4-5 ファーストコンタクト 2
話を聞いてみると、あの「タシフォーネの海賊」の歴史は長い。もう20年以上あの島を拠点に活動している。
「うむ、あいつらとは若い頃から何度もやり合った間柄だ。ユールキ=ガーズルアは脅迫には決して屈しないから、海峡を通るにしても例の旗を使わない。もし遭遇したら交戦は免れん」
「僕がまだ丁稚の時から、『シーリングス海峡』は海賊に支配されています。『カーチマス』王も、海峡周辺を領地とする『フェインルーサ大公』も海賊問題に対して何もしてくれません。そして『港町シーリンタ』は海賊と協定を結んだ体裁であの『フェインルーサの剣の誓い』の旗を売り出しました。フェインルーサ家の紋章がある旗を掲げれば海賊に襲われることはない、これ以上ない明白なメッセージですね」
この話は私たちが集めた情報と一致する。「フェインルーサ大公」は、対岸のあの大きい港町「シーリンタ」の領主だろう。
「そもそも、なぜ海賊を使う必要があるの?普通に港の使用料や関税などを徴収すればいいではありませんか?」
「思い返せば、関税を徴収する権利を奪われたのが事の発端ですね。この『ギーアル半島』を治める『聖樹七国同盟』は同じく『セルフェニの聖樹』を信奉する7つの国の同盟体制です。元々は強大な外敵に対抗するための軍事同盟だったが、今はその外敵と和解したので当面の脅威がなくなり、同盟メンバーの政治と経済的繋がりを強化するのが主な目標になりました。20年ほど前に、貿易活性化を促進するために同盟内部で関税と通行料を廃止する議案が提出されました。半島先端の要衝『シーリングス海峡』から巨額の通行料収入を得る『カーチマス王国』は猛反発したが、多数決の前では無力でした」
「それで海賊を使って、その損失を補填しようとしたのですね……海賊のバックにいるのはカーチマス王ではなく、フェインルーサ大公ですか?」
「カーチマス王の直轄地に港がありませんし、海軍もありません。直接海賊に装備を提供するのはフェインルーサ大公で間違いないでしょう。数年前に僕の出身国『テュークリム共和国』が主導する大規模の海賊掃討作戦があったが、討伐軍の艦隊が到着する直前海賊側に突然大量の増援が現れて、結局討伐軍の惨敗で終わりました。当代のフェインルーサ大公はなかなかの遣り手です。港町シーリンタを一大貿易都市に成長させて、そのシーリンタからいつでもタシフォーネの砦を支援できます」
「あの戦に、ワシの親友も参戦したな。実に惨めな戦いだったと聞く。地の利はフェインルーサにあり、これ以上遠征軍を派遣しても、後の先を取られて無惨に散るだけだ」
対岸の港町シーリンタを発展させ、その富で強大な海軍を維持する。討伐軍が組織されると貿易都市の発達した情報網で早期に察知して、絶妙なタイミングでタシフォーネ島の海賊に援軍を出す。ずる賢いやり方だね。港町と海賊の間で戦力の融通をしてるのも私たちの推測通りだ。
「あんな派手なことをして、カーチマス王は何も言わないのですか?同盟諸国にも圧力をかけられているでしょう?」
「七国同盟の議会で海賊の件を追求しても、カーチマス王はいつものらりくらりとかわしています。フェインルーサ大公の管轄だから自分は介入できないと。フェインルーサ大公に問い詰めても似たような返答が来る。結局責任の押し付け合いになるだけです」
「なぜカーチマス王は配下の貴族を庇う、ん?そうか……分前をもらっているからですか」
「証拠はありませんが、おそらくは……」
「それだけじゃない。フェインルーサ大公の力はもう王にも迫るほどまで膨張したと聞く。あの『眠れる王』も迂闊に手を出せないだろうな」
「眠れる王」というのは、どうやらカーチマス王の二つ名みたい。下手人は大貴族の実力者。王は実利とリスクを値踏みして見て見ぬふりする。周辺諸国は現状にご立腹だが打つ手なし。なかなか微妙な状態で均衡を保っている。
「法外な金額を要求される訳でもないから、今は殆どの海運商会が通行証を購入します。島を迂回するより購入したほうが安上がりするくらいですから。そこも大公の見事な調整の手腕ですね」
「でも、結局は旗を持つ船団も襲ってしまうのですね……」
一言海賊と言ってもそれぞれに事情がある。極端に言えば海賊を返り討ちをしたら街に戻ると何故か自分も海賊になったこともある。だから私は海賊という肩書ではなく、実際にどんな行いをしたかで判断する。もしタシフォーネの海賊たちが襲撃する対象を通行料を支払っていない船団だけに絞るなら、百歩譲ってそれはまだ治安維持の範疇だと言える。私たちよそ者が出しゃばるべきじゃない。でも彼らはその最低限の原則も破った。通行料を支払い、海峡を通過する権利を買い取った船団も襲った。その理由はただ、殺人依頼を受けたから。彼らは、自分が定めたルールさえも無視する、ただの獣だ。
「レンダースさん。これから大事なことを聞きますが……我々カリスラントはタシフォーネの砦を攻略するつもりです。協力してもらえますか?」
参謀たちと相談せずに決めたが、すでに一昨日の議論でほぼ結論が出た――あと一つなにか、できれば外交的なカードがあればすぐに攻撃を開始できる。つまり私がそのカードを得ようとするのは参謀の総意に沿った行動。独断専行ではない。
「はぁ?何を仰っているのですか?無茶ですよ!6年前の遠征軍だって勝てませんでしたよ!」
「あの作戦に投入した戦力は確か、ティカミア艦8隻、トゥミフラ艦23隻とダニシーサ艦30隻、それと他支援艦26隻。3000人以上の大軍勢だ。今の殿下に動かせる戦力の全貌を見たわけでもないが、そんな規模があるとは思えん。ホンマにできるかい?……んむ、昔ならワシが声を掛ければ戦艦10隻くらいは集められそうが、今はもう引退した身だ。もしワシを当てにするなら……悪いが、諦めたほうが賢明だぞ」
「それには及びません。我々の戦力をここで明かすつもりはありませんし、今説明しても理解してもらえないでしょう。とにかく、我々にタシフォーネの海賊を退治できる力があるとわかってくれればいいです」
「しかし、砦が落ちるとフェインルーサ大公は必ず奪い返すために兵を出しますよ?」
「それについても心配ありません。海上では我々は敵なしですから。むしろ砦の攻略のほうが……まぁ、確実に勝てるが、相応の代価を支払う覚悟が必要です」
「ほぉ、大した自信だな。そこまで言うなら、お手並み拝見と行こうではないか」
「私が懸念しているのは、我々はこのあたりの情勢について明るくありません。我々がタシフォーネ島を奪取すると、必然的にカーチマス王国のフェインルーサ大公と敵対関係に入る、そこは織り込み済みです。問題は、その際に半島の他の国々はどう動きます?我々が海賊を討伐したことを認めてくれます?それとも我々はタシフォーネ島を占拠する外国の侵略者だとみなされます?」
私は半島の七国同盟と事を構うつもりがない。敵対を避けられないフェインルーサ大公だっていずれ妥協点を見つければ和睦したいくらいだ。私たちの行動に当地政権がどう反応するかは非常に重要な事項だ。
「……一つ確認したいのですが、殿下はタシフォーネ島の攻略を果たしたらどうするおつもりしょうか?」
「この近くに拠点がほしいです。我々の艦隊の休養と整備、現地人との交流と貿易、どちらにもタシフォーネ島は非常に有用です」
「フェインルーサ大公の代わりに、シーリングス海峡の通行料を徴収しないのですか?」
「通行料は取りません。それどころか、我々カリスラント海軍の力で海峡の安全通航を保証してもいいです。でもタシフォーネ島での貿易はさすがに関税を取ります。我々は七国同盟の一員ではありませんから」
「……本当に、そんなうまい話があるなら、クルジリオンのギルドは食いつくと思います。でも、どうやって支部の人間に信用してもらうかが問題ですね……」
「私のもう一つの肩書、カリスラント海外領地総督として親書を用意します。七国同盟が我々にタシフォーネ島の領有権を認める限り、我々が責任を持ってシーリングス海峡の治安を守ると約束する、という内容でいいでしょう」
この条件を議会に提出すれば損得勘定で多数の支持を得られるはずだ。なぜなら損をするのはカーチマス王国だけ。関税の件で一度多数決で犠牲を強いられたカーチマス王国が、小細工してそれを覆すなら、もう一度多数決で小細工も封じればいい。
「ガハハ、ホンマに豪気なお嬢さんだな、殿下は。そんな力があればもっと多くのものを手に入れるだろうに、ちっぽけなタシフォーネ島だけで満足するのかい」
「今回の相手が海賊だから力ずくで奪うけど、カリスラントは普段こんな乱暴な真似はしません。それに、私はタシフォーネ島をちっぽけだと思いません。あの島自体が素晴らしい拠点になるポテンシャルがあるし、あそこから重要な航路を支配できます。とても価値が高いから後で反故されないように、今こうして外交的保証を得ようとしています」
「殿下のお考えはわかりました。しかし、僕は一介の商会主……いや、違約金でもう倒産確定だから商会主だった、の方が正しいです。クルジリオンの商業ギルドに伝手はありますが、できることは限られますよ?」
「我々のことを紹介してくれれば十分です。クルジリオンにはこちらから参謀と海兵を派遣して同行させます。商業ギルドがなにか聞きたいことがあれば彼らが答えます」
レンダースたちの前では明言しないが、これは実質的に監視も兼ねている。それはレンダースも理解してくれるだろう。この作戦の鍵は奇襲、機密が漏れないようにするのは何よりも大事だから。
「……わかりました。助けてもらった恩もあるし、これくらいなら喜んで協力します」




