2-5 年長組の集合 2
「司令。2番艦の準備完了しました」
「よし。これで全艦用意できたね」
2番艦ミレギーレ=トリンヤの艦長のかわりに報告しに来たのは探検艦隊副司令、ケロスヘニゲム・セラーエリクル。老齢にもかかわらず精悍な顔つきと強健な体、まさに海の男のような風貌。彼はセラーエリクル公爵の叔父、つまりファルナの大叔父である。
ファルナの祖父、先代のセラーエリクル公爵は幼い頃病気になりがちだったから、家臣の中に弟のケロスヘニゲムを次期当主にしようとする動きがあった。お家騒動を回避するために、ケロスヘニゲムは家を飛び出して、単身でザンミアルに渡った。海洋国家ザンミアルの航海術を学ぼうと、自分が貴族であることを隠して一人の船乗りになった。すごい行動力だったね。海軍の先達だけでなく、私にとっては立場がちょっと似てる、お家騒動の大先輩でもある。国を出て後継者問題が自然解決のを待つという私の対応策は、じいちゃんのやり方を参考にしたとも言える。
兄が無事家を継いたあと、ケロスのじいちゃんは帰国して自分が学んだことを国に捧げた。ザンミアルの知り合いのツテで廃棄寸前の型落ち戦艦4隻を譲ってもらい、カリスラント最初の海軍を作った。艦隊の運用に悪戦苦闘してあまりうまく行かなかったが、機材が悪いし、人もノーハウも足りないながらよく頑張ったと思う。あのときのメンバーは後に私の最初の生徒――海軍士官学校0期生――になり、今は海軍の元老と呼ばれる。
「これでいよいよ、海の向こうの景色が見れるのか。心躍るな」
「えっ、まだだよ?まだ艦隊行動訓練だよ」
「おう、そうだったな。ハハハッ」
「笑い事じゃないですよ。ついにボケたんじゃないかと思いましたよ、大叔父様」
ファルナは小さい頃からケロスのじいちゃんに懐いてたらしい。塞ぎ込んだファルナに海軍士官学校が女性の入学者を募集してるのを教えたのもケロスのじいちゃんだ。
「ハハハッこれは手厳しい。儂ももう年か。いつまで海軍にいられるかわからんな。ファルナはこれからもちゃんとアンネ様を支えるのだぞ」
「ええ、もちろんです」
「あ、いや……そういう意味で言ったわけじゃないんだが……」
返事しながらわざとらしく私と腕組みするファルナを見て、じいちゃんは複雑そうな顔をして自分の乗艦に戻る。
――10分後。探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、ブリッジ――
ブリッジでは艦長インスレヤの指揮の下で、みんなが出航の操船や僚艦との通信で忙しくしてる。そんな中で一人だけ働かずに魔法の研究資料を読んでる人がいる……いや、あれは読んでるのか?よく見たらさっきからページが全然進まないね。
「はぁ……もう国を離れるのね……」
「あの、カーシュレさん?これは訓練ですよ。終わったら一度サーリッシュナルに戻りますから」
「つまり、2週間もあの子達に会えないのね……」
この探検艦隊においてカーシュレは異色な存在だ。彼女は厳密に言うと海軍の人間ではない。魔導エンジンの開発で魔導研究所に邪魔した私はそこで彼女と知り合った。彼女の風魔法の腕を買って出向の形式で海軍に来てもらった。カーシュレは海軍の訓練を一切経験したことがないから、魔法以外はなにもしなくていい。彼女の魔法が必要なとき以外は乗客のような扱い。もう一つ重要なのは、彼女だけが自分の意志に反して今回のメンバーに加えた。今回の探検に強制参加なのは彼女への罰だから。
カーシュレの本当の仕事は魔法技術の研究員みたいなもの。たまに軍事機密に接触するから一応軍属になっただけ。彼女はスルタキィームの称号を持っている。本来のスルタキィームは風、囁き、使節と外交を司る大いなる神アルフ=タチミースの上級神官のことだが、今では風魔法の達人にももれなくその称号を贈る。
航海にとても役立つ2つの風魔法がある。中級風魔法の「遠話」と上級風魔法の「天候予測」。この世界の海軍は遠話の魔法で情報交換するのが昔からの常識。私は魔石ライトパネルを使って情報伝達を改善したが、やはり一番大事な命令と報告は遠話で直接口頭で伝えたい。天候予測は言うまでもない。悪天候を事前に知ることができるのは非常に大きい。上級魔法だから使い手は少ない、これまではあまり有効活用できなかったが、魔力レーダーと魔石ライトパネルの登場によって海上の情報伝達が大きく改善して、天候予測の結果を広く共有できるようになった。希少人材のスルタキィームの能力に依存しているのが私の新時代海軍の最大の弱点だ。先の戦争の二年目、カーシュレがルクサーム=セグアンリペールから離脱した。代役のスルタキィームの実力がカーシュレに遠く及ばないから、私の感覚では第一艦隊の作戦遂行能力は15%ほど低下した。この弱点をどうにか克服したいがまだいい解決策を思いつかない。
カーシュレがなぜ戦線離脱したかと言うと、彼女は規則違反をしたから。この世界の魔法に一つ特殊な性質がある。女性が妊娠すると出産まで魔法が使えない。妊娠の兆候が表れる頃からだんだん魔法の制御が難しくなり、安定期に入ると完全に使えなくなる。有力な仮説は胎児との魔力干渉による現象だが、現在の医学と魔法技術ではまだ実証できない。魔法が一切使えないのは軍人として致命的。だから軍属の女性は子作りするつもりなら事前に申請する義務がある(ちなみに海軍で異性と同じ船に乗るのを徹底的に禁止するのも同じ理由)。現代地球なら立派な人権侵害だがこの世界では常識。まぁ規則だと言っても申請さえすれば却下されることはほとんどないし、うっかり破っても重大な規則違反にはならない。罰金として給料の一部が没取されるくらい。
一昨年の冬、雪によって戦争が中断してる間の長期休暇中、久しぶりに帰宅したカーシュレは自分を抑えきれず、愛しい旦那さんとよろしくやってしまった。運がいいと言うべきか悪いと言うべきか、それで3人目の子供ができた。カーシュレの処分にみんなが苦慮した。申請なしの子作りは本来重大な違反ではないが、戦時中なら厳罰すべき。でもカーシュレの本質は研究者だ。軍人じゃない。私たちと同じ心構えを要求するのは酷だ。最終的に私が下した処分は、探検艦隊への強制参加。彼女の力を借りたいし、彼女にとって十分な罰になるのを知ってるから。
「はぁ……あの子達、今どうしているのかな」
「あの、カーシュレさん……さっきからそればかり言ってますけど……」
膝の上に研究資料を開いているが、カーシュレは全然読んでなくて、ただ家族のことをつぶやく。見かねたインスレヤが注意しても上の空だ。
カーシュレはもうすぐ30歳、旦那さんとは結婚8年目。仕事が忙しくて危うく婚期を逃すところだったからか、夫と子供たちに注ぐ愛情がちょっと過剰なくらい。そんな彼女が探検に加え、少なくとも半年は家族に会えなくなるのはつらいだろうね。しかも子供の中に生まれたばかりのもいる。カーシュレは何度も別の処分にしてと哀願した。私も本当にこれでいいのかと迷ったけど、やはりここは厳しくすべきと考えて判断を覆さなかった。
「カーシュレ。もうシャンとしなさい。探検艦隊のために役に立つことがあなたへの罰だから。あまりにも勤務態度が酷いならもっと長い期間付き合ってもらうわよ」
今はカーシュレの仕事がない、本を読んでも構わない。でもそんな風に嘆くばかりされるとみんなの士気が下がってしまう。
「はぁ……わかりました。本当に今回だけですよ。次回からは私の一番弟子が参加します。私はもうお役御免でお願いします」
「前もそんなことを言ったような気がするが、あの娘はもう使い物になったの?」
「あと少しで『天候予測』が使えるようになるはずです。筋がいいですよ。そこらへんのスルタキィームより使えると保証します。それにあの娘は探検に乗り気です。私よりずっと適任です」
「そうだといいね」
なぜそこまでしてカーシュレを参加させたかと言うと、彼女は私の知る限り最高のスルタキィームだから。遠話の魔法は通信距離だけが重要じゃない。通話相手のことをどれくらい知っているか、今の所在地を把握できているか、通話の成功率と効率に関係する様々の要因がある。カーシュレは通信距離がトップクラスだけでなく、相手の情報が足りないときの通話能力も非常に高い。ロミレアル湾の戦いで第三ジーカスト艦隊の旗艦タチール=エレが白旗を揚げたとき、「第三ジーカスト艦隊の司令に遠話をかけることができるか?」という私の無茶振りに、カーシュレは見事応えてくれた。カーシュレは第三ジーカスト艦隊の司令リメイキウス公爵と面識がないのに、魔力レーダーによる位置情報だけで遠話を繋げた。それから投降の意志が確認されて、私が攻撃しないという保証を得た第三ジーカスト艦隊は人命救助だけに専念した。カーシュレの離れ業のおかげで少なくとも3000人の命が助かった。
遠話だけじゃない、カーシュレは天候予測の腕も一級品。ロミレアル湾の戦いの後、連合王国の重要海軍拠点トゥーリーストを攻略するとき、初日の午後は突然の大雨によって一時中断を余儀なくされた。砲撃で炎上させた防衛施設も鎮火した。あの作戦に参加した3つの艦隊に5人のスルタキィームがいたけど、正確に予測したのはカーシュレだけ。おかげて砲弾300発を無駄にしたよ。あのときからかな、私はカーシュレ以外のスルタキィームを信じきれなくなった。戦争二年目であの代役のスルタキィームの体たらくを見ると、ますますカーシュレの存在がありがたく思うようになった。
残念なことにカーシュレは本国を離れるのが嫌。無理を言って今後の探検に参加させるようなことはしたくない。ここはやはりカーシュレの自慢の弟子に期待するしかないね。




