2-8 模擬対抗戦と実弾演習 1
――再誕の暦867年4月19日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
探検艦隊の艦隊行動訓練4日目。今日はいつもより慌ただしい一日になる。
「推定敵性集団、座標I-16」
「20KMに入ったな。みんな、戦闘配置に」
敵性集団と言っても、それは本物の敵ではない。探検艦隊は戦闘が主な任務ではないが、戦わざるを得ないときもあるので演習は必要。それでこの近辺でパトロールしてる第三艦隊に仮想敵をやってもらうことにした。
「高精度レーダー起動」
「指揮権限移動完了」
情報管理士官たちは規定の手順で動いてくれる。戦闘配置では、6から8番艦は副司令がいる2番艦が指揮することになる。それで旗艦の負荷を減らす。さっきまで6番艦以降と信号のやり取りをしていた情報管理士官たちは移動して、3、4、5番艦との信号の交換にミスがないようにバックアップする。
『目視で確認できました。敵の数は6隻。戦闘艦だと思われます』
気球に乗ってる観測員ミレスファルの報告が遠話を通してブリッジに届く。状況をセットした私や提出された航海計画に目を通したインスレヤは当然それを知っているが、事前にバラしたら演習にならないのでみんなには何も言わなかった。
さて、数はこちらが多いが、戦力は向こうが上。ここまで不利な状況を指揮するのは私にとって初めて。これまでの演習は双方同じ条件に設定したし、先の戦争で経験した戦闘は敵が同じ土俵にさえ上がっていない。ロミレアル湾の戦いなんて、私達がやったことは目隠しされた相手を飛び道具で一方的に攻撃するのと同じ。いじめだと言われても反論できない、戦いとは呼べないようなものだった。
深呼吸して、一度ブリッジ全体を見渡す。珍しくファルナが私のそばにいない。今回の演習のオブザーバーのリミアと一緒に後ろに座っている。味方に向けて砲弾を撃つわけにはいかないので、砲撃手たちは弾を装填せず点火の魔法だけを使う。まぁ空砲を撃つのと同じだ。実際に被害が出ないのでファルナには状況を見て双方の攻撃と被害をシミュレートしてもらう。相手との戦力差より、ファルナがそばにいないほうが私にとっての大きな痛手かもしれない。これは私が自分自身に課す試練だからあえてこの条件に設定した。こんな不利な状況で、ファルナの助力なしに私がどこまでやれるのかを見てみたいから。
「4番艦、針路285に」
「3番艦、縦隊を組める位置に到着」
新時代海軍の戦術はぶっちゃけ、まだまだ研究している最中だ。参考になるような手本がないから。この世界の昔と全然違うのはもちろん、地球のどの時代の海軍とも違う。機動力、索敵能力、長距離打撃力は帆船時代を大きく上回る。でも第二次世界大戦以降の海軍を比較対象にすると、魔導砲の破壊力は全然大したことない。様々の状況に対応できる航空攻撃や、一撃必殺の対艦ミサイルなどとは、比べるのもおこがましい。一番条件が合致しているのは蒸気船時代から弩級戦艦までの時期だが、やはり大きな相違もある。通信やレーダーなど情報関連は一旦置いといて、ここは兵器の性質と威力に注目しよう。
もしカリスラント海軍と第一次世界大戦時期のイギリス海軍が正面からぶつかると、私の予想では非常に滑稽な戦いになる。結論から言うと主武装が役に立たないから双方とも決め手を欠く。魔導砲の燃焼弾は鉄の船体にダメージを与えられない(地上の建造物が目標なら短時間で大量の燃料をぶつけて高温による破壊を狙えるが、船相手となるとターゲットが小さいし動いてるし、そこまでの集中攻撃は難しい)。13.5インチ砲の砲弾が私の木造の船に命中すれば当然ひとたまりもないが、この世界には汎用バリアという、運動エネルギーをぶつける類いの飛び道具を全部過去のものにした強力な防御手段がある。地上で戦う場合、魔力消費激しいが弱点の汎用バリアを機関銃などの持続攻撃で圧倒できるが、海戦では射程の都合上それもできない。私の見立てでは、艦砲の着弾スピードは弓矢よりずっと速いから腕が良くない防御魔法使いはバリアを展開するタイミングをしくじる可能性が高い。逆に言うと腕がいい防御魔法使いなら問題なく防げる。うちの海兵隊にいる防御魔法使いたちならきっと大丈夫と信じてる。ちなみに対艦ミサイルは超低空飛行だし魔力レーダーから見えないし、気づくまでの反応時間が短すぎるから多分汎用バリアで防ぐのは無理……あ、一つ重要なことを忘れた。魚雷は19世紀末に開発された。砲撃で決着つかないなら、接近されて魚雷撃たれるとこちらは詰みね。これまでは必要がないから水中戦についてなにも考えていない。今後は海の魔物を相手する可能性もあるし、そろそろ研究を始めないと……
話が脱線した。とにかく新時代海軍の戦術はまだちゃんとした形になっていない。私の地球の知識でもあまり参考にならない。だから創始者である私でも新時代海軍同士の戦いで一体どう動けばいいのかがよくわからない。手探り状態だ。
『こちら2番艦分隊。そちらに続く。最初の目標の指示を』
「まずは敵の後尾を狙おう」
『了解』
地球の蒸気船時代でも昔と同じ単縦陣を使っていた。広い範囲へ攻撃できるし、味方への誤射を防げる、などの利点があるから変える必要が特になかった。そして今の探検艦隊の隊列は、そんな伝統的な単縦陣を少し調整したみたいなもの。全艦が右側を敵に向けているが、旗艦と2番艦は距離を置いて敵の攻撃が届かない場所にいる。高精度レーダーを見る限り第三艦隊も同じく気球搭載の艦をかなり奥のほうに配置している。空からの弾着観測があれば砲撃の精度が大きく上がるから気球を出すメリットは大きい。でも気球はとても脆弱なターゲットでもある。相手が長距離打撃できないなら安心して出せるが、新時代海軍同士の戦いは違う。燃焼弾の破片は一つ一つ大した被害を与えられなくても、気球に当たってしまうと一発でアウト。だから気球搭載艦の火力は一旦捨てるしかない。
「(弾着観測して修正するために)10KMに入るとさっさと一発撃ち込むように」
今旗艦は有効射程外にいるからまだ砲撃はしないが、魔石ライトパネルの信号を通して指揮下の3隻にどうやって攻撃するかの指示を出してる。それを受け取ったそれぞれのブリッジから砲撃手たちへの指示も魔石ライトパネルで伝達してる。
「『射角66』、『弾種』は『長』……」
「『針路を13に』、『速度は』、あっ、しまった……『やり直し』を……」
「慌てずに、もう一度打てばいいから」
私が設計した船の武装は帆船時代のように舷側砲を採用した。砲塔などもっと先進的なやり方も検討したが、途中で気づいた。何から何まで完璧を求める必要はないと。ちょっと不便だけど開発期間短縮とコスト削減を考えると簡単な作りもありだ。既に新時代海軍に数多くのアドバンテージを有しているから。射界が狭いがそれくらいは艦の機動力で十分カバーできる。
燃焼弾の起爆は信管みたいな複雑な構造を使わず、魔力導線を導火線のように使う。魔力導線の性質がかなり安定だからそれで問題ないと判断した。仕込んだ魔力導線の長さによって発射から炸裂までの時間が変わる。それで三種類の射程の砲弾を用意した。砲撃手への指示は射角と砲弾の射程を指定、射撃方向の制御は操船で何とかする。砲撃手は他にも発射のために「点火」の魔法を使う任務がある。これは魔導砲と地球の大砲の相違点。爆発を制御するために砲撃手は火魔法のスキルを磨かねばならないが、火薬を使わない分より安全だし、力仕事も減るし、煙もあまり出ない(煙幕は敵への目くらましにもなるけどやはり煙がない方がいいと私が思う)。
「3番艦、ブロック3炎上、ブロック6炎上、ブロック9炎上……ブロック8炎上、消火作業中、攻撃続行不可能」
「5番艦、ブロック3炎上」
双方の砲撃からしばらく、チカチカと魔石ライトパネルが光って被害報告が上がってきた。もちろん本当に被弾したり炎上したりしていない。届いた双方の攻撃指示をもとに、ファルナがダメージをシミュレートして各ブリッジに通告しただけ。本物の戦いならこの段階で観測員は味方の砲撃の着弾点を報告しなければならない、とても忙しくなるはずだが……対抗戦演習は実弾を撃たないのでそれもファルナがシミュレートすることに。気球班には悪いが、やることがないのにそのまま待機してもらう。まぁミレスファルは空から景色を眺めるのが大好きだから苦に思わないだろう。問題は昼の部の観測員ゼオリムだね。あの娘はじっとするのが苦手だから、同じ班にいるあのカセシアル家の令嬢フィレリッタに怒られる光景が目に浮かぶよ。
ちなみにこの演習は海兵隊も参加している。甲板で敵弾の被害を抑える練習をしたり、消火作業の訓練をしている。そっちは私があまり関わっていない。ただやるべきことを言い渡して、後でちゃんとできているかをチェックするだけ。
「3番艦、更に被弾、消火作業進まず、行動不能」
「これ以上持たない。インスレヤ、3番艦の援護を」
「わかった。みんな、前に出るぞ!ミレスファル、聞こえるか?もう降りてきなさい!」
『了解しました。気球班撤収します』
わかっていたけど、火力の差はかなり大きい。単純に砲の数でも向こうはこちらの1.5倍。情報管理と戦術分析士官、そして砲撃手の経験の差もあるから砲撃のスピードも負けている。これが演習じゃなかったら本当はもう逃げるべき。助かる見込みがない3番艦を捨てて、まず距離が離れている旗艦と2番艦から戦線離脱する。他の艦が逃げ切れるかは運否天賦に任せるしかない。こういうのは本当に大嫌いなんだけど、どうしても必要なときは非情にならないと。ためらってはいけない。
ラズエム=セグネールが敵の攻撃を引きつけ、3番艦の応急処置の時間を稼いだが、3番艦が復帰するまでの間戦況がどんどん悪化する。ラズエム=セグネールが戦闘不能の判定を受けてから間もなく、ここまでしぶとく粘ってくれた7番艦も同じ運命に。
「7番艦、戦闘不能判定」
「探検艦隊全滅。これにて演習終了とします」
リミアの宣告を受けて、ブリッジにいる全員が意気消沈する。
「みんな、気を落とさなくていいわ。厳しい戦いになるのは最初からわかっていた。第二ジーカスト艦隊を殲滅した、あの第三艦隊を相手に1隻沈めて1隻大破させた、よくやったと思うよ。インスレヤ、つい最近まで第三艦隊にいたあなたもそう思うでしょう?」
探検艦隊に参加する前のインスレヤは向こうのタリス=クルリルの戦術分析士官、一時期は副艦長の代理もしていた。今日の演習は彼女にとって感慨深い戦いだろうね。
「あっ、はい!みんなはとても頑張ってくれたと思います!」
8対6で数は探検艦隊のほうが多いが、こちらは長距離探検船で向こうは戦闘艦。武装は第三艦隊が有利。それに第三艦隊のメンバーの大半は先の戦争を経験した。対してこちらは半分が新人。これでもし私たちが勝っちゃったら、サーリッシュナルに戻ると第三艦隊司令のクロールレムを呼び出して叱責しなければならない。
「カーシュレ、副司令と話したいから繋いで」
「はいはい」
『アンネ様。演習の指揮お疲れ様でした』
「ご苦労さま。不利な状況でよくやったとみんなを労ってね。副司令は久しぶりの演習だ。どうだった?」
『うむ。あの高精度レーダーはすごいですな。相手の配置があんなはっきりと見えるとは』
「ああ、そっか。じいちゃんが前回実戦に出たときまだあれがなかったね」
ロミレアル湾の戦いのとき、ザンミアルの大艦隊はレーダーの上で一つ大きな丸に見えて、気球からの目視情報を頼るしかなかった。それで前から開発を進んでいた高精度レーダーの完成を急がせ、去年やっと使えるようになった。
「では、昼の演習は頼むね」
全員が演習を経験できるようにシフト交代して昼からもう一回やる予定。今度は私がオブザーバーになって、ケロスのじいちゃんの2番艦が全体の指揮を取る。
昼食を取る前に少し休もうと、自室に戻ったら……ファルナがいきなり後ろから私を抱きしめる。かすかに震えているファルナの体から、いつもと同じぬくもりを感じない。
「アンネ様……わかりますか?わたくしがどんな気持ちで、ラズエム=セグネールの戦闘不能を判定したのを」
「……ごめんね、つらい役目をさせて……でも安心して。実戦だったら絶対逃げるから」
「本当なんですね。約束ですよ」
私が「約束する」って返事するまでファルナが解放してくれなかった。




