4-12 城壁がない街々 3(三人称視点)
――再誕の暦867年7月8日、港町シーリンタ――
港町シーリンタ、それはまるでエメラルドの指輪のように、ギーアル半島の先端につけられている。夏になると繁殖期に入る海草によって、夜の海岸が緑色に光るのがその名前の由来と言われている。ちょうど今の時期にそんな幻想的な景色が見れる。
現在このシーリンタを支配しているのはフェインルーサ大公だが、実は近年までこの街の所有権は何度も変わった。30年前にシーリンタ周辺を治める領主が世継ぎがいないまま若死にして、この地の相続権を巡る争いで最後の勝者となったのが先代フェインルーサ大公。武力で支配権を奪い取ったから、フェインルーサはシーリンタの統治に特に気を配っている。せっかく手に入れたこの豊かな貿易都市が台無しになることがないように。
昔のシーリンタには城壁があったが、30年前の争いで2回城攻めされて深刻なダメージを受けた。それで当代の大公は自由港クルジリオンの成功例を参考にして、半壊の城壁を取り壊して商業ギルドの支部に自治権を与え、シーリンタを同じく自由港にした。街の北にあるゲートハウスだけが衛兵の詰め所として残された。クルジリオンは出入り制限をなくして大いに栄えるが、街の無秩序な拡張を許してしまい、治安が悪くなった。その欠点の対応策として、街の外から睨みを利かせるように、大公は街の北の斜面に強固な要塞を建設した。それは白亜の美しい城塞、三本剣の紋章を掲げるリガンジエル城。フェインルーサの新しい力の象徴でもある。フェインルーサ家の本拠地「ミギューレ城」はシーリンタから西へ3日ほど進む先の河谷にあるが、貿易都市シーリンタの様々な事務に対応するため、今の大公はリガンジエル城にいる時間が長い。リガンジエル城はもはやフェインルーサの第二の居城同然だ。
この日のシーリンタの商業ギルド支部は朝から騒いでる。タシフォーネの砦と連絡が取れなくなったから。真夜中で対岸から騒音があったし、島の建物の一部が燃えたらしいが、わかるのはそれくらい。昼過ぎになって、事態把握のために船を出そうとするとき、初めて見るタイプの、マストもオール(櫂)もない大型船2隻が入港した。怪しいからその2隻に検査を実施しようとしたが、クルジリオン支部の旗を掲げているし、クルジリオンの商業ギルド職員が証明文書を提示したから、自由港の取り決めによって検査ができなくなった。その船から妙な集団が降りた。クルジリオンの職員と商人、聖地の守護者ユールキ=ガーズルアの老戦士、そして誰も見たことがない異国の軍服姿の若い男性たち。彼らはそのままシーリンタの支部に入った。
「面会の約束はありませんが、火急の用件で支部長に会いたいです」
「そんなの、困ります……」
「会えないなら仕方ありませんが、この件によってシーリンタ支部に損害が生じる場合クルジリオンは一切責任取れませんのでご了承ください。ちなみに用件というのは、タシフォーネ島関連です」
クルジリオンの職員の非常識な要求を受付嬢はあしらおうとしたが、脅迫めいた言い方をされると支部長の判断を仰ぐと決めた。
(タシフォーネのことで用件があるだと……?)
元々クルジリオンとシーリンタはギーアル半島の貿易における主導権を巡って競争関係にある。シーリンタは古くからギーアル半島の貿易中心地だが貴族の内戦で被害を受けて、急激な発展を遂げたクルジリオンにその地位を奪われた。タシフォーネの海賊によって双方の関係がさらに悪化した。支部長はクルジリオンの人間になんて会いたくないが、今はタシフォーネのことで困ってるから少しでも情報がほしい。しばらくすると、一同は支部長室に案内された。
「まずは関係者のみなさんを紹介させてください。こちらは新リミジタース商会の代表を務めていたレンダース氏ですが、タシフォーネの海賊による被害を受けて商会は先日倒産しました」
「ええ。僕が契約した船には『フェインルーサの剣の誓い』があるのに、海峡を通過している間襲われました」
(やはり損害賠償の請求じゃないか……こっちに言っても無駄だって。本当懲りないな、クルジリオンの連中……)
こんな忙しい時に来るなと、支部長は心の中で舌打ちをした。
「こちらからも事実の確認をするが、あまり期待できないと思う。現在タシフォーネ島は海賊の支配下にあるため、賠償と保険金の給付は停止となっている」
「現在タシフォーネ島は……いや、これはまた後で話しましょう。こちらはユールキ=ガーズルアの教導官、フラスダーン様です」
「おお、『キュールのグレスタス』の異名を持つ、あの高名なフラスダーン殿ですか?お会えできて光栄です」
「よしてくれ。ワシはもう現役引退した身だ。レンダース殿の船にワシも乗っていたから、生き証人として来たに過ぎない」
「そうですか、とんだ災難でしたね。(ユールキ=ガーズルアも関わっているのか。今回は面倒だな……)」
「そしてこちらは、遥か遠いカリスラント王国から来てくれた、我らが新しい友人たちです」
「僕はカリスラント探検艦隊参謀、テリークトです」
「カリスラント、王国?そんな国、聞いたことがない……っていうか、なんだその言葉?なんで意味がわかるんだ?」
カネミング石のイヤリングを介してテリークトが話すと、クルジリオンの支部長のときと同じ反応をされた。
「そこはあまり重要ではありません。今あなたが知るべきのは、我々カリスラント海軍が海賊を討伐して、タシフォーネ島を占領したということです」
「……なにぃ!」
「我々は運が良く、カリスラントの友人たちと知り合うことができました。その実力と義侠心を見込んで、クルジリオン支部は海賊の討伐を依頼しました」
タシフォーネの砦が一夜で陥落するなんて、本来なら信じられないことだが、朝からずっと連絡が取れないし、クルジリオン支部までそう言うならもう信じるしかない。
「そんな勝手な真似を!」
「ほぉ、勝手な真似、か。これは異なことを……海の安全を脅かす海賊を討伐するのは当然なことであろう?」
「あっ、いや、フラスダーン殿、これは……私が言いたいのは、タシフォーネ島はカーチマス王国フェインルーサ領の一部、勝手に占拠するとは何事だ、とな」
「そう言う割には今まで海賊に占拠されるのを許したが……まぁそこは別にいいです。海賊に奪われるまでタシフォーネ島はカーチマス王国の領土、そこを承知しているから今こうして僕が知らせに来ました。タシフォーネ島をカリスラントの領土にする前に最低限の義理を果たしに」
「テュークリム共和国はカリスラントの領有権を認めるつもりでいます。海上治安を維持する力がないフェインルーサより、信頼できる盟友であるカリスラントにタシフォーネ島を託すべきと考えています」
最初の予定以上にクルジリオン支部がカリスラントの肩を持つ。砦の攻略を見て、カリスラントに島を守り抜く力があると確信したから。これなら自分から動かなくてもシーリンタに一泡吹かせる。実際に動いてくれるカリスラントのためにこんな外交工作で援護するくらいなら安いものだ。これで支部長もようやく理解した。この一行は十分な用意をした上で、喧嘩を売りに来た。
「ふ、ふざけんな!つまりてめぇらクルジリオンが、勝手にうちの土地を外国に売ったんだな!これは七国同盟への、立派な背信行為だぞ!」
「まぁ、あなたがいくら喚いても何も変わりませんよ。ここに来たもう一つの用件を済ませましょう。これは我々カリスラントが明日から実施、」
テリークトが差し出す(クルジリオンの職員の協力でギーアル語に翻訳した)作戦計画書を、支部長が机の上から払いのける。
「お前では話にならないんだ!ただの参謀ではなく、そっちの偉い人を連れてこい!」
「偉い人、ですか。カリスラント探検艦隊の司令は王女アンネリーベル様です。流石に王女様にご足労をかけるわけにはいきません。副司令のケロスヘニゲム様は高齢な上で、セラーエリクル『大公』の叔父です。ここは僕で我慢してください。これでも僕はスタニシア公爵家の三男、それにケロスヘニゲム様の補佐をして、必要な時は副司令代行の権限を持っています」
カリスラント艦隊は想像以上に大物揃い、支部長は返答に困る。さすがに公爵令息相手にもう一度「お前では話にならない」とは言えない。ちなみにカリスラントの貴族領主制度は基本5階級で「大公」に相当するものがない。それでセラーエリクルのような公爵家の中で特に強い力を持つ家はカネミング石の翻訳で「大公」に変換された。そのほうが七国同盟の人々に意味が通じやすいが、後に文字の翻訳を進めるときややこしいことになるのを今はまだ誰も知らない。
「それより、さっきの作戦計画書にちゃんと目を通すことを勧めます。でないとシーリンタ支部、そしてフェインルーサ領が大変な被害を被る可能性があります」
「それ以上なにかやるつもりっていうのか!」
「いや、単なる治安維持作戦ですよ。ただし非常時期なので、我々の勧告を無視する、もしくは警戒区域に侵入する船は容赦なく沈めます」
「させると思うのか!今から大公に報告するから、お前にもついて来てもらう!どう落とし前つけるかをよく考えろ!」
これで事態が良くなるわけでもないが、ここはとりあえずテリークトたちを捕縛すると支部長が決めた。敵の一部を捕まえたと、大公への言い訳が立つし、公爵令息なら人質としての価値も高そう。
「支部長殿、それは礼を尽くした使者を不当に拘束するということか?」
「フラスダーン殿、これは彼に弁明のチャンスを与えるだけです。拒否される場合なら仕方ない。領土侵犯の現行犯として連行するしかありません。どうか我々の行動を認めてくれますか?」
「悪いが、それを見過ごせねぇな。恩人の危機に何もせずのは戦士団の名折れ。ワシの命がある限り彼らへの手出しは許さない」
支部長は困り果ててる。もしこの場にいるのはクルジリオンとカリスラントの人間だけなら最悪全員始末してもいい。話を都合のいいように作り変えて、彼らを悪者に仕立てらればいい。自分のホームグラウンドであるこの支部ではそれくらい造作もない。でもユールキ=ガーズルア相手にそれができない。聖地の守護者を無理やり悪者にするのは非常に難しいし、失敗する場合のリスクが大きすぎる。しかしこのまま全員見逃すと、フェインルーサ大公になんと言えばいいかわからない。




