1-14 中央神殿のリクエスト 3
「……実はこちらも中央神殿に頼みたいことがあります。私の願いを聞き入れてくれるなら、魔物素材を献上しても構いません」
「どうぞお申し付けください」
予想通り食らいついたね。魔物素材の件がそれだけ深刻だから。
「私はカネミング石がほしいです。石板でもイヤリングでもいい、とにかくできるだけ数多く用意したいです」
カネミング石は地球に存在しない不思議な鉱物。アフェングストリア魔導帝国が内海東岸を征服したとき、東岸6属州の3つの異民族を統治するために、「カネミィームの伝意塔」という巨大な遺産を建造した。「伝意塔」の魔力波の範囲内では、人々がどんな言語を話しても互いに意思伝達ができる。その効果範囲はなんと、内海東岸全域に及ぶ。こんな驚異的な遺産を作った魔導帝国の凄さがよくわかるね。残念ながらこの偉大な遺産は暗黒時代で魔物に破壊され、現在の技術では修復不可能。
「伝意塔」の広域翻訳能力は永遠に失われたが、遺跡から見つけた奇妙な紋様がある白い石に同じような効果があると判明した。しかも遺跡の魔力波の浸透によって、非常に緩やかだが周りの岩石がどんどん白い石に変化するみたい。カネミング石と名付けられたその貴重な資源を、採掘したカネミィーム共和国が加工して各国に輸出する。カネミング石のイヤリングをつけた人は他の言語がわかるし、どんな言葉を話しても相手に伝わる。石板なら大きい建物の内部にいる全員に効果がある。
「カネミング石、ですか。カリスラント王家には、既に毎年規定数のカネミング石製品が納品されているはずなんですが……」
信頼できる翻訳能力を提供するカネミング石は外交の重要資源だ。国際関係を円滑に進めるために、条約に基づき限られた産量を各国に配分している。カリスラント王家は毎年イヤリングを1つもらってる。石板なら3年ごとに1枚。
「それはカリスラント国内で使う分です。私は海外で使います。その分をもらえないから今は本国から借りるしかないが、できれば自前で用意したいです」
「んー、しかし、カネミング石の権益はカネミィーム共和国が保有しています。我々の管轄下ではありません」
「ええ、わかっています。でも内海に絶大な影響力を誇る中央神殿が口利きしてくれれば、きっと融通してくれるでしょう」
さすがに即答はできないか。ウォルシムス司教は考えた後ゆっくり答える。
「申し訳ございません。これは私の一存では決められません。上司に相談してみなければわかりません」
「無理を言っているのはわかっていますから、お気になさらずに。こういうのはどうでしょうか。こちらが一定量の素材を用意して、そちらが調達したカネミング石と交換という形で。なんならこの場で仮契約してもいいです」
「それなら、おそらく問題ありません。確認するので少々お待ちください」
司教が遠話の魔法を使って、西カリス教区の責任者である大司教と連絡を取った。私たちにも聞こえるようにこの場で報告をした。そしたら仮契約の許可が降りた。中央神殿がカネミィーム共和国と交渉して、カネミング石を用意できたら私が入手した魔物素材と交換。ギースタ金貨100000枚相当の魔物素材を渡すたびに、神殿が石板1枚もしくはイヤリング4つをくれる。
「最初の3回はこの条件で交換。もし素材の相場に大きな変動があったり、私が獲得した素材の種類に偏りがあるなら、4回目からは条件の改定について改めて協議します。これで大丈夫ですね」
「はい。ところで、アンネリーベル様はどのくらいのカネミング石がご所望ですか」
「そうですね……多いければ多いほど、ってのは答えになりませんね。そちらは用意すべき量の参考にしたいでしょう。とりあえず石板50枚までは交換に応じるつもりです」
「50枚!そんなに、ですか」
「ええ。ただこれは最終目標みたいなものですから、そちらも今すぐ用意する必要がありません。私がどれくらいの素材を獲得できるかもまだわかりませんし」
「それだけのカネミング石を、一体どうするおつもりですか?大規模の国際会議でも、石板5枚くらいあれば十分だと思いますが……」
「んー、どう説明すればいいでしょうか……私は、人々が争う最大の原因は、お互いに対する不信と誤解だと考えています。そして不信と誤解を招く大きの要因の一つは、言語の不理解と誤訳です。私の探検で不幸な誤解が生じるようなことはなるべく避けたいです。カネミング石が一番有効な解決手段だと思います」
地球の大航海時代の歴史には、陰の一面もある。植民者たちが先住民の土地や財産、あまつさえ命も奪った。結果だけ見ると確かにその通り。しかし大半の人はその結果に至る過程を軽視した。略奪した人を悪だと決めつけるのは簡単。でもそれだけでは同じ過ちを繰り返すのを防げない。
アメリカでは、来訪者の力が圧倒的だからほぼ一方的に蹂躙された。サブサハラでも植民者の力が強いが過酷な気候と疫病に阻まれた。しかしアジアでは、19世紀まで双方の力の差はそこまでではない。地の利と人数の差を前にして、アウェーのヨーロッパ人が負けることは珍しくないし、逆に理不尽な目に遭ったこともある。あのカルカッタの黒い穴のように。そういうケースを見るとわかる。植民者だけが害意を持ってたわけじゃない。来訪者がまだ悪さをしてないのに現地の住民に敵視されることが多い。きっと、両方を争わせる何か理由があると思う。
そこで私が注目したのは、異民族に関する記述。大航海時代のイギリス人は、「インド人との約束が守られることはほとんどない」と言う。そして中国人は「息を吸うように嘘をつく」。これを人種差別や侵略行動の正当化だと捉える人もいる。でもインド人や中国人側の記述も、ヨーロッパ人はだいたい嘘つき。こんな感じで、「〇〇人は嘘つきだから用心しろ」という記述が異様に多い。仮に記述が全部真実なら、どいつもこいつもみんな嘘つきになる。さすがにそれはおかしいと私が思う。甘いと言われるかもしれないが、私は人間の本性は善良だと信じている。人を騙してなんとも思わないのはきっと、恥知らずのアファンストリュ人くらい。他の民族がなぜ嘘つきだと言われるのか、私が自分なりに出した答えは、言語の違いによる誤解。
例えば、私が西の大陸を発見した後そこの住民と貿易する場合。悪戦苦闘の末に私が向こうの言語をなんとなく理解できるようになる。当地の見たことない嗜好品を見つけて、カリスラントでも人気が出そうから購入の交渉をする。200個購入したいと言ったつもりなんだけど、私の西大陸語の発音がよくないから当地の商人には100個に聞こえた。後で私が数えてみたら半分しかないじゃないかと騒ぎ出す。同じようなことが何度も繰り返されると、「〇〇人はみんな嘘つき」というイメージが出来上がる。
「さっき話した、貿易を厳格に制限するのも、カネミング石が足りないからです。今のところ持ち込む予定の石板は1枚のみ。それを設置して商談用の場所にするつもりです」
「なるほど。つまり石板がないと、商談のスペースを拡張できないし、他の貿易拠点を作ることもできませんね」
「ええ。西の大陸の住民とスムーズに交流するには、石板がいくらあっても足りないです。できるものなら、西の大陸にもう一つ『伝意塔』を作りたいくらいですね」
「ははっ、それができたらいいですね。それで、イヤリングより石板のほうがご所望、ということでよろしいですか?」
「そうですね。イヤリングもほしいが、石板優先です」
石板はかなり重くて(600kgくらい)運搬が大変(うっかり落として破損させたら効果範囲が激減するらしい)だから、個人用だが機動性が高いイヤリングの出番もある。
「わかりました。共和国との交渉は我々にお任せください」
それからいくつの確認をしてお開きになった。ウォルシムス司教が帰った後、私たちは再び着替えるための小部屋に。
「えっ?どうしましたの?」
部屋に入ると私は早速にファルナに抱き付く。なんとかここまで頑張って耐えてきたが、もう限界だ。
「……ファルナ、お願い。『アレ』を外して……早く」
「わかりました」
ファルナがアレを解錠して外そうとすると、粘りついたものが剥がされて、ビリっとした刺激を感じる。
「っ!」
「うわっ、どうして、こんな風に……」
「興奮しすぎて、その……出しちゃいけないものが溢れて……それで魔力を流して、乾燥させたの」
儀礼の最中大変なことになりそうなとき、ファルナが乾燥機能について話したのを思い出した。焦って使ってみたけど、こうなってしまった。あそこに何かが貼り付いたみたいで、痒くて気持ち悪かった。
「乾燥、って……あれは水で洗った時に使うのですよ」
「わかってるわよ!水じゃない液体に使ったらどうなるかくらいは。でも、こうするしかなかったの……」
ファルナは魔法でハンカチを濡らし、優しく丁寧に拭いてくれる。
「申し訳ございません。フォローすると言ったのに、こんな風になってるのに全然気づきませんでした」
「いいのよ。私がバレないようにしてたから」
「しかし……こんな状態で、よくあんな難しい話をできましたね。なんとか話についていけるようにしましたが、わたくしは半分も理解できませんでした」
「むしろ半分が理解できるのがすごいと思うよ。ファルナの専門外のことばかりだし」
「それではアンネ様に十分なサポートができません。わたくしは、アンネ様が間違わないようにフォローしなければならないのに、アンネ様が関わる分野が広すぎて困っています」
「わからないときは私に聞いてね。私が解説した後、私の判断が正しいかどうか判定してくれればいい」
体をきれいにして、いつもの海軍軍服に着替えた。さっきまでの自分を思い出すと、すごく恥ずかしくて泣きそうになる。
「ねぇ、ファルナ……こんな私に、幻滅したりしない?」
「……アンネ様は、その質問を何回しても飽きませんね」
「だって、こんなみっともないところを、いっぱい見られて……」
「そうですね。確かにアンネ様の悪いところを、わたくしはいくつも知っています。アンネ様の虚像だけを見ている他の人達と違って」
「ほ、ほら……」
これでとうとう見限られるのかと思って惨めな気持ちになる私を、ファルナは抱き寄せて優しく頭を撫でてくれる。
「もう、どうしてそんな泣きそうな顔をするのですか。大丈夫ですよ。見栄っ張りで、本当の意気地なしの自分を必死に隠しているところも……メンタルが弱いくせに責任感だけ人一倍で、いつも自分で自分を追い込むところも……こんなにも気品あふれる、純真無垢な顔してるのに、人に言えないような趣味を持っているところも……わたくしは大好きです」
私のことを一番良く見ているファルナだから、私のダメなところを正確に把握している。それでも私のことが好きだと言われると、すごく安心する。でもさすがに、意気地なしは言い過ぎ……だと思う。
「なのでご安心ください。わたくしだけがアンネ様の秘密な趣味を知ることができて、とても誇りに思います」
「っ!まるで私が最初からこんなことが好きみたいな言い方をして……違うでしょう!私がこんな風になったのは、ファルナのせいだからね!」
ファルナに告白されたとき、私はベッドの上にねじ伏せられた。海兵としても一流のファルナだから、私は全く抵抗できなかった。もし他の人にそんなことされたら、私は無駄だとわかっても必死に抗おうとするだろう。でも相手がファルナだったから、私は嫌とは思わないし、逆にすごくドキドキした。私がアブノーマルになったのは、きっとあの瞬間から。
「くすっ。わかっていますよ。大丈夫です。わたくしがちゃんと責任を取りますから」
その責任の取り方が怖いんだよ……私を満足させるのはいいけど、その結果ますます深みにはまって……実質、調教じゃん……




