4-10 タシフォーネの陥落(三人称視点)
――再誕の暦867年7月7日、タシフォーネ島――
「……また出てやがる……」
タシフォーネ島中央にある、3階建ての館。海賊の副首領テキジールは南の空を眺めながらつぶやく。6月下旬から度々空に小さな影が現れ、不気味に思うも結局何も起きない。数日過ぎるとそれが消えてスッキリしたが、昨日の午後からその影がまた現れた。
「……見られてるぅ――」
立派な執務机の上に寝転ぶのは、内装が豪華なこの部屋に似つかわしくないスキンヘッドの男。とっくに煙が出なくなった葉巻を大事に握り、さっきまで手の震えが止まらなくてずっと唸っていたが、急に意味がありそうな言葉を発する。
「なに?カシラ、なんか言ったか?」
「……グーグゥ――」
「ちっ」
この一瞬で夢境に入った男を睨み、いっそこのまま彼の息の根を止めたいと思ったが、テキジールにそれを実行する勇気がない。ただこの砦にいる期間が長いだけで副首領になったテキジールは、先代ボスをぶっ殺して僅か一週間で腕っ節と恐怖による支配を確立した新しいボスに逆らえない。
このスキンヘッドの男の名前は誰も知らない。同じ時期でタシフォーネ島に現れた連中は彼のことを「朧の山のハゲタカ」と呼んでる。彼はそれが長過ぎるから「ハゲタカ」でいいと言った。テキジールから見れば、敬語が嫌いのが「ハゲタカ」の唯一好きになれそうなところだ。普段の彼は気さくて手下たちに対してとてもフレンドリーだが、わけもわからず急にキレて両手のハンドアックスで不運なやつを血祭りにすることもある。先代ボスもそれにやられた。この砦のことを一番良く知っていて、組織を運営する能力があるから重用されるテキジールだが、こんな精神不安定な男と同じ部屋にいるだけでもストレスが溜まる。
(こんな日々、いつまで続くのか……もう昔のような気楽な時間が戻らないのか……)
タシフォーネの海賊の中ではテキジールは最古参だ。港町シーリンタのスラムに生まれ、明日が見えない孤児だったが、海賊団設立の時雑用係として参加したのが幸いだった。ちなみにこれはフェインルーサ領の貧困対策の一環でもある。瞬く間に20年が過ぎて、冴えない青年に成長したテキジールだが、いつの間に海賊に加わったハゲタカの一団が全てをぶち壊した。
(結局こいつらは何者だ?あの葉巻を愛用する者は『終焉教団』の関係者が多いらしいが、こいつらは別に宗教にのめり込むわけじゃない……ただのヤク中だ)
タシフォーネの海賊はフェインルーサ大公の命令でシーリングス海峡を封鎖、通行証を持つ船なら見逃す。運営資金は大公が出してくれるが、昔からタシフォーネの海賊は臨時収入を得るためにこっそりと海上での殺人依頼を受ける。大公にバレるとまずいので、派手にやり過ぎないように年に一回か二回くらい。しかしハゲタカが新しいボスになってからほぼ毎月それをやってる。葉巻を買うための金がほしいのが原因らしい。ハゲタカたちの蛮行に危機感を覚えるテキジールは自分なりに調べたが結局彼らの正体がわからない。彼らの右肩にも『ユールカ』の印があるから七国同盟出身なのは間違いないが、わかるのはそれくらいしかない。そもそも彼らの正体になんの意味もないかもしれない。本当にただの薬物中毒者なら。
「……やはり、見られてるぅ――」
「うわっ。どうしたんだ?急に立ち上がって……」
「だーかーら、見られてるって。あの影が見えないのかぁ?」
「カシラは、あの影がこっちを覗いてるって言うのか?」
「……まぁいい。それより新しい葉巻だ。ちょっと行ってくるぅ――」
薬を取りに2階に降りるハゲタカのことをほっといて、テキジールは考え込む。もしかしてあの影は本当に監視の目なんじゃないか?訳がわからないことばかり言うハゲタカだが、たまにそんな野生動物並みの直感を発揮する。先月テキジールが現状を憂慮して、大公にハゲタカの件を内密に報告しようとした時、伝令に行った男は死体となってテキジールの部屋の前に転ばされた。両目をそれぞれハンドアックスに潰されたのは警告代わりに違いない。それからテキジールは足掻くのをやめた。ハゲタカ相手に自分が何をやっても無駄のような気がするから。だから今の空の影のことも結局テキジールは深く考えないようにした。
「はぁ?何言ってんだテメェ!」
「ひっ、ひぃぃ!カシラ!お許しを!」
「カシラ!どうしたんだ!」
2階に騒ぎが起きてるからテキジールも降りて、ハゲタカが一人の海賊下っ端の顔を掴んで今にも握り潰そうのを見て慌てて止めに入る。
「こいつがよぉ――!さっき南で獲物を追ってた奴らが急に消えたってよぉ――!」
遠話の魔法を使える人間は商会の連絡役などに簡単になれる。高望みさえしなければまともな職に就くのは難しくないから、わざわざ海賊になりたい人は少ない。だからこのタシフォーネ島では遠話の使い手は希少な存在だ。それでも艦隊を出撃させるとき連絡のために必ず一人を配置する。連絡が取れなくなるなら間違いなく異常事態が起きている。
「カシラよ、そりゃ別にこいつのせいでもないし、怒りをぶつけるのは連絡を怠った連中にすべきじゃ……」
「それもそっか。悪かった。消えた奴らを探し出せ。オレが自らお仕置きしてやるぅ――」
(しかし、本当に定時連絡を忘れただけか?あの妙な影のこともあるし、どうも嫌な予感がする……)
葉巻を手にしたハゲタカが上に戻ると、テキジールは砦に留守の遠話使いを呼び出して、南に出撃した艦隊へ呼びかけようとしたが、一向に繋がらない。中央砦の隣の監視塔から南の海域にいる艦隊を探しても見つからない。居場所を正確に把握していない状況での通話が難しいのは当然だから、このまま捜索範囲を広げてみるかと考えるところで、海峡を監視しているもう一つの艦隊から通話が入った。
『ひっ、火がぁ!うわぁあ!た、助けて!』
「っ!何が起きた!おい!応答しろ!」
しかしテキジールがいくら呼びかけてもそれ以上の反応はない。魔法を維持するには集中が必要、船に火が回る中では不可能だ。先に行方不明になった艦隊も同じくカリスラント探検艦隊の砲撃を受けて、救援要請を送ることもできずに全滅した。夜から始まる上陸強襲の前に、まずは出撃中の海賊を殲滅して敵の数を減らす作戦だ。普段砦にいる人数は750人ほどだが、これで船9隻を失って300人くらいが帰らぬ人に。
「次に出る艦隊の出撃は取りやめだ!それとシーリンタの支部に通話を!急げ!」
慌てて監視塔から西の方を見ると、海峡の南側に船5隻が燃えながら沈んでゆく。ここまで来るとテキジールは自分たちが攻撃を受けたことをはっきりと認識した。しかし他の海賊たちはまだ事態の深刻さをわかっていない。そしてシーリンタの商業ギルド支部も同じだ。
『……艦隊と連絡が取れなくなった?油を売ってるだけじゃ……』
「そうじゃない!こっちが調べたら船が燃えるのを見たんだ!」
『火の不始末で火災になったのか?全く、先月の損害もかなりのものだったよ?こっちの支援だってただじゃないんだぞ?』
「分隊一つ、船5隻が同時に火災になる訳があるか!?」
もうすぐ午後6時だから、ギルドの職員はどうしてもこの件に対処したくないようだ。夜の暗闇の中では作業が困難だし、これからやるなら自分は残業確定だし、もしこれで偉い人に迷惑をかけると大目玉を食らう。そもそもタシフォーネを目標に遠征軍が編成される情報をシーリンタの支部が掴んでいないから、危機感がない職員は明日から調査してもいいと考える。どの道今からタシフォーネへの援軍を編成しても、夜の間に到着するのは無理。だからカリスラント探検艦隊はこの時間から攻撃を始めた。
「……くそっ。埒が明かん。『リガンジエル城』へかけろ」
「なっ!本気か?やめとこうよ!こんな些事で大公さまの手を煩わせるのはまずいって!」
「やれって言ったらやるんだ!」
「そんなこと言われても……あっしの遠話じゃシーリンタまでが精一杯で、リガンジエル城には届かないよ……」
「打つ手なしか……」
リガンジエル城は、城壁がないシーリンタを守るために街の北に建設した城塞。フェインルーサ大公がシーリンタ方面に滞在している間の居城でもある。海峡の対岸に位置するタシフォーネからは35KM離れているから、海賊の遠話能力では直接連絡できない。
呑気な海賊たちに警戒を強めるようにテキジールが全力を尽くすが、タシフォーネに攻め込む人間がいるなんて誰も思わないからあまり効果がない。葉巻を吸って上機嫌になったハゲタカに話すべきかも考えたが、下手をすると敵が現れる前に自分の頭がハンドアックスにかち割られそう。結局テキジールは諦めた。タシフォーネの運命は天に委ねるしかない。
ほとんどの海賊が眠りにつく深夜。タシフォーネ東の居住エリアに数十発の燃焼弾が撃ち込まれた。かなりの人数がそのまま炎に飲み込まれ、防御についた人員も火を消そうと勝手に持ち場から離れる。その隙に乗じて探検艦隊7隻が一斉に南の港湾に入り接岸する。上陸地点の守りに4班だけ残して、他の海兵全員が砦になだれ込む。海兵を降ろしたら旗艦ラズエム=セグネールは一旦後退して気球を出す。燃え上がる建物からの光があるから、それである程度の視界を確保できて空中支援を提供する。
「ジャイラ様!待ってください!」
「みんなはゆっくりでいいから!あたしは先に大将首を取りに行く!」
堅実に防御施設を制圧しながら進む海兵たちを放っておいて、ジャイラは中央砦の館に目指して坂道を一気に駆け上がる。
「くはっ!」
テキジールも武器を持って戦おうとするが、蹴破られた扉と共に吹き飛ばされ、腰を強打して立ち上がれなくなった。
「お、おもしれぇ――」
こうなった以上、もうハゲタカの異常な強さに頼るしかないと思うテキジールだが、彼は攻撃を繰り出すことさえもできずに、一瞬で首を刎ねられた。
「……はぁ。あまり期待していなかったが、やっぱりつまらん相手しかいないか」
すべての望みが絶たれ、テキジールの意識が闇に落ちた。




