2-3 士官学校での顔合わせ 2
15時の鐘の音がしてからしばらく、二人の少女が会議室に入る。
「海軍士官学校三年生、タランスク家のリエメイアと申します」
「ティリアス候爵家三女のサーリエミです」
探検艦隊は遠くまで旅する。いつ本国に戻るかもまだ決まっていない。実習先としては不適切だ。それでも多数の希望者がいる、しかも実家の影響力を使ってまで参加したい人も。考えられる理由は、いち早く西の大陸の利権に食らいつくため。前向きに捉えるなら、これはみんなが私を信頼する表れ。他の人が探検を主導するなら失敗する可能性が高いと思われ、そんな積極的にはならないだろう。現役海軍が普通に志願するなら別にいいけど、実習先をそんな理由で決めるのは感心しないから私は実習生の受け入れはしないと決めた。でもお父様にまで口出しされると、私も折れるしかない。
リエメイアのタランスク家は、キルレンスク公爵家の分家。キルレンスクと言えば北部地方の1/4を支配している大貴族。カリスラントの宿敵である帝国との最前線を守る。14万人口を擁する領都ティウムはカリスラントの最大都市(広義的王都経済圏の人口47万は周囲の衛星都市に分散しているから)。サーリエミのティリアス候爵家は同じ北部の有力貴族だが、領地は東側に位置する。東側はザンミアルとも隣接するから、内海諸勢力との交流など複雑な外交環境に臨んでいる。先の戦争で北部地方は大きな被害を受けた。だから北部の復興の一助になるようにお父様はリエメイアとサーリエミの参加を認めてほしいと仰った。彼女たちが西の大陸で集めた情報をもとに、大陸間貿易が始動すると両家は優位に立つことができる。
「あなたたちは単に実習のために探検艦隊に参加するわけではないのはわかっている。でも本分を忘れてはいけない。調査に気を取られて実習が疎かになると本末転倒よ。それと、あなたたちは艦隊の行政をよく学んで、将来は参謀、ゆくゆくは指揮官になるのが約束されているが、その前に実務も経験しないといけない。参謀の業務をこなす上で、リエメイアはメカニック、サーリエミは情報管理の実習もやってもらう。政治的な役目があるからと言って甘やかすつもりはない。それでいいのね?」
「もちろんです」
「はい。アンネ様のご期待に、精一杯応えてみようと思います」
「よろしい。あなたたちの負担を考えると、艦隊行動訓練と西へ航海の間実務の訓練を終えるのが一番だね。それなら大陸に到達するとすぐに当地の調査に集中できる」
よかった。もし納得してくれないなら、お父様に怒られても二人には諦めてもらうしかない。
「では、予定通り二人の面倒はリミアに見てもらうね」
「光栄です!リミア様のもとで学ぶことができるなんて!」
「リミアさん。どうかご教授願います」
ちょっと大袈裟なリエメイアと違って、サーリエミのリミアに対する態度は普通だ。リエメイアはそれに不満があるようだ。
「ちょっと!なんでそんなに反応が薄いのですか!帝国への復讐を成し遂げた英雄ですよ!」
「英雄、って……確かにリミアさんは海軍の素敵な先輩、だと思っていますが……」
「ますが、ってなんですか!なにか言いたいことでもあるの?」
「……あの大神殿の事件がカリスラントにもたらした被害を考えると、英雄はいささか言い過ぎではないかと」
「はぁ?もう一度言ってみなさいよ!」
二人の間に激しい温度差がある。それもそうだ。帝国と争いが絶えない地域の人は今のリエメイアのように、リミアが夫を失った苦しみを強く共感するし、リミアの仇討ち成就を聞いて快哉を叫ぶ。サーリエミの出身地は内海の影響を強く受ける。レルースイ=ラミエの信者によるボイコットなど、大神殿砲撃事件で一番割りを食った。2つの地域におけるリミアの評価が全く違うのは当然。
「リエメイアさん。アンネ様の御前ですよ。いい加減にしてください」
「はっ!も、申し訳ありません!」
見かねたファルナが制止すると、熱くなったリエメイアは席に戻り、謝罪した。自分のせいで二人が喧嘩したと思っているのか、リミアは気落ちしてため息をつく。
さて、この状況どうしようか……これは単なる二人の相性の問題じゃない。二人の家、そして2つの地域の考え方が違うのが根本的原因。別にキルレンスク家とティリアス家が仲悪いわけでは無い。むしろ関係がいいほうだと思う。でもそれぞれ立場と利害があるから対立するときもある。
正直、私は今のキルレンスク公にあまりいいイメージを持っていない。まずは私の専属侍女だった、セレンローリの件。彼女はキルレンスク公と愛人の子。セレンローリは正式にキルレンスク家の一員に認められてないが、別に家で酷いことされたわけではない。私のところに奉公に出したのも彼女の将来を案じるから。一応父親としての責任を果たそうとしたのは認める。でも私に言わせれば、他の子供と同列に扱うことができないなら、最初から愛人と子を作るべきではない。生まれてからずっと兄弟たちより下の身分のセレンローリの気持ちを考えたことがあるかと問い詰めたかった。
次に納得いかないのは、リミアの旦那さんの件。ルートウェク子爵家は北部地方の小領主。キルレンスク公爵の直接な配下ではないが、自分の手に負えない問題に直面したら、北部地方の親玉的な存在であるキルレンスク公に助けを求めるのは当然なこと。でもリミアの夫が闇討ちされた事件は非常に厄介。帝国は無法者の集団だからまともな交渉で事を収めるなんて不可能。庇護下の貴族を助けるために戦争を起こすわけにもいかない。しかしいくらデリケートな問題でも、キルレンスク公はあまりにも無為無策だった。リミアの旦那さんの葬儀を執り行い、費用を負担したのはカリスラント王家。どさくさに紛れてルートウェク家の領土を奪おとする帝国軍を撃退したのも国が派遣した第二軍団。この件は確かに難しいから表立ってキルレンスク公を批判する人はいないが、北部地方の小領主たちが彼の対応に失望したのは知ってる。
最後は、先の戦争でのキルレンスク公の行動について。序盤は帝国の猛攻によって北部地方が危機的状況だった。北部の領主たちの領軍が集結してキルレンスク公の指揮下に入り、第一軍団はその応援に向かい、合流するためにキルレンスク公に一旦後退するように通達したが、彼は「自分たちの領地を守るため退く訳にはいかない」と返事した。その3日後、ケルムー村で北部領主連合軍と帝国軍の戦いが始まった。質と量どちらも帝国軍が有利、北部領主連合軍は大敗したが、必死の抵抗で帝国軍にも大きな損害を与えた。キルレンスク公本人も奮戦して負傷した。それを英雄的な行動だと讃える人が多いが、私はそう思わない。彼はやはり後退すべきだった。どうしても後退したくないならせめて領都ティウムで籠城すればよかった。あそこで無理に戦って帝国軍の足止めをしても、長い目で見ると損する。もし彼が戦力を温存して援軍と合流したら、後の局面があそこまで悪化することもないだろう。現行のカリスラント封建法では、領軍を指揮する領主に「要請」はできても、「命令」はできない。だからキルレンスク公の行動は命令違反にはならない。国が保有する常備軍団の戦力が増大した今、この古い体制にメスを入れるときが来たと思う。
こんな感じで色々思うところはあるけど、あくまでキルレンスク公本人に対して。分家の娘であるリエメイアは関係ない……頭ではわかってるが、リエメイアの性格はあのキルレンスク公にすごく似てる。名誉を重んじ、情に厚い、後先を考えず刹那的な生き方。尊敬する人が侮辱されたときの反応もそっくり。逆にサーリエミはちょっと考え方がシニカルで、損得勘定だけで物事を見る傾向もよくない。大きな欠点ではないし、二人ともまだ勉強中の身だから、そんなに深刻に考えなくても良いが……同じ部署にいるとなると話は別。
「あなたたちの考え方が違うのは仕方がないこと。でも集団行動する以上、問題を起こすようなことはしないように。それに、他人の意見を聞き入れる器量がなければ優秀な指揮官になれないよ」
「はい。ちゃんと反省して、精進します」
「アンネ様に懸念させるような真似はしないと誓います」
これで無事収まったか、と思うところで……リエメイアが退室する前にサーリエミを睨みつけるのを見た。
はぁ……本当にこんな二人を一緒にさせないといけないの?
――カリスラント王立海軍士官学校、校長室――
用事が終わったし、このまま帰るつもりだったけど、ファルナは忘れ物したみたい。まだ決まっていない後任者のために、私たちは先週校長室を片付けて、私物を屋敷に持ち帰った。回収し忘れた物か、それともあのとき落としたのか。どちらにしても、ファルナらしくないね……と、私はちょっと違和感を覚えつつも一緒に取りに行く。
しかし校長室に入ると、ファルナは鍵をしめて、いきなり背後から私を机の上に押さえつける。
「なっ!どっ、どうしたの?忘れ物したじゃなかったの?」
「そうですね。まだこの場所でアンネ様としたことがないのを思い出しました。忘れ物と言うより、心残りと言った方が正しいかもしれませんね」
「ちょ、ちょっと……ダメ、ここでは……やめて……」
耳元で囁きながら、ファルナは器用に片手だけで私の両手を封じる。腕は後ろに掴まれ、もう身動きが取れない。痛くないけどちょっと苦しい……はっきりとわかる。自分の体が熱を帯び、ファルナのさらなる行動を期待している。でも、やっぱりダメだ。この場所だけは……
「……草原に生まれ、海原に憧れし魂……」
「っ!」
私が小声で唱えたのは、海軍士官学校の校歌の冒頭。ファルナは一瞬震えて、動きが止まった。私とファルナのプレイの最中、私はよく反射的に「いや」、「ダメ」、「やめて」など拒絶の言葉を発する。本当はもっとしてほしいにもかかわらず。だから私たちは、本当に嫌、今すぐやめてほしいと思うときだけ使うセーフワードを決めた。セーフワードを聞いたら、どんな状況でも直ちにプレイを中断しなければならない。
「申し訳ありません。わたくし、調子に乗りました」
「ううん、いいよ……私こそ、ごめんね。付き合ってあげられなくて」
「わたくしが悪いのでどうか謝らないでください」
ファルナが私を解放して、着衣の乱れを直すのを手伝ってくれる。顔に出さないようにしてるけど、相当落ち込んでるみたい。私たちが付き合ってからこの2年間、私がセーフワードを使った回数は片手で数える。私に拒絶されることが滅多にないからショックなんだろうね。
「この場所なら、アンネ様の罪悪感が刺激されてより興奮すると思いましたが……間違いだったのかしら」
「間違ってないよ。でも……大事な場所だからこそ、なんと言ったらいいか……踏み入られたくない気持ちの方が強くて……思い出が詰まるこの場所を守らなきゃならない、と思った」
「そういうこと、なんですね。今後気をつけます」
しかし、ファルナには悪いことをしたね。ファルナが私を悦ばせようと工夫してくれたのに、場所が悪いって文句を言ってやめさせた。でもこれ以上謝ってもファルナを困らせるだけ。だから私は謝罪の意を込めてファルナの頬にそっと口づけをした。




