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3-6 折れた翼

――30分後、医務室――


「本当に大事がないのね?」


「はい。ただし3人とも強い衝撃を受けたのでしばらくは安静が必要です」


「一番重症なのは、左腕が折れたミレスファルね」


 事故の後、私は医務室で救護隊の報告を聞く。あのときカゴから落ちたのは観測員のミレスファル。おそらく汎用バリアとぶつかったとき左腕が骨折した。同じ班の他の二人に目立った外傷はないが、確認のために経過観察する必要がある。落水したファルナは無事で、今は着替えて休んでいる。ジャイラに至ってはもう勤務に復帰した。


「きれいに折れたので、5日くらいすれば治るでしょう」


 いつも思うけど、魔法やポーションを併用するこの世界の医学はすごいね。現代地球でもこれは完治に最低2週間がかかると思う。


「……アンネ様、申し訳ありません」


「謝る必要がないよ。事故だから仕方ない」


「でも、これでは私が責務を果たせません……!2つしかない気球班の片方が稼働できないなら、」


「心配しなくていいから。それについては、すでに考えがある」


 気球班当人たちには伏せているが、今のような状況に対する解決策を予め用意した。気球班が行動不能、もしくは戦闘などの監視任務が重なって2班だけでは捌ききれないときは、現在船にいる人員だけで臨時の気球班を組む。適任者はすでに選出した。即席のチームにチームワークなんて期待できないから、それぞれの分野での最高の人材を投入することでそれを補う。


 まず観測員に選ばれたのは、海軍最高のオールラウンダー、ファルナ。観察力と判断力なら私のほうが上だと思うが、私は高いところがちょっと苦手だし、空に上がるのを周りが許してくれない。だから消去法でファルナになった。操縦員はインスレヤにやってもらう。魔力量と火魔法の精度が高いし、ラズエム=セグネールが旗艦だから艦長の責務は艦隊階層の人間(例えばリミア)が一時兼任しても問題ない。最後の補助員はちょうどピッタリの人材がいるから、カーシュレ以外の選択肢がない。まずカーシュレは経験者。昔気球の開発中の実験で手伝ってもらったことがある。それにカーシュレは最高の風魔法の使い手。彼女の風操作ならさっきみたいな事故でも安全に降下できる。魔法の才能が重要視される操縦員と違い、補助員は魔法自体がしょぼくてもいい、場合に応じて器用に使い分けることが大事。でも訓練を受けたことがない素人でも圧倒的才能があればカーシュレみたいにゴリ押しできる。それを見るとやっぱり魔法の技量も欲しくなるよね。はぁ、補助員がみんなカーシュレの半分くらいの技量があればいいのに。希少才能だから仕方ないか……



――1時間後、甲板――


「やっと鳥がいなくなったね」


 新しい気球をメカニックたちが用意してくれたんだし、早速臨時気球班の初出動にしようか。


「はぁ……まさか私がまたこれをやるとは。本当に人使いが荒いですね……」


「カーシュレさん、そんなことを言わずに、頑張りましょう。貴女の任務期間は勤務態度にかかっていますから」


 ブツブツと文句を言ってるカーシュレをファルナが窘める。んー、昔はカーシュレが喜んで気球の実験に協力してくれたから、てっきり空が好きだと思ったのに、違うのかな?あのときは新しい技術に興味津々だったけど、十分な知識を得た今はもう興味がないってことか?


「……えっと、こう、かな?ごめんなさい。私、これやるのは久しぶりだから、ちょっと記憶があやふやで……」


「大丈夫よ、安全第一だから。時間をかけてもいい、ゆっくり思い出して」


 マニュアルを片手に空気加熱のプロセスを始めるインスレヤ。火魔法の才能がある彼女は一時期気球班の操縦員として訓練を受けたが、同じ班の他の二人は貴族の娘で、身分差のせいなのかチームワークがうまくいかなくて、結局解散になった。そう思うとゼオリム班があんなに仲良くやっていけるのは奇跡みたいだね。


 ちなみにファルナも気球に乗るのは久しぶりだが、初期実験のとき観測員を務めたことがある。この臨時気球班は急造チームだが、実は三人とも経験者だ。心配はいらないと思う。たとえ最悪の事態が発生してもカーシュレの魔法でなんとかなるだろう。


 気球が飛び立つのを見届け、私は自室からあるものを取り出してブリッジに入る。


「アンネ様、その杖は……もしかして、今はダルシネ=ルーデア様と呼んだほうがよろしいですか?」


「あっ、いやいや、気にしないでね。ただこの杖の性能を試してみたいだけ。副艦長、4番艦と5番艦に通信テストの要請を出して」


 ちょうどいい機会だから、ブリッジにカーシュレがいない状況のシミュレートもしよう。リーメプレの杖で増幅する私の遠話がどれほどのモノかを確かめておきたい。



――夜、食堂――


「アンネ様、いい加減機嫌を直してください」


「……だって、はぁ……」


 今日はミレスファル班の事故から始まった。その後臨時気球班は無事任務遂行したが、鳥がたくさんいるだけで結局島が見つからない。最後に、リーメプレの杖を使っても私の通信距離は20KMくらいが限界ということがわかった。貴重な道具の力を借りても、カーシュレの1/100とか、しょぼすぎ……はぁ、本当に散々な一日だね。


「わかるわその気持。魔法を試そうとウキウキしていたら、結果が伴わないときのショックは本当にでっかいですねー」


「カーシュレさん!そんな言い方をしなくても……」


「えっ?まずいの?私が今言ったことが?」


「まずい、というわけではないかもしれませんが、落ち込んでいる人には……はぁ、もういいです。カーシュレさんにこんなこと言っても意味がないのを、改めて実感しました」


「ちょっ、その言い方酷くないー?」


 ファルナもだんだんカーシュレの扱い方がわかってきたね。臨時気球班として一緒に活動した成果かな。


「……気分転換に、ちょっと夜風に当たってこようか」


「あっ、今すぐ済ませますから」


「ううん。一人で行くからファルナはゆっくり食べてね」


 私より食べる量が多いファルナだから、ここは急かさないようにしよう。たまに一人で動くのも悪くない。旗艦の上じゃ何も危険が起こらないし。


 甲板に出る先客がいる。石膏で左腕が固定されている彼女は……


「ミレスファル?出歩いて大丈夫?」


「はい。救護隊のチーフから許可をもらいました。ずっと閉じ籠もるのも傷に良くないと言われまして」


「そうか。じゃあ、少し私とおしゃべりしましょうか」


「はい。喜んで付き合います」


 思えばミレスファルとも長い付き合いだね。ミレスファルは私と同い年の19歳。実家は法服貴族。海軍士官学校2期生で初めての専任空中観測員。彼女は卒業からずっと私の乗艦で第一気球班をやってる。途中で他の艦隊に異動したリミアやインスレヤより同じ部隊にいる時間が長い。でも彼女は普段気球班の待機室にいるから、ブリッジのメンバーや参謀たちと比べるとそんなにいつも会ってる感じがしない。この機会でもっと彼女のことを知っておきたい。


「今日は結構高いところから落ちたけど、大丈夫?あ、体ではなく、精神の方だ」


「私が飛ぶのが怖くなったかもしれないと、心配しているのですか?私は、多分平気です。今回ほど危険じゃないけど、事故に遭ったのは初めてじゃないです。それに、アンネ様もご存知の通り、私は空が大好きだから、これくらいのことで凹みません」


 危惧していたことにならなくてよかった。気球の事故から無事生還しても、その経験がトラウマになって二度と空に上がれなくなる可能性がある。ミレスファルの後輩にそんな人が二人いる。一人は現役引退して海軍士官学校で気球関連の講師になった。もう一人は海軍をやめて実家の領地運営の手伝いをしているらしい。


「でも、空が怖くなったわけじゃないけど……はぁ、アンネ様は私の悩みを聞いてくれますか?」


「ええ、もちろんよ」


 やっぱり今日の事故はミレスファルに何らかの悪い影響を与えたみたい。こういう悩みを解消するのも指揮官の務めだ。カウンセラーに話すのがハードル高いと感じる人も多いからね。


「……アンネ様はご存知していますか?私が冬の間婚約したことを」


「もちろんよ。お祝いの品も送ったんじゃないか」


「そういえばそうでしたね。雲の上の方からの贈り物だから、本人が知らないところで従者が用意したかもしれないと思いましたが……アンネ様に限ってそんなことはありえませんね」


 さすがに海軍全員にこんな気配りは無理だけど、ミレスファルくらい私に長い間尽くしてくれる人なら、人生の大事な節目にはちゃんと自分で祝ってあげたい。


「アンネ様は、私と婚約者の関係についてご存知していますか?」


「えっと……ごめん、そんなによく知らない。ミレスファルにとっては、本家の御曹司に当たるくらいしか」


「それくらい知っていれば十分です。彼とは幼い頃から仲がよく、叶うならば将来結婚したいと思いましたが……彼の両親は上昇志向が強くて、分家の娘よりもっと相応しい相手を望みました。まぁ高望みしすぎて結局相手が見つけられませんでしたね。アンネ様のおかげて、私は海軍でそれなりの名声と地位を得られて、ようやく彼の両親の眼鏡にかなうようになりました。本当に、ありがとうございます」


 ミレスファルみたいに、海軍で自分の価値を高めて、本来望めるはずがない相手と結ばれた人の話はよく聞く。教え子たちが幸せになるのは私も嬉しい。しかもそんな話につられて海軍に志願する者が増えるからなおさら。


「でもよく考えると、私はもう19歳です。そろそろ結婚しないとまずいと思いまして……あっ。こ、これはアンネ様への当てつけではありません!あくまで私自身のことです!」


「うん。わかってるからそんな慌てて手を振るのはやめて。傷に障るよ」


 普通の19歳未婚の王女に今の言葉は確かにまずいけど……まぁ私の場合は特殊だからね。


「もしかして、婚約者の方からさっさと海軍をやめて結婚するように、みたいな催促が来ている?」


「そうではありません。私は海軍で活躍したから彼との婚約が認められました。だから私がまだ海軍で頑張りたいと思う限り、彼と両親は応援すると言ってくれました。でもその好意に甘えて結婚をいつまでも引き伸ばすわけにもいきません。本家には世継ぎが必要だし、私も……彼との子供がほしいですから。私が恐れているのは、結婚して子を産んだら果たして海軍に復帰できるのでしょうか。もしかすると、二度と私が大好きな空に触れることができないかもしれません……」


「なるほど。そういうことね……」


 ミレスファルの悩みは、どちらかというと現代地球のほうによくある問題だ。働く女性の結婚と出産に、社会がどれくらいのサポートをしてくれるか?どうしても避けられない年単位の長期離脱によるブランクで仕事に必要なスキルを失う、もしくは仕事が他の人に奪われる。これは本当に難しい問題だ。サポートが不十分なら女性の労働意欲を損なうし、少子化の原因にもなる。でも過剰なサポートは社会全体の効率低下につながる。まだ中世的な封建王国のカリスラントは本来そんな事を考える必要がないが、カリスラント海軍の20%は女性で構成されている。そろそろこの問題について真面目に考えないといけないね。


「今日の事故の後、私は色々考えました。気球班の仕事は常に危険に晒されます。結婚を控えている身として、本当にこのまま続けていいでしょうか。はぁ……私は、本当に欲張りなんですね。普通なら仕事と婚姻のどちらかを諦めたらいいだけの話です。でも私は、片方だけを選ぶようなことをしたくありません……」


「そんな風に思い詰める必要はない。約束しましょう。出産の長期休暇の後、もしあなたが海軍に戻りたいと思うならできる限りの支援をする。そこを踏まえて、ちゃんと考えてから決めましょう」


 後は、同じ職場にいる既婚の年長者に仕事復帰の経験について聞いてみるのもいいと思うが……今探検艦隊にいる該当者はみんな特殊だからね。未亡人のリミア、別居中のジャイラ、(申請なしで子を産んだ)規則破りのカーシュレ……うん、どれも参考にならないね。


「最後に、気球班の性質上あなたの去就は他の二人にも大きな影響を与える。決断する前に同じ班の仲間ともよく話してね」


「はい。必ずアンネ様の言う通りにします」


 6日後、完治して勤務に復帰すると同時に、ミレスファルは私に近い将来海軍を一時離脱するの申請を出した。探検艦隊が帰国すると結婚すると決意したから。


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