1-12 中央神殿のリクエスト 1
――海神ダルネリトン=ルー神殿、応接室――
「アンネ様、ご体調はいかがでしょうか」
「もう平気です。ご心配かけてすみません。さっきは、その……緊張してしまいましたから」
「はは、そうですか。さすがのアンネ様でも、神の化身となる時は平常心を保てませんな」
なによその言い方……私のことを一体なんだと思ってるのかと、大神官に小一時間問い詰めたいところなんだけど……まぁ、私が密かにいかがわしいプレイを楽しんでいたのがバレてないならそれでいい。
「私に話があるのは、そちらの方ですね?」
「はい。こちらは、中央神殿西カリス教区所属のウォルシムス司教です」
この人は確か、中央神殿からの監察官。さっきは扉の近くで儀礼を見守っていた。
「ウォルシムスと申します。この度のダルシネ=ルーデア認定、お祝いを申し上げます」
「ありがとう存じます、司教様」
「アンネリーベル様が多忙なのを承知した上で、二つ相談したいことがございます」
中央神殿が私にどんな話があるのか、さっぱりわからない。普通に考えれば、探検艦隊に関係があるだろう……いや、まさかと思うが、リミアがレルースイ=ラミエ大神殿を砲撃した件で抗議とかじゃないよね?中央神殿は各神殿の事務に関しては不干渉のはず……ダルネリトン=ルーの大神官に目を向けると、彼もどんな用件なのか聞いてないみたい。
「あ、いや。私はウォルシムス殿に頼まれて同席するだけです」
「はい。ダルネリトン=ルー神殿とは関係がない話です。ただ、込み入った話なので、ゆっくり話ができる場所を貸してもらいました」
まぁ、そうなるよね。中央神殿は名目上各神殿を統括しているが、実際は繋がりが限りなく薄い。いつもながらややこしいねこの世界の宗教事情。なぜかと言うと、今の宗教は対立してた2つの宗教が統合した結果だから。
内海各地発祥の土着信仰が長い時間をかけて多神教に発展した。それが大いなる神々を祀る各神殿。アフェングストリア魔導帝国晩期から急激に広まる終末思想に、群衆は姿を持たない至高にして唯一の創造神に救いを求め、それが創造神教――今の中央神殿の前身――の始まり。元々両者は不倶戴天の敵。創造神教は創造神以外の神を絶対に認めないから、争いが絶えない。魔導帝国最後の皇帝が古い信仰を捨てて創造神教の信者になると、最後の宗教戦争が勃発した。反旗を翻す各神殿を、皇帝は自ら軍団を率いて討伐に出た。しかし神殿はそれぞれダンジョンを管理していて、魔物素材で築いだ富と、魔物の間引きのための神官兵と冒険者などかなりの戦力を保持していた。戦争が泥沼化すると、やがて神殿に余裕がなくなり、ダンジョン管理の体制が破綻、未曽有の魔物氾濫が起きた。魔導帝国が滅び、暗黒時代が訪れた。
暗黒時代数十年の禍乱の中、人々は宗教紛争の愚かさを反省した。聖山サンツルタで創造神教の教皇が各神殿の代表者を招いて、これまでの聖典の解読に誤りがあると宣言した。創造神は至高神ではあるが唯一ではない。各神殿が祀る大いなる神は、世界の管理のために創造神が作り出した従神。つまり敵ではない。各神殿の代表者最初は自分が信仰する神が勝手に配下にされたことに反発し、教皇の発言を傲慢だと罵ったが、やがて歩み寄ろうとする教皇の精一杯の気持ちを認め、今ここで宗教紛争を終わらせるべきと合意した。歴史学者はこの「大和解」を新しい時代の始まり、再誕の暦元年と定めた。教皇が涙を流しながら代表者たちの手を力強く握る光景に思いを馳せて、「大和解」と言う題名の絵画にすることが、すべての画家が一度通る道だと言われている。
2つの宗教の共存は最初大きな混乱を招いた。最終的に、創造神教は中央神殿と名を改め、各神殿の事務に直接干渉せず、超然たる仲裁者の立場で落ち着いた。中央神殿が直接陣頭指揮をして大事を成し遂げたのはただ一回。忌まわしき暗黒時代の記憶を抹消すること。つまりダンジョンの大掃除。各神殿と力を合わせてダンジョンを次々と攻略。深すぎて攻略不可能と言われる「アビス」を除いて、大陸のすべてのダンジョンを消し去った。この偉業は人類の生存域を大きく広げたと評価されるが、数世紀後の魔物素材の枯渇の原因でもあった。
その頃になると、終末思想に染まる人々がいなくなり、姿を持たない創造神の信者は激減した。各神殿が祀る神のように人々にとって身近な存在ではないからある意味必然の結果と言える。他の神殿のように信者の寄付で運営することができないが、中央神殿は非常に強力な手札を2枚も持っている。偽造不可能だから大陸各国の共通貨幣となったギースタ金貨と聖ビルム銀貨を製造できるのは、中央神殿が保有する魔導帝国の遺産「ギースタルの鋳貨機」だけ。つまり中央神殿は国際的通貨発行権を持っている。そして最後のダンジョンである「アビス」を管理しているから魔物素材の暴利を独占している。だから信者がほぼいない中央神殿は強い力を保持しているし、外部からの干渉を受けない。信者の数が神殿の力と直結している各神殿とは全く違う形で運営している。私に言わせると、中央神殿はもう宗教組織ではなく、巨大な金融機関になった。その膨大な資本を活かして、銀行業にも手を出しているし。
「これからアンネリーベル様が向かう遥か西の地に、すでに大規模の人間の集落の存在を確認できたみたいですね」
「はい。どのような手段で知ったかは言えませんが」
「では、向こうで貿易をするおつもりは?」
「もちろんです」
「それについて一つお願いしたいことがあります」
ウォルシムス司教が切り出した話は私の予想とは真逆で、びっくりした。
「え?ギースタ金貨と聖ビルム銀貨を大陸の外に流さないで欲しい、ですか?」
通貨発行権は使い方次第で武器にもなる。その貨幣を使う国が多いければ多いほど、影響範囲が広くなる。もし司教の要望は、西の大陸でも積極的に中央神殿の貨幣を流通させて欲しい、ならわかるが……
「これは別に秘密というわけではありませんが、まだあまり知られていないことです。『鋳貨機』の生産能力に限界があります。今はまだ余裕があるが、もし西の地でも使われるとしたら、近い将来で貨幣の需要に供給が追いつかなくなるでしょう」
なるほど。ギースタ金貨と聖ビルム銀貨の偽造対策の魔導印は一定時間経過すると効果を失う。使い古された硬貨を回収して新しいのと交換する必要がある。だから中央神殿の貨幣の流通範囲を無闇に広げられると困る。もし交換すべき硬貨を対処しきれないなら、いずれ贋金が出回り、偽造不可能の神話が崩壊する。発行数を制限するなら、中央神殿の貨幣は偽造できない性質を持つから必然的にその需要が高まり、各国が自分で発行する銅貨の相対価値が落ちる。だから影響力を拡張することより、自分の貨幣の信頼性と市場の秩序を守ることを優先にしたのね。中央神殿は金融界を牛耳るが、ちゃんと経済学の原理に従い、決してその力を乱暴に使おうとしない。そういう理知的なところに好感が持てる。
「話はわかりました。金融市場の混乱は避けなければなりません。できる限りの協力をします」
地球でも、新大陸で発見した大量の貴金属を世界に解き放ったことによって金融市場に大きな混乱が起きた。ヨーロッパでは深刻なインフレ。銀の流れを制御できないところならもっと悲惨。中国の明王朝晩期の経済危機は、まさに今の中央神殿の貨幣の話と同じ。利便性が高い銀が大量に流入して、政府も税金を銀で徴収するようになった。そこまではいいが、スペインと日本の都合で銀の流入が突然止まった。税金を納めるために民衆は銀を用意しなければならないからその交換レートがめちゃくちゃに。私が新しい世界を探検するなら、似たようなことが起きないように配慮しなければならないね。
しかしこれは、思わず重要な情報を掴んだね。私の予想では、この大陸の人口はこれからどんどん増える。私の第三世代錬金術(=化学)が原因だね。錬金肥料で糧食の生産が上がるし、環境衛生の改善と医薬の発展で平均寿命が大きく伸びる。つまり新大陸に通貨を流さなくても、いずれ中央神殿の貨幣の供給が追いつかなくなる。対策を予め考えたほうがいいね。カリスラント独立発行の銀貨を用意すべきかな。それなら中央銀行を作ったほうがいいね。中央神殿が長年の通貨管理で蓄積したノーハウを借りることができるし、私が知っている地球の金融政策に関する知識も伝えれば……いやいやいや、まだまだ先のことだから、今考えるべきのはこれじゃない。
「私の計画では、最初は大陸間貿易を厳しく制限します。通貨の件だけでなく、言語、文化、宗教の違いによっていろんな問題が発生するでしょう。まだ西の大陸を実際に見たわけではありませんから、計画が変わることもありえますが、まずは拠点を構えてすべての貿易をそこで管理するつもりです。ついでにギースタ金貨と聖ビルム銀貨が流出しないように目を光らせます」
「ご配慮、かたじけなく存じます」
十字軍の王たちなゲームをやったことがあるならわかりやすいと思います。国のトップが異教に改宗するのはどれほど危険なことかを。この世界では神殿勢力が強いからなおさらです。本編とあまり関係ないから裏設定になった話なんですが、最後の宗教戦争では本来誰もが皇帝は一年もしないうちに強大な神殿勢力に敗北すると考えたが、皇帝に傑出した軍事才能があったせいで戦争が泥沼化しました。




