4-3 海に浮かぶ盾
――再誕の暦867年6月27日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
「座標E-6から210人規模の集団が、E-5にいる90人規模の集団に接近中です!E-5はおそらく……3隻います」
「ミレスファル、聞こえてるか?座標E-5の偵察を頼んだよ!」
『わかりました』
艦隊の方針について結論が出ない議論の2日後。西の大陸発見からの5日目でもある。2番艦の分隊は半島北側の地形調査に、そして私たちはより多くの情報を集めるために海峡を監視し続けている。今ちょうど艦長インスレヤの指揮下で、新しい戦闘になる可能性が高いポイントに注目している。
「先行している船団は三本剣の旗を掲げている?」
『……はい!確認できました』
「あたり、ね。この戦闘は特によく調べる価値がありそう」
前回の議論から、私たちは調査対象を特定の旗を掲げる船と、それに関連する戦闘に絞った。昨日は海峡周辺の天候がよくなかったので、探検艦隊は南の沖合に退避して調査できなかったが、今日の午後になってようやく見つけた。
海賊が目標を選ぶにはどうやら法則があるらしい。鍵となるのは黄色の紋様で飾られる三本剣の旗。それを掲げると基本的に海賊に襲われない。私の推測が正しいならそれは海峡の通行料を支払った証。でも極稀に、三本剣の旗を掲げているにも関わらず海賊のターゲットになる船団がいる。そしてそういうケースでは決まって激しい戦闘になり(旗がない場合早々に降伏することが多い)、最後は鹵獲した船を海賊たちが火を付けて沈める。そんなことをする理由を解明すると、もしかしたら海賊の行動理念、外交関係や弱点につながるかもしれない。
『戦闘が始まりました。先行の船団に魔導バリスタ2基搭載の大型艦が1隻いて、バリスタで反撃しました。現在双方とも迎撃に成功しています。他の2隻小型船に武装がなく、北へ離脱しようとしています』
距離が3KM内に入ると魔導バリスタの撃ち合いを始める。このあたりの基本戦術通りだ。今回はどちらも防御魔法士の腕がいいみたいのでまだダメージが出てない。これから勝敗を決める鍵はスピードだ。商船は無理に戦う必要がなく、逃げ切れれば勝だが、交易品を積み込んでいるから大体はそんなにスピードを出せない。そして距離が縮めば縮むほど数の利がある海賊側が優勢になる。
『船団の大型艦の甲板にタワーシールドを持つ人が現れました。中央マストの前にシールドを構えました』
「ん?一人だけか?」
『はい。間違いありません』
これまで何度かタワーシールドでマストを防御する戦法を見たが、いつもは二人一組で広い角度をカバーする。戦闘が始まってから途中参加するのも変だ。そんなときレーダーを監視している士官からも報告が上がった。
「小型船2隻がC-2に到達、そのまま戦闘離脱するつもりらしいです」
「武装がある大型艦がしんがりを?あまり賢い選択とは言えないが……それとも義侠心に厚い行動、と評価すべきか」
略奪されるときの損失が段違いから、普通なら小型船が残って適当に足止めして、さっさと降伏する。今までの記録を見るとこれくらいで命が奪われるようなことはない。ここの海賊はたまに船を燃やすけど、普段はそんな野蛮じゃないから。そうすれば荷物の合計価値が高い大型艦はその隙で逃げ切れる。今の船団が逆に大型艦だけ残留するのはなぜ?戦う力がない僚艦を逃がすため?それともあの2隻になにか大事なものでもあるの?
『海賊のほうにまた1隻が中央マスト喪失しました。右から2番目の方の……あっ、船団の大型艦が被弾しました。折れたフォアマストが後ろに倒れて、中央マストのセイルも大ダメージを受けました』
「これは、勝負ありね」
後はスピードを出せなくなった大型艦を、まだ無傷な海賊の中型艦3隻が接舷して決着をつけるだけ。
『え……?いや、私の見間違い、かな』
「何があったの、ミレスファル?とりあえず見たことを正確に報告を」
『はい。タワーシールドを持つ男性ともう一人の男性が海に飛び降りました』
「はぁ?自ら命を絶つ、ってことか?」
『いいえ。彼らはタワーシールドを構えて……どう説明すればいいでしょうか。とにかく、助かる算段があるように見えます』
「シールドにしがみついて海上を漂流するつもり?それじゃすぐに海賊に発見されるじゃない?」
『彼らはシールドの下に身を隠したのです。船上から見るとおそらく、ただシールドが海を漂っているようにしか見えません』
これまでの戦闘で見たタワーシールドは全部紺色で塗装されている。海を漂うだけなら非常に発見しにくくなる。こういう場合を想定するカモフラージュカラーなのか?
「まさか、シールドの下に呼吸できるスペースを確保しているの?」
「本当にそんな芸当ができるのですか?」
「わからない。でもすべてが理想的な状況なら、生き残る可能性はゼロじゃないかも……インスレヤ。これからは戦況を見て、海賊たちに発見されないようにあの海域に接近。できればあの二人を救助したい」
「了解しました。ミレスファル、聞こえてるか?あのシールドの追跡を頼む。(海賊船を回避するために)長丁場になる可能性もあるから操縦員は魔力消耗に気をつけるように」
――1時間後――
海賊たちが大型艦に乗り込み火を付ける頃、海を漂うタワーシールドが都合よくこっちに流されて来た。危険な海洋生物が現れるかもしれないし、下に潜伏している人がどれくらい耐えられるかもわからない。できれば急いで回収したい。この距離なら海賊に発見される可能性はあるが、遠くから見ただけじゃ私たちの船の特異性には気づかないはずだ。まぁ今頃戦利品のほうに注目しているから多分心配する必要はない。
「ファルナは海兵隊を招集して、それと……男物の服はさすがにないか。タオルなど体を拭けるものを用意して」
「アンネ様?まさか彼らをラズエム=セグネールに招くつもりですか?」
「言いたいことはわかってる。でも非常事態の中で男性の乗船を一時に許可することは今までもあったよ?ほら、ロミレアル湾で投降したリメイキウス公爵も、捕虜たちの処遇について話し合うために私の乗艦に来たでしょう?」
「確かに、そうですが……」
「今の状況はあのときと同じだよ。私は彼らにたくさん聞きたいことがある。3番艦で収容したら遠話でしか話せなくなる。顔が見えないし、カーシュレにも長時間付き合ってもらうことになる」
それを聞いてカーシュレは何も言わないが、すごく嫌そうな顔をする。
「……仕方がないですね。彼らを海兵たちの監視下に置きます。これが最大限の譲歩です」
「うん。わかってる。だから海兵隊を招集と言ったの」
甲板で漂流者へ対応する予定のファルナにカネミング石のイヤリングを渡す。そしてこれからの話をスムーズに進めるために、少しでも威厳があるように見せたいので私は軍礼服に着替える。
ボートに乗った海兵6名がタワーシールドを回収すると、下には本当に二人の男性がいるみたい。ちなみに私は作戦室に移動したから直接この救出劇を見たわけじゃない。外の声で状況を読んでいるだけだ。この作戦室にカネミングの石版が置いてあるから、中で(正確に言うと効果範囲は近くの複数の部屋にまで及ぶ)話せばどんな言語でもお互いと意思疎通できる。初めて西の大陸の住民と交流するには最適だ。
「すげぇな!なんだこの船は!こんなの見たことがねぇぜ!」
「あっ、ちょっと待ってください!さっきも話した通り、この船には女性しか乗っていないので、行動にはどうかご配慮していただきたいです」
「おっと、すまんすまん。ついはしゃいでしまって……」
外に老齢の男性が大声で話しているのが聞こえる。どうやらファルナは彼らへの対応に手を焼いてるみたい。3番艦に乗せるとこんなトラブルは回避できたはずなのに、ごめんね。
少し待つと彼らはファルナと海兵たちと共に入室する。いよいよ西の住民との初対面だ。
「私はカリスラントの王女、アンネリーベルと申します。そちらの二方の名前を伺っても?」
着替えがなくてタオルで拭いただけだから、二人の身なりはちょっと痛々しく見える。左に座ったのは50代のヒゲモジャの男性。一目見てよく鍛えているのがわかる。右の方は長めの黒髪で細身の男性。年齢は30代後半か、もう少し若いかも。海に落ちたのによくメガネをなくさずに済んだね。二人とも外見的に私たちカリスラントや内海の人種とそんなに変わらない。身体特徴といえば肌色が若干濃くて額が少し広いような気がするが、二人見ただけだしそれを種族的特徴だと断言するにはまだ早い。他の特徴と言えば、二人とも右肩だけが見える非対称な服を着てる。そして右肩に赤い紋様の入れ墨がある。特にヒゲモジャの入れ墨がすごく複雑になってる。
「王女殿下でおられるのか。ワシの名はフラスダーン。『ユールキ=ガーズルア』のキュール戦士団副団長だったが、今は一介の教導官だ。助けてくれて誠に感謝する」
「僕の名前はレンダース。『クルジリオン』の新リミジタース商会の代表を……務めていた者です」
改めて考えるとこれって、よくある異世界作品のテンプレじゃない?商人を助けるやつの、海上バージョンかな?




