4-13 城壁がない街々 4(三人称視点)
「では、こちらの用件は済んだので失礼させてもらいます」
「くっ……」
一行が支部を後にするのを支部長に止めるすべがない。慌てて人を集めて港まで追跡するが、フラスダーンが桟橋まで同行したため手を出せない。市民が見ている中でユールキ=ガーズルアのメンバーと揉めるわけにはいかないから。でもどうやらフラスダーンは街に残り、船に乗らないらしい。支部長は急いでフェインルーサの海軍に連絡して、海上から襲撃するように依頼する。
「では、ワシはシーリンタで故郷までの船を探す。ここでお別れだな」
「フラスダーンさん。ご協力ありがとうございました」
「ガハハ。なぁに、これくらい大した事ない。逆にこっちが礼を言いたいくらいだな。海を漂流するところで助けてもらったし、新型船の見物もなかなか楽しかったぜ。それに、ワシがいなくてもなんとかなったんだろう?」
「その場合強行突破となるから、かなり面倒なことになりますね。やっぱりフラスダーンさんがいてくれて助かりましたよ」
七国同盟ではユールキ=ガーズルアに堂々と喧嘩を売る人がまずいないのがわかってるから、アンネはこの計画を承認した。もしフラスダーンの協力がないなら、アンネは計画を変更してもっと安全な手段を選ぶだろう。
「まぁ、問題はこの後か。やつらは戦艦を動かすつもりだ。ホンマに大丈夫か?新型船は確かに素晴らしいが、ワシが見たのは遠距離戦のみ、今は接近されるのを避けられん。それでも平気か?」
「ご心配には及びません。確かに我々が得意とするのは長距離ですが、近距離でも遅れを取りません」
それを聞いてガハハと笑うフラスダーンが去ると、同時に探検艦隊の2番艦と7番艦が動き出す。先に出港したフェインルーサ海軍の大型艦ティカミア1隻と中型艦ダニシーサ2隻はカリスラント勢の進路を塞ぐように動く、そしてさらにダニシーサ3隻が出航準備をしていて、後ろから包囲するつもり。
「はぁ!?なんだ、その動き!」
風向と関係なく自由に動けるカリスラント海軍だから、フェインルーサの艦隊の隙間に入り込み悠々と進み、そのまま挑発的に通り過ぎる。フェインルーサ側は接舷して敵船を制圧するつもりだったが、こうも簡単に突破されるとは思わなかったから、全く反応できなかった。
「バリスタで足止めをしろ!」
「はっ!いつでも撃てますが、『照準』はどうすればいいでしょうか?あの2隻にマストがありません!」
「とりあえずあの船楼を狙え!」
カリスラントの新型船の構造は七国同盟の人々が知る船と大きな相違があるが、さっきすれ違ったときブリッジから船の操縦と指揮をするのを見たから、そこが狙うべき急所だと理解した。
「やはりそう来るか。手筈通りに行こう」
「防御魔法士、位置につけ!」
この距離なら気球を出さなくても相手の動きが見える。副司令ケロスヘニゲムの号令の下で、カリスラント艦隊は対魔導バリスタに用意した防御戦術を実施する。
「は、弾かれてしまった!4発とも!バリスタ、効果なしです!」
「どういうことだ!こんな近距離で迎撃されたと言うのか?」
「どんな魔法を使われたかわかりませんが、まるでバリアに阻まれたように見えました!」
「馬鹿な!抗魔力バリアは魔法にしか効果ない!」
汎用バリアで攻撃を防いだカリスラント艦隊はそのままタシフォーネ島へ向かう。スピードが負けていて距離がだんだん開くから、フェインルーサ艦隊の指揮官は追撃を諦め、一度帰還して報告すると決断した。
「敵艦、シーリンタに引き返しました」
「そうか、じゃ今日はここまでとしよう」
ケロスヘニゲムは敵を見逃すと命じた。もしフェインルーサ艦隊もタシフォーネ島を目指すなら砲撃するつもりだったが、諦めてくれたなら攻撃する必要はない。明日から大かかりな作戦が始まる。できればその前にカリスラントの力を見せつけるようなことは避けたい。そのほうがより大きな衝撃を与えて、相手の度肝を抜くから。
――リガンジエル城、大公の執務室――
「そうか。タシフォーネが落ちたか」
「い、いいえ。まだ確認できたわけではありません。ただあの一行が、そう主張しただけです。これから調査を、」
「いや。それは私がやる。君はギルドに戻って、まずは『旗』の販売を停止させろ。それと、今後通行料が取れなくなる場合支部への、そしてシーリンタ全体への経済的影響について計算してみろ」
「あっ、はい!わかりました!」
七国同盟商業ギルドシーリンタ支部長が届けた凶報を、フェインルーサ大公は冷静に受け止めた。いつかこんな日が来ると思っていたから。同盟議会に関税と通行料を徴収する権利を奪われ、先代フェインルーサ大公が怒り狂ったのがことの発端だった。タシフォーネに海賊団を設立した時、当代の大公は父の名代として大きく関与したが、正直彼の心の中でずっと迷っている。これが本当に正しいか?善悪と倫理観の問題だけじゃない。海賊による利益よりリスクのほうが大きいじゃないかと危惧するから。フェインルーサ家を受け継いでから彼は何度も海賊を解散させようと画策したが、一度悪事に手を染めるとやめるのが難しい。タシフォーネの海賊自体がすでにシーリンタ……いや、フェインルーサ領全体の経済と深く繋がったから。
(これも、報いか……)
6年前の遠征軍を無事退けたが、あの時はフェインルーサの艦隊を直接援軍として派遣するという、かなり荒っぽい手を使った。同じ手がまた通用するとは思えない。次回の遠征軍はきっと、海賊とフェインルーサの正規軍を同時に相手できるほどの規模になる。タシフォーネが昨日まで無事でいられたのは、それくらいの兵力を出せる人間がまだ現れていないから。だがいずれは現れると考えていた。そこに海賊のアジトがある限り誰にも兵を出す大義名分があるから。だから大公はシーリンタの貿易による情報収集を重要視している。いつかタシフォーネを攻め落とせる脅威が現れると、手遅れになる前に自分の手でけじめを付けなければならない。タシフォーネが奪われることがないように。しかしまさか脅威がなんの前触れもなく現れるなんて思わなかった。海賊とは言えタシフォーネにはそれなりの戦力がある。それを打ち破れるほどの軍勢が音もなくやって来るとは……
(遠い異国、カリスラントか……)
もしカリスラントがただ武力行使してタシフォーネを奪ったなら、共同防衛条約に基づいて七国同盟議会に緊急報告して援軍を要請できる。しかしカリスラントは外からの侵略者ではなく、テュークリム共和国クルジリオン支部の盟友として現れた。一体どうやってそんな繋がりを作ったのか。しかも作戦実行まで情報を完全に秘匿した。その尋常ならざる手腕に大公は不気味に思う。
(これまで恨みを買いすぎた。外交の戦場ではこちらが不利、か。もし武力でも敵わないなら、どうすればいい?)
同盟議会で金をばら撒いて工作したから、何度か出たタシフォーネ関連の不利な議案を阻止することができた。だが所詮は買収で味方にした議員たち、大公は彼らを信用していない。旗色が悪くなると簡単に裏切るだろう。それ以上に海賊行為で色んなところで怒りを買ったほうの悪影響が大きい。年貢の納め時だと言うべきかもしれない。
(いずれにしても、フェインルーサを守らなければならない。ただ最善を尽くすのみ……)
今のフェインルーサ大公の力はもうカーチマス王さえも凌駕する。一部ではいつか王位を簒奪するじゃないかと噂されてる。しかし本当は、フェインルーサ大公は現状に満足している。王位なんてに全く興味がない。大公からすれば、面倒な外交事務を国王がやってくれるのがありがたい。自分はただこの最愛の地フェインルーサ領をより良くするために善政を敷く。国王よりも、他の誰よりも優れた統治をできたことを密かに自慢するのが、ストイックな私生活をしている大公の数少ない楽しみ。敵からは恐れられ、配下と民からは愛される――それが当代のフェインルーサ大公だ。どんな理由であれ、フェインルーサ領の一部が欠けたことを、彼は決して認めない。
(「シーリングス海峡自由航行保証作戦」か……明日はカリスラントの力を測り、できそうなら島の奪還を試みよう)
支部長が届けてくれた、カリスラントの作戦説明をもう一度読み終わった大公は、城の窓から海峡を俯瞰しながら艦隊と騎士団の配置について思案する。
十字軍の王たちなゲームをやったことがあるならわかりやすいと思います。独立な王より、王の下の大貴族のほうが楽なときもあります。フェインルーサ大公の状況はまさにそんな感じですね。アンネにタシフォーネの砦を奪われるときまでは。




