2-1 復讐の業火に飲み込まれかけた者
――再誕の暦867年4月15日、港町サーリッシュナル、カリスラント王立海軍士官学校、会議室――
あのダルシネ=ルーデア認定式の後、私たちは久しぶりの休日を満喫した。一昨日は屋敷でまったりして英気を養い。昨日は忙しすぎて後回しにした私たちの付き合い始め2周年記念日の祝いとして、サーリッシュナルの町でデート。私たちがお忍びで町を歩くならデートだとサーリッシュナルの住民たちはもう知ってるから、邪魔をするような無粋なやつはいない。本当居心地のいい町だね。探検に出たら、こんな風に二人っきりで過ごす時間はなかなかないだろうから、今のうちに楽しまないと。
そして今、探検艦隊全員集合の艦隊行動訓練が始まる前日、私たちは海軍士官学校に来た。これから顔合わせをするメンバーには、士官学校在籍の実習生もいるから、ここを集合地点に選んだ。
「……アンネ様。本当に申し訳ありませんでした」
会議室に入る途端、リミアが席を立って頭を下げる。軍法会議のときは遠くで会釈しただけだし、こうして直に会うのは久しぶり。思ったより元気そうで良かった。
「謝る必要はないよ。リミアの行動は間違ってない」
大きな外交問題を引き起こしたが、仲間たちの命を守るためだから、リミアの選択は誰も責められないと思う。
「確かに私の行いは正しかったかもしれません。でも私はアンネ様との約束を破りました。あの時、私の心は完全に怒りに支配されました」
「本当真面目なんだね……あれは別に約束ではなく、ただリミアに注意してほしいから言っただけよ」
先の戦争の終盤、アファンストリュ帝国本土に侵攻するカリスラント陸軍のサポートに、リミアの第五艦隊を送り出したとき、私はとても心配だった。リミアがずっと帝国を憎んでいるのを知ってるから。トリミンス台地の戦いで、リミアの最愛の夫を騙し討ちした張本人であるダミアスティ辺境伯が戦死、リミアは仇討ちを果たした。でもリミアの目を見ればわかる。それで帝国への憎悪が消えたわけじゃない。だから本国に戻る前に、私はリミアに「決して怒りに飲み込まれてはならない」と言いつけた。
「話が進まないからとりあえず座ってね」
この場には私たちとリミアの他に、5人の少女がいる。彼女たちはラズエム=セグネールの乗員である同時に、リミアが第五艦隊司令を務めた頃の部下。実習生の2人は授業中だからまだ来てない。今のカリスラント海軍はみんな私の教え子だと言えるけど、私がよく知っているのは5期生まで。それ以降は専任の講師が増えて私の担当授業が大幅に減ったから。この5名のことも私は全く知らないわけでもないが、同じ艦で彼女たちの働きぶりを間近で見たことがない。だから艦隊行動訓練の前に一度リミアから話を聞くことになった。
「まずは……リミア。探検艦隊の参謀長を引き受けてくれて、改めて感謝する」
「いいえ。私のような者にまたチャンスを与えてくれるなんて、望外の喜びです」
「言っておくけど、これは別にリミアのことを憐れんでからの人事ではない。リミアの能力は私が一番よく知っている。不幸な事故があったとはいえ、そのまま腐らせるのがもったいない」
私が直接教えた生徒の中に、一番優秀のはファルナ。それは誰もが認めること。二番目は誰なのかは議論の余地がある。私ならリミアの名を指す。リミアは3期生の首席で士官学校を卒業したが、当時は彼女に首席の資格があるかどうかで揉めた。なにせリミアは同級生たちの平均より8歳年上。不公平だから首席の栄誉は他の者に与えるべきではないかとの声があった。でも私はその意見を聞き入れなかった。私から見ると、リミアの年齢は強みではなく逆にハンデだから。人間の学習能力は10代がピークで、リミアはその不利を覆し見事首席の座を勝ち取ったと思う。
リミアは普通の下級貴族の女性だった。ダルクレム子爵家に生まれて、ルートウェク子爵家に嫁いだ。北部地方の小領主同士の結びつきを強める政略結婚であったが、二人は幼馴染でとても仲が良かった。とても幸せな結婚だった。しかし結婚3年目、リミアのお腹に子供がようやくできた頃、事件が起きた。リミアの夫、ルートウェク子爵家次期当主は帝国のダミアスティ辺境伯の呼び出しに応じた。エスカレートした国境紛争を解決するために話し合おう、という話だったが、会場に着いたら帝国側がいきなり闇討ちを仕掛けた。次期当主が殺されたルートウェク子爵家は当然抗議したが、ダミアスティ辺境伯は白を切った。一行は会場に来なかった、きっと道中で盗賊にやられたであろうと。生き延びたルートウェク家の従者がはっきりと証言したにもかかわらず、あくまでそれを認めない。正直、リミアの旦那さんは迂闊だったと思う。あの帝国相手にのこのこと出向くなんて。しかし悪いのは当然、あんな汚い真似を平然とする帝国だ。案外、「盗賊にやられた」というのは、真実とも言えるかもしれない。
凶報を聞いたリミアはショックで寝込んで、流産した。更に状況を悪化させたのは、ルートウェク子爵家はリミアを実家に送り返した。リミアはまだ若い、子供がいないなら再婚したほうが幸せ、というルートウェク家なりの気遣いだが、あのとき事件の当事者たちはみんな心に余裕がなかった。ルートウェク家からの説明が足りないし、リミアは自分が追い出されたと誤解した。こうしてリミアは夫も、子供も、居場所も、すべてを失った。
「それで、墓参りのときルートウェク子爵家との誤解が解けたのね」
「はい。私が、シウリムさんの仇を討ったことに、すごく感謝してくれました……もっと早く話してみたらよかった。アンネ様のご尽力がなければ、今でも私は彼らを恨んでいるかもしれません……」
涙が枯れる頃に、リミアは気づいた。自分にはもう復讐しか残されていない。彼女は決意を固め、火と復讐を司る大いなる神サントル=デミッツに改宗した。現在の海軍の首脳陣の中、海神ダルネリトン=ルー以外の神を信仰するのは彼女とファルナだけ。彼女が海軍士官学校に入るのも当然、復讐に必要な力を手に入れるため。現状では、一人の女性が戦うすべを学ぶにはこれしか方法がないから(カリスラント陸軍が女性を採用するのは回復魔法を扱う救護隊のみ)。最終的に首席となったリミアだが、入学当初は成績が芳しくなかった。しかし同級生たちと違い、リミアにはもうほかに何もなかった。一年半の間(現在の海軍士官学校は三年制だが、初期人員を迅速に確保するために、4期生まではカリキュラムを一年半に圧縮)まさに死に物狂いで勉強した。それで目を悪くしてメガネをかけるようになった。
卒業後のリミアは情報管理士官から参謀に順調に昇進、そして私の副官になったファルナの代わりに、カリスラント総旗艦ルクサーム=セグアンリペールの二代目艦長に抜擢された。ロミレアル湾での活躍が評価され、新造艦だけで編成される最新鋭の第五艦隊を任され、初の女性艦隊司令になった。カリスラント海軍には一つ大きな特徴がある。それは全体的に年齢が非常に低い。先の戦争が始まった時点で大半は10代、一部が20代前半。だから20代後半のリミアの存在は非常に大きい。年長者のリミアが落ち着いて指揮していれば、それだけでみんなの動揺を抑えるころができる。
そんなリミアが一気に有名人になったのは、去年7月のトリミンス台地の戦い。帝国軍の右翼の指揮官はリミアの旦那さんの仇、あのダミアスティ辺境伯なのは事前情報で知っていた。なので右翼への砲撃を第五艦隊の担当にした。勝利の後、戦場の検分でダミアスティ辺境伯の遺体が発見された。状況を鑑みておそらくティアバン騎兵の突撃で戦死したが、遺体には艦隊の砲撃による火傷痕もあった。こんな大規模な戦闘で実際誰が特定の相手を討ち取ったかを判定するのが難しいから、慣習的に一太刀を浴びせたなら仇討ち成就だと認められる。リミアが亡き夫の仇を討った話が大きな反響を呼んだ。皮肉なことに、カリスラント以上にアファンストリュ帝国でのリミアの人気が高いらしい。帝国の独特な価値観では、やられたら必ずやり返さなきゃならない、復讐が最も尊い美徳の一つとされている。元はか弱い貴族女性なのに、戰場で正々堂々と仇討ちを果たす。「敵ながらあっぱれ」と、リミアは帝国で英雄視されるようになった。
「もう一度確認するが、あなたは今回の任務の特殊性についてわかっているのね?」
「はい。私が参謀長を務めるのは西の大陸まで。艦隊がカリスラントに戻る時、私は船を降ります」
「本当にいいのね?もう二度とこっちに戻れないかもしれないよ」
「家族との別れは済ませました。ルートウェク家との確執もアンネ様の計らいにより誤解だとわかりました。もう心残りがありません」
あのレルースイ=ラミエ大神殿砲撃事件の後、無駄に有名になったせいで、リミアは必要以上にバッシングを受けた。カリスラントは自国の軍人が起こした問題を公正に裁定できることを示し、そして神殿の怒りを鎮めるため、リミアは軍法会議にかけられた。同時に第五艦隊司令の任を解かれ、自宅謹慎を命じられた。しかしその対応は国内で大きな反発を招いた。味方を守るためのリミアの行動は正義だと見なされるから。軍人たちの、特に直接の関係者である陸軍第二軍団の反発が激しかった。私もリミアのために手を打とうとしたが、お父様に「早まるな」と止められた。実はリミアの判決は最初から無罪だと決まっている。そうしないとデモが起きるから。それも普通のデモじゃない、現役軍人によるデモ。ただ神殿への配慮として、ちゃんと審判をしたように見せる必要がある。そのためだけに行われたリミアの軍法会議はある意味茶番とも言える。
リミアは晴れて無罪になったが、それで無事解決というわけにはいかない。帝国は元々敵だから問題ないとして、知識と伝承の守護神として大きな勢力を有するレルースイ=ラミエ神殿は厄介だ。そのうちリミアに懸賞金がかけられ、一部過激な狂信者から狙われるだろう。レルースイ=ラミエの信者が多いし、カリスラントにもそれなりにいる。国が表立ってリミアを守ってもきりがない。やはり渡航手段が限られる西の大陸で匿うのが一番。大陸間長距離航海を独占してるうち、神殿の手先がカリスラント海軍の目をかいくぐって西にたどり着くなんて不可能だ。
「えっ?どういうことなんですか?聞いてないよ!それじゃまるで、リミアさまが国外追放されるみたいじゃないですか!」
「ちょっ!バカ!アンネ様の話を邪魔するなんて。不敬罪に問われるよ!」
さっきまで話をちゃんと聞いているように見えない、ぼうっとしてたポニテの娘、ゼオリムが急に話に割り込むと、隣のカセシアル家の令嬢が慌てて止めに入る。
「いいの。ゼオリムが昔からそんな感じなのは知ってるから気にしないよ。そうか。気球班にまだ事情説明してないみたいね」
「はい。参謀の2人は私の後を継ぐ予定だから話していましたが、気球班の方はまだです」
「じゃ私から言うね。今後リミアが国内にいると危険だ。探検艦隊の航海中は安全だが、私たちと一緒に帰るとき絶対狙われる。レルースイ=ラミエ神殿の力が及ばない海外に身を置くしかない」
「でもそれじゃ、神殿のせいでリミアさまが我慢を強いられるみたいじゃないですか……」
「そうね。その埋め合わせとして、海外にいるリミアをできる限り優遇するしかないわ。向こうで探検艦隊がどのような形で活動するかはまだわからないから、今は確かなことを言えないが、リミアには必ず相応な地位と権限を与える」
理屈だけで考えると、海外領地を運営するにはリミアのようなわけがあって本国に帰れない人間は非常に都合がいい。今回はリミアの他にもう一人確保した。私が責任をもって彼らが異国で幸せな日々を過ごせるような環境を作り出さなければならない。故郷へ帰れない彼らを労うにはもう他に方法がない。
ヨーロッパのユニバーサリスなゲーム的な表現にすると、多分こんな感じかな
「レルースイ=ラミエ大神殿砲撃事件についてどう対処すべきでしょうか」
(1)何もしない:レルースイ=ラミエ神殿との関係-50。神殿が『外交侮辱』の開戦事由を得る。北東のプロヴィンスに狂信者の反乱発生
(2)軍法会議を:安定度-1。一年間陸軍士気-10%、海軍士気-10%




