#334「激化する熱と風」
爆発音が、天窓を通して山王の間にも翠色の光を届ける。
「ヒヒヒャヒャヒャヒャヒャッ! すごいな!? 外ではいったいどんな戦いが起こってるんだァ!?」
鯨飲濁流が、髄鳴火剣に灼き貫かれながらも。
平然と声を発し、壁から床へ降りる。
途中から、炎が効かなくなっていた。
「……」
「アァ、不思議だよなァ? あんだけ自信たっぷりに、すげぇ啖呵切ってたもんなァ?」
「何をした」
「教えてやる義理は無ぇ……だが、オマエはメレク・アダマスの末裔だ。特別に教えておいてやろう」
吸血鬼は殊の外、喋るのが好きなのかもしれない。
いや、この悪魔は確実に喋り好きだろう。
誰かを嘲笑い、見下し、煽り、尊厳を侮蔑する。
そういう行いが好きで好きでたまらなくて、だから自分の能力さえも開示してしまう。
聞かされたこちらが、少しでも絶望した姿を覗かせるのを見たいがためだけに。
「つっても、〈目録〉に載る俺のページを読んでれば、ちったぁ想像がつきそうなものだがなァ?」
「……」
「薄々は察してるかァ? じゃあ、正解だぜ。血も肉も骨も髄も、この身を動かし力を漲らせる活力源となっているのは、すべてすべて──食事ありき!」
聞いたコトがあるだろ?
と、鯨飲濁流は自身の右人差し指で、トン、トン、とコメカミを叩く。
「俺は人間だけじゃなく、他にもたくさんイロんなモノを喰った。闇の公子だとか持ち上げられるようになったのは、俺が数多くの伝説や物語を喰い散らかして、愉快に小気味よく散々っぱら扱き下ろしてきたからだなァ」
「……」
頭の中に、蘇る。
西方大陸の空、ウェスタルシア王国の黄金妃が言っていたあの言葉。
焼け爛れた都、小人狩りの夜、ヒュギュニカ百年戦争、暗黒の御伽噺、黄金楽土郷、平和の音楽隊、悪餐杯探索、大錬金術師イリスの病魔退治。
──鯨飲濁流復活は、超大陸の垣根など越えた人界共通の凶事。先ほど挙げた伝説のなかにも、彼の吸血鬼によって食い散らかされたとされるものが、幾つかありますわ。
そして、鯨飲濁流は食事という行為に関して、なにかしら哲学めいたこだわりを持っている。
リンデンでは鉄鎖流狼に対して、「俺の食事に口を挟むな」と発言していたし、今こうして俺に語る口調も食事の大切さを教え諭すような響きを持っていた。
こんなクソ野郎に語られるまでもなく、俺はもちろん身に染みて理解しているが。
そんな苛立ちはいま重要じゃない。
「──焼け爛れた都、か」
「なんだ。知ってたんじゃないかァ……そうだよ! そもそも俺がッ、どうして太陽の下でも余裕ぶっこいて立ってられると思うッ!? 昔ッ、太陽気取りのバカヤロウを喰ったからだッ!」
名前はたしか、第八の原棲魔アルシエル。
暗黒の太陽、アルシエル。
焼け爛れた都、焼神のアルシエル。
「まぁ、覚えなくても構いやしねぇ……今はもう、俺の一部なんだからなァ。舌を火傷したのは難儀したよ」
「……」
「オイオイ、そう落ち込むな! 実際、オマエの魔法は俺に届いてたんだぜ? ただ、俺がコイツを思い出しちまった以上、もう炎だとか熱だとかだけは、俺に効かなくなっちまった。それだけさ……ヒヒヒヒヒッ!」
鯨飲濁流は呪文を唱える。
「“地獄の太陽、焼却の奈落”ッ!」
「!」
それは、真実大魔法の発動だった。
山王の間だけではなく、ターリアが一気に燃え盛る漆黒の炎に呑まれる。
〈領域〉の顕現。
焼け爛れた都の景色が、巨人王宮を瞬く間に侵食し、外にまで延び始め──
「ッ──事象地平線ッ」
「アァ、当然そう来るかァ……!」
「“闢くは黎明穹・夜明け前の群青”ッ!」
炎が延びる前に、その世界を破壊する。
伝説『焼け爛れた都』は、ほんの数秒そこらで消え去った。
だが、ターリアは確実に全焼した。
焦げ臭い匂い。
煤煙の名残りが鼻を突く。
俺は震えた。
「オマエ……まさか……!」
「ヒッヒッヒッ……そう驚くようなコトかァ? 世界を破壊する最強の斧。その話を聞いた時から、俺は思ってたぞ。じゃあ、世界を内包する俺だったら、身代わり戦術が使えるんじゃないか? ってなァ!」
つまり、鯨飲濁流は今まで食らってきた魔物や神のチカラを、自分のものとして使える。
世界破壊の斬撃に対しても、数え切れない世界を盾にするコトで耐え凌げる。
「……よりにもよってッ、三つ目の例外がオマエになるのか……!」
「ハァ? なにをキレてんだバカが! キレてぇのはこっちだァ! 勘弁しろ! なんだよ今のはッ! まさに文字通り、身を切るような戦いになっちまったじゃねぇかッ、コイツはよォォォ──ッ!!」
ともに、激昂する。
因縁も、能力も、宿命さえも。
やはり俺たちは、不倶戴天。
互いが互いを、同じ空の下で生かしておけない敵だと再認識した。
けれど、焦燥は俺より鯨飲濁流のほうが強いのかもしれない。
「“報復律──」
「ヒヒヒヒッ!」
「髄鳴火剣”ッ!」」
「“海獣”!」
炎を、防御。
吸血鬼は、一度は効かないと断言したこちらの攻撃を、防御した。
きっと第八の原棲魔アルシエルから奪った大魔法と〈領域〉を、俺がもう破壊してしまったからだ。
大魔のサガ。
破綻した精神の化身であるがゆえに、鯨飲濁流もまた後先よりもその場その時の感情を優先してしまう。
しかし、
「オマエ、馬鹿だろ──!」
「ヒヒヒヒヒッ、うるせェな……ッ!」
せっかく対抗策を見つけたクセに、一瞬でその対抗策を捨てるとは。
どこまでも人を舐め腐った魔物だ。
それとも、今のは俺の能力を確かめるためだったのか?
どっちでもいい。
「思い上がりのツケは払ってもらうぞ……!」
「できるもんなら、やってみろよ英雄ゥ……!」
激化を増す戦場の熱と風を感じながら、俺と悪魔は殺し合う。
分身は存在感を小さくしつつあったが、確殺を狙うのは難しい状況になった。
悔しくて堪らない。世界にはどうしてここまでの理不尽が罷り通る。
──我が王。
「!」
そのとき、秘紋が俺に頭のなかで言った。
黒色の絶対王権を使うのです。
──捕食の風であれば、闇の公子の存在力を片端から奪えます!
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──
「ラズィが怒ってる」
戦争が始まってすぐ、使い魔であるヴァシリーサはご主人様の異変に真っ先に気がついていた。
気がつき、すぐに一緒に戦おうと考えた。
だが、その怒りの深さと大きさに、一瞬の躊躇を覚えてしまった。
今のラズワルドの瞳には、ヴァシリーサやフェリシアですら映らないかもしれない。
それほどの怒りを感じてしまい、二の足を踏んだ。
「……私が行っても、ラズィには邪魔かも」
「ぬぁ? ラズィって、メランのコトか〜?」
「そうよ、ギンぬん」
ギザギザオバケことギンヌンガとは、すでに自己紹介を済ませていた。
ターリアが騒がしくなって来たあたりで、ギンヌンガはむくりと目を覚ましたのだ。
目を覚ましたギンヌンガは、封印が破れている事実にまず驚き、「メランが出してくれたんだな〜!?」と素直に喜んだ。
「なぁなぁ、ヴァシリーサ」
「なに? ギンぬん」
「メランってアタシのこと、好きだと思うか〜?」
「……どういう意味のご質問なのかしら?」
「え〜? だってぇ、あんなにヒドイこと言ってたのに、なんだかんだで約束守ってくれたからさ〜……アタシたちって、やっぱりトモダチだと思うんだ〜」
「ああ、そういう──ええ、そうね! ラズィも私もギンぬんとお友だち!」
「えー!? ヴァシリーサも!? す、すごい……トモダチがふたりもできた……!」
無邪気なギンヌンガにニッコリ和みつつ、ヴァシリーサは「そうだわ!」と閃く。
「ねぇねぇ、ギンぬん?」
「なんだ? トモダチのヴァシリーサ!」
「私たち、一緒にお外で遊ばない?」
「えっ」
「というか、今ってとっても大変なの! お外でたくさん、ワルモノが暴れてるの!」
「ワ、ワルモノ〜!? それって昔のアタシくらい、ワルモノか!?」
「ええ、たぶん」
「大変じゃないか……!」
あわあわと慌て、ウロウロと右を向いたり左を向いたり。
ヴァシリーサはギンヌンガを導くコトに決めた。
(ラズィからお願いもされてるものっ)
ギンヌンガの様子を見ていて欲しい。
最後に頼まれたのはその言葉で、皆がここに来たらいろいろ頼んだ、ともお願いされた。
けれど、いつまでもここでお行儀よく待っていても、皆はやって来ない。
魔女であるヴァシリーサには、秘密裏に擬態させた燈光頭の警備兵を通じて、ティタノモンゴットがどういう状況にあるかが分かっていた。
なので。
「えーい! どっかーん!」
「うおりゃアアアアアアアアアアアアアアアア──!」
「いっけー! ギンぬん!」
「うおりゃアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
巨人たちが傷つけられ、たくさん酷い目に遭っているコトをギンヌンガにも教えた。
ギンヌンガは怒った。
ヴァシリーサと一緒に、ワルモノをやっつけよう! と思いっきり外へ出た。
ギンヌンガはとても強かった。
「やっちゃえギンぬん! ラズィを怒らせるワルモノいっぱい! いじめっ子いじめっ子! みんなみんな叩いて潰して引き裂いて、後でいーっぱいっ、ラズィに褒めてもらいましょう!」
「うおりゃアアアアアアアアアアアアアアアア──!」
ギンヌンガは怒っている。
ヴァシリーサの声も、今はあまり聞こえていないかもしれない。
悲しい。
それは少し、悲しい。
誰も彼もが怒りんぼうでは、ヴァシリーサは悲しくなってしまう。
ああ、まったく誰のせいでこうなってしまったのだろう?
(誰が、私のラズィを怒らせたの?)
ラズワルドだけではない。
辺りを見渡せば、誰もが怒っている。
ヴァシリーサも怒った。
「ええ、ええ──許せないわ、許さないわ? やっと手にした大切な居場所なのだもの」
黒詩の魔女は静かに呟く。
鯨飲濁流と、真実同格の圧力を放って戦場を見下ろす。
ネルネザゴーンの軍隊は総じて恐怖しただろう。
その証拠に、デモゴルゴンの多くは獣のように逃げ始め。
下位の吸血鬼と化したがゆえに、生前よりも余計に大魔の恐ろしさを実感できてしまった怪人たちも、暗黒の御伽噺に戦慄する。
謎のカイブツの頭の上、とても小さな子どものような姿をしているのに。
黒山羊の面と白衣の童女は、ネルネザゴーンの王と同じ格を備えているのだ!
童謡が始まる。夢と狂気の童歌。
世界を引き裂く爪、第五世界の怪神すら従えているように見えるその光景。
畏怖は広がり、瞬く間にネルネザゴーン軍が蹴散らされていく。
西側はほぼ壊滅した。
その勢いを、止めるためだろう。
「やれやれ。そなたには失望しました」
第八の有角神が、異界の門扉を開錠してヴァシリーサの背後に現れた。
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tips:群青卿の近衛騎士
きっと、それを止められたのは、奇跡以外の何ものでもなかったのだろう。
彼はずっと、己が役割と存在意義に悩んでいた。
自分よりも遥かに強く、自分のほうが守られるコトが多い。
そんな主君を得てしまい、どうやったら近衛として、護衛として職務を全うできるのか?
ずっと考えて、いろいろ試行錯誤をして、もっと剣の腕を上げようだとか、もっと気を引き締めてお側にいようとか。
彼はずっと、そういうコトだけを考えてこの旅に参加していた。
でも、悲しいかな。
彼の実力は超人のなかでも下のほうで、普通の職業戦士に比べたら、たしかに強い部類には入ったけれど。
その程度の能力では、結局、主君に守られてしまうだけだった。
群青卿と一緒に、肩を並べて敵と戦うなど出来なくて。
失意を抱えながら、それでも「自分に出来ることをっ」と戦場に迷い出て。
……ほんとうに、ああ、それはただの偶然でしかなかったけれども。
彼は主君を守るのと同じ意味を持つ使命を、最後に見つけた。
主君が娘と可愛がる使い魔だ。
彼女は恐ろしい。とても恐ろしい魔物。
本来なら彼の助けなんて必要ない。それは主君と同じ。
しかし、どんなに恐ろしい大魔でも、それが子どもの姿をしているのなら。
やっぱり、どこかしらで大人が助けてあげる必要があるのだろう。
「──な、に……?」
「ごフっ──!」
「!!?」
声は届かなかった。警告は届かなかった。
だから走った。目の前の障害をすべて騎士の道に変えて、まっすぐ走った。
ああ、きっとこういう時のために、この超人戦技はあるんだと思いながら。
登った。間に合った。
間に合っただけだった。
「クッキーの、騎士さん……!?」
クリス・クレイコートは、主君の娘を突き飛ばし、その代価に心臓を抉られる。
うわぁ、信じられない。ただの貫手で、どうしてそうなるんだろう?
「痴れ者が」
「が、ぐはッ!」
でもいいか。
僕、やっとメラン様を守れた──




