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海軍王女アンネの異世界探検航海  作者: 海の向こうからのエレジー
チャプター1~これまでの出来事と、旅の準備
17/159

1-EX2 ロミレアル湾の戦い

 タミヤージェルの戦いでザンミアル=フォミン連合王国のジーカスト艦隊が内海連盟艦隊を破ってから34年、海軍の世界にこれまでにない大きな変化が訪れた。その全てがカリスラント王女アンネリーベルの発明によるものだから、ロミレアル湾の戦いは非常にわかりやすい対比となる。片方はタミヤージェルの戦いの時からほぼ何も変わっていないザンミアル艦隊、もう一方はカリスラントの新時代海軍。戦いの結果も非常に鮮烈なものになった。ここまで一方的な戦いは極めて珍しい。


 数学、錬金術、行政、経済……アンネリーベルがもたらした知識は多岐に渡るが、ここでは海軍を変える重大な発明だけを紹介する。まずは魔導スクリュー推進。魔導エンジンで動く回転翼が水中で回転することで推進力を得る機関。常に帆船以上のスピードを出せる。これによってカリスラント艦隊は風に影響されない機動力を手に入れた。


 次は魔力レーダーと気球。この2つの発明は情報収集の革命を起こした。魔力レーダーは魔力干渉の現象を利用して、指向性の魔力波で広範囲を探査する技術。まだ発展途上の技術だから制限が多いが、識別対象を人間の集団に絞ることで部隊や船の位置を探知できる。気球は加熱した空気が軽くなる特性を利用して、火魔法で空に上がる技術。マストを廃止したから、見張り台の代わりに導入したとも言える。見張り台より高いから見える範囲が大きく広がる。魔力レーダーと比べると観測範囲は狭いが、やはり目視でしか得られない情報がたくさんある。主にレーダーの足りない部分を補足するために使う。特に重要な使い道は敵味方の判別、戦況の推移の監視、砲撃の着弾点の確認、それと地形の調査や地図の作成。


 最初はあまり注目されていないが、魔石ライトパネルによる次世代情報管理体系は海軍の効率向上に大きく貢献した。古い時代から遠話の魔法を使って艦隊内で通信してきたが、交戦状態に入り伝えるべき情報と指示が多くなるとすぐに通信キャパシティを超えて指揮系統が麻痺する。それを解消するために手旗信号が発明され、魔法を使わず船の間の意思疎通ができるようになったが、有効距離が短いし、夜間や可視性が低い気象状況の中では無力。魔石ライトパネルとは、対となる魔石の片方に魔力を流すともう一方も光る特性を利用する通信システム。パネルの上に違う色と形の魔石を並べ、定められたパターンで魔石を光らせるだけで、僚艦は旗艦に針路や船速など現在の状況を報告、旗艦は僚艦に簡単な指示を出せる。手旗より遥か遠く届くし、夜でも悪天候でも使える。パネルの上にある「通話を要請」の魔石が光る時のみ遠話の魔法を使う、そうでない時は通話禁止。これまでは遠話の魔法が便利すぎるから濫用されて反って非効率になった。このように通話を最小限に制限することでより効率的な艦隊行動ができるようになった。ロミレアル湾でカリスラントがあんなにも鮮やかな動きでザンミアル艦隊を完全殲滅できたのも、魔力レーダーで敵の位置を把握しながら魔石ライトパネルで味方を最適な場所に配置したから。


 カリスラント海軍のために開発された新武装は魔導砲。金属管の中で火魔法を使って、爆発のエネルギーで弾丸を高速で発射する兵器。この時代の魔導砲はまだ原始的なもので、砲弾は一種類だけ。この対船用燃焼弾はまさにこの時点の技術で作れる最適な物でもある。発射の衝撃で内部に仕掛けた魔力線が切れて、燃え尽きると炸裂。魔力線の長さで炸裂する時間を制御、短距離から長距離までカバーできるように設計されている。射角を正確に計算すれば、砲弾は敵船の上空で炸裂して、火の玉と錬金燃料をばらまく。こうして攻撃範囲を広めることで、揺れによって海上からの精密射撃が困難という問題点を克服。この時代のものとは思えない長距離打撃が可能になる。しかしその分欠点もある。運動エネルギーによる威力は皆無に近い、完全に目標を燃やすことに特化。木造の船にはそれでいいが、石や金属の目標を攻撃するには不向き。それに着弾面積が広いから命中しない破片が多い。一回の攻撃だけで敵船を沈めることは極めて珍しい。それを二回、三回の波状攻撃でカバーする。敵船が消火活動する最中また攻撃を受けたら、今度は甲板に出た船員が直接被害に遭う。それで大体の場合は消火できずそのまま沈む。


 つまるところ、カリスラントの新時代海軍は半径60km範囲内の艦船の位置を把握できて、その情報を即時に艦隊全体で共有して、風向と関係なく動き回り、10km先の敵に有効打撃できる。同時代の他国の船と比べるとまさに化け物のような存在。これまでの多数の攻撃魔法士と海兵を船に乗せる、数と衝撃力を頼りにする戦術と違って、機動と火力を重視する戦術に転換した。


 そんな化け物と戦うジーカスト艦隊の戦い方は30年前からまるで変わっていない。汎用バリアの実用化によって弓矢やバリスタなどの投射兵器が廃れ、攻撃魔法が主要な攻撃手段になった。船の横を敵に向けて魔法の火力を最大化する単縦陣が一番効率的。双方の艦隊がそれぞれ一列に並べ、攻撃魔法の撃ち合いをする、とても行儀が良い戦い方。魔法の威力は距離が遠ければ遠いほど減衰するから、最初は抗魔力バリアを破ることができない。だんだん距離を詰めて、魔法士の腕が良ければバリアを貫けるようになる。それでも決着がつかないなら最終手段は接舷して白兵戦。これが8世紀中盤からの一般的海戦のやり方。


 この基本戦術から独自の改良を施したから、ザンミアルが100年間海上の優位性を維持できたのは僥倖ではない。ジーカスト系列艦に魔力徴収による「状態保持」のシステムがある。揺れを抑えることで魔法士が集中しやすくなり魔法の威力向上につながる。ザンミアルの艦隊の規模が大きすぎて単縦陣で戦うのはあまり効率がよくないから、それぞれのジーカスト艦隊司令に一つの縦隊を指揮させる。複数の縦列で敵を挟み、両側から同時に魔法を撃ち込み飽和攻撃でバリアを壊すことができる。内海諸国のように旗艦が先頭に立つではなく、隊列の中央から盤面を見渡す。反転して最後尾の船が先頭になることも、90度旋回して敵船に突っ込みいきなり白兵戦に持ち込むような芸当もできる。ティレムズ共和国の名将スタイダーンを自害に追い込んだ824年の壮絶なクルリェジアの戦いで、ザンミアルはまさにこの戦術で連盟艦隊の意表をついた。経験豊富のザンミアルの船乗りだから他国の海軍にできない繊細な操作ができる。状況に応じて多彩な戦術を使い分ける。ザンミアルの重鎮がジーカスト艦隊に絶大な信頼を置くのも頷ける。しかし残念ながら今回の相手、カリスラント新時代海軍は今までの敵と一線を画すから、従来の戦い方はもう通用しない。


 予想外の宣戦布告をされたカリスラントはもちろん、連合王国も十分な準備がなかった。多くの船員が必要なジーカスト艦隊は金食いだから、普段は5つある艦隊の内1部隊だけ稼働させ、残りは港の中で待機。ゼーネフォビム王太子の開戦の決断が急すぎたから、ジーカスト艦隊はまだ用意できていない。4月9日の時点、カリスラント第一艦隊15隻と第二艦隊12隻はサーリッシュナル近海で演習中、第三艦隊14隻はフェルテジの港の中で休養、第四艦隊12隻は2部隊に分けて護衛艦隊と共に西南海岸の警護をしている。連合王国側では、第一と第三ジーカスト艦隊は首都タリサミング、第四ジーカスト艦隊はトゥーリーストで、第五ジーカスト艦隊はメリースで、それぞれ船員を集めている。第二ジーカスト艦隊だけがトンミルグ周辺で哨戒中。セバントカスト軽戦艦(別名小ジーカスト)を運用しているパトロール艦隊は西南海岸貿易ルート上の各地で散り散りになっている。これが開戦時の双方の艦隊配置状況。


 開戦翌日の4月10日、カリスラント王宮で陸軍と海軍の首脳陣が集まって会議をした。対連合王国方面の戦略はトゥーリーストにフォーカスした。トゥーリーストはフォミンの一番大きな港町。西南海岸貿易の中継地点、そして連合王国海軍の重要拠点でもある。トゥーリーストの西からカリスラントの領土に入るまで他に大規模の艦隊が入れるような港がない。だからカリスラント方面へ向かう時、トゥーリーストはザンミアル艦隊の最後の補給地点となる。ザンミアル海軍を畏れる陸軍の将軍たちは、フォミン付近に駐在の第五軍団でトゥーリースト攻略を提案。トゥーリーストを占領すればザンミアル艦隊の行動は大きく制限されるし、運が良ければ港の中の艦隊も捕獲できる。しかしその提案を海軍総司令のアンネリーベル王女は一蹴。トゥーリーストまでの道のりが遠い(実質フォミンの北から南の端まで横断することになる)し、地形と気候、道路と補給の条件を考慮すると簡単に終わるような作戦にならない。対アファンストリュ帝国の北部戦線が苦しいから、陸軍の負担を増やすべきではないと言った。アンネリーベルは自分の海軍だけでザンミアル艦隊を対処できると、自信満々な様子だった。結局カリスラントの戦争計画はこうなった――第四と第五軍団はなるべく早く連合王国を降伏させ、他の軍団は対帝国戦線を維持してできる限り時間を稼ぐ。海上のことはアンネリーベル王女に一任する。


 アンネリーベルの計画は単純明快。戦力を集中させザンミアル艦隊と決戦する。それもできるだけ大規模の戦いが望ましい。連合王国の戦意をくじく、カリスラントの人々を鼓舞するような栄光の勝利を手にしたい。そのためにザンミアル艦隊の集結を待つ、そして相手を戦いに誘い出す。必要があればわざとザンミアルにとって有利な場所へ移動するのも辞さない。アンネリーベルは新時代海軍の力に絶対的自信があるからそれくらいのハンデを背負っても問題ないと考えている。奇しくも連合王国も早期決戦を方針としている。いつ裏切ってもおかしくないアファンストリュ帝国は同盟相手として最悪だから、できるなら早い段階でカリスラント艦隊を殲滅して交渉の場に引きずり出したい。ゼーネフォビム王太子が唱える「ザンミアル=フォミン=カリスラント三重連合王国の成立」に対して、ザンミアルの重鎮たちは懐疑的。カリスラントがそんな簡単に屈服するはずがないから、その計画は非現実的だと考える。彼らは海上の優位さえ取り戻せばいいと思う。思い上がりのカリスラント艦隊を無敵のジーカスト艦隊で叩けば、後はカリスラントに寛大な条件を提示するだけですぐに和平交渉ができると信じている。カリスラントにとってアファンストリュ帝国のほうが大問題だから、条件次第で連合王国に譲歩する可能性が高いのは確かだ。ザンミアル海軍が前回大きな敗北を喫したのは805年の第一次フォミン継承戦争、フォミン貴族に裏切られトゥーリーストの港の中で袋叩きにされた時。あれから既に半世紀以上経った故、ザンミアルの指導層は自分たちにも敗北する可能性があるのを忘れたみたい。


 一方、現場に近い人々の考えは違う。カリスラント海軍は専門化している。下士官たちは自分の仕事がちゃんとできても、ほとんどは自分たちの艦隊の力をまだ正確に理解していない。30年間海で覇を唱えるジーカスト艦隊相手に、多くのカリスラント海軍軍人は死を覚悟した。ザンミアル側では、中級、下級指揮官はカリスラント海軍を間近で見たことがあるし、カリスラントが常識外の効率で海賊を取り締まるのを知っているから相当警戒している。あるセバントカスト軽戦艦の艦長の手紙から彼らの考え方がわかる。「まじで信じられねぇ。本気で戦争をするつもりとは。上が何を考えているかまじでわからねぇ。我が国の艦隊は無敵だと思ってるだろうが、俺からすればカリスラントの海軍は非常に不気味な存在だ。そりゃ俺もやつらが戦うところを見たことがねぇから確かのことは言えねぇが、一つだけわかることがある。カリスラントのやつらが逃げると我々は絶対に追いつけられない。そんな相手にどうやって勝つって言うんだ」魔導スクリュー推進で動くカリスラントの船だから、風の影響を考慮に入れなくてもザンミアルの船より速い。もし風向きを意識して意図的に距離を取ろうとするなら尚更。機動力においてどうしてもカリスラント相手に完敗する。ザンミアルの海軍下士官たちは開戦前からそれを知っていた。


 双方の指導者は自信満々だが、下級指揮官たちは悲観している。非常に奇妙な状態で戦争が始まった。


 4月11日、開戦の知らせを聞いて、急いでトゥーリーストへ引き返すザンミアル商船隊を合流中のカリスラント第四艦隊が捕捉。護衛艦隊(海兵隊と防御魔法士が主な戦力の、カリスラント海軍の近距離戦用の船。密輸や海賊の嫌疑がかかる商船の取り調べなど、どうしても接近が必要な場合で使う)を前進させ拿捕。商船から魔法で反撃されたが移乗して制圧。近くにいるザンミアルパトロール艦隊が介入しようとすると、フォミン西沖合でカリスラント新時代海軍の初めての正規軍同士の戦闘が始まった。空中観測で、すでに相手はザンミアルのセバントカスト軽戦艦5隻だと判明したから、カリスラント側はすぐさま攻撃を開始。魔導砲撃を受けて炎上したパトロール艦隊は何もできず、30分もしないうちに沈んだ。敵艦発見を報告した直後パトロール艦隊が突然消息不明になることに、ザンミアル海軍に衝撃が走った。各艦隊はトゥーリースト方面へ集中、パトロール艦隊は勝手に仕掛けるなと厳命した。


 4月13日、サーリッシュナルのダルネリトン=ルー神殿で戦勝祈願をして、カリスラント第一と第二艦隊はアンネリーベル王女の指揮下で南へ。4月16日、カリスラント第四艦隊合流完了、そのままトゥーリーストを封鎖しようとするが、4月20日から続々とザンミアル艦隊がフォミン方面に姿を表す。第四艦隊だけでは抑えきれないから一旦後退する。4月18日第一と第二艦隊はフェルテジで第三艦隊と合流、4月23日ロミレアル湾に入る。カリスラント艦隊の主力はそのままトゥーリーストを監視、第四艦隊はテーツに入港して一度補給を受ける。若い頃ザンミアルで船乗りをやっていた海軍の元老、海軍副司令ケロスヘニゲムはザンミアル艦隊が集結完了の前に叩くべきと進言したが、アンネリーベルは「婚約破棄の恨みを晴らすには王太子もいる場で正々堂々と戦って勝つしかない」と、はぐらかすような感じで拒否した。アンネリーベルはカリスラント海軍の本当の実力をまだ誰も知らない今が好機だと考えている。もしここで本気を出して第四と第五ジーカスト艦隊を殲滅したら、残りのザンミアル艦隊は怖気づいて戦いを避けるかもしれない。できる限り大きな勝利を得て、連合王国との戦いを最短の時間で終わらせるために、今はこらえるべき。この方針を正直に説明してもザンミアルを畏れる元老たちが納得すると思えないから、アンネリーベルがあんな感情に訴えるような答え方を選んだ。


 4月26日、第一と第三ジーカスト艦隊の準備完了。ゼーネフォビム王太子の有名な「悲劇の姫君を救うために戦おう」の演説の後、タリサミングを発つ。途中で第二ジーカスト艦隊とパトロール艦隊と合流して、5月7日トゥーリーストに入る時点でジーカスト艦46隻、セバントカスト艦20隻の大艦隊になった。トゥーリーストの混雑を避けるためメリースで集結した第四と第五ジーカスト艦隊はジーカスト艦32隻、セバントカスト艦6隻を保有。これが5月上旬時点でザンミアルがフォミン方面に集中させた全戦力。


 5月9日トゥーリーストで軍議を開いた。次の行動について意見が2つに分かれた。総大将ゼーネフォビム王太子をはじめとする決戦派と、連合王国海軍大臣兼第三ジーカスト艦隊司令のリメイキウス公爵の前進拠点確保派。パトロール艦隊がいきなり消息不明になった報告を聞いたリメイキウス公爵は、カリスラント海軍を侮るのは危険だと認識した。それにパトロール艦隊の艦長たちから情報を集めてみると、足が速いカリスラント艦隊を捉えるのは難しいと感じた。なので現状はテーツ、ロミール、フェルテジなど近くのカリスラントの港を攻略して、前進拠点を確保しながらカリスラント海軍の行動範囲を制限するのが一番と。決戦派は公爵を慎重すぎだと笑ったが、闇雲で敵を探すより、カリスラント艦隊をおびき出す手段としてテーツ攻略は悪くないと、その意見を聞き入れた。とりあえずテーツを目指す、もしカリスラント艦隊が現れたら即座に攻撃すると決めた。


 5月14日ザンミアル艦隊がトゥーリーストを離れて、海上で合流して104隻になった。5月16日岬を越えると針路を北に変え、ロミレアル湾に入る。その動きを魔力レーダーで把握しているアンネリーベルはすぐに相手の意図がわかった。ここまで来ると決戦するのはもう自然の流れ。後の問題はどうすれば最大の戦果を得られるか。ザンミアル艦隊は敵の位置をまだ把握していないから、今ならカリスラント艦隊を最適な場所に自由に配置することができる。相手の動きの予想して、火力投射範囲を最大化するためにアンネリーベルは艦隊を3つに分けた。第一と第二艦隊は北から、敵の正面に姿を見せて戦いのトリガーを引く。第三艦隊は西、第四艦隊は東へ、敵に見つからないようにザンミアル艦隊の背後の両側につく。ここまで鮮やかな機動は風の支配から解放されたからこそできること。


 5月19日8時、霧が消えると第五ジーカスト艦隊は前方の船影を確認できた。もう少し接近したらカリスラント艦隊だと判明。それが気球を出してザンミアル側を観測している第一と第二艦隊。目視で最新の敵の配置を確認して、アンネリーベルは攻撃計画の最終修正をした(この時点の魔力レーダーの精度では、ここまで密集したザンミアルの大艦隊は一つ大きな点に見えて、詳細な位置を判読するのが難しい)。ザンミアル艦隊は予定通り各艦隊で縦列を組み、攻撃態勢に入るが、向こうからの攻撃が予想より遥かに早かった。


 11時05分、最初の砲撃が実施された。殆どは射角がズレて直撃しなかったが、気球から射弾観測をして修正した11時10分の第二波の精度は大きく上がった。空から火の雨が降りかかるのを見ると、ザンミアル艦隊の防御魔法士は初めて見る魔導砲撃を攻撃魔法だと勘違いして、抗魔力バリアを展開。砲弾の破片は全部バリアを素通りして大きな被害を与えた。慌てて消火活動をする間、次の攻撃が来た。すでに攻撃魔法ではないのを知って今度は汎用バリアを展開するが、彼らが予想したように火の玉がバリアに弾かれることはなかった。錬金燃料がバリアの表面に付着してそのまま燃えた。汎用バリアは魔力消費が激しいのでずっと展開することができない。バリアが切れるとやはり火が船に落ちるのは誰の目にも明らか。そんな予期せぬ出来事にザンミアル艦隊全体に恐怖が広がる。あるザンミアル海兵がその時の体験を記録した。「まるでこの世の終わりみたいな光景だった。船があちこち炎上するだけじゃなく、空も赤く燃えた。いつバリアが消えるのかわからない俺たちは、まるでギロチンが落ちるのを待つ死刑囚みたいな気分だった」そんな彼は汎用バリアが切れる瞬間海に飛び降りて、浮木にしがみついて燃える海から運良く生還した。


 11時20分、第三波の攻撃が終わると、ザンミアル艦隊の先頭と最後尾はもう戦闘不能。周りに動けない船がだんだん増えて、残りのザンミアル艦隊は身動きが取れなくなる。後に投降した第三ジーカスト艦隊司令リメイキウス公爵によると、「どこからも『炎上』や『至急救援を』の報告、王太子殿下からはヒステリックで矛盾だらけの指示。これはもうダメだと悟った」。こんな風に遠話の情報伝達がキャパシティオーバー、指揮系統は完全に麻痺した。


 11時40分から隊列中央の船にも砲撃が始まると、全力漕走で戦線離脱しようとする船が続出。彼らから見ると、一番近いところにいるカリスラント第一と第二艦隊でも攻撃魔法の射程から遠く離れている。長い間海を支配したジーカスト艦隊でも、こんな自分たちの手が届かないところから一方的に撃たれるのは耐えられない。誇りを捨てて逃げ出した。逆に勝てなくても一矢報いるためにカリスラント艦隊に向けて特攻しようとする船も。いずれにしても戦線から突出した船が次の砲撃目標になって、脱走と特攻どちらの試みも失敗で終わった。


 12時10分頃、総旗艦テンペリーカ=ジーカストリアが被弾、中央マストが炎上して折れた。国家の象徴である「ジーカストの宝冠」からの指示が途絶えると、残存のザンミアル艦隊は独断で動くようになった。第三ジーカスト艦隊の旗艦タチール=エレは艦隊旗を降ろして白旗を揚げる。ルクサーム=セグアンリペールから直に遠話通信を受けて、投降の約束を交わした。以降第三ジーカスト艦隊は砲撃の対象から外され、戦闘行動せず人命救助に専念。第二ジーカスト艦隊は南へ、第四ジーカスト艦隊は東へ、それぞれ敵艦の姿が見えない方向に脱出しようとしたが、すぐに絶望した。南にはカリスラント第三、東には第四艦隊が一隻とも逃さないつもりで待ち構えている。(第三と第四艦隊も一斉砲撃に参加したが、ザンミアル側から視認できないように砲撃が始まる前は遠方に配置、11時頃に射程ギリギリの所まで前進した)南の第二ジーカスト艦隊は更に10隻が無力化されると残りの3隻が投降。東に向かった第四ジーカスト艦隊も砲撃を受けて8隻が脱落したが、カリスラント第四艦隊に信号の間違いで衝突事故発生。有利な風向の助けもあって、短い間の混乱に乗じてジーカスト艦3隻はそのまま逃げ切った。結局トゥーリーストに帰還したザンミアル艦船はこの3隻だけ。


 13時40分、テンペリーカ=ジーカストリア沈没。総大将ゼーネフォビム王太子戦死。14時25分、集中砲火を浴びた第一と第五ジーカスト艦隊が全滅。ここでもうザンミアル艦隊は完全無力化。アンネリーベルは護衛艦隊を前進させ、漂流者を収容しつつ第三ジーカスト艦隊の降伏を受け入れる。15時30分、リメイキウス公爵は自分から捕虜になると申し出て、カリスラント護衛艦隊に移乗。こうしてロミレアル湾での戦いは終結した。ザンミアル艦隊104隻の中で59隻は沈没、27隻は鎮火したが航行能力喪失で捕獲され、15隻は投降した。本国に帰還したのは3隻だけ。推定11000人が死亡もしくは行方不明、重傷者約2000人でそのほとんどは重度火傷。カリスラント側は最初から最後までまともな攻撃を受けたことがない。損害と言えるのは魔導砲の整備不良のせいで第一艦隊の砲撃手2人が爆発によって重傷。そして第四艦隊の衝突事故で戦艦2隻が小破、乗組員に軽傷者多数。ただそれだけ。


 100年近く続いたザンミアルの海上覇権はこのわずか4時間の戦いで終わった。人員と装備の損失も壊滅的だが、それ以上に致命的なのは自信の崩壊。この敗戦の報告がタリサミングに届くと、全国が恐慌状態に陥った。一方王女アンネリーベルの名声の高まりはとどまることを知らず、やがて海神の娘ダルシネ=ルーの化身だと認識され、崇められるようになった。


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