2-2 士官学校での顔合わせ 1
「次は、今ここにいるみんなの紹介をお願いするね」
「はい」
まずはリミアの右側に座ってる、第五艦隊の参謀の二人。二人とも6期生の成績優秀者だ。短い黒髪で顎が長い、内海の人種の特徴が出てるのはタスリカ。金色の瞳に赤いボサボサの長い髪の娘はホーミルマ。リミアを含め、参謀経歴がある人はメガネ率が高い。こうして見るとメガネっ娘が三人並んでいるね。
6期生といえば、卒業したのは戦争勃発より2ヶ月前。着任早々本物の戦闘に行かなければならない。これまでの卒業生たちの中で一番精神的負荷が厳しかった。大艦隊同士が戦うロミレアル湾の戦いでは、壊滅的打撃を受けたザンミアル側の死傷者は少なくとも10000以上。私たちは遠くから敵艦が沈むのを見てただけだとしても、あの赤く燃える阿鼻叫喚の海の光景はきつかった。私でも平気じゃなかった。しばらくの間寝るたびに悪夢を見るようになった。だから私は6期生の精神状態に特に気を配った。でもこの二人どちらも私が手配したカウンセラーの世話になったことがない。強い娘たちだね。
「そう硬くならなくてもいいよ。参謀に求めるのは忌憚なき意見。私に遠慮することがない」
「は、はい」
なんだが私に向けて彼女たちを紹介するより、彼女たちに私のやり方を慣れてもらう方が主な目的になってるみたい。
タスリカの父はザンミアル人の船乗りだった。貿易船団の一員として彼はサーリッシュナルに度々訪れて、この町が気に入った。それでお金を貯めたら彼はカリスラント人の商家の娘と結婚して、サーリッシュナルで小さな貿易商会を立ち上げた。そんな背景だから、先の戦争でタスリカと家族たちはスパイになる可能性ありと見なされ、ザンミアルが降伏するまで監視対象のリストに載せられた。タスリカの父親私も会ったことがある。確か……民間人に向ける魔導スクリュー推進の商用船の説明会と、魔力レーダーの導入によるカリスラント海軍のパトロール体制強化についての協力願い。あのおっさんは新しい技術に興味津々で、あれこれ質問した。機密漏洩のリスクがあると周りから口すっぱく言われたけど、私はなんの心配もなかった。私の見立てではあれはもう完全にカリスラント人だからね。というか、本気でタスリカ一家がスパイだと思う人なんていないだろう。監視したのは念のため。
「そういえば、あの後の戦史研究会はどうなったの?」
「はい。アンネ様の助言のお蔭で、研究会は以前よりも活発的になりました」
タスリカの特筆すべき点は、在学中海軍戦史研究会を発足したところかな。多分父親の故国に一種の憧れを抱いているからだろう。なぜなら私の新時代海軍が登場するまで、海軍の歴史はザンミアルの輝かしい軌跡とも言える。海軍戦史研究会はかなり本格的で、私にとってもためになる資料をたくさん集めた。でもロミレアル湾の戦いを境に、研究会のメンバーたちの意欲が突然なくなった。最強と言われていたザンミアルのジーカスト艦隊があんな風に一方的にやられるのを見て、戦史の研究が本当に役に立つかと懐疑的になった。まぁ、技術が急激に発展するときよく起きることね。悩めるタスリカの相談を受けて、私は自分の考えを説いた。技術の発展によって古いものが力を失うのは仕方ない。でも戦術条件は常に変化している。一つ前の時代でもう使い道がなくなったものでも、改良を施せば今の環境で真価を発揮することがある。現に私が開発した燃焼弾は地球の歴史から着想を得た。それもかなり古い兵器のギリシア火から。だから戦史の研究は決して無駄ではない。
「ホーミルマ。既に話は聞いていると思うが、リミアが船を降りたら次の参謀長になってもらいたい」
ホーミルマは王都の法服貴族(領地がない貴族)の娘。法服貴族が特権を維持するには、役人もしくは軍人として国に貢献する必要がある。それでホーミルマは海軍に入った。彼女は、実に不思議な娘だ。見た目が派手な割に影が薄い。私の記憶の中では、いつもボッチで講堂の隅で本を読んでた。6期生に成績が突出した者がいない。実力が拮抗してる有力候補が5人もいるから首席争いがかなり白熱した。しかもただの首席争いのはずなのにいつの間にかサンダリエル候爵家、ルームシズ伯爵家と法服貴族のレイメーア家が誇りをかける戦いになった。今ここにいる二人もあのとき首席になってもおかしくない成績優秀者だ。しかしタスリカは何度も令息たちの争いに巻き込まれそうになったのに、ホーミルマは最後まで蚊帳の外。眼中にないではなく、存在そのものが忘れられたような感じ。本当不思議な娘だ。
「あの、本当に私でいいのですか?タスリカさんの方が適任だと思いますが……」
「リミアがそう判断したのよ。タスリカもあなたの方がいいと。ん……二人ともそう言うなら今すぐに決める必要もないか。こうしよう。リミアが退任するまでの二人の働きを見てどちらを選ぶかを決める。それまではリミアの下でよく学ぶように」
ラズエム=セグネールに乗る参謀にもう一人第三艦隊にいた娘がいる。副司令が乗る二番艦にも男性の参謀二人がいる。あと実習生の二人も参謀の仕事をする予定。今回の艦隊の規模に対して、参謀の人数はやや多め。途中でリミアが海外領地の要職につくと1人減るし、海外領地の運営も参謀たちの力を借りる予定だから。
「こっちは、リアシーア=サディアン(第五艦隊旗艦、リミアの乗艦だった)の気球班だね」
気球班は三人一組。双眼鏡を構え、座標的空間把握能力に長けて、そして最短の時間内に情報の取捨選択をして正確に報告する観測員。高度制御のため、空にいる間は休みなく火魔法で空気の温度を操作、高い魔力量と技量が必要とする操縦員。最後はブリッジとのコンタクトを維持しながら全員の安全に気を配る、遠話と風操作二種の風魔法を器用に操れる補助員。それぞれ高度な訓練が必要、そして良好なチームワークが求められる。育成がとても大変だから陸軍が気球を導入するのに二の足を踏むのもわかる。
今回のメンバー集めは、希少人材の気球班が一番難しいと思われた。探検艦隊だから、国を離れたくない人を無理に連れ出す訳にはいかない。でも意外と海外まで付き合ってくれる気球班はあっさりと見つけた。ルクサーム=セグアンリペールの第一気球班、ずっと私のもとでやってたミレスファルの班と、今ここにいるゼオリムの班。これでラズエム=セグネールの空中観測体制は盤石ね。
ゼオリム班の三人は7期生。7期生たちのこと、私はあまり詳しくない。彼らの一番大事な三年目のとき戦争が起きて、私は軍務に集中しなければならなかった。でもゼオリムとは彼女が入学する前からの付き合い。5年前、ダルネリトン=ルー神殿が運営する孤児院で、大神官がゼオリムを私に推薦した。才能ある子供だから私が学費を負担して彼女を士官学校に行かせてみてはどうかなと提案した。あのときからゼオリムが変な娘だと思った。ぼうっとした見た目に反して反応能力が高い。話が飛躍的だが、後で振り返ってみるとちゃんと理にかなう会話だった。ホーミルマとは別の意味で不思議な娘だ。
「ゼオリムは、とにかく集中力がすごいです。戦闘中で注目すべき事項を拾って正確に報告する能力なら、ミレスファルさん以上かもしれません」
「ふふーん!何を隠そう、スレッザの帝国軍が大神殿に潜伏したことを察知したのが、このわたしなんです!」
「バ、バカ!それ言っちゃいけないって、あれほど……!」
さっきと同じ、隣のカセシアル家の令嬢が慌てて止めに入る。どうやらこの娘はゼオリムに振り回される新しい被害者なのね。大変だろうけど頑張って。
「えっ?でも、アンネさまになら大丈夫ってば」
「あんたはいつボロを出すかわかんないからよ!気を引き締める的な意味で、誰にも絶対に言わないと決めたでしょう!」
なるほど。それでリミアがゼオリムたちをどうしても探検艦隊に参加させたいわけね。リミアの軍法会議ではほぼ全部の証言は匿名で行われた。姿を表して証言したのは私だけ。私の証言は「海軍の規則に従って、この状況でのリミアの行動は正当」という、事件そのものに直接関係するようなものじゃない。それに王女だし、神殿が手を出しにくい。でも他の人は証言次第でレルースイ=ラミエ神殿の標的にされるかもしれない。その中でも特に危ないのは今の「帝国の兵士が大神殿に身を隠したのをこの目で見た」という決定的証言。神殿から見ればリミアは惨劇の下手人。そして惨劇の原因を作ったのは、狂言で上官を誑かしたゼオリム。もし神殿がそれを知ったら、見逃すとは思えない。
「でもゼオリムはちょっと落ち着きが足りないのが欠点です。物事の動きに気づくのが得意なんですが、静止している物を観察するのが苦手のようです。地形の調査と地図の作成も一応問題なくこなせますが、通常より時間がかかるでしょう」
「あ、あぅ……」
「そうか。ミレスファルと正反対なのね」
カリスラント海軍の代表的空中観測員、空が大好き少女ことミレスファルはどちらかと言うと動いてない物を観察するほうが上手。戦闘中の急激な変化に反応がちょっと遅れるときがある。状況に応じて二人を使い分けるのも可能かもしれない。例えば翌日に戦闘が発生するのが確実なら、気球班のシフトを変更させてゼオリムを温存……まぁ、ミレスファルも戦闘中の観測は十分やれるし、そこまでしなくてもいいかな。
残り二名の自己紹介と勤務についての評価が終わったら、リミアは明日の準備があると言って、他のみんなを先に帰らせた。私たちはこれから実習生と会うのでまだ会議室にいるが、リミアの行動がちょっと不自然なような気がする。
「リミア、わざわざみんなを退席させたのは、彼女たちの前で言いづらいことでもあるのか?」
「はい。デリケートな問題なので、内密に相談したいと思います」
リミアに言われて、もう一度気球班のプロフィールをよく見る。ゼオリムを何度も注意したあのカセシアル家の令嬢は、操縦員のフィレリッタ。ツリ目でとても長い黄金色の髪を三つ編みにしてる、いかにも強気な娘の見た目だね。自己紹介以外何も喋らなかった、結んだ髪が左に垂れる無口な娘、補助員のスジェアラはカセシアル家の分家に当たるカザーレ家の令嬢。ということは二人は遠い親戚にして幼馴染。士官学校時代からこの3人で班を組んでた。戦争が一時中断の冬の間卒業して新編成の第五艦隊旗艦リアシーア=サディアンに配属。3人とも能力が高く勤務態度に問題なし、周りから高く評価されている。
「フィレリッタさんのことですが、カセシアル家の当主が決めた結婚相手が嫌だから海軍に入りました。実家とは絶縁までは行かないが、関係があまりよくありません」
カセシアル家と言えば、法服貴族の中で特に有力な名家。ずっと前から領地を得ようと躍起になっているとの噂だ。実際は普通の小領主と比べ物にならないくらい強い影響力を持ってるのに、それでも一国一城の主になるのが宿願かな。カセシアル家の女性は領地を獲得するための駒みたいな扱いという噂も聞いたことがある。
「もしかして、カセシアル家はフィレリッタが海外探検に参加するのを反対してる?」
「いいえ、そうではありません。聞いた話によると、『家格を損なうようなことをしなければ後はもう勝手にしろ』と通告されたみたいです」
「じゃ、どういう問題なの?」
「ゼオリムの班、仕事面ではなんの心配もありません。しかしプライベートでは……私もまだ確証が持てないんですが、色恋沙汰で問題が発生するかもしれません」
「へっ?」
予想外の言葉を聞いて、私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「フィレリッタさんはゼオリムのことを特に気にかけています。少し過剰なくらいに」
「あ、ああ……確かに、そう見えなくもないね」
「そしてスジェアラさんは、何を考えているか表に出すような人ではありませんが……噂では幼馴染のフィレリッタさんを追いかけて海軍に来たらしいです」
「三角関係か……」
気球班は三人一組で狭い空間にずっと一緒にいる。チームワークは何よりも大事。空に浮かぶ小さなカゴの中に修羅場発生とか、悪夢のような光景だ。
「それだけではありません。もし彼女たちの問題が多くの人に知られたら、カセシアル家がどう判断するのかが心配です」
私とファルナの関係が公になってから、海軍の女性同士のカップルが一気に増えた。いや、以前から付き合ってたが勇気を出して隠すのをやめた、と言ったほうが正しいかな。貴族令嬢の場合、それに対してそれぞれの家の対応が異なる。結婚するまでの火遊びなら許す家もあれば、断固として許さない家もある。どう考えても、あのカセシアル家は許さない方だね……孤児院出身のゼオリムの立場が弱いのも心配だ。事態の解決にカセシアル家が妙な気を起こすかもしれない。
「今の段階では、まだみんなの考え過ぎの可能性もあります。しかし私は、女性同士の恋愛の機微に疎いです。これ以上何ができるかわかりません。この件をうまく解決するには、アンネ様とファルナ様の力が不可欠だと考えております」
「そ、そう言われても……」
リミアはきっと、私たちが同性愛者の先達だと思ってそう言ったんだろう。でも私だって、恋愛に疎いのよ!私が今こんなにも心が満たされるのは、ファルナにいっぱい愛されているから。別に私が能動的に恋をしたわけじゃない。恋の自覚、悩み、駆け引きなど、過程を全部飛ばしていきなりゴールしたような感じ。そもそもファルナがいなければ、私なんてつまらない仕事人間でしかない。こんな私にどうしろと……
「大丈夫です。この件はわたくしにお任せください」
さすが私に4年間ずっと片思いと自慢したファルナ。ファルナ以上に適任な人選はいないだろう。




