3-5 墜ちる月
――再誕の暦867年5月14日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
『……フォミンの海軍建設を支援する提案は陛下と軍事大臣の承認を得られました。今はフォミンの貴族の中から志願者を募集しています。順調に行けば今期の途中編入で士官学校に入学できます。しかしザンミアルの海軍再建に反対の声が多く、まだ賛同してもらえないのです』
「そうか。どうしても通らないなら別の方法を考えるべきかもしれないね」
探検艦隊出発から10日。今は大洋の真ん中を進み、もうすぐ本国から2000KMを離れる。この先は遠話の最大距離外になるから、カーシュレに頼んで海軍本部に連絡を入れた。こっちは特に変わったことがなく、簡単な状況報告で済んだ。向こうからは例の新しい海軍管理体制の進捗報告。今話しているのは第二艦隊司令、ダスカータ子爵の弟ジャスティミだが、この前の艦隊司令二人ともちゃんと情報共有したので話は滞りなく進む。
『それで私たちは一つ代替案を上に提示しました。8月からシリランテ級4隻が進水する予定です。その時は本来の計画のように拡大編成ではなく、艦隊を一つ新規編成してこの先旧式となる艦を割り振ります。人員はうちにいるザンミアルの血を引く人間を中心で、ザンミアル海域を任せます。ゆくゆくはザンミアル人の比率を上げて、最終的にザンミアル自分の海軍になるように目指します』
ザンミアルは同盟国だったから、タスリカの父みたいにサーリッシュナルに移住した人がそれなりにいる。彼らの子供はザンミアル人らしく海に興味を持ち、海軍士官になった人が少なくない。
「なるほど。でもそういう体裁なら担当区域を交代させる訳にはいかない、かなりの長期間内海に駐留するのよ?艦隊を組めるほどの人数を集められるの?」
『今のところ特別手当を出すことでなんとか最低限の人数を確保できそうです。もしタスリカも参加してくれればもっと簡単に集まってくれそうですが……』
「タスリカの戦史研究会のメンバーも引っ込めれば大分楽になるよね」
ザンミアル系海軍士官のリーダー格だし、この任務はタスリカが一番適任なんだけど、タイミングが悪いね……もう私と一緒に探検に来たから、当分はそっちに帰れない。
『一応聞いてみますが、探検艦隊が帰還したらタスリカをザンミアル担当艦隊の頭に据えるのは可能でしょうか?』
「タスリカに艦隊司令はまだ早いんじゃないかな?それに探検艦隊はまだ出発したばかりよ?戻るのはだいぶ先になるし……んー、一応意志確認に話してみるけど、あまり期待しないように」
私が海軍の組織について話している間も、ブリッジでは日常の業務が進んでいる。今は気球を出す準備をしてるみたい。こんな天候良好の日は定期的に気球班を空に上がらせ、付近に無人島がないかを確認してもらう。島に住民がいないと魔力レーダーからは見えないからね。
「なんだがこの辺に鳥が多いような気がする。近くに島があるかもしれない。それでミレスファル、今日はいつもより長く空に居続けるように頼みたい」
『了解しました。念入りに調べます』
言われてみれば確かに鳥が多いね。まぁ渡り鳥の移動に遭遇しただけかもしれないし、過剰な期待はしないほうがいいね。
『リミアさんの評議会入りは今すぐではなく、海外領地防衛司令の就任と同時に実施したほうがいいと我々が判断しました。これでよろしいでしょうか』
「私と同じ船にいる間は個別に扱う必要がないわけね。わかった。そうしよう」
海軍本部との通話が終わって、長話で喉が渇いたところでファルナが水を用意してくれた。
「お疲れ様でした」
「ありがとう。こんなに時間かかるとは思わなかったわ。これなら作戦室で話すべきだったね」
簡単な状況報告だけで終わるつもりだったのに、ザンミアル海域担当艦隊の話が予想以上に長かった。幸いブリッジのみんなは邪魔されることなく、通常業務を遂行しているみたい。
「座標G-12に、推定魔力520の個体の反応がします」
「5番艦に回避行動の信号を出せ」
「4番艦、霧を回避するため針路を215に変更」
情報管理士官たちが忙しくしている中、ミレスファルの第一気球班からも遠話の通信が入った。
「なにか発見があったか?」
『いいえ。気球の周りに鳥がたくさん集まって来て、このままでは偵察も儘なりません。帰還の許可を求めます』
「わかった。一度下にもど、」
『ピュッーー!』
この音は、空気が急速に漏れる音。私が一番嫌いな音だ。これまでも何回その音を聞いた。その度私を信じてくれる人たちが傷つく、最悪の場合命を落とすこともある。
「気球の事故だ!海兵を甲板に招集!急いで!」
「は、はい!」
大至急に甲板に出ると、すでにジャイラが海兵の指揮を執って対処してる。安全のため気球を出すとき必ず甲板に海兵1班が待機する。幸運にも今の当番はジャイラ。非常勤のジャイラだがこれまですでに2回気球の事故を対処して、2回とも乗員全員生還させた。その胆力と高度な身体強化魔法は今の状況で非常に心強い。
「防御魔法士の二人はあっちな!そっちの三人はロープを!」
もし海に落ちるとほぼ絶望的に状況になるから、まずは気球を繋ぎ留めるロープの確保。そして上空の状況をよく見て、必要なとき汎用バリアを展開する。気球が制御不能で着水しそうな場合も、乗員が振り落とされるときも、汎用バリアは有効だ。でも汎用バリアの魔力消費が激しい。使うタイミングを見極める必要がある。
船上のサポートは海兵たちが用意している。空の方を見ると……気球の横にあるかなり大きい裂け目から空気が漏れている。今は補助員の風操作の魔法でなんとか保っているが、状況は良くない。中の様子も知りたいけど通信はもう切れた。補助員は風操作に集中してるから遠話を使う余裕がないだろう。ここまで大きい穴が空いてるともう操縦員にできることがない。ここからカゴの中が見えないが、きっとミレスファルと同じくカゴにしがみついてるだろう。
「この中で身体強化が得意のは……おお、ファルちゃんも来たか。じゃ左は任せた。あたしは右」
「わかりました」
補助員の制御がまだ効いてる今のうち降下して、水面の近くまで来たら減速して着船、というのがベストだが、こんな状況でそこまで精密な操作は難しい。だから救援体制が整えるまで、できるだけ空に長くとどまることだけを考えるように訓練した。今までの経験上で、あと少しで補助員の魔法が切れていきなり落ちてくるだろう。それに対して今はまだ万全な対処法がない。船の外に落ちそうなとき、多少の衝撃を覚悟して汎用バリアで強引に方向変更させ、最後は身体強化の魔法を使って受け止める。そんな力技ができるのは身体強化のエキスパートだけ。だからジャイラはファルナの姿を見ると早速指名する。
「っ!来るよ!」
空気がほぼ全部抜けて、風操作だけで滞空できなくなった。いつでも動けるように、全員が気球の落下コースに注目する。そんなとき気球が急に左へ傾き、乗員一人がカゴの外に振り落とされた!しかも、そのままではあの娘は海に落ちてしまいそう!
「ファルナ!」
緊急展開された汎用バリアにぶつかる彼女を、予めロープを腰に巻いたファルナが飛び出してキャッチした。バリアが消えると二人は海に落ちたが、海兵たちがロープを引っ張って救い出す。もう片方の状況を見ると、全力の身体強化をしたジャイラがカゴを受け止めた。何回見てもすごいね、あれ。床板が衝撃に耐えられずに破ったのに、ジャイラは完全に無傷のように見える。
「早く救護隊のところに運ぶんだ!」
カゴの中の二人はなんとか自力で脱出、びしょ濡れになった二人も甲板に引き上げられた。海兵たちは早速気球班の三人を下に運ぶ。ダメージはないみたいだが、体を張ったファルナとジャイラも一応検査を受けに行く。気になるけど私が行ってもできることがないし、診察の邪魔になりかねない。今はもう少しここにいよう。
地球では鳥衝突に起因する気球の事故なんて聞いたことがない。飛行機と違って、気球は低速だから鳥と接触してもほぼダメージを受けない。でも忘れてはいけないのは、地球で気球が実用化するのは18世紀末。今のカリスラントより紡績技術が遥かに進んでいる。私の気球の球皮に使う素材はそこまで頑丈じゃない。もちろん鳥の爪やくちばしによって簡単に破損することはないが、使い続けるとダメージが蓄積して、点検のときかすかな損傷を見過ごすとリスクがだんだん高まる。それに、安全のために現在海軍で運用する気球の上昇高度はそんなに高くないから鳥に接触する確率がかなり高い。危険性を見ると、この時代で気球を運用するのは早すぎるじゃないかと反省することもあったが、やはり空中観測の利点は捨てられない。今は球皮の素材の改良や乗員の訓練強化で危険を抑えるしかない。まぁよく考えると、燃料を使わない分火災や爆発が起きないから、私の気球実は地球のより安全かもしれない。
「メカニックたちをここに呼んで」
怪我人の搬送が終わって、次にやるべきことはこの残骸の回収。船の上では難しいが、ちゃんとした設備がある場所で残骸の壊れ方を分析すれば、今後の球皮の改良につながるかもしれない。
滞空中の気球の球皮が破損する時の描写がこんな感じであっているのか、正直に言うとわかりません。ちょっと調べてみましたが、気球の事故は大体火関連で、参考にできる事例を見つけられませんでした。描写の誤りを指摘してくれる方がいればぜひよろしくお願いします。




