5-17 クルジリオンにて~場外乱闘編――決着(三人称視点)
「なんだこの女。気が狂ったのか?かわいがられてぇなら後で……え?ゲフッ……」
後ろから接近するジャイラに気づいた男がいたが、目にもとまらぬ速さで喉を貫かれた。
「恨むなら、自分の下品な口にだな」
「な、なんだこいつ!」
「いつもはこんな雑魚いくらやっても楽しくないが、くっくっくっ……今宵のサーベルは血に飢えている、ってやつか」
ゆっくりと接近してくる血染めのドレス。あまりに異常な光景に、普段怖いものなしのゴロツキ共でさえ寒気を覚える。
「ジャイラ様!どうしてここに!」
「ジャイラ……?おい!あの女は、カリスラントの者だ!」
「ってことは、軍人か?いいのか!こっちは一般人だぞ!」
店を守っている海軍士官はなるべく殺傷しないようにしているから、こう言えば相手の凶行を止められると思ったが……生憎、ジャイラはそんな常識に縛られるような人間じゃない。
「はっ。笑わせてくれる。凶器を持って店を包囲する、こんな一般人がいてたまるか。まぁ、そうだな……仮に一般人だとしよう。それならきっと――」
「……えっ?」
「殺してもいい一般人だな」
ジャイラと話していた男と、その隣りにいる二人も一瞬で喉を貫かれ、断末魔を上げることもできずに絶命した。容赦なく敵を屠るその様子はまるで、闇夜を舞う黒き蝶の処刑人。白きドレス姿の死神を幻視した人もいる。あまりの恐怖に暴徒たちの攻撃が止まり、続々と逃げ出す。
アルトー=アファンドリ島のとき、ただの農民相手にジャイラは気が乗らなかった。そこからわかるように、ジャイラが好きのは強者とのギリギリな戦い。弱いものいじめは好きじゃない。だがそれ以上にジャイラは卑怯者が嫌い。自分より弱い人には容赦のない暴力。強者の前では自分が弱者だとアピールする。そんな卑怯者の存在自体に吐き気がして、目の前にいるだけのも許せない。卑怯者をぶちのめしても面白くないが、害虫駆逐のような別種の爽快感がある。
「指揮は私が引き継ぐ!海軍士官は建物の中に、海兵だけが防衛ラインに残れ!」
キーミルが率いる援軍が現場に着いた。まずは場を整理して、白兵戦が得意じゃない人を後方に回す。万全な態勢を整えたその様子を見て、ジャイラは心置きなく大暴れ。間もなく、攻めてきた「イヴェリの牙」は全員排除された。
「うわっ、これは……大事になったね」
続いてインスレヤとカーシュレも現場に到着。外国人が怖いカーシュレはあわあわして、インスレヤは5番艦の艦長と情報交換して、店の周りが死屍累々な状況をどうしたらいいかについて協議する。責めるような視線を向けられ、ジャイラは悪びれる様子もなく返事する。
「悪い悪い、少し羽目を外した」
「はぁ……少しは後始末する方の苦労も考えてくださいよ、ジャイラさま」
「それより、弟を捕まえられた人がいるじゃないか。その場所を聞きたい」
「今から行くのですか?」
「助けてあげないとまずいだろう?それに、あたしはまだ暴れ足りないんだよ」
「確かにそうですが……キーミル、あなたの意見はどう?」
手持ちの戦力と現在の状況をよく考えたら、キーミルはゴーサインを出す。
「こんなゴロツキ相手なら、お師匠様一人でも正面突破できる。私が一班を率いて裏でサポートしながら人質を保護。海兵一班をここに残せる」
「さすがキーちゃん。それで行こう」
「はぁ、キーミルがそういうなら、それはきっと一番合理的な作戦だが……カリスラント王家の血を引くジャイラさまを一番危険な場所に配置するのは……」
「頭が固いよ、ドチビ。適材適所ってやつさ」
20分後。「イヴェリの牙」の縄張りに踏み入るジャイラだが、逃げ帰った構成員から「血染めのドレス」の恐怖が伝わったから、道中でまるで抵抗がなかった。その隙にキーミルたちが女性の弟の救出に成功したが、このくらいではまだ満足できないジャイラはそのまま「イヴェリ」の本拠地へカチコミに向かう。
門番二人を仕留めて、海沿いの二階建ての大きい建物に侵入したジャイラは後詰の構成員をも蹴散らす。本当にこのまま一人で組織丸ごと潰してしまいそうなとき、彼女はずっと探し求めていた強敵と出会えた。ナギナタのような兵器を持つ、流れ者の武芸者のような風貌をする男が、二人の舎弟を連れて、ジャイラの前に立ちはだかる。
開幕早々ジャイラの猛攻に抑えられる男だが、一撃一撃をちゃんと捌くことができて、まだ持ちこたえている。その様子を見てジャイラはますます心が高鳴る。半端な使い手なら彼女の一撃も凌げられないから。しかし舎弟二人が加勢すべきか決めかねているとき、男はいきなりナギナタを捨てて、両手を上げる。
「待った!降参だ!見逃してくれ!」
「あ、兄貴?なんで?」
「勝てない相手だとわかったからだ!俺はこんな所で死にたくない!お前らも武器捨てろ!」
いくらジャイラでも、降伏した相手は斬れない。まさかこんな不完全燃焼な形で戦闘が終わるとは、ジャイラは思わず舌打ちをする。
「ちっ、やっと手応えがある相手が出てきたというのに、興ざめだ……でもその迅速な判断は嫌いじゃない。官憲に出頭してこれまでの所業を白状するなら、見逃してもいいぜ」
「それなんだが、俺達は『イヴェリ』の人間じゃない」
「あ゛ぁ?」
「ホントだ。俺達は船が難破して、ここの人に助けてもらった。まともな稼業じゃないのはわかっているが、恩があるから用心棒を引き受けた。街の人間に訊いてもいい。俺達がやったのはこのアジトの守りだけ。ここのボスが海に逃げる時間は稼いだし、もう義理を果たした」
男が言い逃れようと疑うジャイラだが、剣を交えた感触からして、こんなしょうもない嘘をつくような人とは思えない。それに『イヴェリの牙』のならず者とは確かに雰囲気が全然違う。ここは信じてもいいとジャイラが判断した。
「そういや、なんであんたが俺達の言葉がわかるんだ?」
「あぁ、こっちに翻訳用の魔道具があるから。言われてみると、ギーアル語ではないな。どこの出身?」
「俺達は南海のテランクジーレ人だ。師匠のシゴキが厳しすぎて、どうにか抜け出して、武者修行という名の物見遊山の最中だ。もしあんたが『トラシレーヤ』に訪れることがあったら、うちの道場に行ってみるといい。あんたなら師匠は喜んで手合わせしてくれるだろう」
「これはいいことを聞いた。『トラシレーヤ』、だな」
「そうだ。一番大きい道場だからすぐに見つけると思う。これで見逃してくれた義理も返した、っことでいいか?」
義理人情にうるさい男だなーと、苦笑するジャイラがそう思った。
最初の状況報告がファルナのところに届いた時点、もちろんアンネにも知らせたが、地上の争いなら自分にできることが少ないと判断したアンネは信頼するファルナにすべてを託して、早めに就寝した。連日の会合でもう疲れ切ったから。だからこの夜の一連の事件、アンネは翌朝になって初めて全貌を掴んだ。まさか自分が寝ている間でここまで大事になったとは、アンネは朝っぱらから頭を悩ますことに。




