1-EX1 海上競争の新しいフェーズとザンミアルの凋落
これは本篇と直接関係がない話です。戦争史の一章みたいな感じで、カリスラントとザンミアルの関係、海軍戦術、戦争の展開などについてもっと掘り下げたり、本篇で詳しく説明できなかったところを補足したりします。前編は戦争が始まるまで、中編と後編は戦争中の話です。これからの探検とはあまり関係がないから読み飛ばしても構いません。
再誕暦831年はザンミアルの完全勝利で終わった。ティレムズ共和国と100年間続いた長い競争に終止符が打たれ、内海の情勢は大きく変わった。内海連盟の艦隊が破れて、制海権がザンミアルに奪われた以上、東岸からの救援は望めない。内海西岸南端のソムニム半島は完全に孤立してしまった。
832年に自然災害、833年にその後始末と農民反乱があったから、ザンミアルは動けなかった。834年になると情勢がまた大きく動き出した。ザンミアルとカリスラントの交渉が進み、両国間で防衛同盟が成立。カリスラントが連合王国の背後を守ってくれるから、これでザンミアルは半島に全力を注ぐことができるようになった。目指すのは半島の先端、内海の出口である岬の街トンミルグ。ここを抑えることができたら首都タリサミングから西南海岸までのすべての要所が連合王国の支配下に。そのためにはまずカービュレム共和国を手中に収める必要がある。
ザンミアルは陸戦隊を向かわせ、恫喝だけでカービュレムを降した。しかしその後の会談でカービュレム市民の処遇について合意できなかった。それでも強引に併合を進めようとするザンミアルだが、カービュレムの執政官は隠し持っている魔導帝国の遺産の力を開放。大範囲の魔力汚染によって5桁の犠牲者が出た。これが837年の「カービュレムの惨劇」。連合王国の黄金時代の終焉を象徴する事件であった。この事件の直後にアルフ=タチミース神殿を中心に第三回反ザンミアル連盟が結成。同時にザンミアル王位継承権の問題が内戦寸前にまで発展。それ以上に大きな痛手は陸戦隊を失うことだった。政治体制のせいで、ザンミアルは訓練された兵士を揃えるのが難しい。下層民の雑兵部隊と指揮官の貴族の間に、部隊の中核になれる存在がいない。だから少数精鋭、しかも船の輸送で迅速に展開できる陸戦隊は連合王国の貴重な陸上戦力。事件の後ザンミアルは何度も陸戦隊の再建を試みたが、結局叶わなかった。
842年ザンミアル王ゾルミリアン退位。第三王子ゼルフィアットが即位すると、連合王国内部の安定は一応取り戻した。陸戦隊を失い、強攻策ができなくなったが、それでも内海征圧の悲願を諦めなかった。次に取る手段は経済侵略。カリスラントとの同盟成立によって、西南海岸貿易ルートの規模が急成長。カリスラントは豊かで人口が多い。そんなカリスラントとの貿易でザンミアルは無尽蔵の富を産み出すことができた。その金を内海にばらまき、高額の寄付で一部の神殿勢力を味方に引き込むことに成功。このままではいずれ内海西岸すべての国が連合王国の金銭外交に屈服するだろうと、誰しもがそう予想する時、歴史が進む方向を変える力を持つ人間がカリスラントに現れた。
大草原の騎馬民族連盟から建国したカリスラントに、海軍の伝統がなかった。再誕暦857年のカリスラント海軍にはザンミアルからもらった型落ちの戦艦4隻しか持っていない。貿易ルートを守る海軍がこんな有様では、当然商船もない。海上貿易は全部ザンミアルが握っていた。しかし860年にカリスラントの試作新型船タリン=クルージが進水すると状況は急変。863年にカリスラント海軍が保有する各種艦船が23隻、865年で82隻になった。民間人が保有する商用船は863年の時点で16隻、865年で99隻に。数だけ見ても驚くべきことだとわかるが、更に凄いのはその運送能力がザンミアルの船を大きく上回る。ザンミアル一強の西南海岸貿易だったが、カリスラントに新しい船が進水するたびに、ザンミアル商人のシェアが奪われる。最初は特に気にしていなかったザンミアルだが、気づいた頃すでに経済が致命的な打撃を受けた。861年の時点貿易税収入が連合王国の歳入の57%を占めたが、864年では27%になった。
ここまで来るとザンミアルの指導層がようやくこれは死活問題だと認識した。だがザンミアルにできる対抗手段は少ない。本来ならこういう商業競争の防衛側はまず関税を使う。しかしカリスラントの海上貿易は主に港町サーリッシュナルから岬の街トンミルグにつながるルートを使う。どちらも連合王国の支配下にないから関税税率を操縦できない。他に取れる手段を探すために、カリスラントの海軍の発展の秘密を探ったが、すべての手がかりが同じことを示す。鍵となるのは一人の少女、第二王女アンネリーベル・プリア・カリスラント。しかしそれが真実なら、アンネリーベルは8歳の時から海軍に関わることになる。11歳で海軍士官学校を設立、海軍関連の様々の新技術を産み出し、14歳で海軍の組織を作り自らが総司令兼第一艦隊司令に就任。あまりにも馬鹿げた話だから、それはカリスラントが王女の名声を高めるための作り話だと判断した。
関税が使えない。カリスラント海軍の秘密を探るのも成果なし。こうなるといよいよ戦争しかないが、連合王国にとって非常に都合が悪いのは、カリスラントは同盟国。しかもアンネリーベル王女はザンミアル王太子ゼーネフォビムの婚約者。ザンミアルは格式を重んじる国だから戦争の理由と手段にこだわる。こんな状況でカリスラントに宣戦布告しても、大義のない戦争だから国内の支持は得られない。更に悪いのは、連合王国の地上戦力はカリスラント陸軍に遠く及ばない。たとえ海戦でカリスラントの艦隊を殲滅しても、地上では敗北必至。双方の国力を考えると、1対1では最初から勝ち目のない戦いになる。
864年の冬、病で倒れたザンミアル王ゼルフィアットの代りに王太子ゼーネフォビムが実権を握る。ゼーネフォビムが自分の婚約者であるアンネリーベルを「嘘まみれの卑しい女」だと忌み嫌うのは、創作文学の中でよく見る話だが、実はそれを裏付けるような資料が残されていない。それでも彼はカリスラントに頭を下げるような形で結婚したくないのは確かなこと。局面を打開するためにまず北のアファンストリュ帝国と接触。帝国はカリスラントの宿敵だから、カリスラントと同盟を結んでいる連合王国との関係は冷え切っていた。だが帝国の支援がなければカリスラントと地上で戦うことができない。カリスラントを共通の敵に仕立て上げることで、冬が終わる頃に連合王国と帝国の秘密同盟が成立した。同時にゼーネフォビムは戦争に対する支持を得るために国内で反カリスラント宣伝を展開。アンネリーベルの実績があまりにもぶっ飛んでるのがちょうどいい材料になる。連合王国を騙すための嘘だと言っても違和感がない。更に踏み込むと、その嘘は両国の王室婚姻に何らかの陰謀を仕組むためなんじゃないかという疑惑が浮上。こうして外にも内にも、連合王国の戦争準備が進んでいた。
865年4月6日、カリスラント王リージアスはザンミアル大使を呼び出して部隊の怪しい動きについて問いただすが、明確な答えを得られなかった。4月9日、連合王国がカリスラントに宣戦布告。同時に帝国軍がカリスラントに侵入。新技術である魔力レーダーで敵軍の動きを事前に察知したが、本当にザンミアルが裏切ると思わなかったカリスラントは準備不足のままで戦うことに。
しかしゼーネフォビムは知らなかった。馬鹿げた嘘だと思われるアンネリーベルの実績は全部本物。彼の婚約者だった人、実はこの時代で最も優れた海軍戦術家だけでなく、最も偉大な発明家でもあった。




