5-22 その頃、タシフォーネでは――(三人称視点)
――再誕の暦867年10月15日、タシフォーネの砦、リミアの執務室――
探検艦隊のクルジリオン訪問がそろそろ終わる頃。一人の男がタシフォーネ島を訪れる。この痩せた老人はシーリンタの商業ギルド支部長。9月末でも会談のために一度タシフォーネに来たが、前回から半月しか経ってないのに、また難しい用件ができた。あの偉そうな小娘アンネじゃなく、留守のリミアなら話が通じやすいかもしれない――という無駄な期待を抱きながら面会を申し入れた。
「今日はどういうご用件でしょうか」
「我々シーリンタの船に対する、度重なる妨害行為をやめていただきたく存じます」
「妨害行為、と言いますと?」
「とぼけないでいただきたいです。報告によると、先日からシーリンタに入港する船に対して、カリスラント海軍は執拗に追いかけ回して、明らかに過剰な臨検を実施しました」
「なるほど。皆さんすごく仕事熱心なんですね。タシフォーネ防衛艦隊は設立されたばかりの新しい部隊だからでしょうか」
「仕事熱心、って……そういう問題ではないですよ!到着の時間が遅れ、積荷が検査される最中損傷を受け、我々は大損です!しかもシーリンタに行く船ばかり狙って、海峡を通過するだけの船を露骨に見逃す……今では面倒事を避けるため、外部の船がシーリンタを避けるようになりましたぞ!」
支部長は言及するのを意図的に避けたが、フェインルーサ大公を支援するための軍需品が臨検で露見するのも大問題だ。今でも親フェインルーサのシーリンタだから、軍需品の密輸で密かに支援している有力者が多い。彼らが用意した支援物資が海上で押収されるのは当然困る。だがこれはグレーゾーンにつくような脱法行為だから表立って文句を言えない。
「そんなこと言われても、こちらには関係ない話ですから、特に対応する必要を感じませんが……」
「な、なぜそうなるの、ですか!」
「勘違いしないでほしいのですが、シーリングス海峡の安全通航はこちらがクルジリオン支部、そしてカーチマス王陛下に対する保証です。最初からそちらとは関係のない話です。カリスラント海軍はただ海峡の治安を守り、そしてカーチマス王国にとって不都合な物が流入するのを防ぎます。その過程でシーリンタがいくら不利益を被っても、こちらとは一切関係ありません」
まさかリミアの態度がアンネよりも強硬とは、予想していなかった支部長は驚きを隠せない。タシフォーネ防衛艦隊が魔力レーダーによる監視体制を悪用して、シーリンタに寄港する船に臨検という名の嫌がらせをすることは、もちろん海外領地防衛司令のリミアも把握している。リミア的には、これはあまり褒められるようなことではない。一歩間違えるとカリスラントの国格を損ねる恐れもある。でもみんながそんな大人気ない行動を取る理由もよくわかる。だからリミアは規則だけは絶対に破ってはいけないと厳命して、それさえ守っていれば大目に見ることにした。
「よいのですか?シーリンタは防衛艦隊の維持費を支払っていますぞ」
「お忘れのようですね。アンネ様はシーリンタとの関係を完全に断つつもりでした。艦隊維持費の提供はそちらの都合に配慮した結果です」
関係を切ると困るのはそっちだと言われると、支部長は脅すのを諦めて、仕方なく姿勢を低くする。
「なぜだ……そんなことをして、そちらにメリットがあるというのですか?」
「はぁ、メリットとか、そういう問題ではありません。こうなってしまった原因の一つは、支部長さん、あなたですよ?」
「わ、私が?」
「公式の会談の場で、あなたはアンネ様の器が小さいと言いました。アンネ様の教え子の私達が怒らないと思うのですか?」
あのときは副司令と参謀全員、護衛の海兵隊も現場にいた。そんなアンネを軽んじる言葉は当然彼らの口からカリスラント海軍全体に拡散され、シーリンタへの強烈な悪感情を形成した。
「い、いや、教え子とか、そんなの、ただの言葉の綾だろう?確かに一国の王女をあんな風に言うのは良くなかったが、殿下だってこちらの被害を無視……」
リミアに冷ややかな目で見られ、支部長はこれ以上なにを言っても無駄だと悟った。
「わかりました。やはりこうするしかありませんな」
同行の職員に命じて、二つの木箱を机の上に並べて開けた。中身は貴金属と宝石。一応対話を試みたが、支部長は最初から賄賂で解決するつもり。カリスラント海軍が難癖をつけるのも賄賂を要求するための行動だと考えてた。しかし大量の財宝を見ると、元々不機嫌なリミアの声が更に冷たくなる。
「それを今すぐ仕舞ってください。今ならまだなかったことにできます。でないと、このことはアンネ様とミンスター様に報告させてもらいます」
「じゃ一体何がほしいんだ!どうすればあんな馬鹿なことを止められるのか?」
「……支部長さん、なぜフェインルーサ大公が最後あんな訓示を下しましたのか、今ならよく理解できるでしょう?」
「何を言いたい?こっちは大公様の言い付け通り、カリスラントに善意を示した!」
「その努力が全然足りないのですよ。あなた方は自分が優位だと勘違いして、あれくらいで十分だと判断しました。下に見られるのがわかっているから、あんな中身を伴わない言葉は私達になんの効果もありません」
「……なら、私が殿下の前に土下座でもして、謝罪すれば許してもらえるのでしょうか」
「これは支部長さん一人の問題ではありません。そうですね……アンネ様の最初の要求を覚えていますか?カリスラント人がシーリンタで安全に活動でき、かつ公正な扱いをしてもらえるなら、みんなは納得するでしょう」
「……無理だ。私が承諾しても、街の有力者たちは認めない。私が更迭され、約束が無効になるだけ。そもそもカリスラント人が街に入ると、確実に危険な目に遭うだろう……」
「なら仕方ありませんね。シーリンタの人々がこちらを味方だと思っていないなら、こちらもシーリンタに配慮する必要がありません。少し過剰なパトロール体制はこれからも続くと思います。彼らの自発的な活動だから、規則を破っていないなら、私が強引に止めるのも筋違いです」
シーリンタの苦境を心底どうでもいいと思うリミアの様子を見て、支部長がつい弱音を吐いてしまう。
「……どうして、私が……シーリンタが、こんな目に……」
「だからフェインルーサ大公がわざわざあなた方に警告をしました。私達の機嫌を損ねる結果がこれです。私はそこまでやろうとは考えていないが、シーリンタの商業を完膚なきまでに破壊しようと考えている人が多いみたいです。こんなやり方では非常に時間がかかるのを知っているのに全く苦行だと思わないとは、大した根性ですね。彼らの機嫌を取るいい方法がないか、早めに考えておいたほうがいいと思います」
「……リミアさんが彼らに自粛を求めるのは不可能でしょうか?」
「できますが、そうする必要性を感じません。どうして私が部下たちに嫌われるような命令を出すまで、そちらの便宜を図らないといけないのですか?」
普通の相手なら、今さっき机から撤去された二箱の賄賂がその便宜を図る理由になるが、リミアにはまるで通じない。支部長は改めてカリスラント海軍が非常に異質な存在だと認識する。結局なんの成果も得られいまま、支部長はシーリンタに帰還した。




