4-11 タシフォーネの占領
――再誕の暦867年7月8日、タシフォーネ島、西の小丘――
「ぅ……私が、調子に乗ったから!うぅ!どうして、っ、私なんかを庇ったの!」
昨夜の作戦は順調に終わったが、旗艦と4番艦の海兵隊にそれぞれ戦死者1名が出た。旗艦のほうの戦死者は、この前私とファルナのプレイに付き合ってくれたあのカップルの片方だ。今でも彼女たちの情熱なプレイを鮮明に思い出すのに、中の一人はもう土の下に……残された方は墓地の前で泣き喚いてるが、誰も彼女にかける言葉が見つからない。隣のもう一つの墓で4番艦の海兵たちは泣いていないが、ただ無言でおそらく彼が好きだった酒を墓石に注ぐ。
「……アンネ様、ご気分が優れないなら無理はしないほうが……」
「平気よ。続きを始めよう」
リミアは私のことを心配してくれるけど、ファルナは何も言わない。私はもう決意を固めたのを知ってるから。確かに今の私の気分はどん底だけど、それで自分のやるべきことから逃げるわけには行かない。今の私が着ているのは白い海軍軍服でも、紺色の海軍軍礼服でもない。海神の娘の化身ダルシネ=ルーデアの衣装だ。戦死者の2名どちらも海神ダルネリトン=ルーの信者だから、この場にいる最高位の神職として私が葬儀を執り行う。
これまでも何度も、今回みたいに私のことを信じてくれる人たちを死なせた。そのたび私が思ってしまう。もし部下たちの命をただの数字として見れるならどれだけ楽なことか。でも私はそんな風になりたくない。この苦しみは私が一生背負うべきものだから。
葬式の後、着替えた私は救護隊のチーフのところに赴いて負傷者の報告を聞く。
「アンネ様、重傷者6名の処置が終わりました。これからは軽傷者たちの治療に当たります。重傷者のうち3名に欠損治療ポーションの処置をしたので、これで残りは6本のみになりました。これからは場合によって重傷者に欠損治療ポーションの処置ができなくなる可能性があります。このことは後で各艦の救護隊を通して周知させます」
仕方がないことだが、海軍の人員はみんな平等ではない。私のために必ず貴重な薬品を温存するから、他の人に最適な治療を施せないこともある。できれば次の補給品に欠損治療ポーションを入れたいが、魔物素材が不足している今では非常に入手困難。困ったものね……
――タシフォーネ島、中央砦の地下牢――
「その者は海賊の副首領と自称したのか?」
「はい。テキジールと名乗りました」
昨夜の戦いでほとんどの敵はその場で始末した。海賊に情を掛ける必要はないから。数少ない捕虜の中に、こちらの指揮官と話がしたいという人がいる。クルジリオン勢への聞き込みと空中観測ですでに十分な情報を集めたから、私からは特に話すことはないけど、一応会ってみることにした。
「今すぐ俺達を開放しろ。お前たちは知らないかもしれねぇが、こっちはフェインルーサ大公の命令で動いているんだ」
「へぇ、それはすごいね。じゃあその大公とやらをこっちに呼んでみな。あたしが直々に相手してやろうじゃないか」
私たちを睨みつけるテキジールだが、私の護衛としてついて来てるジャイラは冷笑で返した。私とジャイラはカネミング石のイヤリングを装備、私と手を繋ぐファルナにも効果がある。この場に他に言葉が通じるのはレンダースとクルジリオン支部の職員一人、当地の事情に詳しくない私たちのサポートとして同行してる。支部長の娘アインシリーはこっちに来てない。凄惨な戦場となった砦の掃除が終わるまで船に残留してもらった。
「虚勢を張っても無意味だ。正直に言うとあなたたちのことはどうでもいい。今は忙しいから相手をする暇はない。でも一応聞いてみるか。あなたたちの財宝はどこに隠してる?」
「お前たちはわかってないんだ!大公さまの恐ろしさを、」
「じゃ私は一度船に戻るけど、ジャイラお姉様は……ん?尋問するつもりなの?」
「そんなまどろっこしいことしねぇよ。まぁ見てなって。これなら汚れを気にする必要もない……」
ジャイラは床のレンガを1枚引っこ抜いて、それによってできた穴に捕虜の左手を入れると、レンガを彼の手の上に……え、まさか……
「あぐっ!うぅ、はぁ……」
うわ……ジャイラはレンガを力いっぱい踏んで、元の場所に戻した。捕虜の左手はもうどこにもない、そしてレンガの隙間から血が滲んでいるところ以外は、まるで元通りになったように見える。っていうか、これのどこが汚れを気にする必要がないの?まぁ、地下牢だから別にいいか……
「アンタは喋らなくてもいいんだ。この島はもうあたしたちのもんだ。地道に探せばそのうち出てくるだろう。だがアンタが喋ってくれるとこっちの手間は省けるから、宝を見つけることができたらすぐに楽にしてあげる。このまま血がなくなるまで苦しみながら死にたいならそれでもいいけど、悪いがあたしらは先に帰るぜ」
ようやく自分が本当にどうでもいい存在だとわかったテキジールは、心が折れたみたい。
「……2階の、左の広間の暖炉の奥に……隠し部屋がある……」
ジャイラは早速海兵たちに指示を出して財宝の捜索を始める。そんなときテキジールは気力を振り絞って、弱りきった声で必死に話しかける。
「一つ、頼みが……」
「あ゛ぁ?そんなこと言える立場か?」
「頼む……俺達の死体を船に乗せ、火を付けてくれ……」
「はぁ?どうしてそんなことを?」
自分たちの遺体を乱暴に扱ってほしいの?ファルナとジャイラも意味がわからないが、レンダースとギルド職員は彼の話に納得しているみたい。どうやら私たちカリスラント勢にわからない事情があるようだ。
「お前たちは、ギーアルの人間じゃないらしいから、わからないだろうが……これは、どんな罪人にも保証してくれる権利……聖なる炎の恩寵で魂を清め……そうすれば、聖樹の元へ帰れる……」
「彼の言ってることは本当です。戦場や処刑場で多数の遺体が出ると、穢れが溜まるのでその儀式で清める必要があります。海に近い場合なら船ごと燃やすのが普通です」
なるほど。略奪の後に海賊たちが船に火を付けるのは探検艦隊の空中観測で見たことがある。あれって懲罰的処刑じゃなくて、一種の宗教儀式なのね。おそらくは戦争などで多数の死者が一気に出るとき疫病の発生が怖いから、迅速に処理するため遺体を雑に扱ってもいいように宗教的意味を付与した。かなり合理的だね、聖樹信仰。
「わかった。この地の風習なら従おう。ただし、財宝があなたが言った場所から出てくる場合だけだ」
「あっ、ああ……感謝、する……」
ラズエム=セグネールに戻って昼食を済ませ、しばらくすると財宝を見つけたという報告が入った。これでギルド職員たちは未払いの保険金を清算する作業を始められる。約束通り、海賊の死者たちを聖樹の元へ帰す儀式も用意しないと。
「アンネ様、捕虜の中に命乞いをする者がいて、彼らを『ムサナシピル』に売り払ってくれと言いましたが、そこがどんな場所かわからないので私達では判断できません」
「アインシリーさん、それってどんなところなの?」
「ムサナシピルは、クルジリオンより更に南、おおよそ1700KM先にある貿易都市国家です。特に奴隷市場が有名です」
「そうか、そこまで死にたくないのね。しかし今の私たちに船を出す余裕がない。どうしたものか……」
「アンネ様、私から一つ提案があります。この前話した、我々クルジリオン支部に食料品をタシフォーネまで輸送する依頼ですが、クルジリオンの船がタシフォーネを離れる時海賊たちを引き受けられると思います。彼らをムサナシピルに売り払い、その利益を食料品購入の費用に充てることができます」
なるほど。今のタシフォーネに他に売れるものがない。こっちに食料を届けさせて空荷で帰ってもらうのも悪いしね。
「いい案だね。その件の調整はアインシリーさんに任せてもいいか?」
「はい!」
奴隷貿易の取り仕切りなのにすごく生き生きしている。アインシリーは本当に商売がやりたくてしょうがないみたい。良かったね、これからきっとまたたくさんやれるから。
「2番艦と7番艦の用意ができました。これからシーリンタに向かいます」
ここの海賊と繋がっているシーリンタの商業ギルド支部は今大混乱しているはず。この場合ちゃんと筋を通すべきだから、これから2番艦が支部に行って事情説明と領有主張をする予定。向こうがブチキレてなにか仕出かす可能性もあるが、予め対策を講じたので心配ないだろう。
「こっちの作業はこれで一段落だね。2番艦と7番艦が戻るまでみんなはよく休んで。明日からはとても忙しくなるから」




