4-16 作戦終了後の一時 2
――2時間後、タシフォーネ島、港――
クルジリオンの輸送船団から積荷を下ろす作業が終わった。今は港の運搬スタッフがまだいないので、海兵隊を投入してクルジリオンの水夫たちと一緒にやった。これからの話し合いは実際に品物が見えるほうがやりやすいから、みんなで倉庫の隣にある商談用のスペースに移動した。将来的にここにカネミングの石版を設置したいが、タシフォーネ島の帰属問題を解決するまではお預けね。
「ちょうどいい時間ですし、早速そちらが用意してくれた食材を使って、ギーアル料理の昼食会を開きたいと思います」
カリスラント勢とクルジリオン勢で分かれて、ダイニングテーブルの左側に私とファルナ、リミア、ジャイラ、ケロスのじいちゃんとテリークト。向こうに支部長、アインシリー、レンダースと他の職員数人が席についた。今回はお上品な食事会ではなく、献立に選ばれたのはどれも海軍に適したもの。もっとわかりやすく言えば、獲得しやすい当地の食材を効率よく使い、ボリュームと満足感を重要視する万人向きの料理だ。
レンダースのそばに立っているのはクルジリオンから来た料理人。商業ギルドの斡旋でこれからタシフォーネに酒場を開業する予定。今日の調理担当として彼が献立の紹介をするはずなんだけど、震えていてうまく喋れないみたい。
「申し訳ありません。彼はちょっと緊張しているみたいです。僕が代わりに解説します」
そうか。こっちで酒場を開くという話は聞いたけど、いきなり王女のために調理するとは思わなかったね。これはちょっとかわいそうなことをしたかも。
「こちらは『チールファ』という、ギーアルの伝統的料理です。『シンマイア』粉の生地でメインの具材といろんな野菜を包んで、溶けるチーズを被せて焼きます。今回は素材の味を活かす『プカトレン』と、南方の熱帯香辛料をたっぷり使う『ミシェラン』の2種を用意しました」
「シンマイア」はさっき見せてもらった、地球のトウモロコシに似てるけど微妙に違う穀物。ギーアル半島の主食で、クルジリオンの主力な輸出品の一つ。この料理を地球風で言えばどうなるかな?メキシカンカルツォーネ?でもたしかにこれは外れのない料理の典型だね。濃厚なチーズの香りがして、すごく美味しそうに見える。
「では、試食させていただきますね」
ファルナが毒検知の指輪をかざして安全を確認したら、切り分けた「チールファ」のピースをみんなの皿に盛り付ける。
「んー、こちらの『プカトレン』に入ってる、エビとアサリがとても美味しいですね」
「はい、半島南部で取れた新鮮な魚介類が、この『プカトレン』の真髄です。それをよく味わえるためにあえて素朴な味付けにしました」
「あたしはこっちの『ミシェラン』の方がいいな。刺激的な味で気合が入る。この肉は……なんの肉?豚肉っぽいけど、なんか違うような気がする」
「これは『ルファークレク』のジャングルに生息するイノシシの燻製肉です。豚肉で代用することも多いが、本物の『ミシェラン』はやはりこれでないとですね」
「ルファークレク」は遠い南にある、別の人種が住む地域だと聞いた。まだ行く暇が無いからそんなに詳しい話聞いてないが、レンダースたちから色々警告を受け取った。ルファークレク人は気性が荒く、複数の部族に分かれて常に争っている。敵対部族から拉致した人間を換金するために生まれたのが「ムサナシピル」の奴隷商売。彼らの文化では女性に人権がなく完全にモノ扱いだから、行くにしても他の船に任せるべき、ラズエム=セグネールは絶対に行かないほうがいいと言われた。
ジャイラは豪快に両方完食して、さらに「ミシェラン」をもう一切れもらった。小食の私は一口味わうだけで十分。まだまだいろんな料理が出てくるから。次のもシンマイアが主役の料理らしい。
「こちらの『スーラキル』は、茹でたシンマイアとライス、そして様々の具材と調味料を一緒に強火で炒める料理です。とても単純で手軽な料理だが、入れる具材と調味料によって、無限とも言える味のバリエーションがあり、ギーアル半島では大衆食堂の定番メニューです」
あっ、これはすごくわかりやすい。チャーハンの米の半分をトウモロコシの粒に置換したみたいなやつだ。この「スーラキル」にカリスラントの食材を入れると故郷の風味に変わり、海軍のみんなのホームシックを和らぐ効果も期待できる。それにしても、またボリューミーなやつが出たね。こういうものこそが兵隊向きなのはわかってるが、私にはちょっときつい。
それからは鶏肉みたいなものや、海の幸が主役の料理も出た。そして食後のデザートと、ドリンクはお試しにお酒とノンアルコール2種出された。こうして見ると、西の大陸の食文化はかなり進んでいる。ここの文明が発達して、豊かな生活を過ごせる人間が多いということを表している。地球では中世までどの地域でもあまり食文化が発展していない。少なくとも今のギーアル料理ほどの豊富な食材と多様な調理法がない。そう考えると七国同盟の文化はかなり洗練しているような気がする。まぁそれぞれの文明に得意と苦手な分野があり、これだけで優劣を判断できるようなものではない。これからも西の大陸の文明についての情報収集を続けよう。
「我が国が誇るガラスの美術品です。お近づきの印としてクルジリオンの商業ギルド支部に贈呈します」
「これは……すごく精巧なガラス工芸品ですね」
昼食の後は、クルジリオン勢に私たちが持ち運んできた交易品サンプルを見せる時間だ。最初に選んだのは美術の価値が高い、一目で技術力の高さがわかるガラス工芸だ。これは第三世代錬金術の副次的産物と言える。実験器具や薬品を保存する容器など、錬金術によってガラス製品への需要がうなぎ登り、カリスラントで数多くのガラス工房ができた。ガラス工房の職人たちは錬金協会の大量な注文で安定な生活を送りながら技術を磨くことができる。それで技術が大成したら注文を弟子たちに譲り、自分はもっと難しくて利益が高い工芸品に挑戦する。わずか10年でカリスラントのガラス工芸は長年発展した内海のものさえも超えた。この件に私の地球の知識は直接な影響がないので、私もこの結果には驚いた。
「この茶葉はさっき皆さんに振る舞ったものです」
カリスラントの南部地方には茶葉と砂糖が産出されるが、内海とフォミンのものに及ばない二級品だと思われてる。正直そんなの偏見だと私が思う。私から見ると全然変わんないし。だから偏見がない西の大陸でなら正当な評価を受けて適正価格で売れるじゃないかと考えて持参してきた。でも残念ながら砂糖はルファークレクあたりで大量生産されているらしい。さすがに大陸間貿易の運賃があるこっちの分が悪い。期待できるのは茶葉だけね。
カリスラントの代表的特産品といえば8足馬ティアバンだが、船に馬の世話ができるスペースを確保するのが難しい。探検艦隊の積荷にティアバンが入っていない、後日増援の船団がここに輸送してくれる手筈。後は見た目が地味だが実用的なものだ。第三世代錬金術で作った錬金肥料と薬品、洗剤なども紹介するが、今ここで実演したり効果を見せるのが難しい。とりあえず適切な土地を探して錬金肥料を試用する計画を立てた。今のところ他にいい交易品候補が思いつかない。本当にないなら、カネミング石みたいな、内海原産のすごい交易品を集めて、西の大陸で売りさばくこともできる。大陸間航海を独占している間の私たちの特権だ。
話が一段落したところで、レンダースと支部長は頼みがあると言った。
「アンネ様、僕の家族たちもタシフォーネに定住したいと思います。どうかお許していただけますか?」
「私からもお願いします。レンダースにはこれからクルジリオン支部とカリスラントのパイプ役になってもらいたいです」
そういえばレンダースは商会が倒産して無職になったね。最近ずっと職員たちと共にこちらに協力しているから忘れるところだった。つまりそのままこっちで働きたいということね。
「わかりました。家族たちの住所はこちらが手配しておきます。でもパイプ役なら今もアインシリーさんがやってくれます。二人の役割が被ることはありませんか?」
「これからアインシリーにはなるべく殿下と同行するガイド的に役割をやってもらいたいと思います。レンダースは様々の事務の調整役として、タシフォーネに駐在するようになるでしょう」
「アインシリーさんもそれでいいですか?」
アインシリーは商売がしたい。ずっと私と一緒にいたらその機会が減るんじゃない?
「はい。アンネ様の元で学びたいことがたくさんあります。これはきっと私にとってかけがえのない経験になります」
「そうか。ではそのようにしましょう。これからもよろしくおねがいしますね。アインシリーさん」




