4-19 怒り狂う海での死闘 2
――再誕の暦867年7月27日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
「D-16の!レーダー反応が、消えました!」
「3番艦!針路342、速度19、5分後接敵予定!」
「ジレンディス」という季節性の嵐の二日目。不幸にも、私の悪い予想があたった。タシフォーネを奪い返そうとこっちへ進む敵を阻止するために、探検艦隊も嵐の海峡に入る。ブリッジの中でも、士官たちの話し声が強風と雨音にかき消され、大声で叫ばないと伝わらない。
「また敵艦が転覆したみたいです!これで残りのレーダー反応は、23隻です!」
僚艦の動向に専念している私の代わりに、リミアが状況をまとめてくれてる。朝7時、36隻1050人規模の艦隊がシーリンタから出撃した。こちらは海峡の中央から迎撃するので急いで出る必要はなく、まずは敵の様子を見て天候の影響を測ることにした。激しい嵐によって、ここまで敵はすでに兵力の1/3以上を失った。
新時代海軍の船にマストとセイルがないから帆船よりは少しマシだが、やはり嵐の中での行動はかなり難しい。影響を受けるのは操船だけじゃない。激しい揺れのせいで情報管理士官たちの信号伝達が何度もミスしてやり直し、戦術分析士官たちがレーダーの反応を判読するのも遅い。このままだと体調不良になる人も続出するだろう。
「2番艦から、通話要請です!」
『こちらの準備ができました!「クレラシス・スレッド」作戦、いつでも始められます!』
「戦術分析士官!適切な開始タイミングの計算は終わったか?」
「85秒後からです!」
クレラシスとは、神話に登場する巨大クモの名前だ。おぞましい化け物だが、豊穣の神ユリシカームの配下になって害虫駆逐にめちゃくちゃ貢献したエピソードもある。この「クモの糸」作戦で使うのは魔導バリスタの弦を引く装置。この魔道具は二つ一組で、同時に魔力を通せばもう片方のところまで届く魔力の糸を生み出す。こんな使い方は想定されていないはずだが、使用者の魔力量が高いなら数KM先まで糸を伸ばせることも可能だ。
「敵の攻撃射程圏に入った!海上監視を厳にしろ!」
しかし糸を伸ばせると言っても限度がある。魔導バリスタの最大射程は3KMほどだから、この「クモの糸」作戦を実施すると必然的に敵の攻撃範囲に入る。これまで私が経験した戦いにこれほど危険なモノはない。だから嵐の中なのに、海兵隊の防御魔法士たちはぞれぞれ甲板で何かにしがみつきながら、いつでもバリアを展開できるようにしてる。ジャイラとキーミルも雨に打たれながら甲板で指揮を執ってる。まぁ危険と言っても、こんな天候だから敵がこっちを発見する確率は極めて低い。本当に危ないなのは攻撃魔法で撹乱するためにもっと近づける必要がある他の艦だ。
「今だ!カーシュレ、頼んだよ!」
厳しい戦闘の最中だからか、珍しくカーシュレは文句一つも言わない。弦を引く魔道具をバリスタから外して、旗艦と2番艦にそれぞれ配置した。艦隊の中で最も魔力量が高いカーシュレと2番艦のスルタキィームが使うと、海上を横断する魔力の糸が出来上がり、それをうまく敵艦に当てればダメージを与えられる。マストを薙ぎ倒すことができたら最高だ。
「衝撃に備えろ!」
魔力の糸が敵艦と接触する瞬間、当然こっちにも強い衝撃が入る。西南に向かうこっちの2隻と、向こうの1隻が北東に進む相反する力が糸を介して敵艦のマストを圧迫する。数秒経って、糸が受ける力が急に消えると、カーシュレは打ち合わせ通りに魔力を切断する。
「うまく、いったのでしょうか?」
「わからない。後でレーダーの反応を判読するしかない」
ファルナの疑問をすぐに答えられない。普段なら相手を目視できる距離だが大雨の中では見えない。気球も出せないから直接攻撃の効果を確認できない。もしこの後レーダーからあの船の反応が消えるか、速度が急激に落ちるなら、攻撃が効いたと見ていい。この作戦はあまり効率が良くないし、こっちも衝撃を受けるから全く危険がないわけじゃない。でも燃焼弾が使えない今ではこっちの長距離攻撃手段はこれしかない。
「戦術士官は次の攻撃目標を選出して、ルートの計算を!ファルナは艦隊全体の行動をまとめて、それぞれに出す指示を情報士官とインスレヤに伝えて!」
さっき攻撃した敵艦の反応がレーダーから消えて、「クレラシス・スレッド」作戦の効果が実証された。これでこちらの方針が決まった。旗艦と2番艦はこのまま敵の数を減らす。3から5番艦は南方面、7と8番艦は北方面で敵の撹乱をする。具体的に言えば敵艦に接近して攻撃魔法を撃つ。攻撃魔法は抗魔力バリアに対して無力だから、敵に被害を与えることは期待できない。でも敵はそれを無視することもできない、魔導バリスタで反撃するだろう。いくら「照準」の追尾機能があっても、撃つ前にある程度旋回する必要があり、進むべき方向がわからなくなる可能性が高い。この天候で一度自分の居場所を見失うと、正しい方向に戻るのはほぼ不可能だ。GPSがある現代地球のようにはいかない。
15分後、魔力の糸の攻撃によって、敵の1隻がレーダーから消えて、2隻の速度が大幅に低下した。この間にさらに2隻が転覆して、残り18隻、ちょうど半分になった。しかし敵の前進が止まらず、だんだんタシフォーネ島に接近する。このままだと20分以内に敵が上陸する。なんか、おかしい。不規則な強風の影響があるから、敵はまっすぐ進んでいるわけでは無い。でもその動きは明らかに進むべき方向がわかっている。私たちの撹乱が全く効果がないように見える。なにか未知な方法で自分の所在地か、タシフォーネの位置を割り出しているのか?
「ホーミルマは敵の上陸地点を予測して海兵隊に知らせるように!タスリカは次の、」
「5番艦から!通話要請です!」
『わかりました!敵はバリスタの誘導機能で方角を調べています!』
……そうか。まさかそんな単純な手段で方向を調べているとは。「照準」の付与魔法は対象の位置さえわかれば使える。動かない目標なら、見晴らしがいい場所で、嵐の前から事前に用意できる。ぞれで目標をタシフォーネの中央砦に設定した矢弾を持ち込んで海上で撃つと、砦に届かなくても矢弾が飛ぶ軌跡を観測すればタシフォーネの方角がわかる。
「アンネ様。敵が方向がわかると仮定するなら、島に到達する敵艦は10~12隻、上陸する人数は300から350と思われます。数は予想を上回るが、海兵隊の守りを打ち破れるほどではありません」
守備についた海兵隊は120人。数では不利だが、地形とコンディションはこっちが圧倒的に有利。ファルナの言う通り、この状況なら負けはしないだろうが……
「そうね。でも厳しい戦いになる……まだなにか、こっちにできることはないか?」
そんなとき、急に緊急状況のアラートが鳴る。8番艦になにかが起きたみたい。報告してこないからブリッジはもう正常に機能していないかも。これはまずい……
『か、艦長と、副艦長が!』
カーシュレの遠話で連絡を取れたが、8番艦のブリッジは完全に混乱している。
「何があったの?状況を正確に報告するように!」
『はい!バリスタが、ブリッジに直撃して……艦長が!副艦長も数人の士官が倒れてる!』
最悪の事態がついに起きた。足止めをしている8番艦が敵の反撃によって深刻な被害を受けた。こんなときだからこそ冷静に状況を読み取らないといけない。まずは敵の意図。作戦の本命はタシフォーネ島だから、指揮官が倒れて行動不能の8番艦を無視する?それとも今のうちにトドメを?レーダーの表示盤を見ると、敵艦2隻は悪天候に抗って旋回しようとしているみたい。これは、島に向かう前に邪魔な8番艦を排除するつもりだ……
もう一刻の猶予もない。私は意を決して、アインシリーの方を見る。今日は危険な戦いになるから、島に残留するようにアインシリーに勧告したが、彼女は「ジレンディスのことを伝え損ねたからこんな事態を招いた」と、責任を感じて戦いに同行している。もしここで私が頭を下げれば8番艦のみんなを救えるなら、いくらでもこの頭を下げてやる。
「アインシリーさん。民間人のあなたにこんな頼みをするのは心苦しいが、どうか力を貸してもらえますか?」
私がアインシリーに頭を下げると、手を離せない士官を除いて、ブリッジの全員が立ち上がって同じく頭を下げる。
「アンネ様、私は最初からそのつもりで来ました。この『照準』の魔法を学んだのも、いつか商隊を率いることがあれば、襲撃される時自分も戦いに参加するためです。今の状況はそれと大して変わらないと思います。皆さんのお役に立てれば幸いです」
実は私も、アインシリーが同行するのを決めた時点でこれを最終手段として選択肢に入れた。もっと早くこうすればよかったのかな?それなら8番艦が攻撃されることもなかった……でもこれは実質的に、民間人のアインシリーに人殺しの手伝いをさせる……やっぱり私の判断は正しかったと思う。私たちの問題だから、私たちだけで解決すべき。少なくとも、私たちの力だけでは足りないとわかったときまでは。
「……ありがとうございます。いつかこのご恩に報いると誓います」
これからやろうとする、「照準」の魔法による精密射撃の理論はもう完成したが、実際にやるのは初めて。なので砲撃手としても戦術分析士官としても一番経験豊富なインスレヤが直接砲撃を指揮するために砲列甲板に行く。ブリッジの指揮は副艦長とリミアが引き継ぐ。同時に砲列甲板から燃焼弾をブリッジに持ち込み、レーダーの表示盤で目標の位置を確認したアインシリーに魔法を付与してもらう。
砲撃の用意ができるまで8番艦がまたバリスタの攻撃を受けるが、今度は汎用バリアで防いた。そして本日最初の砲撃が実施される。初撃は起爆タイミングが外れて、敵艦に命中する前に燃え尽きた。でも修正した2回目と3回目は予想通りの威力を発揮した。砲弾が敵艦の内部に撃ち込まれてから爆発して、外の大雨に邪魔されることなく、8番艦を狙う敵を無力化した。
「このまま次に行く!敵が上陸するまでできるだけ数を減らすんだ!それと8番艦に危機は去ったと告げて!戦闘行動を中止して、ブリッジの負傷者の救助をしながら回航するように!」
「照準」による精密砲撃の効果が凄まじく、残存の敵艦を次々と撃破する。結局タシフォーネ島にたどり着いたフェインルーサの船は3隻だけ。それもちゃんとした形で上陸したではなく、まるで難破船のように島の西海岸に擱座した。100人に近い乗員たちは戦える状態ではなく、海兵隊の攻撃を受けるとすぐに降伏した。誰も得しない、ただ苦い思いをする、嵐の中の戦いはこれでようやく終結する。




