3-1 探検への出発と、最初の夜
――再誕の暦867年5月5日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、甲板――
「自ーーーーー由ーーーーーだーーーーーっ!!!」
気持ちいい向かい風の中で両手を挙げてはしゃぐ私を、ファルナが苦笑しながらたしなめる。
「もう、はしたないですよ。アンネ様」
5月5日、サーリッシュナルの港に集まった群衆の見守りの中、探検艦隊は出航した。予定より3日遅れの出発だ。なぜ遅れたというと、あの孤島での一件で色々と影響が出たから。
「ファルナなら私の気持ちを理解してくれるでしょう?私がどれだけ窮屈な思いをさせられたのを、隣で見てたよね?」
あの予定になかった3日間でできたことと言えば、発見した例の孤島の拠点化の準備、そして3番艦に水面下監視レーダーを追加装備、ただそれくらい。ほとんどの時間は無為に費やしたから、私がここまで鬱屈した気分になった。そう、説教だ。艦隊行動訓練から戻った私は直ちに王宮に呼び出されて、朝からお父様に説教されて、お母様にも説教されて、まさかの上の兄からも説教。これだけで丸一日浪費され、翌日またお父様の説教からフルコース。本当みんな過保護なんだから……
「……その割には嬉しそうに見えましたよ」
「そうかな?……まぁ、そうかもね」
説教されるためだけに王宮に行ったけど、意外な収穫もあった。ずっと会えなかった上の兄まで説教に来てくれた。理由はどうであれ、こうして会えたのは嬉しかった。私のことが嫌いになったわけではないのを確認できて、ホッとした。これぞ怪我の功名ってやつよ。
「わたくしは、殿下の言い方には納得いきませんが」
上の兄に色々言われたけど、ファルナが不満に思うのはきっとあれだ。「国を継ぐつもりがないなら、国を継ぐ人のことも考えてくれ」だ。あまりにも必死な顔で言われて、笑っちゃいけないのに笑ってしまいそうになったよ。
「確かに、あれはすごく身勝手に聞こえたよね。でも言ってることは理不尽じゃないよ」
もし探検している間私に万が一のことがあれば、間違いなくカリスラント本国は大変なことになる。だから私に自重してほしいというのはわかる。それについては文句がない。
「ではもしアンネ様が心変わりして、国を継ぐつもりになったら、殿下はどうなさるつもりでしょうか」
「多分、潔く私に譲るじゃないかな?お父様が毎日あんなに大変なのを見てきた私たちだから、本当はみんな王になりたくないじゃない?」
「……カリスラント王家の方々に権力欲がなさすぎのも考えものなんですね」
もし私が王位がほしいと宣言したらきっとクーデターが起こると、前にそんなことを考えたけど……改めて思うと、おそらくお父様も上の兄も速攻で退位して、クーデターによる被害と混乱は最小限で済むだろう。まぁ私は女王にならないのでまったく無意味な予測だけど。
「まぁ、私のことはいいけど、じいちゃんには悪いことをしたね」
私の勝手な行動を止められなかったケロスのじいちゃんも一緒に怒られた。それについては本当に申し訳ないと思う。後悔はしていないけど何か埋め合わせをしたいと思ってる。
「大叔父様のことなら大丈夫と思います。『いつでも引退できる人間は何も怖くない』と、前にそう仰いましたよ」
「えっ……そう、かな?」
あの言葉は責任を取る必要がない、下っ端の人間にだけ当てはまる。じいちゃんのような重鎮の場合は違うと思うけど……
「まぁいっか。とにかく、今はそんなこと一旦忘れましょう!せっかくこの自由の海に来たのよ?これからの探検について考えよう!」
「それもそうですね」
明日の夜まで私とファルナは休日扱い。もし緊急状況が発生したらもちろん指揮を執るが、何もなければブリッジにも作戦室にも入らないつもり。大事なリフレッシュの時間だけど、実は夜に1つ予定がある。仕事とはちょっと違うが……
――夜、第二休憩室――
下層船室、物資倉庫より更に奥にある部屋。この部屋は艦隊行動訓練のとき一度も使われなかった。そもそもカリスラント海軍では初めての試みだから。この部屋は人間の根本的欲求の1つを解消するための場所。これまではそんなことに気を配る必要がなかったが、長期間の航海となると対策しなければならない。
この第二休憩室に完璧な防音対策を施している。ダブルベッドに小洒落な内装、隅のタンスに替えのシーツ、モップやタオルなどの清掃用品が入っている。この部屋の使い道については、あえて明言する必要もないかな。船の上で過剰な肉体接触(具体的に言うと、キスやそれ以上)は規則違反になるが、第二休憩室にいる間だけ特例として許される。それだけわかれば十分だろう。ちなみにこれはラズエム=セグネールに限った話で、乗員が男性の他の7隻は違うやり方を導入したらしい。「異性を乗せてはならない」の大原則さえ守ればいい、あとはお任せだから、実際どうなっているかは知らない。知りたくもない。まぁこういうデリケートな話に私が関わると男性の方々だって嫌だし。
「ファルナ?寝ちゃったの?」
ダブルベッドに腰掛ける私はファルナの紫の波の髪を愛でて、ファルナは私がやりやすいように膝枕をしてる。まぁ別にこの部屋で愛し合う以外のことをしてもいいしね。1週間ごとに1回利用可能で、予約すれば1時間使える。終わったらちゃんと自分たちで部屋をきれいにしないと今後立ち入り禁止。ルールはそれだけ。ここでは緊急状況のアラート以外、誰にも邪魔されない。だからそういう目的以外にも使える。例えば読書など、一人だけの時間を静かに楽しむこともできる。現に次の枠を予約したリミアは本を読むだけと公言した。私はむしろそっちのほうを推奨したい。欲望を解消するためだけの部屋だと思われると使用率が低くなると思うから。
「……まぁ、こうしてまったりするだけのもいいよね」
「アンネ様は、したくないのですか?」
「あっ、起きてるの?……いや、その……この後リミアが使うと思ったら、なんか気まずいというか……」
他の人が遠慮する可能性が高いので、第二休憩室を最初に利用するのは私とファルナ、そしてリミア――ラズエム=セグネール乗組員の最上位の3人――で決まった。でもみんなに注目されながらここに入るのはなかなか恥ずかしくて、私はそういう気分にはならなかった。それで10分ほどスキンシップして、今こうなったわけだ。気が乗らないならもうこのまままったりして終わってもいいと私が思う。今日はお勤めみたいなものだしね。リミアもきっと同じこと考えて……いや、リミアは本当に本を読むだけなのかな。もしかすると旦那さんのことを思って自分で……って、身近の人で不埒な妄想をしてどうする!ますます気まずくなるじゃない……
「私は……どっちでもいいけど、ファルナはどう?」
ファルナは答えず、いきなり体を起こして、私をベッドの上に押し倒した。
「きゃっ」
「恥ずかしがるアンネ様の、こんなにも愛らしい姿を見ると……したいに決まっています」
あっ、これは、やばい。ファルナに熱い視線を向けられると……さっきまで「しない」つもりだったのに、私の心の中の天秤が一気に「する」方に傾いた。
「わ、わかった。でもちょっと待って。一つ言いたいことがある」
「はい。なんでしょう?」
「その……私たちがするとき、大体私が身動きできないように縛られるじゃん?」
「ええ。そうですね」
「って、『アレ』の鍵をファルナが持ってるから、いつでも外せるじゃん?」
「そうなりますね」
そう。今も私が着ている海軍軍服の下に、ファルナからもらった「アレ」を身に着けている。せっかくのファルナからの贈り物だし、毎日使うとだんだん慣れてきて、今は逆に着てないほうが心もとなくて落ち着かない。
「なんか、おかしくない?私の、『羽衣とやら』を守るためのものなのに、一番危険な相手にだけ無防備のは……」
「危険、って……わたくしは、別に……」
ファルナは私の言葉に納得いかないみたい。でも実際私が身の危険を感じることは何度もあったのよ!ただのプレイだとわかっているけど怖かったのよ!
「なら、アンネ様はどうしたいのですか?」
ここで、私は予め用意したものを取り出す。
「鍵をこの小箱に入れて。魔力認証で施錠するから、こうすれば私もファルナも『アレ』を外せない」
「……わたくしはいいですけど、アンネ様は本当にそれでいいですか?行為の最中、あそこに直接触れることができなくなりますよ?」
「まぁ、確かにそれはちょっともどかしいかな。それくらいは我慢す、」
「なるほど。理解しました。そういうプレイなんですね」
「……え?」
「任せてください。必ずアンネ様が『解錠させて』と哀願するようにしてやりますから」
そして、私はこの小箱を二度と使わないと誓った。




