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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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339/344

#339「死の定義者」



「外の様子も、そろそろフィナーレってところだなァ」

「……」

「いいのかァ? オマエのツラを見てりゃァ、まだ何個か手の打ちようがあるって感じがするぜ」

「……どうした? 焦ってんのか? 仲間がやられて、俺たちの同盟を潰せそうにねぇから」

「ヒヒヒッ! そうだなァ、思ってたよりかはダメそうだァ……」


 鯨飲濁流は肯定を返しながら、首の骨をコキコキと鳴らす。

 痩せさらばえて骨の浮いた皮膚。

 戦闘が始まり、何分時間が経っただろう?

 分身の放つプレッシャーは、今や見るからに弱まっていた。


 世界破壊の斬撃に対して、内包する小世界を身代わりの盾とする驚異の戦法。


 焼け爛れた都の他にも、すでに四つの〈領域〉をこちらは破壊している。

 ただ、その四つはどれも第三級だった。

 俺の使う英雄奥義が、一度にひとつしか破壊対象に出来ない事実を、鯨飲濁流は恐らく初手で見抜いたのだ。

 エル・セーレンでは多重世界破壊が叶ったが、あれはあくまでユミナの冥界が偏在する性質を備えていたから。

 このクソ野郎は、それを検証するために焼け爛れた都を切り捨てやがった。


(攻撃は効いてる)


 だが、本来必殺に等しいこちらの技を、通常攻撃にまで格下げする能力を持っていたのが眼前の敵だった。

 分身に出来るコトが本体に出来ないはずはない。

 なかなか、ふざけた話だと思う。

 ベアトリクスの力、ヨキの力。

 片方は完全に封じられ、もう片方は決め手に欠ける。

 天敵だ。

 ほんとうに、因果を感じずにはいられない……が。


「オマエの言う通り、俺にはまだ切り札がある」

「……ヒヒッ! だったら、どうして使わないんだァ? 知ってるぜ? ()()()()()

「勘違いするな」

「アァ?」

「それも切り札のひとつではある。だけどな……俺が言ってんのは、もうひとつの切り札のほうだ」

「もうひとつ、だと……?」


 怪訝そうに首を傾げ、やや前傾姿勢になりながら警戒を強める鯨飲濁流。

 月の瞳と似た能力を持った配下。

 そいつから事前に、ある程度はこちらの情報を入手しているはずだが、さすがにコレは知る由も無いか。

 闇人化を解除すると、鯨飲濁流はさらに警戒を強めた。


「何をする気だァ?」

「ひとつ、勝負をしようぜ」

「勝負だァ?」

「俺はいまから、斧を使わない」

「……何を考えてやがる」

「分らないか? 純粋に、魔法戦で勝負をしようって言ってんだよ」


 森羅斬伐は縮小して懐にしまった。

 外の戦場がどうなっているかは、ハッキリとは分からない。

 でも、使い魔が何をしているかくらいは、なんとなく分かる。

 何の呪文が使われて、どんな超常現象が起こっているかもうっすらと伝わって来る。

 この戦いを通して、自信も湧いた。

 ヴァシリーサからギガース高原で聞いた話。

 あれから朧げな輪郭はあった。

 曖昧な輪郭は徐々に徐々に、ハッキリとした実像を浮かび上がらせて胸の裡に姿を現した。


「魔法戦だと? いざとなったら斧を使うつもりだよなァ? そんな誘いに、こっちが乗ると思ってんのかァ?」

「じゃあ、どうする? このままダラダラやっても、所詮は分身に過ぎないオマエはジリ貧だ」

「……」

「外のお仲間も、大魔法を維持できてない。苦戦した証拠だ。オマエがどれだけ偉そうにふんぞり返ったところで、自分たちが負けそうだと分かれば、ネルネザゴーンの軍隊だって逃げて行く」


 たとえ恐怖で支配されていたとしても、恐怖で縛れる行動には限度がある。

 一方で、襲撃されたこちらの軍隊には、何としてでも勝たなければという理由と覚悟がある。

 愛する者を守るため。

 純粋で、シンプルで、それゆえに臆病者を勇者に変える北方大陸人(セプテントリオン)の誓い。


「同盟を潰すのが目的で来たって言ってたが、後はもう、ここにいるオマエだけなんだよ」

「──なるほどなァ? たしかに、よくやったと褒めてやるしかなさそうだ」


 鯨飲濁流は、前傾姿勢のまま偉そうに拍手を鳴らす。

 敗色濃厚。劣勢窮地。

 それでもなお嘲笑だけは剥がさない。

 俺たちを見下し、心底くだらないモノを見たとでも言わんばかりに鼻で嗤う。


「じゃあ、目的変更だァ。試験をしてやろう」

「……試験、だと?」

「そうだ! この俺を殺せるものなら、認めてやるぜ? ──オマエたちの資格を」

「ッ!」


 その時、鯨飲濁流からプレッシャーが爆増した。

 血みどろの間欠泉がごとく、吸血鬼の足元からボコボコと大量の血液が広がり始める。

 しかも、赤黒い液体は物理法則に従わない。

 まるで鯨のように、いや、氾濫する河の濁流のように、山王の間に満ち始める。


「魔法戦をしようと言ったな? だったら、その挑発に敢えて乗ってやろう! オマエたちが闇の公子と恐れ、鯨飲濁流と忌み名を贈った魔物! だが結局のところ、元を正せばただの餓死者に過ぎないこの俺が開く、大晩餐会ッ! その食卓に並ぶに相応しい馳走かどうかッ、いざ試食の時だァ──!」


 分身は、もはや当初の目的を達成できないと諦め、ついに本気を出す決断を下したらしい。

 当然だ。

 ここで出来るだけ被害を大きく与えれば、それだけ同盟にはダメージが入る。


 ──鯨飲濁流。北の大悪魔。吸血鬼。北方大陸王殺し。


 その由縁、第八の奈落に堕ち、人魔転変するに至った狂気の発露。

 破綻した精神の根源。

 その死生観。

 世界を呪う言霊として、大魔法となって発動される。


「“血潮の海、嘲笑の宴(グラ・ヘモラギア)”」


 詠唱は、静かに。

 だが極めて圧倒的にターリアを塗り潰した。

 いや、違う。

 綺麗にそのまま、丸呑みにした。

 きっと、ティタノモンゴット全土を、文字通りの海に沈めたのだ。


 赤と黒。


 浮かび上がるのは、血脂に濡れた肉片と砕けた骨、粘りつく髪。

 四方八方、滝のように血が落ちていて、天蓋は鯨の胃を思わせる閉塞感。

 まさに、地獄絵図。

 呪文を以って顕現した吸血鬼の心象世界は、殺戮と暴食の証明だった。


 なのに、血の流れはずっと止まらない。


 これだけ腹に溜め込んで、散々っぱら生き血を啜ってきたくせに、吸血鬼はずっと飢えている。

 (かつ)えて、(かつ)えて、満たされるコトを知らない。満たされたコトが無い。

 そんな地獄の中心で、白髪痩身の鬼が両腕を広げる。


「分かってるよなァ? いま、俺はオマエたちを腹のなかに収めた。コイツをこのまま解除すれば、オマエたちは網引き漁にかかった魚みたいに一網打尽! 血潮の海に溺れて死ぬか、彷徨い続けて飢え死にするか、それとも血を啜って俺と同じになるか、末路は決まってる!」


 森羅斬伐を今すぐにでも使わなければ、実際にそうなると鯨飲濁流は突きつける。


「それでもッ、オマエは斧を使わねぇんだよなァ!?」


 やれるのか? と。

 これだけの大魔法を目の当たりにして、それでも魔法戦にこだわるのなら、失敗した時の報いは計り知れない。


「あの時の城塞都市とは、桁が違うって分かってんのかァ!? オマエに背負い切れんのかよ!」


 北の人界同盟。

 ティタノモンゴット、トライミッド、メラネルガリア、星辰天秤塔、それにララヤレルン。

 外で起きていた戦場の趨勢など、たった一言でひっくり返せるのだと現実を見せつけて、鯨飲濁流は口角を歪める。


 正直、気圧されないと言えば嘘になる。


 先ほどまでの戦いで湧き上がっていた自信なんて、本当は気のせいだったんじゃないかと足が竦みそうになる。

 白嶺の魔女よりも強く、斬撃王の奥義でさえ一撃で殺せない。

 単純な格の話で収まる話じゃない。

 コイツと同格のヴァシリーサには、森羅斬伐があれば勝てるのだ。

 それなのに、コイツは神でもないのに、どこまでもこちらの想定から逸脱していく。


 ──だが、だからこそ。


 俺もここで、〝俺自身〟を使ってそのステージに立ち上がろう。

 勝算が潰えた? 見込みが外れた? 上手くいかない?

 そんなのはいつのものコトだ。

 この〈渾天儀世界〉で物心ついた頃から、当たり前に立ちはだかって来た現実だ。

 失って、傷ついて、失敗して、また起き上がって。

 俺はこれからも、そうやって生きていく。

 いまさら、この程度で挫けると思ってもらっちゃ困るんだよ……!


「!」


 俺の唇が動く。

 鯨飲濁流が身構える。

 吸血鬼はこの場での確実な勝利よりも、天敵である俺の脅威を計るため、受けて立つ気だ。


 ならば、思う存分に食らわせてやろう。


 ずっとずっと、考え続けた。

 俺にとって、『死』とは何なのか。

 これまで何度もそれには触れて来ている。


 一番最初は、冬の飢餓。

 二番目は、喪失の嘆きと怨讐の日輪。

 三番目は、反骨の翼。


 だが、いずれにも言える共通した事実がある。

 それは、


(俺はいまも、()()()()()


 死を視続け、死に触れ続け、死を体感しながらも死なず。

 そもそもに立ち返れば、初めからして終わりを与えられたコトが無い。

 俺にとって『死』とは、そこで止まって終わりを迎えるモノじゃなく。

 目蓋を開ければもう一度、続きから始まる()()の一種に過ぎなかった。


 そしてその()()()は、人生にも通じるものがある。


 夜明け前の群青。

 黎明を冀望する心意。

 この身を駆動させ、四肢に力を入れるのは、明日の夜明けを識るからこそ。

 幼い日、たったひとりで歩き続け、苦しくても感動した光景を覚えている。

 〈大雪原〉でも、ヴォレアスでも。

 黒白の死世界、北方大陸(グランシャリオ)には、最初からその冬の名があった。


 ──七番目の冬至神、『揺光破軍(ユトラ)燃える極光尾(ベネトナシュ)


 長すぎる冬に終わりを告げる、極光尾(オーロラ・テール)を揺らしながら回るように凍原を走る白狐神。

 其れは太陽風を意味する。

 太陽のエネルギーを意味する。

 オーロラの仕組みは、太陽から放出された荷電粒子の流れが磁気圏にぶつかり、小さな粒が大気中の様々な原子や分子と衝突して、神秘的な光の幕を作るというもの。

 エルノスの星、その極地付近の磁力線では、きっと同じ理屈でオーロラは発生していて。


 ただ、そこからもたらされる神秘だけが、地球科学とは異なる見地を必要にする。


 白嶺の魔女、ベアトリクスは第七冬至を召喚はしても使役はしなかった。

 死と冬の女王にとって、()()()()()()()()()は相性が悪かったのだ。

 北方大陸が本当に、生命の熱をひとつも許さない世界なら、人々がそこで暮らし、且つ、今なお懸命に営みを残していられるはずが無い。


 どんなに厳しくても、どんなにしんどくても、()だけがある世界ではなかった。


 永久凍土地帯、ヴォレアス。

 北方大陸の西側から北半分を占める〈渾天儀世界〉の最北端。

 地には常冬の山嶺と大氷河、大雪渓。

 天には凍雲の嵐か満天の星、美しき極光の天鵞絨。


 人は云う、彼の地こそ絶死の桃源。


 死すら絶やした北神と、その眷属の天座なり。


 最も過酷なあの場所で、俺たちはそれでもまだ明日の希望があるのだと知っていた。

 七番目の冬至神こそは、俺にとって最も『死』を体現した象徴だった。


 ゆえに。


「“冀望の朝(レトゥス)──」

「ッ、来るかァ──!?」

「──極光の帳(ベネト)”ッ!」


 ここに死を定義し、死に生きるモノたちに新たな始まりを与える。

 魂を直接、終わりに導いて新しい光へと連れゆく太陽風と極光の〈領域〉──冷酷なるも美しい最北の自然世界を構築できるのは、幼少期の経験があるから。

 吸血鬼の地獄に対抗して、その〝死〟を塗り替えられるのは、相性が悪くても白狐神を支配していたベアトリクスの恐ろしさを識るからこそ。

 神でもない俺が誰かの魂に干渉できるのは、闇夜鴉の幽冥界、死界の王エンディアの羽ばたきを識るからこそ。

 太陽の力、あらゆる生者にとって原動力となるエネルギーの底知れぬ力強さ。

 アレクサンドロ・シルヴァンを識るから、明日の夜明けの光を疑わない……!


「がっグォぁあがぁあああアアアアアアアア……ッッ!?」


 分身は、たまらず絶叫した。

 魂を再始動に導く魔法とは、つまるところ強制転生。

 どれだけ大いなる魔物でも、どれだけ恐ろしい魔物でも。

 それが死してなお動き続ける転変の魔であるのなら、内包した数多の世界など関係ない。

 ただ一個、核たる魂にこそ太陽風は届く。


 ──吸血鬼の〈領域〉は、弾けて消えた。





────────────

tips:血潮の海の蒸発


 鯨飲濁流の大魔法が、極光の帳に幽かに消えた。

 ネルネザゴーン軍は完全に逃げていく。

 堕ちた大魔法使いは憤怒の剣の前から姿を消して。

 黄衣の女怪は存在意義たる邪視を失った。

 第八の有角神さえもが、巨人の穴倉に潜んでいた神すら恐れを為す脅威に、背中を向けざるを得なかった。

 悪魔王の分身もまた、これ以上は耐えられまい。

 ティタノモンゴット、トライミッド、メラネルガリア、星辰天秤塔、そしてララヤレルンは勝利したのだ。

 彼らは同盟を守り抜いた。

 その実感に、戦場は鬨の声でブチ上がる。


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