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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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333/344

#333「炎素翠液」



 黄衣の女怪。

 生前名、ロドリンド・コルティジャーノが癇気に駆られて大魔法を発動するより、およそ十五分ほど前。

 トライミッド連合王国軍と隣り合う戦場で、メラネルガリア軍は女王や王太后を守るためにネルネザゴーン軍と戦っていた。

 怪人たちはアンデッド化しており、率いているのは悪逆現象。

 古代の大戦で、数多くの戦争犯罪を行なった梟雄。


 〈目録〉に載る名は、卑槍のジュリウス。


 堕落した聖騎士。異形の一角獣。乙女殺し。串刺し卿。

 幾つもの忌み名を与えられた大罪人。

 元はニンゲンであり、穢れなき無垢の騎士とまで謳われ、ユニコーンの兜まで被った男だったが。

 エリヌッナデルクの最中、悪心萌芽に呑み込まれ、悪逆に悦を見出すようになった。

 特に、己が槍術にて乙女を刺し貫く快感には狂喜を覚え、各地の神殿や教会、寺院に押し入っては数多くの巫女や尼僧、修道女を手にかけたとされる。

 やがて、男の頭からは悪魔の諸相が顕れ、額から捩じれたツノが何本も生えた。

 ユニコーンの兜は脱ぐこと(あた)わなくなり、そんな彼を目にした者は「あれこそ心に悪魔が宿った証である」と恐れたと云う。


 しかしながら、ジュリウスは魔に転変などしていなかった。


 彼はただ、人の身のままに悪逆に耽り、ツノはただ後天性の奇形に過ぎなかった。

 然れど、悪心に目覚めた男にとって、悪逆は己が快と悦のため。

 精神の均衡を崩すような話ではなく、第八の奈落に触れるような話でもなかった。

 異形の一角獣と恐れられるコトを、ジュリウスは喜び、愉しみ、時には戦争で降伏を申し入れた者たちすらその槍で串刺しにして遊興に耽った。


 卑しき槍のジュリウス。


 無論、討伐のため幾たびもジュリウスは狙われたが、エリヌッナデルクでの戦いはあまりに人々の記憶に焼きつきすぎてしまった。

 古代の悪漢。古代の悪人。古代の悪党。

 大量殺人鬼という概念を、伝説として世に広めた最初の人間、それがジュリウスだと言っても過言ではない。

 気がつけば、寿命を超えてなおも肉体は朽ち果てるコトを知らず。

 情報体化し、兜は本当に己が顔そのものとなり、悪逆現象は歓喜した。


 ──これでまだまだ、女を殺せる。


 しかし、エリヌッナデルクは終結し、闇の公子が姿を消したことで。

 人々の記憶からも、次第に〝恐ろしいモノ〟の輪郭が朧げになっていった。

 鯨飲濁流の傘下にあったモノは、皆、散り散りになって行方を眩ましてしまった。

 そのため、ジュリウスもまた〝消えたモノ〟として忘れ去られていったのだ。

 元より、大量殺人鬼という伝説では寿命に限りある人間のまま。

 もう死んでいる。

 そう囁かれてしまい、ジュリウスは長らく存在の輪郭を取り戻せずにいた。


 だが、闇の公子は復活した。


 鯨飲濁流は舞い戻った。


 その報が北の人界に知れ渡るのと同時に、かつてその傘下にあった恐ろしいモノの名も次々に現世に渦巻いた。


 〝卑槍のジュリウス。ああ、ようやくこの時が来たか……!〟


 復活と同時に、戦場にも誘われ、ジュリウスが首を縦に振らない理由など無い。

 そして、巨人たちの王国に足を運び、女はどこだと二千年ぶりの欲求にもどかしさすら覚えていた頃。

 女ばかり集まったダークエルフの軍隊を見つけた。

 皆、美しい女ばかりだった。


 嗚呼……嗚呼……。


 〝こんな馳走をぶら下げられて、我慢などできるはずがなかろうに……!〟


 槍を持ち、馬並みの速さで駆けるジュリウス。

 その口はすぐさま、解号を紡いでいた。


一角█とて(ビースト)野卑█る獣(パラディーン)


 これは英雄の奥義に非ず。

 梟雄が歴史に刻んだ悪逆の罪禍。

 悲惨にして酸鼻を極める凶悪犯罪。

 ゆえに決して、この者を称揚せしめるな。

 情報体を殺すには、ただ忘却こそが最大の決め手。

 口づてに語るコトを、〈目録〉は禁忌として警告している!


「“乙█を殺█(カズィグル)串刺█の死走り(・モノセロス)”!」

「〝既存秩序斬殺(其の法則を斬る)〟!」


 梟雄の犯行を、超人の戦技が止めた。





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





 雪上に、槍林が走る。

 異形の一角獣が、嘶き声をあげて戦場を疾走し、その轍から百舌鳥の早贄のように同胞たちが串刺しになる。

 悪逆現象は下劣な笑みを浮かべ、女殺しの喜悦に蹄を鳴らしていた。

 黙って見過ごせる理由など無い。

 大量殺人鬼が再度、同じ技の構えに入るのを見て、セラスは「ふざけるな」と怒髪天に立った。


 既存秩序斬殺(其の法則を斬る)


 セラスの超人戦技は、如何なる法則をも斬り殺せる。

 距離の概念がうざったければ、その距離を斬り殺し。

 女では男の腕力に敵わない。

 当たり前の常識も、必要とあらば物理法則と一緒に斬り殺す。


 セラスがなぜ、超人なんて領域に入り込めたのか?


 それは幼い頃から、白髪を理由にずっと立ちはだかり続けた数多の障害。

 鬱陶しい慣習。差別と偏見。男尊女卑。

 力がなければ何も思い通りにならないと言った現実に対して、ずっと反骨心があったからだ。


 邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。


 何もかもどいつもこいつも誰も彼も鬱陶しいのよ。

 私の前に立つな。私の邪魔をするな。私を抑え込もうとするな。私を踏みつけようとするな。私を縛り付けて、私を従えて、私をくだらない理由で敗北者に仕立て上げようとするな。


 だから至った。


 幼心に修羅を宿し、ただ先に在ったからという理由だけで偉そうにしている既存の掟。

 どれもこれも私の前では無意味なんだと思い知らせる。


 女を殺す大量殺人鬼?


 十年かけて鍛え上げ、一から育て上げた仲間たちなのよ?

 新しい時代のメラネルガリアを、共に守っていくと誓った部下たち。

 それをなんで、こんなゲス野郎に蹂躙されなくちゃならない?


「ティア──ッ!」

「分かってる!」


 双子姉妹は連携する。

 言葉など重ねなくても必要なコトは分かっている。

 姉の超人戦技によって、梟雄奥義は封じられた。

 しかし、卑槍のジュリウス。

 この〈渾天儀世界〉で、史上初となる大量殺人鬼の始祖。

 大戦を生き延びた男の武威は、奥義など無くとも圧倒的だ。


 セラスの黒曜剣が、一合、ぶつかり合うだけで粉砕される。


 瞬時に新しい得物を再生できるとはいえ、悪逆現象の槍はどんどん速度を上げた。

 山王の間で垣間見た鯨飲濁流の動きよりも、それは速い。疾くて、迅い。


(この男──!?)


 まさか本当に、〈目録〉に記載される通りに世界最速なのか。

 すでにセラスは宙に百以上の鋭刃を舞わせ、手数に訴え出て対処している。

 だというのに、まったく以って隙を作らない!

 純粋な武力差。

 セラスの超人戦技は一度に複数の法則を斬り殺せない。

 周囲にはレッサー・ヴァンパイアと化した怪人軍もいる。


 このままではメラネルガリアは滅びかねなかった。


 女王と王太后の側には、セドリックとバルザダークがいるが。

 ティアは歯軋りし、参謀として何が最善策なのか必死に頭を巡らした。

 結論はひとつしか出なかった。


 悪逆現象も怪人軍も、まとめてどうにかするには()()を使うしかない。


「まだ開発途中だけど……!」


 ティア自身が開発し、試作段階に至っている新時代の錬金術兵器。

 名を、『炎素翠液』という液状の爆薬。

 第五円環帯神話において、夜闇の王がその叡智を以って発明したとされる山崩しのための代物だが、ティアはこれを現代に物質化させる技術を修得していた。

 もともと、ダークエルフは鉱物掘りに秀でる。

 種族の主神も同じだ。


 問題は、それをどうやってこの場で有効活用するか?


(罠にかけると言っても、こんな混戦でどうやって敵を爆薬まみれに……!)


 一番いいのは、落とし穴だ。

 しかしそんなもの、掘っている暇もなければ敵が落ちてくれるはずもない。

 ならば投擲か? 炎素翠液は錬金術瓶に入れて運んである。

 何かの役に立つかと思って、箱詰めして行軍の物資に捩じ込んでおいたものだ。

 だが、あんな素早さの敵にどうやって瓶を当てればいい?


(どこかに、使えそうな()()は……!?)


 その時、ティアの目は偶然にも捉えた。

 怪人軍に囲まれた新生メラネルガリア軍。

 その外側から、少数ながらも同胞たちが援護に入ってきたのを。

 近衛騎士の制服と、騎兵の制服。

 戦場が混乱に陥った際に、逸れたと思われる一部の仲間たちが戻って来たのだ。

 彼女たちの来た道を、ティアはほんの束の間、周囲の環境情報を精査して頭のなかで仮想的に組み立てた。


 視界は悪いが、耳のいいダークエルフは聴覚からも、ある程度遮蔽物などを読み取れる。


「セラスッ!」


 妹は姉に、合図を送った。

 敵を撃退するには、隘路に誘い込んでの一網打尽。

 瓦礫の積み上がった崩落一歩手前の環境を利用して、爆薬と質量で押し潰す。

 派手な姉と違って地味に思われるコトの多いティアだったが、その頭脳と戦略眼はわずか三秒でこの結論に到達していた。


「やれるの!?」

「やれる!」


 姉妹は作戦を開始する。

 迷えば死ぬ。

 将帥、指揮官、上に立つ者の責務として。

 ふたりはもう昔のふたりじゃない。

 恋しい王子が成長していたように、双子姉妹もまたメラネルガリアで成長した。


「全軍、右方に転身──!」

()()()()()()()()()()()()()!」

「「「! 全軍っ、右方に転身──!」」」


 あらかじめ、作戦行動に必要な符号はメラネルガリア軍全員に通達済み。

 セラスとティア、ふたりの意図を察して、ダークエルフたちは敢えて逃走を演じながら、隘路へ走る。

 隘路を通り抜けた後、合流のためには多少の時間を要するだろうが、多少の分裂を招いたとしても、音さえ聞き分けられればダークエルフなら問題ない。

 山を崩す。

 すなわち、炎素翠液の使用も伝達された。

 隘路を走り抜ける傍らで、彼女たちはそれとなく爆薬兵器を瓦礫の陰に仕込んでいく。


 悪逆現象と怪人軍は、それを罠とも知らずニタニタ嗤った。


 敵がついに敗走を始め、自分たちが勝利したとまんまと思い込んだのだ。


 〝おお、見るがいい!〟

 〝女だてらに武器を取り、愚かにも戦場へ踊り出た者たちが、ケツを振って逃げていく!〟

 〝まるで我らを誘うようだ〟

 〝ならばお望み通り、雄々しく後ろから貫き、存分に泣き叫ばせてやろうッ!〟


 と、下劣にして下卑た嘲笑を浮かべ、喜び勇んでメラネルガリア軍を追い立てる。

 所詮コイツらは、ゲスに過ぎない。

 悪逆現象、卑槍のジュリウスもまた、二千年ぶりの愉悦に欲望が止められなかった。

 罠のような気もする。

 だが、逃げる女の背中をこんなにも見せつけられて、どうしてそれを追わずにいられようか?


 異形の一角獣は、口元からダラダラ涎を垂らして舌ベロを晒し、疾走した。


 ──ゆえに。


「「お生憎様」」

「……!」


 隘路に響く白髪姉妹の声。

 以って、足元から光を放つ翠色の液体。

 荘厳銀嶺の地盤さえも揺るがしかねない高濃度爆薬。

 その輝きが、熱が、炎が、計算され尽くした指向性を持ってジュリウスと怪人たちを襲った。

 人の手による擬似再現とはいえ、神造兵器の威力である。


 翠色の爆発は、混乱の戦場のどこからでも確認できるほど天地を震えさせた。


 ティアドロップ・オブシディアンが、姉と並んで国防の要と称される由縁である。




────────────

tips:爆発の余波


 翠色の爆発が、雪と瓦礫を至るところで吹き飛ばした。

 クリスとジャック、アレスはその影響をもろに食らってしまい、離れ離れになる。

 「……うっ、ここは……」

 気がついた時、クリスはひとりだけだった。

 しかもどうやら、巨人たちの戦場すら飛び越えてしまったらしい。

 不幸中の幸いにも、瓦礫と瓦礫が盾になってクリスを衝撃波から守ってくれた。

 怪我も擦過傷程度で済んでいる。

 ただし、ターリアを軸に戦場を見下ろした時、先ほどまでクリスがいたのは東側。

 トライミッドとメラネルガリアの戦場も東側にあったはず。

 南側では巨人たちがジャイアント・デモゴルゴンと戦っていて、ふらつく頭でターリアの位置を何度も確認して、現在地がどう考えても西側である事実に愕然としてしまった。

 これでは、あのドワーフ親子がどこに行ってしまったか、まるで分からない。

 というか、クリスと同じように無事であるかも疑わしかった。

 ダァト王家に対して好ましい感情を持たないクリスでも、その人命が失われるコトまで望んではいない。

 ジャックたちの安否も気になる。

 「っ、くそ……」

 痛むコメカミを押さえながら、口内の血の味にドキリ。

 吹き飛ばされた拍子に、歯を食いしばり過ぎたせいだろう。

 軽く唾を吐き出して、とりあえず彼らを捜索しなければとクリスは立ち上がった。

 そこに、

 「Girgirgigir」

 「!」

 デモゴルゴンが、現れた。

 どれも大型で、見ただけで強いと分かった。

 一匹目は、魚髭。ギガンティスエルクとダイアウルフ、ニンゲンや魚竜を混ぜ合わせたような姿。

 二匹目は、車蜘蛛。北方大陸に適応した珍しいタイプの土蜘蛛に、車裂きの刑に使われる車輪を背負った老爺の上半身。

 三匹目は、晶甲頭足類。結晶の甲殻とタコやイカのような百足脚。

 四匹目は、鎌鍬形の蛭。言葉で形容するのは避けたい醜形。

 五匹目は、青黴色の霜石。霜の石巨人や雪狒々をベースにした、ずんぐりむっくり。

 いずれもまだ距離は離れていたが、クリスは捕捉されていた。

 ふらつく足で、どこまで抗えるか。

 だが、クリスとて超人の端くれだ。

 名剣『(ロック)』を抜いて、戦闘態勢に移った。

 しかし、

 「えーい! どっかーん!」

 「うおりゃアアアアアアアアアアアアアアアア──!」

 「!!??」

 直後、クリスの目の前には異界の門扉が出現し、小さな魔女と巨きな怪物が飛び出てきた。

 黒詩の魔女、ヴァシリーサ。

 彼女は巨大な爪のナニカに乗って、その頭の上からデモゴルゴンを瞬時にズタズタにしてしまう。

 いや、ズタズタにしたのは巨大な爪のナニカなのだが、クリスは驚きつつも喜んだ。

 ヴァシリーサが無事だというコトは、使い魔契約を結んでいるメランもまた無事だというコト。

 主君のそばを守れなくても、ヴァシリーサを守れば護衛としての役目は果たせる。

 「ヴァシリーサ様!」

 「いっけー! ギンぬん!」

 「うおりゃアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 聞こえていない。

 クリスは「え、あっ、ちょっと待って……!」

 慌てながら魔女と……ギンぬん? を追いかけた。

 ダァト王族を捜索するにしても、ここで単独行動を続行するほど、クリスは愚かではなかった。


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