4-7 アンネの20歳の誕生日
――再誕の暦867年7月3日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、アンネの部屋――
7月3日。今日は私の誕生日だから、ファルナと一緒に丸一日休暇を入れた。昨日のうち本国への報告と増援要請を済ませたし、2番艦分隊と合流するまで特にやることがない。その2番艦分隊はクルジリオンをこっそり訪問して、タシフォーネの砦を攻略した後の外交面での協力を取り付けた。これで島を奪取する用意は整った。
「これはわたくしが用意したプレゼントです」
「ありがとう。んー、『センチミャラ=サカーリュ~遥か西にある幻の地』か。探検にピッタリのタイトルね」
「そうですね。そのためにこの本を選びました」
魔導技術と探検関係の研究のために私は常に資料を集めている。だからファルナはよく魔導帝国時代の古い本を探して、こういう役に立つかもしれない本をプレゼントしてくれる。
ワクワクしながら本を開けてみたら……あっ、これ外装だけでなく、内容も古代魔導帝国語だね。ちょっと読みにくい。辞書を出そう。
……なるほど。アフェングストリア魔導帝国時代の伝承の本だね。ある内海東岸異民族の奴隷の話が大元らしい。買い主が決まって、彼がある資源採取地に連れられたら、そこで元学者の借金奴隷と知り合った。その学者がおかしなことを言った。この資源採取地に来てから、ライフワークである経度の計算がうまくいかず、非常に不思議な結果が出た。まるでここは内海周辺ではなく、10680KMを離れた西の果みたい。言われてみると確かにこの資源採取地「センチミャラ=サカーリュ」は何もかもが目新しい。見たことがない植物、動物、鉱物――そう、どうやらこのセンチミャラ=サカーリュが建設されたのは、内海に存在しない、魔力吸収率と通過率が極めて低く、魔力を通すだけで高熱を生み出す魔法金属を採取するためらしい。つまり、その魔法金属を入手するために未知なる方法でこの場所につながる道を作り出した……
「ふむ、あまり信憑性がない話だね。まぁ資料としての価値はさておき、面白かったよ」
アフェングストリア魔導帝国は第二世代錬金術で築いた超古代文明。様々の不思議な技術はあるが、航海術はそこまで進んでない。海の魔物への忌避があるから。あの時代の西への航海はフォミンあたりが限界だった。もしこの本の内容が真実なら、彼らはどうやって10000KMも西の地に到達したのか?まさかテレポーテーションみたいなことができるの?まぁ普通に考えると伝承が誇張されただけだろうね。でももし西の地に「センチミャラ=サカーリュ」が本当に存在していたなら、そこに魔導帝国の遺産があっても不思議じゃない。ロマン溢れる話だね。
「くすっ。アンネ様にとってためになる資料を探すのも大変になりましたね。最近はもうこんな物語みたいな本しかありません」
「せっかく西の大陸に来たから、こっちの書物も読んでみたいが、さすがに文字を学ぶ時間はないね……」
「拠点を獲得して落ち着いたら、人を雇い言語を学ばせて、翻訳を依頼しましょう」
「うん。そうしようか」
――夜、第二休憩室――
「そんなぁ、私が言う事を聞けばみんなには手を出さないと約束したのに……!」
「それは、わたくしを満足させたら、の話ですよ。でも貴女ははしたなくも、わたくしより先に果てたではありませんか」
「うぅ、そっ、それは……」
いつもの第二休憩室だけど、今日はちょっと趣向を変えて、シチュエーションプレイみたいなことをやってる。私の誕生日だから、私を満足させることにフォーカスすると思ったが、逆に私がファルナに(いかがわしい感じで)奉仕するプレイが選ばれた。シチュエーション的に、仲間たちを捕まえられて、私が仕方なく敵のファルナの言いなりになった感じ。なんでファルナにこんな悪の女幹部みたいな役がここまで似合うのか、前々から不思議と思う。
「では約束通り、彼らの命をいただきましょうか」
「ま、待って!何でも言うことを聞くから!」
「ふーん、本当になんでも聞いてくれると言うのですか?」
「っ、うん……」
両手を後ろに縛られて跪く私の顎をねちこく撫でるファルナ。そんな煽り立てるような言い方をされるとすごくゾクゾクするから、やめてほしいと思う同時に……もっとしてほしい気持ちも私の中にはある。
「それならまず、彼らが本懐を遂げるチャンスを奪うのをやめてもらいましょうか」
「……え?」
最初はファルナが言ってる意味がわからなかったが、すぐに気づいた。そうか、それを言いたいから、こんな変なシチュエーションをセットしたのか……
「彼らは、王女のために死ぬのが役目です。自分たちのせいで、王女がこんな悪い女に従わざるを得ないなんて、彼らにとって生き恥をさらしてるようなものですよ」
「たとえ、私がそんなことを望んでいないとしても?」
「ええ」
柔らかくなったファルナの一言でプレイが終わった。縛られているままだが、私はファルナの膝の上に乗せられ、優しく頭を撫でてくれる。
「本当は海兵たちに犠牲が出てほしくないから、アンネ様が砦の攻略を反対したんでしょう?」
「やっぱり、ファルナにはわかるのね……」
キーミルと海兵班長たちが作成したタシフォーネ島攻撃計画はもう目を通した。砲撃で海賊の寝所に火を付け、混乱に乗じて港側から上陸して夜襲を仕掛ける。防衛施設を占拠して後は堅実に残敵掃討。とても合理的な計画だが……海上は私たちの技術的優位で一方的な戦いができるけど、地上ではそういかない。トゥーリーストでもトロメルトでも、上陸強襲では海兵に相当な被害が出た。でもあのときは戦争だったから避けられない犠牲だと割り切れる。今回の状況とは違う……
これまでタシフォーネ攻略失敗の主な原因は、準備と移動に時間がかかりすぎて、フェインルーサ大公に対策する時間を与えた。でも私たちは同じ過ちを犯さない。なぜならフェインルーサ大公は砦が落ちるときまで私たちの存在を知る由もないから。探検艦隊の機動力と情報収集能力があればそれくらい完璧な奇襲ができる。だから私たちが相手するのは島に駐在する海賊だけ。それでも敵の数は多いが、紀律も訓練も装備もこっちが圧倒的有利、砲撃と空中観測で支援する用意もある。うまく行けば最小の犠牲、いや、全員生還の可能性だってある。でもこんな夜間の乱戦でちょっとだけでも油断すると人は簡単に命を落とす。作戦は成功するだろうが、海兵が20人、30人戦死しても私は驚かない。
「正直に言ってもいいですか?アンネ様が海軍の皆さんを大事に思うのは大変素晴らしいことなんですが、度が過ぎると……国のため、そしてアンネ様のために命をかける覚悟がある彼らに対して失礼ですよ」
「わかっている。本当に必要なときなら、彼らに命を捨てるような命令だって出すよ。でも今の……この砦の攻略は、本当に……必要なことなの?」
「必要です」
「……本当に?」
「はい」
ため息をついて、私はファルナの胸に顔を埋め、身を任せる。
「わかった。ファルナがそこまで言うなら、私はもう迷わない」
「ええ、それでいいのです。彼らを失う痛みと苦しみを、わたくしも一緒に背負いますから」




