1-11 ダルシネ=ルーデア認定式
――海神ダルネリトン=ルー神殿、大広間――
「海を統べる、大いなるダルネリトン=ルーの恩寵を、今ここに――」
この神殿のトップ、ダルネリトン=ルーの大神官から一本の杖を大事に受け取る。これで残るの儀礼は最終段階だけ。本当に私のために大幅短縮してくれたね。昔参列した別の神殿の認定式はとにかく長くてしんどかった。
思えばこの大神官とはもう長い付き合いだね。初めて会ったのは確か私が11歳、海軍士官学校開校直前のとき。私が海神ダルネリトン=ルーに改宗する儀式を行ってくれた。ちなみに、カリスラントは多神教だから信奉する神を変えるのはそこまで大変じゃない。引っ越し、転職、結婚など、人の生活環境が大きく変わるとき、別の神の恩恵にあずかりたいなら改宗するのが普通。だから私が海軍士官学校の校長になる前にダルネリトン=ルーに改宗するのも別におかしくない。
「海の申し子ダルシネ=ルーが再び現世に降臨したことを証明せよ」
まるで試練みたいな言い方だけど、実はただ杖に魔力を流して光らせるだけ。この杖に使った素材はリーメプレの木、別称海松。地球に存在しない不思議な海洋植物。一度持ち主の魔力を馴染ませるとちょっとだけ魔力増幅、魔法強化の効果がある。リーメプレの木は海の中に生息するからその生態に謎が多い。魔物素材と性質が似ているから一説では植物型魔物の成れの果て。そう思うと、触るのがちょっと嫌になる。
やること自体は簡単だけど、魔力を馴染ませるには時間がかかる。どんなに儀礼を短縮したくてもこればかりはどうしようもない。しかしこうして黙って座ると、また下半身を意識してしまう……私が今着ているダルシネ=ルーデアの神官服の下に、明らかにこの場にふさわしくないものを身に着けているから。
(もう、ファルナのせいで、大変なことになったよ……)
まぁ、ファルナのせいにするのは筋違いなのはわかってるけどね。今みたいに拘束具を使うプレイは私たちがよくするけど、ファルナは決して私に強要しない。必ず私の同意を得た上で実行する。本当に嫌なら拒否すればいい。でもそんなこと私は滅多にしない。だってこれは私がファルナに求める最重要な事項と深く関係している。ファルナと恋人同士になった夜、「間違いを犯さないように私をコントロールして欲しい」と私が自分から頼んだ。この一言が私たちの関係を決定づけた。傍から見たら刺激的な拘束プレイだが、これは私たちの関係の再確認とも言える。こんなことを言うのはすごく変なのはわかってるけど……ファルナが私のことを束縛してくれると、とても安心するし、気分が高揚する。
「アンネ様の体調が優れないようであれば、私が一芝居打って強引に終わらせるのもできます」
「……問題ありません。続けましょう」
顔が紅潮する私を気遣う大神官が小声で提案する。でも私実は体調不良ではなく、神聖な儀式の最中にも拘わらずいかがわしいプレイをしているだけ。それについて申し訳なく思っているのに、罪悪感と背徳感がまた私を昂らせる……これ以上はダメだ。気が紛れるように他のことを考えよう。
この世界の魔法は、簡単といえば簡単だけど、見方を変えると非常に難しい。ほとんどの人は頑張れば各属性の初級魔法を1ヶ月内で習得する。しかし中級となると2、3年の修行が必要。上級魔法なら10年以上かかる。必要なのは努力と時間だけ。才能がある人の魔法は効果が高いが、習得時間の短縮にならない。だから上級魔法を研鑽するのは専門職や研究者だけ。大体の人は使えれば便利ないくつの初級魔法だけで満足。それ以上の無駄な努力はしない。
この杖に私の魔力を通せば、私の魔法の効果を上げる魔道具になる。私は魔法が得意というわけではないが、海軍関連の魔法――水当番に必要な初級水魔法の「水生成」、魔導砲を撃つための初級火魔法の「点火」、そして中級風魔法の「遠話」――この3つは習得してる。「水生成」と「点火」の効果向上はあまり意味がない。でも「遠話」の場合、通話の最大距離が伸びる。とてもありがたい。ダルシネ=ルーデアの認定は形式だけだと思ったが、意外な実利もあるのね……まぁ、私が自分で「遠話」を使う機会はそんなにないけどね。ラズエム=セグネールには通話距離驚異の2000km、風魔法の達人であるカーシュレが配属されるし。
「ほ、本当だ!アンネ様が……まさか、とうとう正式に、ダルシネ=ルーデアに……」
「しー!声が大きいのよ!儀式の邪魔してはいけません。一緒に祈りましょう」
(……また人が増えたような気がする。はぁ……早く終わらないかな)
王女として、私は大勢の人に見られるのに慣れているはずなんだけど……最近、と言うか、戦争で活躍してから、みんなが私を見る目が変わった。今みたいに、拝めるような感じで見られるのはどうしても苦手。だから今回の認定式は私の要望で公表しなかった。本気で秘密裏に済ませたいなら神殿を貸し切りにすべきだが、そうすると逆にその日に何か普通じゃないことが起きるのが知られちゃうし、私の都合でみんなが神殿を利用できなくなるのも嫌。それで私が選んだのは、まだ参拝客が少ない朝でこっそり儀礼を始め、情報が拡散される前にさっさと終わらせる作戦。しかし、まさかファルナが私にこんなプレイをさせるとは……
(ダメダメ!今はこんなことを考えちゃ……)
「大変だわ!おたくの娘さん、アンネさまの大ファンだよね!」
「ええ、早く呼んでこなきゃ!」
(呼ばなくていいのに……私のことを尊敬してくれる人に、こんな私を見られたくない……)
こうなると、本当に自分がどうしようもないと実感する。みんなが私の慶び事に祝福してくれているのに、私はこんないけないことをしてる。みんなに対する後ろめたい気持ちでさえ、美酒のように味わっている。
目を閉じて、周りの声を聞かないようにする。周囲から隔離することで自分を抑えよう。しかし効果があまりない。私の息は荒いまま。体がゾクゾクする。
……ええい!これまでは自分と向き合うのが怖くて、あえて触れないようにしていたけど……こうなってしまった以上、この気持ちの正体とは一体何なんだろうと、哲学的に考えてみよう。普通に考えれば、こんな変態的なプレイを好むのは破滅願望の表れだが、私は自分に破滅願望があるとは思えない。むしろ誰よりも破滅を恐れていると思う。意外と小心者かもしれないね私は……次に考えられる原因は、スリルを味わいたい。それは確かにあると思う。もし誰かに気づかれるときのことを考えるとすごくドキドキする。でも私の場合はちょっと違うと思う。
やはりこの問題の根幹は、みんなが見ている私の虚像が、本物の私と大きく乖離している。みんなが思うほど立派な人間ではないと私は自覚している。それがストレスになって、無意識に本当の自分をさらけ出したい。でも私に憧れる人々を失望させたくない。それに私には身分と立場がある。現実的に考えるとそんなことできるわけがない。それで私は満たされることなく、ずっとこの不安定な状態のまま。だからこんな自分を蔑むような、マゾヒスティックなプレイにハマってしまったんだろうね……
そんなとき、一際大きな歓声が上がった。目を開けると、私が持っているリーメプレの杖が淡い緑色の光を放つ。
「よくぞ証明してくれました。あなた様こそ、我らが信仰の具現、大いなるダルネリトン=ルーの地上での代理者、ダルシネ=ルーデアなり」
大神官の口調が恭しくなり、レッドコーラルの宝冠を私にかぶらせる。より大きな歓声が沸き起こる。神殿に集まった人々が一斉にダルシネ=ルーデアの名を何度も何度も唱える。
「……儀式を執り行ってくれて、大儀であった」
高ぶる気持ちをなんとか鎮め、私は立ち上がって大神官を労い、そして群衆に向けて一礼をする。大広間を離れて、裏の小部屋でファルナと合流すると、私はやっと人心地がつく。




