5-18 クルジリオン公式訪問 5 ~薬売り
――再誕の暦867年10月9日、自由港クルジリオン、リフィミシエ・ホテル――
「昨夜は私どもが大変迷惑をおかけしました。その上、カリスラントの皆様から多大なるご助力をいただきまして、心より感謝申し上げます」
「いいえ、逆にこちらの者が出過ぎた真似を……特にジャイラ叔母様が暴れすぎて、そちらに迷惑をかけてしまうじゃないかと、心配で気が気ではありませんでした」
朝食の後、ホテルのラウンジで私とオーナーのクルヴィが昨日の件について話し合う。クルヴィの視点から見ると、彼女を代表とする互助組織「カラピスケラ・リフレイン」と、その敵対組織「イヴェリの牙」の抗争に、カリスラント人の客が巻き込まれた構図だが、実は今回の件にもっと複雑な背景がある。
「まだ推測の域なんですが、『イヴェリの牙』は実働部隊に過ぎません。今回の策謀を仕組んだ別の存在がいると考えています」
「『本家リミジタース商会』、ですね……確かに最近は不穏な噂をよく聞きますが……」
「探検艦隊がクルジリオンに到着した日も騒ぎを起こそうと拘束された者がいたし、街を見物する士官を狙う散発的事件も何回も起きました。本当はこちらが『カラピスケラ・リフレイン』を巻き込んだ、というべきですね」
「たとえそうだとしても、『イヴェリの牙』は元々こちらを敵視しています。黒幕がいなくてもいずれ仕掛けてくるから、決してそちらの責任ではありません。どちらかというと、うちの店で起きたトラブルだから、やっぱりこちらが責任を取らないといけません」
「じゃこうしましょうか。今回は私たちそれぞれの敵が手を組んだから、どちらのせいでもありません。双方協力して敵を退けたから、私たちの関係をより強固なものにできました――と考えるべきです」
「殿下がそう仰るなら、お互いの責任問題はなしにします。それでも『カラピスケラ・リフレイン』のみんなを助けていただき、『イヴェリの牙』を壊滅させた恩に報いる必要があります」
「それなんですが、確か『イヴェリの牙』のボスには逃げられましたね。こちらがやったことが、逆に禍根を残すような余計な真似じゃないかと危惧しています」
「その心配はしなくてもいいでしょう。仮に彼がクルジリオンに帰還しても、メンツ丸潰れの上で子分がもういません。脅威になることはないと思います」
「それは朗報ですね」
クルヴィはそう言っているが、歓楽街南部が突然支配者がいない真空地帯になったので、色んなところに余波が広がるだろう。「カラピスケラ・リフレイン」に協力していた別の義侠団体「ドリンストル・ファミリア」の動向も気になる。また一悶着が起きそう。
「クルヴィさんが貸しを作ったままのが気がかりというなら、ちょうどこちらから一つお願いしたいことがあります。クルヴィさんと懇意にしている上流階級の女性を紹介していただけると助かります」
テュークリム共和国の上流階級女性がクルヴィへの評価は両極端に偏っている。娼婦の元締めだと蔑む人もいれば、彼女の歌声と成り上がりの伝説に惚れ込み、女性の自立のシンボルだと憧れる人もいる。後者のような人なら私とも話が合いそうから、次の一手に使えると思う。
「それくらいならお安い御用です。先に用件について伺ってもよろしいですか?」
「ビジネスの話です。相手にとっても利がある話だと伝えてください」
このビジネスはクルジリオンに来てから急遽準備を始めたプロジェクトだ。「本家リミジタース商会」の他に、カリスラントと利害が対立する潜在的な敵の存在が発覚した。しかし今の段階の情報は少ない。昨日の件に関与しているか、こっちに害をなすつもりなのかもまだ不明。ちょうどこれから相手との会合がある。その真意を探る必要がある。万が一こっちに敵対するつもりなら、この新しいビジネスで牽制できるだろう。
――30分後、ホテルの談話室――
「ご紹介させていただきたいと思います。この方はクルジリオンに駐在の『フリィンカ』様でいらっしゃいます」
「お初にお目にかかります。セルフェニの聖樹より、恵みを世間に分ける大任を仰せつかりました『フリィンカ』にございます」
目の前の二人が今日の相手だ。一人はテュークリム共和国の議員。議会に挨拶したとき一度会ったが、あのときは特に発言しなかった。もう一人の太っている中年男性は初対面だ。「フリィンカ」というのは、聖樹信仰における地方の事務を管理する大司教に該当する役職らしい。
「お二人のご用件は、先日販売し始めた錬金薬品についてですね」
「はい。聖樹の雫を使っていない薬が出回る現状を、フリィンカ様は深く憂慮しています」
「価格が低い薬品に民が殺到すると聞きました。しかし聖樹の恩恵なくしては、民の苦しみを取り除くことが果たしてできるのでしょうか」
ずいぶんと回りくどい言い方だね。まぁ、わかりやすく言えば、私たちは意図せずに彼らのシノギに手を出したから、こうして抗議に来たわけだ。
この議員の実家が経営する「フリューカィリ商会」はギーアル半島の薬品売買をほぼ独占している。バックにいるのは隣りの「フリィンカ」――聖樹信仰の高位の神職だ。フリューカィリ商会が取り扱う高級薬品はちゃんとしたポーション。高値だが値段に見合う効果はある。そのあたりはまだ真っ当な商売だと言える。だがそれ以外は全然ダメだ。悪徳業者だと言ってもいいくらい。
海外領地財務監査局の調査によると、フリューカィリ商会は「聖樹の雫を原料に使った」という売り文句で一般民衆に薬を売って暴利を貪る。その薬に本当に効果があるかはかなり怪しい。他に選択肢があればそんな薬は誰も見向きしないが、彼らは競合相手を一つ一つ丁寧に潰してきた。ポーションの鍵となる原料の産地を抑え、栽培のノウハウも秘匿。それでポーションの売買を独占して上流階級に強いパイプを作った。多少の違法行為は見逃してくれる。次の切り札はこのクルジリオンの「フリィンカ」だ。他の業者の薬を聖樹の雫の恩恵がない偽薬だと指摘して、販売停止に追いやる。今もまさに同じ手口で私の錬金薬品を潰そうとしている。まぁ、今まで捻り潰された零細業者と違って、こっちはそんな簡単に潰せる相手じゃない。向こうもそれを理解しているから迂闊に手を出さずに、今こうして話し合いのテーブルについてる。
「そちらのフリィンカ様は、よく薬品の効果の有無に裁断を下すと聞きました。薬について深い知識をお持ちしていますね」
「恐縮です。私如きが聖樹の御心を語るなんて、本来許されるような事ではありませんが、有害な偽薬から民を守らねばなりませんので……」
「それで、どうやって錬金薬品の効果を確認するおつもりですか?」
「全ては聖樹の御心によります」
や、やりにくい!私は科学的根拠を聞いてるのに、全部宗教の話で返される。そのままゴリ押しするつもりなのか?それならこっちにも考えがある。
「私が信奉するのは大いなる海神ダルネリトン=ルー。光栄なことに、地上での代行者に等しいダルシネ=ルーデアの称号まで拝領しています。でもギーアルの地では聖樹の権威を尊重しなければならないのも存じています。もしフリィンカ様が錬金薬品の効果を疑うなら、セルフェニの丘に送り届け、判断を仰ぎたいと思います」
まず自分はもっと高位の神職だと告げて相手を牽制。そしてそっちの上の人とも話せるのを教えて、相手の動きを封じる。太っているフリィンカの顔に焦りの色が見える。彼はこれまで独断で薬の裁断をやってきた。おそらくフリューカィリ商会からもらった賄賂を上の人に配分して、目を瞑ってもらったんだろう。零細業者がそれにやられると泣き寝入りしかできない。だがこっちは違う。ユールキ=ガーズルアの教導官フラスダーンと知り合ったことで、私たちはセルフェニの丘と繋がりを持ったし、向こうも私たちと友好な関係を築きたいのがわかった。そこで「商品の薬がいちゃもんつけられた」と、私たちがクレームを入れるとどうなるか、ちょっと見てみたい気持ちもある。
「……それには及びません。セルフェニの丘までの道程は遠いです。多大な金銭と労力を無駄にする必要がありません。この問題を解決するための提案をしたいと思います」
「こちらの薬品に、聖樹の雫を入れたいとでも言いたいのですか?」
「はい。そうすればそちらの薬品の効果も保証されますから。原料と作業が増えますが、聖樹の認証を得た上にフリューカィリ商会の販路も使えます。値上げしてもそちらの利益が今より増えると保証します」
まぁ、予想通りね。正面で戦うと分が悪い相手なら、一部の利益を譲って取り込むのが一番。普通ならこれですべてが丸く収まるはずだが……
「論外ですね」
「……な、何を……私の聞き間違い、でしょうか」
「こちらの薬品に余計なものを入れると、効果を損ねる恐れがあります」
「聖樹の雫を余計なものだと!?」
「フリィンカ様はわからないのですか?薬は極めて繊細で、取り扱いに細心な注意を払う必要があるものですよ」
「そこまで言うなら、実際には手を加えない、形式的なもので構いません。錬金薬品をこちらに卸して、販売はフリューカィリ商会に任せれば、そちらもあんな安価で売り出す必要がなくなります」
「残念ですが、フリューカィリ商会と交渉する余地はないみたいですね」
「……なぜですか?」
「安価で売り出して、よく効く薬を誰でも手にすることができる世の中を、私は作りたいんです」
そもそも私は薬で大儲けするつもりはない。錬金薬品を広まるのが目的だ。フリューカィリ商会が利益しか頭にないなら、最初から私とは相容れない。
「殿下は一つ勘違いしていますね。このギーアル半島でよく効く薬は、フリューカィリ商会の物しかありません」
今のは、宣戦布告だと捉えてもいいよね。私が目指している目標が実現すると彼らの利益は完全に消滅するから、必死な抵抗を受けるのも必然な結果。でもこっちだって譲れない。安くて効果的な錬金薬品を普及させることは、私の探検事業の中で非常に重要な一環だから。
地球の研究によると、メキシコがスペインに征服されてからの百年間で、なんと先住民の人口が元の3%になった。最大な原因は植民者による虐殺でも、過酷な労働環境でもない。ヨーロッパ人とともに海を渡ってきた伝染病だ。未知な病に免疫がない先住民はいとも簡単に命を奪われた。私の探検によって同じような悲劇が起きるかもしれない――これは私が探検を計画してからずっと懸念している事項だ。対策のため、様々の可能性を持つ第三世代錬金術の研究に、私は医薬品の開発を優先するように指示した。この世界の医療技術では病原の特定や病気の予防はまだ難しい。でも鎮痛、解熱の薬品を大量に生産して、経口補水液なども用意すれば、病気による症状を緩和させ、人体が免疫を得るまでの時間稼ぎになる。それだけでも大勢の命を救えるだろう。
「ファルナ、今の会話は全部記録を取ったのね?」
「はい」
客人が帰った後、私たちは早速対策を始める。テュークリムの貴婦人たちと始めたい例のビジネスもだが、相手が敵意を表した以上、別の手段も講じる必要がある。
「それを知るべき者の元に送るように」
ここの知るべき者は当然、カリスラント海外領地財務監査局、つまり「片目片足のカラス」だ。専門な情報機関だし、この会話を見るだけでどうすべきかわかるだろう。
しかし、どうして私がこんな面倒なことをやらないといけないの?せっかくフィレリッタたちが世紀の大発見をしたのに……はぁ、私もあの神殿に行きたい……
「アンネ様。もう少しの辛抱ですよ。例の神殿の方々は明後日来てくれますから」
……私の顔、そんなにわかりやすいのかな?




