関が動きづらいかな。


「つまり、あなたたちがここでの活動は完全に防御的、だと考えたほうがいいか?もし私が、外国への潜入調査などを依頼したら、あなたたちは引き受けてくれる?」


「状況によります。我々はアンネ様の味方ですが、部下ではありません。アンネ様の依頼は最大限に協力するつもりが、陛下からの命令と衝突する場合は拒否するしかありません。そこはご了承ください」


「そういうスタンスなのね。わかった……ん?でもあなたの表向きの肩書は、財務監査局の局長だよね?それって海外領地総督の部下じゃないの?」


「そういう意味でしたら私はアンネ様の部下で間違いありません。ただし財務監査局と『カラス』のことは別だとお考えください」


「んー、ということは、財務監査局はただの隠れ蓑で、海外領地の予算編成と執行の審査には、別の部門を作る必要がある?」


「いいえ。財務監査局は確かに隠れ蓑ですが、本来の業務もちゃんとこなします。私は両方とも本職です。ここで一つアンネ様に協力してほしいことがあります。財務監査局の業務実態に対して、実働人員の数と経費が多すぎるし、財務監査局所属じゃない人間を動かすこともあります。これらは『カラス』としての活動だから、黙認していただきたいです」


「それはいいけど、他の人が財務監査局の人員リストなどを見ると気づくくらいじゃ意味がないよ?」


「わかっております。総督のアンネ様への報告でしかわからないように、きれいに偽装します」


 思わず口に出したけど、余計なことを言ったかも。これに関してはチースタのほうが専門家だしね。


「それなら、リミアにもあなたたちのことを教えたほうがいいよね?私が留守にしてる間、行政の対応はリミアの仕事になるから」


「異存ございません。『カラス』のことを教えるべき人間についてはアンネ様のご判断に従います」


 リミアは今増援で来た人員の受け入れと補給品の管理で忙しい。後で改めて顔合わせしよう。


「では早速、あなたに一つ依頼をしたい。このタシフォーネに我々のことを調べようとする各国の人間が入り込んだ。その対処に手を焼いている。『カラス』の力を貸してもらえるか?」


 現在タシフォーネへの入港が許可されるのは商業ギルドが手配した船。それもこちらに肩入れするクルジリオンの支部が主導している。それでもスパイが船団に潜り込んで島に侵入するのを完全に防げない。酒場と茶屋に入り浸って、カリスラントの言葉の勉強をしながら情報収集していると思われる。すでに探検艦隊のメンバーから、カリスラントの情報を聞き出そうとする怪しい現地人に接触されたという報告が何度も上がった。


「もちろんです。紛れ込んだネズミどもを排除すればいいでしょうか?」


「あっ、そこまでやらなくていい。スパイと言ってもそのほとんどは敵対的じゃなく、ただ我々のことが知りたいだけ。怪しく見えても、聞き込みに徹するなら放っておいて構わない。対処してほしいのは強引な手段を使うタイプだ。情報を得るために重要施設へ侵入や海軍士官を拉致、そんな無茶なことをするやつを阻止して、できれば捕縛してほしい。もし破壊活動や暗殺をしようとするやつがいれば当然それも」


 重要施設の守りは海兵隊がやってる。先週砦に忍び込もうとするスパイ2人を捕まえた。でも倉庫に侵入したやつは捕縛に失敗、追い払っただけ。近くに弾薬の貯蔵があるから海兵たちが思う存分戦えなかったから。海軍士官の誘拐未遂事件もすでに3回あった。海兵隊はよくやってくれているが、海軍のやり方ではどうしても後手に回ってしまう。こっちも専門な情報機関を投入して、危なっかしいやつを予めマークすればだいぶやりやすくなるはず。ついでに、捕縛したスパイの尋問も任せよう。


「アンネ様がそんな指示を出すのは、もしかして『カラス』の力をまだ完全に把握していないからでしょうか?こんな閉鎖的な島では、我々が本気を出せば、カリスラントの情報を一切流出させないのも可能です。やってみてもよろしいですか?」


「違う。本当にそこまでやる必要がないからだ。必要がないことに全力を出しても意味がない。『カラス』の本気は、いざというときのために温存して」


 相手側に機密情報が流出されるのは当然ダメだが、相手が何も知らないのも問題だと私が思う。実際そんな無知のせいでたくさんの無駄な争いが起きた。例えばザンミアルが仕掛けてきた先の戦争。もしカリスラント海軍には絶対に勝てないのがわかってたなら起きなかったんだろう。アルトー=アファンドリ島の一件もそうだった。我々の実力をよく知らないからあんな自殺行動に出た。だから余計な争いを避けるためにも、適度にカリスラントの強さを示したほうがいい。シーリングス海峡自由航行保証作戦もその一環だ。それにもし「カラス」が徹底的に情報を遮断すると、こっちにはそれができる情報機関が存在してるのがバレてしまう。「カラス」の実力を疑うわけではないが、やはり影に潜んでるままがやりやすいだろうね。


「わかりました。アンネ様が我々に求める役割をより効率的に果たすには、一つ提案がありますが……我々が一部の海軍士官を監視するのを許可していただけますか?」


「えっ?どうして……あぁ、そういうことか」


「はぁ……休み時間で気を抜くのは当然ですが、限度があるのを知らない人達のことですね」


 最初は何言ってるのかわからない私とファルナだが、すぐに理解した。チースタが言ってる監視は、別に部隊の不穏分子の内偵とかじゃない。地上にいる間だらしなく過ごす一部の海軍士官たちのことだ。彼らの口が軽すぎるのも良くないが、機密情報を知らないからまだ問題ないとして……一番の問題はオフの時の彼らがあまりにも無防備になることだ。拉致未遂で捕縛したスパイの一人はこう供述した。本当は話を聞くだけのつもりだったのに、一緒に飲んでる海軍士官が酔い潰れてつい魔が差したと。


「アンネ様の海軍士官達が船上で勤務している間はとても勤勉で、実によく訓練されているのはわかっています。しかし休暇時間中は少々……普段がずっと真面目でいるせいなのか、その反動で隙だらけになる人もいると存じます」


 サーリッシュナルでもそんな光景は時々見かける。本拠地にいる間ならそこまでの問題にはならないが、ここは海軍が獲得したばかりの新しい拠点。外国人がよく出入りする。さすがにちょっと厳しくする必要がありそうね。


「わかった。彼らのプライベートの邪魔にならない程度なら見張ってもいい……でもその言い方、まるで海軍士官たちが船にいるときの働きを見たことがあるように聞こえるけど……」


「はい。私は実際自分の目で確かめましたから。私は一度、ルクサーム=セグアンリペールに潜入したことがあります」


「……はぁ?」


 第一艦隊旗艦ルクサーム=セグアンリペールは海軍総司令時代の私の乗艦だった。乗組員は全員女性、当然男子禁制。そんなルクサーム=セグアンリペールに侵入するとは、このおっさん何を考えてるの?私とファルナに絶対零度の視線を向けられて、チースタはばつが悪そうな顔をして弁解する。


「本当に申し訳ないと思っています。しかし陛下からの命令です。私に選択の余地がありません」


「お父様……」


 そしてチースタはあのときのことをもう少し詳しく教えてくれた。



――チースタの回想――


 娘が海軍の長になることを承認したカリスラント王リージアスだが、やはりどうしても心配。それで片目片足のカラスの腕利きチースタに、ルクサーム=セグアンリペールの調査を命じた。乗組員たちが普段ちゃんと仕事できるか?自分の娘が乗っても本当に大丈夫か?それを確かめてほしいと。


 チースタはまずアンネが船に乗っていない日のチェックをする。さすがに王女がいるときで敢行するのはまずい。幸いあの頃のアンネは海軍士官学校で講義をするから基本的に船にいない。チャンスはすぐに来た。補給物資に紛れ込み、チースタは密航に成功したが、艦内の調査のために動き出すとすぐに見つかった。いくら腕利きの諜報員でも、船という特殊な空間で海兵隊に気づかれずに移動するのは無理だ。


「両手を上げろ。何者だ?」


 下層船室で、海兵副隊長キーミルは背後からチースタの首にサーベルを当てる。どう答えればいいかを必死に考えるチースタだが、意外な人が助け舟を出してくれた。


「まぁまぁ、そうピリピリするな、キーちゃん」


「お師匠様?しかし、こいつが……」


 反対側から近づくジャイラはすぐに事情を察して、キーミルを宥める。


「大丈夫さ。こいつが何者かは大体見当がつく……メダルを出せ」


 キーミルに見つかった以上、彼女にも片目片足のカラスの存在を教えるしかない。メダルでチースタの所属が証明されて、味方だとわかるとキーミルは武器を収めた。


「ったく。リージの野郎は本当にどうしようもない親馬鹿だな……このまま任務失敗させるのも可哀想だ。あたしたちの監視下で、みんなの仕事の様子だけこっそり見せてやろう」



――回想終了――


「その後、ジャイラ様の温情で私はなんとか任務を遂行できました」


「私のいないとき、そんなことがあったのか……」


「わたくしの艦長任期中にそんなことがあったなんて……どうして教えてくれなかったのですか……お師匠様、ひどいです」


「仕方ないよ。『カラス』の存在は最高機密だからね」


「理屈ではわかっていますが……はぁ」


「どうかご安心してください。私が見たのは皆さんの仕事風景だけです。それをジャイラ様が証明してくれます」


 でも、これでチースタは間違いなく一流の諜報員ということがわかった。でないとルクサーム=セグアンリペールへの潜入は不可能だ。今後海外領地の運営で彼の力を借りれるのは心強い。


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