4-9 城壁がない街々 2(三人称視点)
「それと一つ、支部長殿に協力してもらいたいことがあります。商業ギルドのスタッフを数人派遣してもらえるのでしょうか?海賊の資産を処分して換金する、そして保険金の給付に関する業務を任せたいです」
「ああ、その方がトラブルが少なくて済むだろう」
「我々の艦隊と同行、そして砦の攻略も観戦するから、そこを踏まえて人員を選出するようにお願いします」
「商業ギルドの職員を戦場に出させるのか?危険はないのか?軍の機密保持的にも問題があると思うが……」
「もちろん安全な場所に配置します。機密保持もこちらが気を配りますからご心配無用です。同行する間で我々の船がいかに優れているのかを理解できれば、作戦に対する不安もなくなるでしょう」
「カリスラントの船は僕達の想像を遥かに超えています。この数日間乗せてくれた僕が保証します」
「そこまでのものか?レンダースもそう言うなら信じないわけにもいかないか……こちらに色々準備があるし、レンダースにプライベートな話もある。少しの間二人っきりにしてもらえないか?」
「わかりました。連絡役(監視も兼ねる)としてギルドに海兵2人を残して、僕はしばらくこの街を見物します。そちらの用意ができたらまたギルドで合流しましょう」
街に出たテリークトは露天市場で聞き込みをした。西の大陸の文化や物産にも興味があるが、それはまた別の機会で調査することにした。まず知りたいのはレンダースは信用できる人間かどうか。色んな人に聞いてみたら、レンダースの新リミジタース商会はすこぶる評判がいいということがわかった。確かにレンダースは恩人が亡くなった際に独立したが、それは二人の息子の争いに介入したくないから。最近になって息子の片方の商会を吸収したが、寧ろ倒産寸前の息子を助けるために無理をして合併したとみなされる。それで資金難に陥って、博打的な意味合いが強い北限のトズルサ公国への輸送依頼を引き受けて、不幸に遭った(街の人々はまだレンダースの生還を知らない)ことをみんなが惜しんでいる。
(損得より義理を優先する、誠実な人柄……船で交流した時の印象と同じだ。多分信用できる人間……彼と交友関係がある支部長も大丈夫だろう。少なくともこっちが優勢の間は……)
一方支部長の執務室で、レンダースはこれまでの出来事を詳しく説明した。
「……そうか。あの『キュールのグレスタス(地球のヒグマのような猛獣)』、フラスダーン殿でさえカリスラント艦隊の実力を測りきれないか。確かにすごそうだが、やはり数が少なすぎると思う。本当にタシフォーネを落とせるのか?」
「正直に言うと、わかりません」
「おいおい、大丈夫かよ……お前はその作戦に同行するのだぞ……」
「どうせ僕はもう何も失うものがありません。成功したら海賊の財産で僕の借金を返済すると約束しました。これに賭けるしかない。この作戦の大切なところは、失敗してもテュークリムになんの害もありません。万が一の時アンネリーベル殿下の親書を処分して、クルジリオンの支部は無関係だと主張すればいいです。その時僕の家族のことは頼みます」
支部長は友が危険を冒すのを止めなかった。これ以上何を言っても無駄なのを知ってるから。
「はぁ……わかったよ。これならスタッフの派遣を承諾するんじゃなかった。失敗する場合は切り捨てるしかないのか……」
「その話なんですが、アインシリーをメンバーに入れるのを検討してみる価値はあると思う」
「なに?場合によっては見捨てるスタッフの中に、私の娘を入れろって言うのか?」
「あの子が僕達と同じ道を進みたいなら、どこかで大博打に勝つしかないんだ」
商人階級の力が強いテュークリム共和国では、ギルド支部長の娘は他国の貴族令嬢の立場に近い。でもアインシリーは小さい頃から父の仕事に興味を持ち、ギルドの事務仕事をよく手伝っている。商取引の世界では男性が優位、この先へ進むには茨の道を通るしかない。支部長としてはさっさといい人を見つけて普通の女性としての幸せを掴んでほしいところだが、アインシリーは確かに才能がある。もしかしてこのまま続けさせるほうが正しいかもしれない。そのことでずっと悩んでいるのを知ってるからレンダースはアインシリーの参加を提案した。
「カリスラント艦隊では徹底的に異性と同じ船に乗らないようにしてる。艦隊のトップはアンネリーベル殿下だから、情報と決断が集約する旗艦の重役は女性で固めている。男性のスタッフを他の船に送るより、その旗艦に女性のスタッフ一人を配置するほうが遥かに効率がいいです。この機にアンネリーベル殿下と仲を深めることができたら、将来カリスラントとの貿易で圧倒的に有利になるでしょう」
「本当にそうだろうか?アンネリーベル殿下は名目上のトップ、実際に采配を振るうのは他の船の男性指揮官、ということはないか?」
もうすぐ20歳になる王女が艦隊の実権を握るなんて普通は考えられない。支部長がそう思うのは自然だ。しかしラズエム=セグネールの様子を自分の目で見たレンダースは頭を横に振る。
「ない。短い間だが僕はカリスラントの旗艦に乗りました。アンネリーベル殿下は恐ろしいくらいにこっちの事情を把握している。そして部下たちからの信頼は絶大です。海軍を一人で築き上げたとか、国を二回も救ったとか、殿下に関する話は色々聞きましたが、話半分だとしても大した人物です」
「確かに。タシフォーネの兵力、シーリンタとの繋がり、通行証の仕組み……お前と接触する前から何もかも調査済みのは恐ろしいな。他のことはともかく、カリスラント艦隊の情報収集能力は本物だと認めざるを得ない」
「そうだろう?だから僕も実はそんなに心配してない。そこまでわかっているのに無謀な戦いに挑むとは思えません」
「説得力あるな。わかった。私も信じてみるか。アインシリーがやる気なら参加を認める」
――再誕の暦867年7月6日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、作戦室――
日差しがきつい真夏の昼前、タシフォーネ島の南沖合で探検艦隊は合流した。2番艦ミレギーレ=トリンヤからボート1隻が、二人の女性をラズエム=セグネールまで送った。七国同盟商業ギルド、クルジリオン支部長の娘アインシリーとその付き人だ。
「よくぞ来てくれました、アインシリーさん」
「お初にお目にかかります。アンネリーベル殿下」
「長い付き合いになりそうから私のことはアンネでいいよ。ここに来る道中はなにも問題がなかった?2番艦の男連中が不快な思いをさせてないよね?」
「大丈夫です。皆さんに大変良くしてくれました」
今回みたいに男性のみの艦船に女性を一時的に乗せるのは初めて。カリスラント本国では海軍の女性率は20%くらいだから適切な船を派遣するのは難しくないが、探検艦隊に女性のみの船は1隻しかいないから仕方ない。もしこれでなにか間違いが起きるとアンネの面目丸つぶれだから、2番艦ではこの4日間アインシリーたちの客室を特に厳重に警備した。逆に客人たちがちょっと窮屈と感じるくらい。
「そう言えば二人は、右肩を露出させる服を着ていないのね?入れ墨もないのか?」
「はい。『ユールカ』の印は女性の場合、私達の右耳につけているこのイヤリングで代用できます」
「なるほど。肌を傷つけたくない人も多いしね。しかし、イヤリングに宗教的な意味があるのね?これを左の方につけるのは信仰的に大丈夫?」
「問題ありませんが、これはどういった物ですか?」
「これはカネミング石のイヤリング。これをつければ言語がわからなくても相手と意思疎通ができる。わかりやすく言えば、この作戦室の中にある翻訳魔道具の小型版だ。これは一人用だが、手を握るとかで一時的に同行者にも効果を共有できる。本当はあなたの付き人にも一つ用意したいけど、これはとても希少な魔道具だから……」
「そんな、貴重な物を……」
2番艦では意図的に士官たちとの接触を減らすため、カネミング石のイヤリングはレンダースにだけ渡してすべてのやり取りを彼に介した。アインシリーたちがカネミング石を見るのはこれが初めてだ。
「アンネ様。今日のところはこの辺にしておくべきかと」
ファルナにそう言われると、アンネは頷いて話を終わらせる。
「そうね。まだまだ話したいことがたくさんあるけど今日はここまでにしよう。これからはとても忙しくなる。明日はタシフォーネを落とすから」




