2-14 孤島上陸 2
――30分後。上陸地点――
島の統治者との会見を終えて、私たちは上陸地点に帰還した。仮設ベースの設営もそろそろ完了するところだ。
「これでわかってくれたでしょう?どうして陛下がアンネ様を表に出したくないのを」
「そんなことは最初からわかっているよ。だから今回限りのわがままって言ったじゃない」
「アンネ様は無用な争いが一番嫌っているから、こうして説教しています。もし大叔父様が会見に行ったら、穏便に話を済ませたかもしれませんよ?」
私のような小娘が指揮しているのを見て、こんな好機を逃すわけにはいかんと向こうが軽率な決断をしたと、ファルナがそう言いたいのね。確かに、ケロスのじいちゃんが代表なら向こうはもう少し慎重になるかもしれない。でも……
「そうかな?住民がアファンストリュ人だからどのみち争いになるじゃない?今回は逆にこれでよかったかもしれない」
そう。こうなってしまうのは逆に都合がいい。この島の重要性は高い。ここに大型魔力レーダーを設置すれば周辺海域を常時に監視できる。パトロールの負担を大きく減らせる。ぜひ海軍の拠点にしたい。西への航路の中継地点にもなる。航海中に不測の事態が起こるとき、近くに港があれば助かる確率は格段に上がる。この島を穏便に手に入れる算段を立てたところで住民はアファンストリュ人だと知って、これは交渉絶対無理だろうと困っていたが……向こうから仕掛けて来るならこっちも遠慮する必要がない。
「そんなの、ただの結果論です。全然反省していませんね。リミアさんからも言ってやってください」
「……私は今、ものすごく後悔しています」
「リミア?そんな落ち込まなくても……大丈夫よ。あんな奴らに遅れを取るつもりはないってば」
「それについては心配していません。私は、自分の決定が、この島の連中をアンネ様に会わせたことが悔しいんです……汚らわしいアファンストリュ人だと知っていたら、アンネ様の目を汚すこともなかったのに……」
うわっ、リミアの目のハイライトが消えたよ。さっきまでは平気で彼らと会話してたのに……いや、本当は心の中で憎くてしょうがないけど必死に抑えたかな。やはりリミアを帝国に関わらせるのはダメだ。また昔のリミアに逆戻りしてしまう。
「ほら。アンネ様のせいで、リミアさんまでおかしくなりましたよ」
「もう、わかったから。それより、今はこれからのことについて考えるほうが大事でしょう?」
「……はぁ、そうですね」
仮設ベースで会議を開く。参加者は私とファルナ、リミア、船に残留のメンバーとの連絡係として降りたティエミリア。海兵隊からは隊長ジャイラと副隊長キーミル、そして各班長たち。
「向こうの宴会の提案を断ったら、こっちに料理を差し入れることになった。まぁ毒入りだろうね。私たちが毒にやられたところで夜襲を仕掛けて、船を操縦するに必要な人以外皆殺し……相手の狙いはそんなところか」
「つまらんな。船から持ち込んだ食料以外は口にしないように。襲ってきたら返り討ちをする。それでいいだろう?」
「ジャイラお姉様の言う通りだね。襲撃に備えて仮設ベースの防御を固めてほしいが、あからさまに警戒しているように見えるのは避けたい。そのへんの塩梅はキーミルに任せる」
「了解しました」
「制圧した後のことを考えると、余裕があればなるべく殺傷しないでほしい。特に向こうの下っ端は命令に従う普通の村人だし。でも無理に手加減する必要もない。こっちに損害を出さないほうが優先」
私が会見に行ってる間、空中観測の支援下で島の住民たちを観察して戦力分析した。漂着してきた時点で多分全員公爵家の家臣や使用人だったが、40年間この島で暮らし次の世代が生まれ、今はほぼ全員農民になった。ちゃんと戦えるのはわずかの支配階級だけ。戦力的にこっちが圧倒的に優位だ。
「2番艦分隊を半分こちらに招集するのはどうでしょうか?」
空中支援を提供するため、2番艦分隊の4隻はまだ海上にいる(気球はまだ衆目に晒したくないし、近すぎると魔法で撃ち落とされる危険もある)。そろそろ日が落ちる。向こうも正面から戦っては勝てないのがわかってるから、戦闘が始まるのはきっと夜。夜間の空中観測の効率は大きく落ちる(暗視機能の開発はまだ上手くいかない)から夜に気球を出すことは少ない。でも戦術準則では、あまり意味がなくても戦闘中は一応出すことになってる。戦力増強のために2隻を呼ぶか。それとも、気球を出さないなら2番艦も含めて4隻全部こっちに呼んでもいいが……
「そうね……いや、そのまま海上で待機してもらう。こっちの人数が増えると襲撃が中止されるかもしれない。それは困る」
「……本当に、これで大丈夫なんでしょうか」
「リミア?なにか心配事でも?」
「昔からこの手の陰謀、策略の分野では我々はアファンストリュに及びません。今回の相手の動きは一見お粗末で、まるで素人みたいですが……もしかして、それは私達を油断させる策、本当の狙いは他にあるでは?」
「んー……多分、そんなに心配しなくてもいいと思う。帝国の権謀術数があそこまで洗練されたのは、常日頃から先にやらないとやられる環境だから。ここの人たちは長年孤島で閉鎖的生活を過ごしたから、人を陥れる技術が自然と退化するでしょう。まぁ警戒はしても考えすぎないようにね」
「はい。確かにそう考えると納得ですね」
あの自称皇帝は古代魔導帝国語の聞き取りはある程度できるが話せないみたい。カネミング石があるから外国語の勉強はそんなに重要ではないが、古代魔導帝国語だけ王族や高位貴族は必ず学ぶ。古い知識、古典文学などを理解するに必要な教養だし、共通言語としても使える。地球のラテン語みたいなものだ。それさえもできないなら、ここの教育の程度もわかる。警戒すべきのはあの老齢の家令だが、彼一人でなにかできるとは思えない。
一時間後。キャンプファイアを中心にくつろいでる私たちのもとに、島民たちが差し入れの料理を届けてくれた。ジャイラが料理に指をさすと、毒検知の指輪が禍々しく光る。色は暗くて赤い。いや、暗すぎてもうほぼ黒と言ってもいい。
「うわっ、真っ黒じゃなぇか。殺す気かよ」
「これは、ちょっと予想外ね。この島にこんな猛毒を作れる材料と技術があるとは。一体どんな毒なのか、興味深い」
「アンネ様。知的好奇心を満たすためにそれを試そうとしないでくださいね」
何を言ってるのファルナ?まさか私が「ペロ……これは青酸カリ!」みたいなことをすると思ってるの?
「しないから。これは錬金協会のラボに調べさせよう。キーミル、宮殿を制圧したらこの毒の保管場所を探してみて。危険だし、できれば容器ごと全部押収したい」
「了解しました。しかし、おかしくありませんか?私達を全員毒殺したら、彼らはどうやって大陸に戻るつもりですか?私達の船はそう簡単に動かせませんよ」
「まぁ、この場合のアファンストリュ人の考えはとてもわかりやすいからね。カリスラントの蛮人にもできるくらいだから、自分たちにできないはずがない――という謎の自信ってところかな」
この状況にちょっと似てる有名な昔話がある。帝国軍が戦場で鹵獲したティアバンを皇帝に献上したら、幼い皇子のおねだりで取られた。8足馬のティアバンは普通の馬より早くて力強いが、その分制御が難しい。騎馬民族のカリスラント人だから簡単に乗りこなすが実はそれなりの危険が伴う。側近たちの制止を聞かずそのティアバンに早速乗ってみた皇子は落馬して大怪我。その後皇帝が「カリスラントの蛮人の卑劣な罠」だと非難したのは言うまでもない。
「そろそろ襲撃が始まる頃だと思います。アンネ様はラズエム=セグネールにお戻りくださいませ」
「うん。わかったわ」
私もちょっとは戦えるから足手まといになることはないけど、私が最前線にいるだけでみんながハラハラして思う存分戦えなくなる。こういうとき安全な場所で大人しくするのも指揮官の務めだ。
「じゃあ、あたしも戻るか。チビが変なことしないように見張っておくよ」
「あれ?ジャイラお姉様は戦わないのですか」
「あんなつまんない連中とやっても意味ねぇよ。キーちゃんたちに任せるさ」
他の人なら勤務態度を指摘したいところだが……まぁ、たしかにジャイラが出るまでもないか。
船に戻ってしばらくすると、下に戦闘が始まった。襲ってきた島民の集団を無力化したら、松明を持つ海兵隊が宮殿を包囲する。20分後、重傷を負って気絶した家令が運び出され、帝位僭称者のロイグレズトが捕まった。
「放せ!余が偉大なる皇帝だと知っての狼藉か!」
喚くロイグレズトを海兵たちが4番艦に押し込み、そのまま姿が見えなくなった。
「……この先彼はどうなるのでしょうか」
「さぁ?とりあえずお父様のところに送るけど、帝国との外交カードに使う……価値は多分ないよね」
帝位僭称者と言っても彼になんの力もない。帝国に差し出しても意味はないか。むしろこの島の住民がアファンストリュ系という事実を知られると領有権主張されそう。海軍が貧弱な帝国はこの島に直接手出しできないが、とにかく面倒だ。
まだ宮殿周囲に潜伏してる敵がいないかを捜索中のキーミルが伝令を遣わしてくれた。味方に被害なし。敵対的住民の制圧完了。激しい抵抗を見せたあの家令らしき人を除いて、全員大して怪我させていない。女子供は家に隠れて出てこないから今は監視しているだけ。
「さて、後始末をしないと。参謀たちを招集、それとカーシュレに作戦室に行くように伝えて」
まずお父様に報告。第三艦隊に連絡。サーリッシュナルの海軍本部にも連絡してこの島を拠点化する用意をさせる。やることがいっぱいだ。
「あ、その前に島民たちを安心させないと。ジャイラお姉様が外に行って説明してくれますか?私たちは首謀者だけ捕縛、他の人に責任を問うつもりはないと」
「いいぜ。制圧した住民たちはどうする?」
「武器は没収。明日艦隊が離れるのと同時に解放します」
彼らに船がないから、どうやってもこの島から出られない。私たちが帰ったあとは自由にさせても構わない。サーリッシュナルから海軍の人間が来るまでの時間で、今後どうしたいかをじっくり考えてね。




