3-3 ポスト・アンネ時代のカリスラント海軍管理体制 1
アルトー=アファンドリ島の住民への話を終えて、私たちは海軍の臨時本部に戻って一休みする。これからは未知の領域への航海だから、探検艦隊はこの島で1日休むことにした。明日の夕方まで全員が交代で上陸してリフレッシュする。
「お疲れ様です」
「……アファンストリュ人への説明だから気を張ったけど、意外とすんなり終わったね」
「アンネ様が推察した通り、この島での生活が長い分アファンストリュ人としての習性がなくなったでしょう」
ファルナとお茶をしながらさっきの出来事について話したら、たくさんの書類を持つ青年がノックして入室する。
「アンネ様。こちらの建設計画に必要な資材の計算が合わないと思うのですが……」
「ちょっと見せてね……なるほどね。このあたりで1ページが抜けているよ。スタッフがどっかに落としたと思う」
「了解しました。探してみます」
彼の名はティランズ。元クラージク伯爵の次男。陸軍の軍需品担当官だったが、今はカリスラント海外領地の行政官僚として探検艦隊に同行する。海軍関連のことについて勉強している最中だからこの島の拠点化の作業を観察してる。彼はリミアと同じ、わけがあって国を離れなければならない人だ。
「あ、それは急がなくてもいいから。ティランズは家族たちと会わないの?航海中は時間がたくさんあるから研修は後でもいいよ」
「しかし、私は海のことがまだまだ不勉強で、」
「もう、はっきり言わないとわからないの?メーミィちゃんが寂しくしてるからさっさと行ってあげて」
「はっ!直ちに!」
資料を抱えて、急いで部屋から出たティランズの姿が見えなくなると、私とファルナがため息をつく。
「噂通りの朴念仁な方なんですね」
「全くだね」
ティランズの妻と娘も客人として探検艦隊に同行しているが、乗員が女性のみのラズエム=セグネールに乗ってる。今みたいに上陸している間でしか会えないのに、6歳の娘をほったらかして何やってるのよ。
ティランズの父、クラージク伯爵も陸軍の兵站関係の上級官僚だが、真面目な次男と違って、軍需品を横流し汚職まっしぐらのとんでもないやつだった。先の戦争中、ティランズが父の不正の証拠を掴んで告発したら、まさかクラージク伯爵が領地に逃げ帰り、兵を挙げてアファンストリュ帝国に寝返ると宣言した。クラージク伯爵の無謀な暴挙のせいで司法が非常に困った。汚職も重罪だが爵位剥奪くらいで済んだのに、反乱罪となると処刑しかない。伯爵と長男は当然それで問題ないが、ティランズは謀反人の息子だから加担してなくても連座で処刑か国外追放しか選択肢がない。しかし当人に非がないどころか身内の罪を摘発した。そんな仕打ちはあまりにも酷だ。結局彼を受け入れられるのは私の海外領地しかない。名目上だけの国外追放で実際は海外領地で再就職だ。
「そういえば、昔の……わたくしのものになる前のアンネ様と、ちょっと似たところがありますね」
「はぁ?そんなわけないでしょう?私も仕事人間だけど、あそこまで酷くないよ!それと、恥ずかしいからわざわざそこを言い直さなくていいの!」
真面目の働き者、それがティランズに対する一般的評価。陸軍で一緒に仕事したことがある下の兄も「必ずお前のために役に立つ」と強く推薦した。多分私に彼のことを引き受けてほしいから多少大げさに話したと思うが……見た感じ確かに使える人間だ。後は海軍について十分な知識を得れば、海外領地の行政と管理を任せてみてもいいかも。
「失礼します。アンネ様はこちらにいらっしゃるのですか?」
ティランズと入れ違いに、白い軍服の男性と女性、海軍の大物二人が入ってきた。
「クロールレムに、セリアーシェ……どうしたの?艦隊司令二人が揃って」
海軍総司令を退任した私は各艦隊の行動を完璧に掌握できなくなったが、この二人はこの島に用がないくらいはわかる。本当に用件があっても部下を派遣したり副官を送れば事足りる。二人がここに出向くと、目的が私としか考えられない。
「新しい海軍管理体制について相談したいことがあります。探検艦隊がこの島に寄港すると聞いて、大至急で来ました」
「本当、間に合ってよかったですぅ……」
いつも半目を開け、眠たそうな顔の青年は第三艦隊司令のクロールレム。海軍士官学校4期生の首席、ファルナと同い年の20歳。艦隊司令の中で最年少でありながら、一番の戦術家と認められている。先日の模擬対抗戦で探検艦隊の仮想敵をやってもらった。隣の語尾が伸びる特徴的な話し方の女性は第五艦隊司令のセリアーシェ。4期生の成績優秀者で、第五艦隊でリミアの右腕として活躍してきた。大神殿砲撃事件の後は任を解かれたリミアの後釜に。この二人は同期で、同じく実家は法服貴族、士官学校時代からすごく仲がいい……そういえば二人実は恋仲という噂も聞いたことがある。
「私はもう海軍の事務に直接干渉しないと言ったよね?これからの海軍はあなたたちのもの。あなたたちで決めるべきよ」
「そうはいきません。勝手ながら、僕達のプランにアンネ様のための役職を作りました。アンネ様に承認していただく必要があります」
「……はぁ、親離れできない子供なのか?あなたたち……」
「面目ありません。しかし僕達にはまだアンネ様が必要です。どうかわかっていただけますか」
困ったね。私がいなくても海軍がちゃんと動けるようにみんなを鍛えたつもりだけど……これで私が探検に行っても本当に大丈夫なの?少し心配になってきたよ……
「アンネ様はみんなの成長と自立を促すつもりなんでしょうが、そんな風に突き放すのはかわいそうだと思います」
「ファルナまで……」
「もしわたくしが同じ艦隊司令の立場にいたら、アンネ様の教示がないとすごく心細くなるでしょう」
「もう、わかったよ。とりあえずそのプランとやらを読んでみるね」
5人の艦隊司令が共同で作成した海軍組織改造計画書は、私の予想を超えた大胆な試み。
「……海軍総司令という最高責任者をなくして、艦隊司令たちによる評議会制か。なかなか面白いことを考えたね」
軍の性格上、いざというとき即時な反応ができるために絶対的な権威を行使できる上位者は必要だ。この改造計画はその原則に反しているように見えるが、そこは責任海域の導入でカバーする。サーリッシュナルを母港とするサリサラス海区域、フェルテジを母港とする西南海区域、そしてテーツとロミールを母港とするフォミン海区域。3つの艦隊でそれぞれ1つの区域を担当する。残りの艦隊は担当区域なしの後詰め、普段は次のローテーションに備えて訓練、整備と休息。地元との癒着を防ぐために1年ごとに担当区域交代。自分の責任海域内ではこれまでの海軍総司令のような決定権を持つ。危機的状況が起きても艦隊司令の独断で即座に動ける。海軍評議会で議決するのは海軍全体の方針、訓練や装備のアップデートなど、緊急でないこと。
こんな変則的なやり方を編み出した最大の理由はわかる。誰も私の後で海軍総司令をやりたくないから、いっそなくしちゃえばいい。本当はみんな、私を「終身名誉総司令」にしたいが、私に断られたからこうして海軍総司令の権限を3つの責任海域に分割した。このやり方に一つ弱点がある。実質的にカリスラント海軍の力を分断したから、もし近隣にカリスラントと対抗できる海軍を持つ敵がいたら、先制攻撃されると初動で遅れを取るリスクが高い。でも現状そんな敵がいないので、それぞれの区域にどんな状況があっても担当の艦隊だけで対処できるだろう。
「しかし、私を『最高顧問』として評議会に入れるのは、さすがに無理があるじゃないか?探検してる最中、評議会に顔を出すなんてできないよ」
「はい、そこは承知しております。評議会は出席できる者だけで議決します。記録を後日遠話などの手段でアンネ様の元へ送り、意見を伺います。評議会のメンバーにアンネ様がいるだけで僕達は自信を持って決断できます」
「まぁ、そんなところじゃないかと思ったよ。名前を貸すだけならいいか。ちなみにこの評議会にリミアを入れるのは可能か?」
「リミアさんを、評議会の一員……他の3人と話してみないとわかりませんが、多分異論はないと思います」
「じゃ、暫定的に『海外領地防衛司令』の役職でリミアをメンバーに入れて。役職は後で変えるかもしれないが、とにかく評議会にリミアの存在は必要だと思う。特に私と連絡を取れないときはリミアの意見を重要視するように」
リミアも艦隊司令を務めたことがあるし、メンバーとしては申し分ない。それにリミアは途中で船を降りて、おそらく海外領地の重要拠点の守りを任される。私より居場所を把握するのが簡単だから、連絡係りとしての役割も果たせる。よく考えると、海外領地の規模にもよるが、将来的にもう1つ担当区域を設ける必要があるかもしれない。そのときはリミアを海外区域の責任者にするか。
「そうでしたら、ファルナ様も評議会に入れるべきでしょうか?」
「ファルナは……そうね……」
経歴と能力を見るとファルナは評議会のメンバーにふさわしい。でもその必要はないように思える。ファルナの方を見ると、私の判断に納得したのか、彼女はうなずいてくれた。
「ファルナは私の補佐として常に一緒にいるから、私と意見が同じだと思っていい。評議会にもう一票増やす必要はない」
「わかりました」
私とファルナの意見が分かれるときもあるが、必ず議論をしてどちらも納得する結論を導き出すから、私たちがセットで一票を持つ方が正しい。それに、あまり私のところに評議会のメンバーが集まりすぎるのもバランスが悪いから。
「後は、この評議会で海軍の訓練について議論することが多いなら、海軍士官学校の校長もメンバーに入れるのはどうかな?艦隊司令と同等な権限を持つメンバーではなく、あくまで人材養成関連の議題での責任者として」
「わかりました。この話も持ち帰って他の3人と話してみます」




