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1-1 最後の講義 1

――港町サーリッシュナル、カリスラント王立海軍士官学校、大講堂――


「みんなも知っての通り、今回は私が海軍士官学校での最後の講義となる。来週から私は探検艦隊司令に就任。未知なる世界を探索する旅に出る」


 大講堂に三百名近いの受講者が集まり、今士官学校にいる生徒全員が私の講義を受ける。今回は大事な話があるから、無理を言って他の授業の時間を変更させてもらった。まぁこの学校の創立者と校長は私だし、ちょっと無茶な願いをしても大丈夫だよね。


 今日の講義は国際政治と海軍戦略。こればかりは人任せにできない。カリスラントの海軍を築き上げ、勝利に導いた私、第二王女アンネリーベル・プリア・カリスラントの言葉だからこそ重みがある。それにこれは私がこの先の国策についての考え方をみんなにはっきりと示すいい機会でもある。探検の旅に出たら、誰かが勝手に私の名を使ってやらかすのが一番怖いから。


 前回の授業は近代。100年前から始まったザンミアルの躍進、西南海岸貿易ルートの展開、そして内海諸国の連盟を下して海の覇者になったところまで説明した。今回は現代の授業。カリスラントの新時代海軍の誕生、この前の大きな戦争、そしてザンミアルの海上覇権の崩壊について。


「では、なぜ我が国の同盟国だったザンミアル=フォミン連合王国がいきなり裏切って、我々の宿敵アファンストリュ帝国と手を組んで戦争を仕掛けてきたのか。わかる人が答えてみなさい」


「はい!」


 挙手したのは確か……一年生のフェリシェム伯爵令嬢。元気いっぱいが取り柄の、少しお馬鹿でおちゃめな女の子らしい。なんだが嫌な予感がするけど、無視するわけにもいかない。


「ずばり、アンネさまを奪いに来たのです!略奪愛なのです!」


「……もう、真面目にやってよ。ザンミアルが宣戦布告する前なら、私はまだゼーネフォビム王太子の婚約者だよ。私だけが目的なら、何もしなくていいじゃないか」


 戦争の根本的原因について触れていないから不正解にしたが、実は今の答えは完全に間違いというわけでもない。ザンミアルの戦争の目標の一つは私の身柄を確保すること。あの王太子は一度婚約破棄した上で、戦争に勝利した後改めて私を妻にするつもりらしい。ロミレアル湾の戦いの前に、王太子がザンミアル艦隊に向ける演説では「カリスラントの弾除けの道具にされた、悲劇の姫君を救うために戦おう」と、正義はザンミアルのほうにありと主張した。ロミレアル湾で王女である私を捕まえて、結婚してカリスラントの王位を簒奪、最終的にはザンミアル=フォミン=カリスラント三重連合王国の出来上がり……なんというか、んー、すごく雄大な絵図だね。


 ザンミアルの艦隊を壊滅させて、自分の元婚約者を海の藻屑にしたことに、さすがに私もちょっと悪いと思ったけど……今の話を聞いたあとでは、正直……意味不明だし、気持ち悪くて僅かな罪悪感も消えた。そもそも私は弾除けなんかじゃないし。カリスラント海軍総司令として、自分の意志で戦いに参加した。ザンミアルが私の力と人なりを正確に理解していないのも、戦争の原因の一つだよね。


 満場の笑い声の中、次に挙手したカルウスト候爵令息に答えてもらう。二年生の中で一番優秀だと噂されているし、良い答えが出るといいね。


「戦争の原因はザンミアルの危機感にあると考えております。我が国の海軍の拡大は、伝統的海軍大国のザンミアルにとって望ましいことではありません。そしてザンミアルが独占していた、内海諸国と西南海岸を結ぶ海上貿易ルートも我が国にシェアを奪われて、経済が大打撃を受けました」


「よくできました。新型船の登場によって、我が国の海軍戦力と海上輸送能力が急成長して、ザンミアルの優位性をおびやかした。それをなんとしても止めたいとザンミアルの上層部が考えた。他にも選択肢があるにも関わらず、彼らは最も簡単で粗暴な手段を選んだ」


 カリスラントの軍艦の数が急増することに、ザンミアルの指導層実はそんなに気にしていなかったと思う。彼らはあのジーカスト艦隊に絶大な信頼を置いていたから。カリスラントの艦隊なんていくら増強したところで脅威じゃない、簡単に叩き潰せる……きっと負ける瞬間までそう思っていたんだろう。でも運送能力の差による経済ダメージは無視できない。


「実際の統計データを見ればわかる。今私たちがいるサーリッシュナルから、内海の出口である岬の街トンミルグへ穀物を輸送する場合、ザンミアルの商船隊は1箱平均聖ビルム銀貨5枚の経費がかかる。天候良好なら8日後に到着。しかしカリスラントの新型商船なら経費は1箱平均聖ビルム銀貨0.8枚、所要時間も5日だけ。しかもよほどの悪天候でない限り遅れることはない。西南海岸の貿易を100年間支配していたザンミアル商人は完全に競争力を失った」


 これは地球の第一次世界大戦の背景にちょっと似ている。統一したドイツの海上貿易が急成長することに、19世紀の覇者イギリスは脅威を感じ、そのまま関係が悪化して、やがて戦争は不可避となった。ドイツがベルギーの領土に無断侵入すると、イギリスはベルギーの中立を守る義務があると宣言して、戦争に参加した。「あんな紙切れ一枚のためにイギリスは戦争をするのか」とドイツの宰相は驚愕したが、その認識はありえないくらい現実から乖離した。貿易の優位性を守るために、イギリスはずっと前からドイツと戦争したいのだ。あの強制力がないロンドン条約は単なる口実にすぎない。


 カリスラント王国は伝統的な陸上権力だったから、海上権力のザンミアル=フォミン連合王国と自然と仲良くなれた。海に手を出さない限り、カリスラントの国力伸張はザンミアルにとっても望ましいこと。海上貿易でたっぷり儲けるし、カリスラントの陸軍は頼りになる同盟軍だから。つまり両国の関係をぶち壊したのは、私が作り上げた海軍とも言える。しかしそれは私の本意じゃない。そもそも私はザンミアルへ嫁ぐ予定の身。カリスラントでの海軍作りは実績のため。将来ザンミアル王太子妃になっても海軍を動かせる権限を確保するための布石。その時はもちろんザンミアルにも私の新時代海軍を導入するつもり。しかしまさかザンミアルがあんなに短慮とは思わなかった。ザンミアルの反応を甘く見ていたのが、戦争に対する私の責任。


「なぜここまでの差が出るのか、カリスラントの新型船とザンミアルの船の違いについては別の授業で習うので、今日の講義は戦略の観点だけに重点を置く」


 ザンミアルの船は、地球のガレー船の発展形と言える。主力戦艦のジーカスト艦はその見た目と、単縦陣で攻撃魔法を一斉に放つ戦術から、私は「戦列ガレアス」と密かにあだ名を付けた。ガレー船は風波の荒い外洋での航海に向いていない。地球ではそれが常識だし、魔法があるこの世界でも間違っていない。しかしザンミアルは意外な方法でその問題を解決、最初の外洋の支配者となった。


 ザンミアルの社会制度は、地球の昔のカースト制とちょっと似ている。下位カーストに移住と転職の自由がなく、上位カーストの管理下で強制労働させられる。一応他の基本的人権は保証されているから奴隷よりはマシ。上位カーストが管理下の民の職業を決められるから、漕ぎ手を簡単に確保できる……いや、あれは正確に言うと漕ぎ手ではない。鹵獲したジーカスト艦の下層船室に魔力吸収装置が発見された。数多くの下位カースト国民の魔力で土魔法の「状態保持」を発動。強引に姿勢制御して外海の荒波の中でも平穏に航海できる仕組み。下位カースト国民の魔力の収奪が主の目的で、漕ぎ手にするのは他にやらせる仕事がないから。正直、見事な発想だと思う。こんな手段で外海進出を果たすなんて、地球の知識がある私では絶対に思いつかない。やっぱり魔法がある世界は面白いね。ジーカスト艦は「状態保持」のお陰で安定感抜群。安定性なら私の船でも敵わない。そこは素直にすごいと思う。しかしそれは海上貿易においてザンミアルはカリスラントに絶対に勝てない原因でもある。現在のカリスラントの一般的貿易船は乗員20人~25人で運航する。対してザンミアルの貿易船の乗員はおおよそ70人。殆どが賃金低い下位カーストの船員とは言え、食費だけでも大きな負担になる。そして食料を大量に積み込まないといけないから交易品を積むスペースが少なくなる。頻繁に補給する必要があるから寄港する回数が多い。だから商業競争で私の新型船の完全勝利は必然の結果。


「次の大きな変化は、海軍の兵器の射程と火力の上昇。これまで以上に陸の戦いに介入できるようになった。これは先の戦争の後半で実証済み。詳細は戦術の授業で習うので、今はこれが今後の戦略にどのような影響を与えるかについて説明する」


 ロミレアル湾の戦いで自慢のジーカスト艦隊を失ったザンミアルは一気に戦意喪失。その狂った野望はわずか3ヶ月で終わったが、ザンミアルが降伏した後戦争はさらに一年も続いた。カリスラントとアファンストリュ帝国の陸軍の実力は拮抗しているが、戦争序盤ザンミアルの相手をする間北部地方が帝国に占領され、奪還するために一進一退の激しい攻防を繰り返した。


 帝国と比べると、カリスラントの最大の強みはやはり私が指揮する海軍の存在。それをどうにか活用できないかと陸軍の参謀たちと相談したら、海岸に隣接するトリミンス台地ならちょうどいい戦場になるという結論が出た。まず補給線が圧迫されるように見せかけて、カリスラント陸軍があえなく後退するように演出する。そしたら帝国軍はカリスラント軍を不利な地形であるトリミンス台地に追い込むように動く。海上に私の艦隊の魔力レーダーがあるから、ここまで近くに来たら帝国軍の動きは筒抜け。そんな感じで陸軍と足並みを揃え、細かい調整をしつつ、帝国軍を死地へ誘い込むのに成功した。まずは夜明けの海上からの砲撃。カリスラント艦隊は崖の下の死角にいるから、見えない場所からの正体不明の攻撃に帝国軍は大混乱。そこでカリスラントが誇るティアバン騎兵が両側から突撃。昼前にもう帝国軍は潰走。このトリミンス台地の戦いは戦争後半のターニングポイントとなった。


「ここまでが先の戦争から得た教訓。以上を踏まえて、みんながこの先のカリスラントが進むべき道について、自分なりの考えをまとめた人がいれば、遠慮せず言ってみなさい」


 さて、私的にはここからが本題。カリスラントは勝ちすぎた。和平交渉で帝国に占領された土地を全部取り返して、更に連合王国を解体、ザンミアルとフォミン両方とも属国にした。地球の戦争の歴史を知っている私は恐れている。勝利の美酒に酔う人がさらなる栄光を求めて、破滅の道へ突き進む。よくあるパターンだ。もしそんなことを考える人がいるなら、二度と馬鹿なことを考えないように徹底的に説き伏せよう。これは探検に出る前に、私の本国での最後の大仕事だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ミリタリー×異世界×百合とはかなり珍しいですね。ミリタリー、特に海軍に焦点を当てているなら尚更です。 自分としては自分が好きなジャンルを書いてくれるのは嬉しいです。 ぜひ完結までお願いします…
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