3-10 動き出す三角形
――夜、食堂――
「はーい!そこのあなた!今朝セイレーンの精神魔法を受けたときどんな感じだったのか、教えてくださーい」
「えっ?……どうして、そんなことを教えなきゃならないのですか?」
「これはれっきとした研究なんですよ。精神魔法の性質の解明、そしてセイレーンへの対策のためなんです。皆さんの体験をまとめれば、なにかがわかるかもしれませんよ!」
今日一日上機嫌のカーシュレがまた新たな獲物を発見したみたい。迫られて嫌な顔をするメカニックの娘は私の方を見て助けを求める。
「カーシュレ。聞き込みを許可したけど、あの精神攻撃で嫌な思いをした娘が多いから、聞くときはもう少し配慮してほしい」
「はーい。心得ておりますからー」
もう、本当にわかってんのか。これだから空気を読まないやつは……
「ふっふっふっ、これだけの大人数が同時に精神魔法を受けることは滅多にないのよ。非常に貴重な資料が手に入れたのです……おぉ?また新しい研究対象が来ましたね!」
食堂に入ってきたのはリミアとインスレヤ。夜番が終わって本来なら昼まで仮眠の時間、昼食後は勤務に復帰する予定だが、二人ともセイレーンの攻撃でかなりショックを受けたし、幻覚を消すために左腕が負傷した。だから今日一日は傷を癒やすための特別休養にした。
「なるほど。インスレヤさんの体験はかなり特殊なケースで面白いですねー。じゃ次は、リミアさん……旦那さんを見たのはもう知ってるけど、どこで会ったか、どんな話をしたか、教えてくださーい」
「えっ、それは、ちょっと……どうしても話さなきゃならないのですか」
顔をしかめるリミア。幻覚のことを触れられたくないみたい。まぁリミアの場合は夫婦の間の会話だから、余計聞かれたくないよね。
「リミア、詳しく教える必要はないから。幻覚に登場した人物、場所、自分の状態などを簡単に話すだけでいいよ」
「……わかりました。それくらいなら……」
リミアへの聞き込みも終ると、ダメージが一番大きい組のレポートに私たち3人の体験が並んで、カーシュレは考えながらまとめてみた。
「アンネ様は今の自分のままで、セイレーンになったセレンローリさんと再会。インスレヤさんはご両親が事故に遭った日の朝に戻った。リミアさんは旦那さんとお気に入りの庭園で再会するが、時間と状況の認識は曖昧、と……それぞれの状況がかなり違うのですね」
「それで、なにかわかったのですか?」
「はい。まず分かるのは、お三方のように近しい人と不幸な別れをした人が一番重症でした。海兵隊や他の魔法耐性が高い人は頭が痛い程度だけなのに、症状が重い人は完全に意識不明で行動不能ですね」
「実に恐ろしい魔法なんですね」
「そしてお三方の体験には一つ共通点があります。『実は奇跡的に生きてる』、『事故をなかったことにできるチャンス』、『とにかくもう一度会いたい』……そんな願望で構成されたものだと思われます」
「人の弱さに付け込む最低な魔法だね」
本音を言うとあのセイレーンの群れを懲らしめたいが、艦隊を率いる人間としてそんな軽率な決断はできない。砲撃は効果ありだが水に潜られるとこっちからもう手出しできない。いずれはセイレーンに有効な兵器と戦術を整えてこの海域の安全を確保したいね。
「今のところわかったことはそんなに多くありませんが、とりあえず……セイレーンを討伐するならそんな願望を持つ人はメンバーに入れないほうがいいのがわかりました。後は、多数のセイレーンが集まると術の射程と効果範囲を増幅させる方法があります。これはかなり重要な新情報だと思います」
「重要と言れば重要なんですが……聞き込みしなくてもわかるようなことじゃないですか?みんなの傷をえぐるような真似をしてまで調べる価値があるのでしょうか?」
不機嫌そうなリミアにそう言われると、カーシュレはばつが悪そうな顔になって弁解する。
「まぁ、確かにその通りですが……私は別に魔物学や精神魔法が専門ではありませんので、この資料を専門家に見せると私にはわからない価値を見出だせる可能性が高いと思いますよ」
「カーシュレの言う通りだ。科学の進歩はまさにそういう意味があるかわからないものの積み重ねだから」
夕食の後、自室に戻る前にちょっとだけ夜風に当たりたくて甲板に出ようとしたら、階段の前でファルナに止められた。
「今はちょっと、出るのがまずいみたいです……」
小声で話しながら、ファルナは私を階段裏に連れ込む。すぐにそうする理由がわかった。上からフィレリッタと、おそらくスジェアラの話し声がする。スジェアラは普段あまり喋らないから本当に彼女の声なのかはあまり自信がないけど。
「ちょっと、ファルナ……彼女たちの会話を盗み聞きしようとしてるの?」
「あまり褒められるようなやり方ではないのはわかっていますが……リミアさんが懸念している、彼女達の問題は今のうちに確かめる必要があると思います」
「……本当に、こうするしかないの?」
「わたくしの勘が正しければ、これからが大事な場面なんです」
ファルナの勘は多分当たっている。フィレリッタが相手を責め立ててるらしい。確かにこれはただならぬ状況だ。
「……だから、あの時どうしてゼオリムより私を優先にしたの?」
「……私は、別に、」
「もうはぐらかさなくていいわ。わかっているから。スジェのことを」
フィレリッタの話の相手はやっぱり、幼馴染のスジェアラだ。話を聞く限り、セイレーンの攻撃を受けたとき何かがあったのか?スジェアラは「安全に着船できた」とだけ報告したが……
「……フィレは、誤解している。私はただ、全員が安全に帰還できるように手を尽くしただけ」
「そこがおかしいのよ。同じ班の仲間でも、優先順位があるでしょう?気球班の中で、一番重要なのは誰?」
「気球班は三人にそれぞれ重要な役割があり、お互いのことを信頼して力を合わせるのが大事」
「そんなの建前でしょう?操縦員と補助員も育成が大変だから替えがきくとまでは言わないが、気球班で一番重要なのはやっぱり、観測員よ。スジェだって本当はわかっている筈。私達の役目はゼオリムを安全に空に送り届けること。ただそれだけ」
フィレリッタのこの言い方、私は好きじゃない。操縦員と補助員は気球を空に上がらせる手段。最終目的は空からの視野を得た観測員による情報。その観点から見れば観測員が一番大事のは間違っていない。しかしそんな風に気球班の信頼関係を建前だと言うのは思い違いだ。これは改めてフィレリッタにちゃんと教えておくべきだけど、盗み聞きで彼女の考えを知ったなんて言えない。困ったね……
「……もしかして、今まで隠してたけど、実はスジェもゼオリムの存在が好ましくないと思っている?平民の孤児のくせに、私達と対等な立場にいるなんて生意気だ、とか……」
「ち、違う!断じてそんなことは、」
「じゃ、まさか……実家からなにか言われたの?私の側から望ましくない人間を排除するように命じられた?」
「それは……そこまで過激じゃないけど、似たような話は一度あった。でも私はちゃんと断った」
「ちっ、やっぱりあったのね……あのクソ親父」
カセシアル家の当主は本当に、困った御仁だね……分家の子供になんてことをさせようとしたの?フィレリッタがクソ親父と呼びたくなる気持ちもわかるね。
「逆にこっちから聞きたいけど……フィレはどうして、ゼオリムのことでそこまでムキになる?」
「え?いや、ムキになるなんて……別に、そんなことはないと思うけど」
「とぼけるのはなしでお願い。わかっているから。フィレのこと」
うわぁ……これ、本当にこのまま盗み聞きしてもいいの?
「ゼオリムのことが気になるでしょう?」
「ち、違う……スジェが思ってるようなこと、ではない……と思う」
「じゃ、どういうことなの?」
「……ごめん、うまく言える自信がない、と言うか……私はまだ、自分の気持ちがよくわからない」
痛いところを突かれて、さっきまで強気だったフィレリッタがタジタジに。
「予想通り、か。フィレは他人に気を使うばかりで、自分のことには疎いから」
「そ、そうなの?私は、別に……」
「フィレが自分の気持とちゃんと向き合わないなら、私がやってあげる。近づいてくるゼオリムのこと、最初は他の人みたいに、カセシアル家に取り入れようなど、下心を持っていると思ったが……一緒に過ごす時間が増えたら、やがてあの子に『裏』なんてないのを認めざるを得なくなった」
「や、やめて……」
「今まで冷たく当たったことを反省して、埋め合わせをしようとゼオリムのことをよく見るようになったら……あの子本当はとても賢くて優しいのに、何故か自分のことには無頓着、いつも何も考えていないように見える。それで割を食うのがすごくもどかしくて、悔しくて……」
「だから、やめてって言ったでしょう!」
「……やめてほしかったら、一つ私のお願いを聞いて」
「はぁ?なんで、私が……」
「少しの間だけでいいから、動かないで」
……えええ???なに、この流れ……ま、まさか、スジェアラ……?
「ご、強引だね。まぁ、いいわ」
「私のことがわかると言ったね。でも残念。本当は、フィレは何もわかっていない」
「っ!むぅーっ!!」
「……私はフィレじゃないから、もしかして勘違いしているかもしれないが……フィレがゼオリムに対する気持ち、私がフィレに対するのと同じだと思う」
や、やりやがった!ファルナもそうだったけど、どうしてこういう普段大人しい娘は、こんな時に限って暴走するの?
言いたいことだけ言って、スジェアラは甲板から降りた。私とファルナは階段裏に隠れて、動揺してるスジェアラは気づかずに去った。
「どうやらフィレリッタさんは放心しているみたいですね。アンネ様がわたくしにされた時もあんな感じでした」
「そ、そんな呑気なこと言える場合か!このままじゃ、第二気球班の崩壊の危機だよ!どどどどどっ、どうしよう?」
「大丈夫です。前も言った通り、この件はわたくしにお任せください」




