2-12 サリサラス海の先で見つけたもの
――再誕の暦867年4月21日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
「4番艦から通話要請です」
目の前の魔石ライトパネルが光ると、情報管理士官が状況を報告する。
「カーシュレ、繋いで」
「はいはい」
今日は2週間の艦隊行動訓練の6日目。メインの訓練メニューは一通り終わった。明日からは回航しながら改善すべきところを中心に強化するだけ。この時点で通話を求めるとは。一体なんだろうね。
『アンネ様に直接報告したいことです。今ブリッジにいらっしゃいますか?』
「ここにいるよ。何があったの?」
『座標H-33に、200人規模の魔力反応がしました』
「……!本当か?」
4番艦艦長の報告に、ブリッジがざわめく。「人間の魔力反応をレーダーが捕捉した」、本来ならこれはありふれた出来事、通話じゃなく魔石ライトバネルで報告すべき事項。でもこの場所では異常事態だ。4番艦艦長はそれを理解した上で通話での報告を選んだ。インスレヤは手順通り航海計画をチェックするが、本当は見るまでもない。ここはカリスラントの海岸から既に1100KM以上離れている。こんなところまで来る民間船はない。当然海軍がパトロールする必要もない。今の状況は2日目と3日目と違う。あの海域での正体不明の船は天候状況によって計画のルートから外れた民間船のケースが圧倒的に多い。航海計画を提出し忘れたという可能性もある。2回目からは罰金だというのにまだまだみんながレーダーによる監視体制に慣れてないのね。それにあのときは第三艦隊の管轄区域内だから私たちは状況を報告して後のことは彼らに任せればいい。今は近くに味方がいない。私たちだけで対処しなければならない。
「海賊船……それとも、隠れ家なんでしょうか」
「どうだろうね。最近海賊どもは大人しいし、こんな場所では襲うターゲットもない」
船ならここにいる意味がない。アジトにしてもここでは食べ物を手に入れることさえも大変。普通に考えればそうだけど、こんな異常事態に対して先入観に囚われるのはよくない。カリスラント海軍の取り締まりが厳しいからこんな遠い場所まで逃げた、というのもありえない話じゃない。でも、んー……漁船が悪天候のせいでこんなところに流されたほうがまだ可能性が高いかな。いや、200人なら漁船はないか……
「……フォーメーションはこのように……そう、裏を目指すように2番艦の分隊はE-32を中心に展開……あと気球班に『いつでも上がれるように』の信号を出せ」
4番艦に気球がない。この未知のレーダー反応の正体を確認するのは旗艦か、2番艦の役割。今の相対位置を見ると旗艦だね。それでインスレヤは戦術分析士官たちと相談しながら艦隊全体の針路と速度を調整する。その指示と状況説明を信号にして各艦に送らなければならないから、情報管理士官たちも一気に忙しくなる。
「リミア、聞こえるか?ちょっと異常事態が発生したから、参謀全員はブリッジに集合するように」
『了解しました』
「緊急じゃないから急がなくていい」
私も遠話で作戦室にいる参謀たちを招集する。今日は朝からみんなで作戦室に詰めて、これまでの訓練の問題点をまとめてた。昼食の後私はちょっとした気分転換のつもりでブリッジに来たら、ちょうどこの発見の瞬間に立ち会った。
『島です!40……いや、50平方KMくらいの島です!』
参謀全員が集まってしばらく、空に上ったゼオリムの報告にブリッジがまた騒がしくなる。
『南側に小さな集落、その東に畑が見えます!』
「船が見えるか?」
『船はありません!北東の岸辺に船の残骸らしきモノだけがあります!』
「そうか。念のため2番艦に裏側も見てもらおうか」
『その必要はないと思います!島の地形は平坦で、こちらから裏側まで見通せます!島の周りに航行可能な船はありません!』
船がないならもうほぼ確定だ。これは海賊のアジトじゃない。こんなところに住民がいる島があるとは。人口が少ないから、1000人規模以下は識別できないクルゼサー天文台レーダーで発見できなかったね。
「インスレヤ、このまま旗艦の分隊で島へ向かう。2番艦の分隊はE-31で集結していつでも援護できるように待機してもらう」
「えっ?しかし……」
探検艦隊の決まり事に反する私の指示に、インスレヤは困惑してファルナの方を見る。
「……どういうおつもりですか?アンネ様」
やばい。ファルナの目が笑ってない。でも、こんなまたとないチャンスを逃す訳にはいかない。
「聞いて、ファルナ。200人規模の集落なら、たとえ島の住民が敵対的でも、海兵隊で問題なく対処できる」
9人一組の海兵隊が旗艦に6班、他の3隻にそれぞれ3班乗っている。海兵隊以外にもファルナみたいな腕が立つ人がいるし、みんな軍人だから私と同じそこそこ戦える人が多い。人口200人の集落だが女子供もいるし、全員戦えるわけでは無い。その戦力をどんなに高く見積もっても、脅威にはならない。
「ええ、そんなことはわかっております。わたくしは、探検艦隊の行動準則に背く理由について聞いています」
「……これはおそらく、私が探検気分を直に体験できる、最初で最後のチャンスだから」
王女の身分だけじゃない。私は海軍を築き上げた過程で国にとって非常に重要な人間になった。だから探検艦隊の行動準則として、未知の土地に上陸するときまず2番艦を中心にメンバーを編成。ラズエム=セグネールは近くの海でバックアップする。安全確保できるまで接岸しない。本音を言えば、私は一番乗りがしたい。いち早く新しい景色を見たい。それこそが探検の醍醐味……でもみんなの考えも理解しているから私はその決定を受け入れた。本当、みんな過保護だね……
「その言い方、ずるいです……」
ファルナがリミアの方に向いて助けを求めるが、我らが参謀長は静かに頭を横に振る。
「まだ艦隊行動訓練中だから、厳密に言うとこれは準則違反にはなりません」
「っ!リミアさん?どうして、そんな屁理屈、」
「私は、アンネ様の望みを叶えさせたいんです。行かせてやりましょう。私も精一杯フォローしますから」
「しかし、」
「ファルナ様はアンネ様を不憫と思わないのですか?ようやく探検できるようになったのに、現場に足を運ぶのを禁じられて、最も心躍る場面を自分の目で見られません。アンネ様の立場を考えるとそれも仕方ないことですが、一度くらい探検らしいことをさせてもいいではありませんか?今回ほど条件に適う機会は二度と訪れないかもしれませんよ」
リミアが私に味方すると、ファルナはおでこを押さえて、軽くため息をする。
「……なら、せめて2番艦分隊と合流して一緒に上陸すべきと思います」
「ダメだ。こんな小さな集落に、全艦隊で行くと威嚇行動になる」
本当は4隻でも多いが、これ以上減らすのは多分許してもらえない。安全確保的にこれくらいがちょうどいいか。
「はぁ……普段聞き分けがよく、みんなのために我慢している子の、滅多にないわがまま……誰が拒否できますか」
「ありがとう……では、リミアたちは上陸メンバーの編成を頼む。海兵隊長と副隊長にも作戦室に行くようにと伝えて」
リミアが参謀たちを連れてブリッジを出る直前、2番艦と信号のやり取りをする士官が報告を上げる。
「2番艦から通話要請が来ています」
「仕方ない。副司令の文句を聞きましょうか」
『アンネ様?どういうことですか?2番艦で上陸を指揮する、そう決めたではありませんか』
「ごめんね、じいちゃん。今回だけは私に譲って」
『はぁ?ファ、ファルナ!お前がなぜ止めなかった!』
「申し訳ありません。わたくしには止められませんでした。その代わり、アンネ様のことは絶対に守り切ると誓います」
『違うっ!そんなことしなくとも良い!アンネ様を、』
「状況を理解したならもう配置について」
本当にごめんね、じいちゃん。帰ったら一緒にお父様に怒られるだろうが、そのときはちゃんと責任を取るから。




