1-13 中央神殿のリクエスト 2
「もう一つの用件は……アンネリーベル様は現在の魔物素材の供給状況について、どこまでご存知しているでしょうか」
「産出量が年々減少傾向に、くらいなら知っています」
前に読んだ、カリスラントの情報機関が集めてくれたデータによると、現在の魔物素材のソースの7割は「アビス」の管理。残り3割は魔導帝国時代の遺跡を発掘して獲得。「アビス」の産出は安定しているが、遺跡発掘の方はこの数年激減した。未発見の遺跡も残り少なくなってきたんだろう。冒険者が素材を保管していた倉庫の遺跡を掘り当てて一夜にしてビリオネアに、みたいな話も最近すっかり聞かなくなった。
昔はダンジョンの外で生まれた野生の魔物がいるから、狩猟でそれなりの量の素材を確保することができた。しかし100年くらい前から野生の魔物が激減し、今ではもう絶滅したじゃないかと思われてる。原因は最近の研究で判明した。地上に出た魔物は普通の獣と混血種を産み出すこともあるが、数世代内に必ず魔力を失い普通の野生動物になる。地球の知識を持つ私から見ると、すごく不思議な生態なのね。今は「アビス」以外のダンジョンが全部攻略された。「アビス」も徹底的に管理されて、地上に出る魔物はいない。だから地上から魔物が絶滅した。この前は中央神殿主導のプロジェクトで、「アビス」から捕獲した魔物を地上で畜産を試みたがそれも失敗に終わったらしい。
「我々が知る範囲内では、もう魔物素材の増産は望めません。アンネリーベル様が海外を探検すると聞いて、これはまたとない機会と考えました。ぜひ魔物素材の新しい供給源を見つけてもらいたく存じます」
これまた、私の予想と真逆な要望が出てきたね。今日はあまり頭が回らないのかな。ファルナがこんなプレイをさせたからよ。実を言うと、今も下半身のことがすごく気になる……
「……意外ですね。魔物素材の独占で生み出した莫大な利益は中央神殿の大事な財源、だと思いましたが……」
「その認識は間違っていませんが……アンネリーベル様なら、魔物素材と錬金術の関係をよくご存知していますね」
「はい。昔はそれでそちらと揉めたことがありましたね」
「ええ。もう7年前のことでしたか。あの時私の前任者が大変な無礼を働きました」
「左遷されたあのハゲ……コホン。あの勘違いした方のことですね」
「ははっ、懐かしいですな。12歳の少女なら適当に脅かせばどうとでもなると思ったのに、異端裁判にかけると言われてもアンネ様は平然と啖呵を切りました。あのいけ好かない野郎を面食らわせたのが見ものでしたな」
ダルネリトン=ルーの大神官もあのときのことを覚えているね。この監察官ウォルシムス司教の前任者は、私の第三世代錬金術を異端に認定すると脅した時代錯誤野郎だった。中央神殿にはもう信者がほとんどいないのに、今どきあんな子供騙しが効くと思うなんて、本当バカなやつだったね。でも改めて考えてみると、あのときの私の対応はちょっと軽率だったかもしれない。宗教組織としての力はほぼなくなったけど、金融機関としての中央神殿の力は絶大。あのハゲにそんな権限があるとは思えないけど、もっと上の人も錬金術ギルドに加担しているなら……最悪、カリスラントに対する魔物素材と魔道具の禁輸もありえる。若さ故の過ちにならなくて、本当によかった……
錬金術は先史時代から人類の生活を支えてきたと思われる。不思議な力を秘めている魔物素材の利用方法を模索するのが、原始的な第一世代錬金術。その技術が洗練化して、術者の魔力も錬成に運用する方法を確立したのが第二世代錬金術。かつて栄華を極めたアフェングストリア魔導帝国の力の根源はまさにその第二世代錬金術にある。しかし魔導帝国の滅亡と共に数多くの錬金術の秘奥が失われた。今の錬金術の主流も第二世代錬金術に該当するが、魔導帝国時代の数々の奇跡的な遺産を再現するには技術が全然足りない。
新時代海軍を作るには、この世界にないモノがいくつも必要。例えば、燃料。この世界の兵器と戦術を研究した私が、海軍の武装に採用したのは燃焼弾を発射する魔導砲。「汎用バリア」という、運動エネルギーをぶつける武器に対して滅法強い防御手段があるから、鉛弾よりギリシア火を投射するほうがいいと思った。この燃焼弾を開発する過程で誕生したのが、魔力と魔物素材を使わない錬金術。今では第三世代錬金術と呼ばれている。まぁこの世界の常識に合わせて錬金術ということになってるけど、地球の知識を持っている人ならすぐにわかると思う。化学のことよ。
第三世代錬金術は私の功績となっているが、実は私はきっかけを与えただけにすぎない。私が持ってる化学の知識なんて素人に毛が生えた程度。でも基本的知識を伝え、機材と原材料を用意して、安全な作業環境を確保すれば、後は人海戦術で実験するだけでどんどん新しい発見が出てくる。王女の立場だからできる荒業だね。最初の目的である錬金燃料の他にも、錬金肥料、洗剤、鎮痛や解熱の薬品など……色々有用な発明を製品化できた。
「アンネリーベル様がもたらした新技術のお蔭で、魔物素材をこれまで以上に効率的に運用できるようになりましたが、やはりどうしても不足していて……」
第三世代錬金術は登場してすぐに錬金術ギルドに目の敵にされた。魔物素材を必要としない新技術。それだけでも脅威だと思われたみたい。だからあのハゲを使って私を脅迫してきた。しかしギルドは誤解していた。同じく錬金術と呼ばれているけど、第三世代錬金術実際は完全に別物。例えば、欠損した人体の部位を作り出すとか、化学だけじゃさすがに無理だ。高性能の義肢や臓器移植ができれば、欠損治療ポーションと同レベルの効果を出せるかもしれないが……この世界の技術水準では到底無理だね。
錬金術ギルドとずっと関係険悪のままではまずいので、あのハゲを撃退した後、私はお父様の伝手を頼ってギルドの偉い方との会談をセットした。第三世代錬金術はそこそこの効果がある製品を安価で大量生産するための技術。第二世代みたいに高価で凄まじい性能を持つ製品は作れない。目指す方向が違うから棲み分けができる――私の説明を聞いて、錬金術ギルドはこれまでの誤解について謝罪した。今ではカリスラント錬金協会(第三世代錬金術の総本山)と錬金術ギルドは良好な関係を維持している。魔物素材の節約のため、協会が代用素材を開発してギルドに供給するなど、いろんな分野で協力している。第三世代の技術に興味を持ち、研究のためにカリスラント錬金協会に加入した第二世代錬金術師もいると聞いた。いずれ両方の技術を併用する方法が確立されたらそれは第四世代と呼ばれるかもしれないね。
「今は魔物素材の需要に供給がまったく追いつきません。多くの錬金術師が職を失い……腕がいいのに材料が手に入らないのでなにもできない、というのが現状でございます。たとえアンネリーベル様が海外で魔物素材の供給源を見つけ出して、相場が急落しても、長い期間で見ると我々は得をするでしょう」
なるほど。今の魔物素材の主な供給源は中央神殿管理下の「アビス」。素材をより入手しやすくなりたいから中央神殿の傘下に入る錬金術師が多いと聞いた。中央神殿はこうして影響力を強めるが、同時に彼らの生活を保証する義務が生じる。だから価格が下がることによって利益が減るのを知ってても、素材の増産をしなければならない。それに今の素材の値段はもう常軌を逸するくらい高騰している。ポーションや魔道具などの錬金製品も値上げしないと利益が出ない、大陸全体の経済に相当な悪影響が出ている。そろそろ手を打たないとまずいというのが中央神殿の考えかもしれない。
魔物素材はその希少性と有用性のせいで、今は目玉が飛び出るくらいの高価で取引される。鉄の船体が作れないなら、固くて耐水の魔物素材で作ってみるのはどうかなと、私は一時検討していたが……試算するとなんと、戦艦1隻の建造コストがカリスラントの年間国内総生産を上回る。さすがに無理だから諦めるしかなかった……あれ?もしかして、私が魔物素材を発見したら、あのお蔵入りしてしまったベヒーモス骨艦は実現可能になるの?俄然やる気が出てきた。よし、頑張って未発見のダンジョンを探そう。
「それと、魔物素材の取引に関しては、今まで通り我々中央神殿が管理した方がいいと考えております。できればアンネリーベルさまが取得した素材をこちらに卸して戴きたいです」
……あー、そういうことね。私を騙すつもりではないみたいけど、これはちょっとした不意打ちだね。ダルシネ=ルーデアに認定される、このめでたい日で私がいい気分になって、あわよくば中央神殿側に有利な条件を引き出す……ってところかな。
ダルシネ=ルーデアの認定だから監察官として出席するのは当たり前だし、儀式のあと神殿にいる人だけに声をかけ、自然と最小限の人数で会談する流れに。うまい手だ。ファルナと大神官をあえて同席させるのは、いわば保険。ファルナは当然私の味方。ダルネリトン=ルーの大神官も私に対してとても友好的。こんな状況で本当にカリスラントに不利な条件で約束ができてしまった場合、それは私が迂闊なだけ。後で文句があるなら、中央神殿は別に騙したり、圧力をかけたりしていないと、二人に証言してもらう。
「魔物素材の供給源を探すのはかまいませんが、中央神殿に卸すのは私の一存で決められません。魔物素材は一種の戦略資源ですから。私が入手した魔物素材は一括り国へ献上することになるでしょう。中央神殿が素材を購入したいなら、カリスラントの貿易担当部署と交渉したほうがいいと思います」
安全性と市場の混乱を考えると、私も今の中央神殿独占の管理体制がいいと思う。でも私たちが手にした素材を渡すには相応の対価を貰わないと。うちの役人たちに適正の価格を決めてもらおう。お父様から戦略資源取引特別許可をもらったから、本当は私が勝手に決めてもいいけど……まぁ、こういう面倒事はなるべく丸投げしよう。私がやりたいのは探検だからね!
「そうですか。わかりました。後日王都の方々にお話を伺います」
あっさりと引き下がった。やっぱり本題は魔物素材の供給源の探索を依頼すること。卸売の交渉は成果なしでもいい。むしろ下手なことをして私を怒らせたほうがまずい。引き際をわきまえるのが大事だね……あ、いやちょっと待て。これはチャンスかもしれない。私がほしいが入手困難のアレを、中央神殿の伝手を頼れば多分いける。交換条件にすれば代わりに取ってきてくれるじゃないかな?
誤字報告ありがとうございます。修正しました。




