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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第1部 帰郷編

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#071「メラネルガリア日記①」



 メラネルガリアでの生活も、にわかに落ち着いてきた。

 〈学院〉での学生生活も、この頃はいい感じに要領を把握してきている。

 最初は第一王子の身分を隠すとか。

 変な陰謀に巻き込まれて、面倒な展開になるんじゃないかとか。

 もろもろ懸念も多かったのだが、〈学院〉での風聞がいい感じに追い風になって、スピネル家当主も、近頃は渋い顔で沈黙している。

 セドリックの報告では、他の貴族たちも揃って微妙な反応で落ち着き始めたそうだ。


 ──死んだはずの第一王子は、やはり死んだままなのではないか?


 失礼な話で腹立たしいが、これにより当座の安全は八割方確保されたと言っていい。

 一番危険視していた第三妃(ヘマタイト)家も、どうやら自慢の王太子が次々に上評判を獲得していくため、仮にラズワルド・スピネルが第一王子であったとしても、自分たちの立場は揺るぎないと判断したと聞く。

 噂では、すでに王位を継いだものと考えているのか、連日のように祝宴(パーティ)までやっているらしい。ぜひその調子でいてくれ。


 世間知らずの田舎者。

 貴族というより蛮族。

 まさかり担いだラズワルド・スピ太郎は、メラネルガリア貴族社会において、今じゃ急速にその存在感を失いつつある。


「アレが王族の姿か?」


 直接そう言われたワケではないが、彼らの目には俺のコトが、大層奇矯に見えて仕方がないのだろう。

 まさしく、計画通りだ。

 俺はククク小刻みな笑いが止まらない……。


(どいつもこいつも、まんまと騙されちまったようだなぁ……)


 俺、怪しさ割と満点なのに。

 訓練とかも、特に手を抜いたとかでもなく普通に頑張っているつもりなんだが?

 ありのままを晒した方が、逆に怪しまれないってなにさ。

 落ちこぼれの烙印を受け入れた方が、結果的にオーライらしいので何も言わず黙っているけども。


(っかしぃなぁ……自分的には、そこそこ上手くやれてるつもりだったんだが……)


 王碩院での座学や魔術院での実践はともかく、兵装院での決闘試合では、斧さえ使って良ければかなり勝率はいい。

 しかし、メラネルガリアでは剣が使えないと評価されないのか。

 馬の乗り方も知らなかったことで、唯一自信のあった兵装院でも、いまいちな査定をされている気がする。


(……こう、なんだろう?)


 そこはかとない屈辱感、とでも言えば良いか。

 別に〈学院〉からの評価なんて、俺の人生には何の影響ももたらさないと頭では理解しつつ、それでもどこかで、悔しさを覚えてしまう不思議な人間心理……


 辛い。本当はもうちょっと優秀なところも見せられるはずなのに、王位継承権とか不要な面倒事に巻き込まれたくないから、仕方なく劣等生のフリをしなくちゃいけない俺──とか考えて、密かに自分を慰めている自分が。


(ぐぬぬぬぬ)


 悔しいぜ。

 しかし、気にしてはいけない。

 俺の実力は、学校の評価項目とかじゃ測れない規格外的な領域にあるのだ。

 というか、むしろ、色々と初めてやってるんだから、手心というものをですね……

 魔術の講義や帝王学じみた勉強も、同期との経験値差を考えれば、決して悪くはないはずなのに。


(やれやれ。やれやれだよまったく)


 メラネルガリアは、何事もエリート志向で困る。

 とはいえだ。

 おかげで俺は、ようやく肩の力を抜いて気を休められそうだった。

 〈学院〉に通って三ヶ月。

 廊下の曲がり角や、ふとした物陰からの不意打ち。

 刺客の可能性に絶えずピリピリするのも、もういいかげん、終わりにしていい頃合だろう。

 今日は新しい日記帳を手に入れたので、そうだな……『メラネルガリア』のことでも書き留めてやろうか。






 ──メラネルガリア。


 北方大陸(グランシャリオ)の中心にドデンと腰を据えるダークエルフの大国。

 大国というだけあって、この国の国土はめちゃくちゃ広い。

 痩せた土地のか細い収穫を、広さで補っているような印象を受ける。

 だが、生活の基盤は農耕よりも畜産。

 広大な国土面積と地熱魔術とやらを利用した、大規模放牧によってどちらかというと支えられているようだ。


 山地、盆地、平地、高地。


 過酷な北の環境で、なおも逞しく繁殖する素晴らしい獣たちを、ダークエルフは古くから家畜・品種改良化していた。

 我らが親しみ深き畜犛牛(オーノック)駄鳥(ドルモア)

 はじめましての牧山羊(パルサ)野雉羊(ウルヌク)

 見知った名前もあれば、図鑑でしか知らなかった名前も。

 そして、やはり北方に暮らす種族ゆえか、畜産と合わせて酪農なども結構発展させている。

 保存食であるチーズとバター。

 味は少々違うも、コイツらにまた出会うことが出来たのは、正直かなり──グッと来た。


 ただ、やはり野菜や麦の少なさについては気になる……


 土地と気候柄、どうしても仕方がないと分かっていても、葉物や穀物だって欲しいのが、人間の飽くなき食欲というもの。健康面だって気を遣いたい。


 木材資源とあわせて、どうにか解決ならないものだろうか?


 使用人たちに聞いたが、薪割り用の薪なんかも、ここじゃあ立派な財産(貴重品)

 そこいらにある木をテキトーに伐採して、勝手に薪割り──燃料化などしようものなら、下手すると平気で罪に問われかねないのだとか。


 めっちゃくちゃ、カルチャーショックである。


 まあ、国で管理されている資源ということなら、考えてみれば当たり前の話ではあるだろう。

 メラネルガリアは木材自給に関して、かなり徹底した配慮をしている。

 どの貴族も、自領の植林には年中気を配っているとセドリックからも聞いた。

 木材なんぞなんぼあったって困りゃしないからな。

 寒さに強いダークエルフではあるが、俺も冬はパチパチと爆ぜる薪の音を聞いて、暖炉前とかでうたた寝したい。


 一方で、鉱物資源。


 こちらに関しては、メラネルガリアは全体でかなりの余裕を持っているようだ。

 貴族の家名が石な時点で、薄々察しつつはあったが、ダークエルフは鉱物──俗にベースメタルなどとも呼ばれる鉄や銅、金属類の他に、石炭などの恩恵を得たことで文明の下地を作った。

 特に、石炭はその見た目が真っ黒いこともあって、ダークエルフの価値観では大変にありがたい石と認識されている。

 王碩院での説明によると、アダマス家の始祖、初代王には、〝ロイヤル・タッチ〟──手で触れただけで石炭を生み出す力があったらしい。


 ──石炭。


 それは、言うまでもなく燃料。

 火は生活に欠かせず、繁栄をもたらす文明の光。

 当時、ダークエルフは渾天儀世界に存在する様々な種族の中でも、最も早い段階で『魔術』の有用性に気がつき、その利用を率先した。

 ゆえに、アダマス家は石炭──別名〝黒いダイアモンド〟とも呼ばれる石の力によって、王家の地位を磐石にしたと語られている。


 ……もっとも、今日(こんにち)では石炭でなく、黒金剛石(アダマス)の方を主要に司っている。対外的にはそう喧伝しているようだが。


 どっちにしても、大した話である。

 

 メラネルガリアもといダークエルフは、鉱物資源を利用し、魔術を織り交ぜることで、その文明を高度に成長させた。


 地熱、貴石、石炭、黒色信仰。


 民族的な文化や特徴は、だいたいのところを掴めてきたように思う。

 そして、この国ではなぜ〝強さ〟が尊ばれるのか。

 それはやはり、北方大陸(グランシャリオ)の過酷な環境が、大部分の理由を占めていそうだった。


 ──強くなければ生きられない。


 野生の掟、自然淘汰。

 生物として、皆が当たり前に持つ命の大前提。

 実力主義の風潮が生まれるのは必然で、そこから育まれるのは『戦士階級』を上に戴く男性優位社会。

 メラネルガリア王朝剣術も、男でなければマトモに振るえない大剣──両手剣を使ったもの。

 腕力に物を言わせた大狼流に近かった。

 といっても、大狼流と違って装備はガチガチだが。

 だからこそ、セラスランカなどの女性には、まったく向いていない。

 初めから男が使うことを前提とした戦い方──戦種(スタイル)のため、女性の腕力ではメラネルガリア王朝剣術は扱いにくいどころの話ではなかった。


 しかし、この間もそうだったが、セラスランカは周囲からの迫害、差別、蔑視も何処吹く風、堂々と胸を張って歩く。

 腰に佩いた得物は、破壊力よりも切断力を重視した黒曜石の長剣。

 長剣のため、大剣ほどの横幅はなく、それでいて短剣ほどの身軽さもないが、アレはセラスランカの凛とした佇まいにとても似合っていて、なんというか非常に絵になる。

 キリリとした流麗な視線。

 長くて鋭い綺麗な太刀筋。

 決闘試合の戦績も、セラスランカはあの王太子に並びかねない勝率を誇った。


 もちろん、スネイカーやディープ、ネビュラスカあたりの〝三ブラック家〟は、相当に不満を溜め込んでいそうだが、実力主義のメラネルガリアでは結果がすべて。


 小気味がいい。気分がいい。見ていて痛快。


 俺はそういうところも含めて、セラスランカのことをだいぶ好きになっている。

 メラネルガリアっていう国自体は、第一印象からここまで、あまり住みやすい国とは思えちゃいないが、そこで暮らす人間が皆、揃ってイヤなヤツってワケじゃない。

 俺もようやく、ここまでは受け入れることができた。


 ──でも。







「……大人しく学園生活やってるだけじゃ、やっぱダメだな」


 日記帳から顔を上げ、どうしたものかと羽根ペンを置く。

 スピネル家に与えられた離れの寝室。

 黒檀の机はツルツルとしていて触り心地がいい。

 だが、俺はなにも学生をやるためにメラネルガリアに戻ってきたのではなかった。

 ……いや、タメになる経験が、全くのゼロってワケではないので、ラズワルド・スピネルの身分もそれなりに好ましく思いつつはあるが。


「首席はムリくさいし、この方法じゃ、刺青の秘密には辿り着けない……」


 ネグロ・アダマスとの謁見を叶える。

 それは、素性を偽ったままでは、かなり不可能な気がしてきた。

 スピネル家当主の話では、兵装院、魔術院、王碩院のいずれかで、首席にさえなれば卒業時に王と直接対話の機会が与えられる。

 だけど、王太子ナハトやオブシディアン姉妹がいる以上、〈学院〉が求める能力値で、ラズワルド・スピネルが首席の座を掴むのは、なんとも可能性が低すぎだった。


「困ったな……」


 こっちはただ、カラダを這いずり回る謎の刺青の由縁を知りたいだけなのに。

 重要そうな真実を知るには、いつも遠回りを余儀なくされる。


「……オマエも、あれ以来ホントにうんともすんとも言わないな」


 袖の裏側からチラリ。

 まるでこちらを、覗くように左手首から顔を出すニョロニョロ。

 目を凝らせば、それが極小の文字の連なりであることを今では理解できる。


「……王碩院にはたしか、書庫塔があったな」


 秘文字。

 情報が見つけられるか分からないが、ここはいったん、文献を漁って地道に調べてみるのもいいかもしれない。

 ネグロ・アダマスに問いただせば、間違いなく答えは返ってくるだろう。

 だが、この刺青も結局のところ……他の何もかもと同じで〈渾天儀世界〉の産物に過ぎない。

 俺はメラネルガリアで生まれて、メラネルガリアで実験された。

 なら、ヒントは必ず、この国のどこかに眠っている。


 次の休日から、そうだな。

 本格的に図書館にでも通ってみるとするか。




────────────

tips:鉱物資源


 メラネルガリアもといダークエルフは、鉱物資源によって高度文明を築き上げた。

 彼らは鉱物のありがたみを知っている。

 そして鉱物とは、大地の結晶である。

 岩漿、地熱、圧力、時間。

 ダークエルフの使う魔術には、必然、大地の理が多用される。

 十一の貴族ともなれば、己が家名の石を自らの身体のように操れてもおかしくはない。


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