3-16 初めて見る西の地
――再誕の暦867年6月22日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
「……そうか。ケーンキア男爵家のモルリト、と言ったね」
『はい。彼は6番艦の情報管理士官です。仮設ベースの外で作業をしている時、草むらから現れた蛇に噛まれて……救護隊が全力を尽くしましたが、初めて見るタイプの毒に治療法が分からず……』
とうとう探検艦隊に最初の殉職者が出てしまった。西の大陸まであと一歩のところで、トリスタ=フィンダール島にいる6番艦からの定時報告でその悲報が届いた。探検にこういう事態は避けられないのがわかっていても、やっぱり簡単には受け入れられない。ミレスファル班の落下事故、2番艦の海兵落水事故、8番艦の食中毒、5番艦のインフルエンザらしき流行病、セイレーンの精神攻撃、島の探索中で遭遇した蜂の魔物の襲撃、6番艦のエンジントラブルと火災……ここまでは色々あったけど、なんとか犠牲者を出さずに乗り越えることができたのに……どれほど安全に気を配っても、人が死ぬときはあっけなく逝ってしまうのね。
「賞恤金の申請とは別に、彼の墓地がある場所にケーンキアの名をつけよう。それと、できれば例の新種の蛇を見つけ出してモルリトと名付けよう」
島の名前に6番艦の名を使うときと一緒。結局私にできるのは、彼に名誉を贈呈するだけ。本当、嫌になるね……
「4番艦からの報告です!座標A-3に、100人規模の集団を発見したとのことです!」
「こちらにも反応がありました!座標A-19に、30人規模の反応が3つ並んでます!」
でも私たちに悲しむ暇もない。一ヶ月半ぶりにレーダーの表示盤の上に人間の反応がする。ついに西の大陸を発見したのだ。新しい反応が続々と現れて、動きを見るとおそらく船。かなり海上交通が発達してるみたい。このあたりが重要な航路かもしれない。
「ミレスファル、今から指定する座標の偵察を頼む」
『はい!』
何か行動を起こす前に西の文明の技術レベルを確認しなければならない。手始めとしてどんな船を使っているかを調べよう。
「2本のマストで、縦帆を装備……見た目は典型的沿岸貿易船か」
海岸付近は風向きが不安定だから、短距離用の船は縦帆を使うことが多い。この世界では外洋が海の魔物の領域になっているから長距離航海を目的に設計した船は少ない。横帆を標準装備に使うのは、ザンミアルが西南海岸貿易に使う船くらいかな。フォミンを通り過ぎると、ロミレアル湾に入らず南のルートに進むなら風向はかなり安定になるから。
「聞く限り内海の船と大きな相違はないようですね」
「どうだろうね。ミレスファルが降りてきたらスケッチしてもらおうか」
しかし図像にしても得られる情報は限られる。普通に航海してる姿を見ただけでは兵装や戦術がわからない。できれば戦うところも見てみたいが、そう都合よく戦闘が発生するわけもないし……
「っ!座標B-10から乗員40人規模の船5隻が、B-9の3隻に接近しています!」
「これは、すぐにでも接触する……高精度レーダーを!それとミレスファルに偵察目標の指定を!」
まさかこんなタイミングよく戦闘が起きるとは……いや、まだ戦闘だと決まったわけじゃないか。まぁよく考えると、ここがポピュラーな航路なら、海賊が出没するのも別におかしくないね。まだこの地域の情勢を調べていないし、私たちの存在を明らかにするのは時期尚早だから、ここで介入する選択肢はない。今は静観するのみ。
『指定の座標を偵察しました。すべての船の甲板に10人ほどが出ています。戦闘用意している他に『風操作』で緊急加速していると思われます。後方の船団の甲板にバリスタらしき兵器が設置されています。推定長さ9Mほど、かなり大型のものです。追われてるように見える3隻の中でも、一番大きい船の甲板に同じようなバリスタが配備されています』
さっきミレスファルが見た他の商船らしき船の甲板に、布で隠されているところがある。おそらく同じような大型バリスタだね。どうやらあれがこの地域の主流な兵装みたい。商船でも自衛目的で装備することがあるくらい普及している。もし西の大陸に投射兵器の天敵である「汎用バリア」の技術が存在しないなら、バリスタは確かに海戦で有効な兵器。しかしここまで大型化する理由がわからない。威力と射程を伸ばしても命中できないと意味がない。まだ「汎用バリア」が発明されていない、昔の内海で実際にバリスタを運用していたザンミアルの戦歴はそれを証明できる。ここは数を増やして確実に当てるようにすべきと思うが、甲板のスペースは有限だから大型化を選ぶともうそれが叶わない。そもそも9Mほどのバリスタになれば、地上でも弦を引くのが大変そう。波に揺られる海上ならなおさら。そんな私たちの常識では実用的じゃない兵器だが、このあたりでは普通に使われている。きっとなにか私たちがまだ知らない理屈があるだろう。
『撃ちました!両方ともバリスタを発射、そして攻撃魔法で迎撃を試みました!』
「まだ3KM以上距離が空いているのに、もう戦闘を始めたか……」
この距離なら通常の攻撃魔法は射程外。ミレスファルが報告した戦況では、攻撃に使われているのは例のバリスタ。そして迫りくる矢弾を撃ち落とすために攻撃魔法を使う。私たちが知っている海軍戦術と全然違う。過去のどの時代にもこんな戦い方がなかった。気になるのはこれだけの距離があるのに、彼らの動きはまるでバリスタの攻撃が「当たる」のを前提にしているように見える。そして現に追われている側の1隻は迎撃に失敗して、マストが撃ち倒されて航行不能になった。どう考えてもなにかがある。こんな遠くからでも確実に命中するカラクリがないと成立しない戦術だ。もしそんなミサイルの誘導装置のように機能するカラクリが実在するなら、それはまさに、私がずっと欲しがっているもの……
『魔法です!はっきり見えました!未知な魔法で魔力の線みたいなものを作り出し、それで弦を引くのです』
「なるほど。魔力の線、で操作するのか。これから彼らが使うあの兵器は、『魔導バリスタ』とでも名付けようか」
これで一つ謎が解けたね。装填用の専門な魔法があるから、海上でもあんな大型兵器を手軽に運用できる。それにしても、双眼鏡があるとはいえ、こんな遠くからよくあんな細いものが見えるね。さすがだ。
しばらくすると、東へ逃げようとするもう1隻の船もマストを撃ち貫かれて、接舷された。白兵戦になると勝ち目ないのがわかっているからか、すぐに降伏したみたい。他の船が捕まった隙に一番大きい船だけ逃げ切った。武装船団は追撃を諦め、拿捕した2隻を連れて向かう方向を西へと変えた。
「とりあえずあの海賊らしき集団を追跡してみよう。今度は海軍対海賊の戦闘も見れるかもしれない」
航行能力喪失した戦利品2隻を曳航してるから、あの船団はかなり鈍足になった。ここでもう一戦起きるのを期待していたが、新たな敵が現れることなく、彼らはただゆっくりと航行し続ける。
『陸が……島が見えました!』
ミレスファルが発見した島は土地面積50平方キロメートルほど、あのアルトー=アファンドリ島と同じくらいの大きさだ。でもほとんど平地のアルトー=アファンドリ島と違い、こっちは中央に標高100Mくらいの小丘があり、そこに監視塔などの防衛施設が建っている。この島自体が一つの砦と考えても良さそうだ。例の武装船団は島の南にある港湾に停泊した。私たちが西の大陸で最初に発見した土地は、どうやら海賊のアジトらしい。




