2-13 孤島上陸 1
島の住民の好奇な目で見られる中で、ラズエム=セグネールと僚艦3隻が接岸した。
未知の文明との接触は慎重を期する必要がある。些細のことでも外交問題になる可能性があるし、周囲の諸勢力にまで影響を及ぼす。場合によっては、コンタクトする前に数週間を費やして遠くから観察して情報を集めるつもり。でも今回に限ってそんなまどろっこしいのをしなくてもいいと判断した。孤島の集落は規模が小さいし、周りに他の政権が存在しない。これ以上観察しても有益な情報が得られるとは思えない。他国への第一印象を気にする必要もない。本当に問題が起きても最悪の場合捻り潰せばいい――もちろん私はそんなことをしたくないが、相手の出方によってはそれが最良な解決になることもありえる。まぁ、こんな背景だから、ファルナとリミアが私のわがままを許してくれた。さすがに本番の西の大陸でこんな勝手な真似はできないし、しようとも思わない。
この場所は本国からそう遠くない。1100KMなんて、達人の遠話なら一瞬で連絡できる距離だ。いくら私に独自の裁量ができる権限があるとはいえ、私たちはまだ訓練中だということも考慮すると、ここはまず状況を報告したほうが正しいかもしれないが……考え方を変えれば、これは探検艦隊にとってちょうどいい課題だ。適正な難易度、そして多少の失敗は許容できる。訓練の最中にこんなチャンスが来るとはまさに天の配剤だね。
「こんにちは。この島の責任者に伝えてもらえますか?海から来訪者が来たということを」
軍礼服に着替えた私と手を繋ぎながら、ファルナは島民に話しかける。今私はカネミング石のイヤリングをつけている。その翻訳効果は本人だけでなく、密な身体接触をしている人にも及ぶ。だから外国人と会話するとき私たちは基本このスタンスで行くと決めた。正当な理由を持ってファルナとずっと手を繋ぐことができるのは嬉しい。
待っている間私たちはこの島を観察する。この島の成り立ちがとても興味深い。ゼオリムの地形観測によると多分火山島ではない。この緯度ではサンゴ礁も考えにくい。ということは、大陸棚がここまで伸びて、この島だけが水面より高いのか。この付近の水深の調査は念入りにやったほうがいいね。
「ゼオリムが言ってた船の残骸ですね」
「これは……損傷が激しいから断定できないが、多分サイジミーアンの残骸」
「サイジミーアン、ですか。確か、大陸東側でよく使われる船ですね。わたくし、実物を見るのは初めてです」
「私も見たのは2、3回くらいかな。それにこれはもう原型を留めないほど……多分難破による損傷だけじゃない。一部の船体を取り壊して、資材として再利用したと思う」
大陸東側は文化が違うし遠い。私たちがよく知っている、ザンミアルと内海諸国の船と全く違うデザインの船を使っている。昔読んだ資料によると、このサイジミーアンは北海岸貿易と東海貿易圏のメジャーな船。船首マストの形が独特な大型商船。乗員は大体50人最大300人くらい。この島は元々無人島で、このサイジミーアンが難破して乗員が住民になった、ってところかな。食料は島の東の畑とニワトリの飼育があるからまだ問題ないとして、真水の取得手段が見当たらない。おそらく雨水の貯蔵、足りない分は水生成の魔法で賄うようにしてるだろう。かなりギリギリの生活をしてるみたい。普段は自給自足できるが、大きな災害に見舞われると崩れてしまいそうな脆弱な集落だ。
「アンネ様、上陸メンバー全員降りました」
「では予定通り二手に分かれて。海兵2人はカーシュレの護衛を」
「この近くなら自由に調査していいですね?」
「いいよ。でもあまり遠く行かないようにね」
私たちも調査を進めるが、専門分野が違うカーシュレなら海軍とは別の観点でなにか発見するかもしれない。特にこの島の魔法技術や、魔物の存在はカーシュレが一番よく調べられる。
「ジャイラお姉様。ここの守りを頼みます」
「おう、任せな」
会見に行くのは私と補佐のファルナとリミア。女性の比率が高すぎると舐められそうから、護衛の海兵は4番艦から1班を連れて行く。海兵隊の隊長ジャイラと副隊長キーミルは上陸地点の確保。ジャイラのカネミング石のイヤリングは同行する海兵の班長に貸し出させる。
「キーミルは船に残ってるみんなとうまく連携するように。特に今は空中監視の支援を受けられることを忘れないで。何か気になることがあれば、遠慮せずいつでも2番艦に連絡して偵察の要請を」
「心得ました」
2番艦分隊はまだ海上にいる。待機しながら気球で島全体を監視して、なにか起きたらすぐにこっちに知らせるように指示した。
「こ、こちらへどうぞ……陛下が、お見えに、なられます」
陛下、と来たか。こんな小さな島と200の人口で、王権による支配を?恐る恐るこっちを見ながら案内してくれる島民の様子を見ると、意外と上下関係が厳しいところみたい。
「アンネ様。ちょっとこちらに」
リミアは耳打ちで、彼女が気づいた重大なことを教えてくれた。
「彼らが話しているのは、恐らく帝国語だと思います」
「……なに?」
リミアはアファンストリュ帝国と隣接する北部地方出身。仇討ちのために帝国について勉強したこともある。帝国の言葉を少しだけ話せる。
「それを速やかに全員に通達するように」
「はい」
約束を守らない、騙し討ち上等、隙あらばいつでもこっちに牙を剥く。それがアファンストリュ帝国、我々カリスラントの最凶最悪の敵だ。リミアのように、大事な人や物が帝国に奪われた人は少なくない。私はカネミング石のイヤリングをつけているから、あからさまに警戒の指示を出すと現地住民にも伝わる。これだけ言えばリミアはどうすべきかわかるはず。
15分ほど歩くと、この島の一際大きい建物に入った。空中偵察で見たゼオリムはおそらく倉庫だと報告したが、間近で見ればわかる。素朴な作りだけど、これは宮殿だね。
「陛下。客人たちを連れて参りました」
木造の玉座に座っているのは小太りの青年。隣に立っているのは老齢の家令らしき人。2人とも着ているのは上質な服らしいが年季が入って劣化が激しい。
「余は偉大なるアファンストリュ帝国を統べる、33代皇帝ロイグレズト2世である。頭が高いぞ。跪け」
今のアファンストリュの統治者は第36代皇帝ルズレフェン4世のはずだが……そもそもアファンストリュ皇帝がこんなところにいるわけがないし。まぁこいつが本物でも僭称者でも、私の対応は変わらないから別にいいか。
「その要求に応じることができません。私はカリスラント王女、アンネリーベル・プリア・カリスラントです。たとえ中央神殿の教皇の御前でも、私が跪くことがありません」
「カリスラントだと?馬と戯れることしか能がない蛮人ではないか?より優れた国を敬う礼儀も知らぬとは」
振り返らなくても後ろの空気が変わったのがわかる。控えている海兵隊たちに今の言葉が通じていないが、その態度は明らかにこっちをバカにしてる。まぁ怒っても軽率な行動をとるようなバカはうちにいないから特に何かを言う必要はない。
皇帝と自称してるロイグレズトがまた何か言い出そうなとき、あの家令らしき人が耳打ちでなにか相談し始めた。リミアも私の隣に来て小声で報告する。
「今のやり取りを見て、彼らの由来に関する情報を思い出しました。40年ほど前にアファンストリュで帝位争いが起こりました。ファンスタユ公爵が反乱軍を率いて帝都を急襲したが、敗北して討死しました。領地に残留の家族と家臣は捕まる前に船に乗って脱出、その後の行方は誰にもわかりません。状況を見ると、恐らく船が難破してこの島に漂着、大陸に戻れないからそのまま定住したでしょう」
「筋が通ってるね」
「帝国は北海岸貿易を通して大陸東側と交流しているはずです。あのサイジミーアンの残骸も説明がつきます」
見た感じロイグレズトは多分20代後半から30代前半。もしリミアの推測が正しいなら、彼はこの島で生まれた。もう帝位争いの呪縛から解放されてもいいのに、今でも自分が帝位の正統だと思ってるのね。こんな小さな島で200くらいの人口しかいない。それでも皇帝だと名乗らずにいられない。哀れなものね……
「……まぁ良い。せっかく我が国へ来たから、おもてなししようじゃないか」
「ご厚意に感謝申し上げます」
私は試しに古代魔導帝国語で話してみたが、自称皇帝の彼は一瞬迷う素振りを見せ、やはりアファンストリュの言葉で話す。
「……しかし、わからんな。お前のような幼い王女を外に出すとは。カリスラントは一体何を考えている?」
「私はこんな見た目だからよく勘違いされますが、これでも既に19歳でございます」
「19歳、だと?随分幼く見えるな……これは失礼した。まぁ挨拶はこれくらいにして、そっちの艦隊の責任者と話したい。よいか」
「この艦隊の司令は私です」
「はぁ?あ、いや、名目上の指揮官ではなく、実際に采配を振る人間に話がある」
疑いの目で見られるのにいつものことだ。昔海軍士官学校を訪問した他国の人間もだいたいこんな反応だった。「小娘がいかにもな格好をして、ジャラジャラと勲章をいっぱいつけて……そんな遊びに付き合ってられるか」って思ってるだろうね。まぁ、慣れたもんよ。侮られるのは別に構わないけど、それで付け入れる隙があると思ってこっちにちょっかいを出すのは面倒……でも今回に限って、それはかえって都合がいいかもしれない。
「埒が明かないんですね……リミア、この方は私が艦隊の実権を握るのを信じてくれないので、あなたが代わりに話をしてくれますか?」
左手でリミアの手を握って、これでリミアにも翻訳効果が共有される。リミアはすぐさま状況を理解した。
「わかりました。私で良ければ」
「そうか。お前が王女の子守役か」
自称皇帝のロイグレズトが艦隊のことについて色々聞いて、リミアは差し障りのない範囲で答えた。艦隊の兵数と搭載量について聞かれてリミアがはぐらかすと、あの家令らしき人が話に割り込んでしつこく追求する。リミアが向こうの意図について質問してもかわされてばかり、自分たちのことは話さない。これはもう、間違いなく……
「……私たちの船を奪って本土に帰還するつもりですね」
自分の言葉が翻訳されることがないように、ファルナは一旦手を離してから耳打ちで話す。私もそう思うので軽くうなずく。アファンストリュ人の性格と、彼らの境遇を考えると、自然とそんな結論に行き着く。
ヨーロッパのユニバーサリスなゲームで反乱軍が離島に湧くととても面倒なんですよねー。AI国家ならそのまま数十年占拠されることもありますよねー




